啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2012-01-30

[] 松崎天民の記事は、石川啄木を感激させた

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[ネズミモチ]


今週の本棚:川本三郎・評

『探訪記者 松崎天民』=坪内祐三・著

   筑摩書房・2310円

  • こんな愉快な、知られざる新聞記者がいたのか。
  • 松崎天民(1878-1934)。今日、その名はモダン都市東京を語る際の必須文献『銀座』の著者として知られるくらいだろう。著者は約十五年かけてこの文化史のなかに埋もれていた在野の異才を調べ、痛快な評伝に仕上げた。大変な労作。
  • 「探訪記者」とは現在でいえばルポライターだろうか。…どんな探訪記事を書いたのか。
  • …明治四十四年、知識人を震撼させた大逆事件も取材する。管野すがに死刑判決が下った瞬間を目撃する。さらに刑が執行された内山愚童の遺体を追い、関係者になりすまし、落合の火葬場にまで入り込む。この記事は、石川啄木を感激させたという。
  • 天民の大逆事件の記事に感動したという石川啄木は、当時、天民と同じく「東京朝日」で働いていた。「大阪朝日」時代、二人目の子供が生まれて、社の給料では生活が苦しかった天民に、自分の新聞に原稿を書くようにと声を掛けてくれたのは「滑稽新聞」の宮武外骨だった。いずれも意外な人間のつながりである。

(2012-01-29 毎日新聞> 今週の本棚  東京朝刊)

2012-01-29

[] 啄木文学散歩 岩手県盛岡市 啄木であい道 <その 4 (終) >

啄木文学散歩・もくじ


<啄木であい道><その 4 (終) >

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初秋やまさぬ一夜を髪を梳き/かなしとききぬ歌やこほろぎ

    石川節子



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啄木の父一禎

         〈注:五行ほどあるが「啄木の父一禎」のほかは読みにくい〉



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朝日影/流石に雲井に/輝きて/岩手の山の/峰のしら雪

   石川一禎



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我が娘今日も一日外科室に/遊ぶと言ふが悲しき一つ

    石川節子



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血に染めし/歌をわが世の/なごりにて/さすらひここに/野にさけぶ秋

    石川白蘋



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市の公園管理の方が掃除などの手入れをしてくださっていた。

盛岡駅から徒歩数分で到着できる。少し憂いのあるとき、少し迷いのあるとき、少し余裕のあるとき、北上川の流れを見ながら啄木をおもうのにおすすめ。 o^―^o

2012-01-28

[] 啄木文学散歩 岩手県盛岡市 啄木であい道 <その 3 >

啄木文学散歩・もくじ


<啄木であい道><その 3 >

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夕ぐれの夢/盛岡中学時代の雅号 翠 /明治三十四年九月/回覧雑誌 秋草より

    啄木



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花ひとつ/さけて流れてまたあひて/白くなりたる/夕ぐれの夢

    石川翠江



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今日もまた胸に痛みあり/死ぬならば/ふるさとに行きて死なむと思ふ。

    石川啄木



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ひぐるまは焔吐くなる我がうたに/ふと咲き出でし黄金花かな

    石川節子



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(右)

絵本読む事にあきて児等二人/土いじりすると庭にありゆく

    石川京子

(左)

       春子

    石川京子の子供

       玲児



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(右)

花にやゝ/ふれし袂に/香をとめし/くれゆく春の/かたみとやせん

    葛原対月

(左)

啄木の伯父対月

2012-01-27

[] 啄木文学散歩 岩手県盛岡市 啄木であい道 <その 2 >

啄木文学散歩・もくじ


<啄木であい道><その 2 >

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眞洞出る/流に添ひし/白樺の/木立をつつむ/夏大日かな

    石川せつ子



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夏潮や二人のるなる舟なれば/五反帆なれど日の色そめて

    石川節子



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花びらや、/地にゆくまでの瞬きに、/閉ぢずもがもか吾霊の窓。

    石川啄木



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(?)三十六年九月十七日/野村董舟(胡堂)宛の手紙の中の一説

    吾霊の窓

         〈注:(?) 数文字読みにくい〉



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汽車の窓/はるかに北にふるさとの山見え来れば/襟を正すも

    石川啄木

2012-01-26

[] 啄木文学散歩 岩手県盛岡市 啄木であい道 <その 1 >

啄木文学散歩・もくじ


<啄木であい道><その 1 >


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盛岡駅から開運橋方向に進み、北上川の手前左側にある川沿いの遊歩道。



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開運橋のたもとの緑地公園内で、この地下は自転車駐輪場になっている。



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かの時に言ひそびれたる/大切の言葉は今も/胸にのこれど

    啄木



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なだらかに/陽は落ち暮ぬ/寂(實)の闇に/己れを見出しかな

    啄木の妹 光子

         〈注:(實)の字に似ているが異なる〉



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中津川や/月に河鹿の/啼く夜なり/涼風追ひぬ/夢見る人と

    啄木、節子の歌



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(右)

啄木が金田一京助様から(?)を戴 長女に京子と名付けた

    石川京子

(左)

美しき星月夜なり今はなき/母のことなど思い出でたり

    石川京子

         〈注:(?)読みにくい〉

2012-01-25

[] 「日本一、啄木を大切にする街を目指して」釧路

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[フトモモ]


釧路時代の啄木を語る/図書館で講演会

  • 市立釧路図書館は22日、釧路啄木会の北畠立朴会長による講演会「日本一、啄木を大切にする街を目指して」を開いた。
  • 啄木について「欠陥だらけの人間で何が良いのかと思うが、啄木の短歌はずば抜けている」と評価した一方、「最近の研究者は啄木の伝記でなく作品論に傾注している。研究し過ぎて名歌が楽しめなくなるのでは」と危惧した。

(2012-01-23 釧路新聞)

[][] 石川啄木の人生に触れるツアー 北上 2/29

第4回 文学の黄金郷・いわて

  日本現代詩歌文学館を起点に石川啄木にスポットを当てたツア−。

  日本現代詩歌文学館では啄木に関する図書や雑誌を学ぶ。

  石川啄木記念館を訪問。

  • 2012年2月29日(水) 9:50〜16:30(予定)
  • 定員 20名
  • 参加費 1人 1,500円(交通費、入館料含む) 別途昼食代 1,050円 
  • 貸切バスを運行
  • 集合場所 日本現代詩歌文学館

2012-01-23

[] 『復元 啄木新歌集』生まれ変わった幻の新刊本

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[モウセンゴケ]


近藤典彦 編 桜出版

『復元 啄木新歌集』

  「一握の砂以後」(四十三年十一月末より)

  「仕事の後」

『悲しき玩具』を生まれ変らせ、幻の啄木歌集「仕事の後」を復元し、二つを合わせて一冊とした。

  • 文庫判 定価1,050円

「仕事の後」は復元された幻の歌集である。この歌集の内容は春陽堂の関係者以外のどんな日本人も見たことがないはずである。 (近藤典彦「まえがき」より)

●桜出版(TEL.03-3269-3420 FAX.03-3269-8480  E-mail sakuraco@leaf.ocn.ne.jp)

新刊の案内 桜出版HP

 

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☆2012年1月21日 (土)

『一握の砂』を朝日文庫版で読む 近藤典彦氏ブログより

復元啄木新歌集出版

  • 2つの歌集から成る文庫本です。
  • 1つ目の歌集は『一握の砂以後』。これは生まれ変った「悲しき玩具」です。100年前に出た『悲しき玩具』は土岐哀果の編集になるものですが、啄木の意図を大きく毀損する編集・いくつもの重要なルビの間違い・啄木とは違う漢字の使用等々の問題がありました。
  • このたびわたくしが気づいた限りの全ての問題点を、啄木の原本「一握の砂以後」と先行諸研究とわたくし自身の研究とに基づいて改訂しました。その結果「悲しき玩具」が生まれ変わりました。
  • 2つ目の歌集は『仕事の後』。これについてはこのブログで46回にわたって書いてきました。46回のブログは実は本書の「解説」部分です。通して読むとけっこう面白いはずです。
  • そして本文。これは苦労しました。これら本文の内容を明治時代に見た人は、啄木以外では啄木が売り込みに行った先の春陽堂の編集者だけでしょう。啄木はこの原稿を解体しました。したがってまさに幻の歌集となったのです。本書によってその歌集がよめることになりました。
  • さらにこの2つの歌集が1冊に編まれたことで、朝日文庫版『一握の砂』とすばらしい連関ができました。それは本書「あとがき」に書いてあります。本書と朝日文庫版『一握の砂』は不可分の一対を成しています。

『一握の砂』を朝日文庫版で読む

 

[] 新刊案内『石川啄木』[コレクション日本歌人選]

  • 河野有時 著 笠間書院
  • 定価 1200円(税別)2月7日発売予定

  不来方のお城の草に寝ころびて

  空に吸はれし

  十五の心

石川啄木

「正直に言へば、歌なんか作らなくてもよいやうな人になりたい」。そう願いながら生涯を歌とともに歩んだ天才歌人。啄木にとって歌を作るのは「我」と向きあうことだった。文学、恋愛、中退、挫折、彷徨、東京、借金、病魔、故郷ーー夢を見たのも、夢から覚めたのもその才のゆえであったろう。

新しき明日を見渡したその眼は、また、ありふれた今日の中から近代の抒情を発見する。歌壇の圏外に出て、平易な言葉で日常をとらえた啄木短歌は日本近代文学史に打ち据えられた道標である。

2012-01-22

[][] 「水蒸気 列車の窓に 花のごと…」旭川に歌碑 4/13

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[モウセンゴケ]


啄木没後100年、命日に歌碑除幕 旭川

  • 旭川に石川啄木の歌碑を建てる会は20日、啄木が詠んだ旭川に関する4首の歌碑と像の除幕式(午前11時から)を、啄木の没後100年の命日に当たる4月13日に行うことを決めた。式は、設置場所のJR旭川駅東コンコース隣りの旭川観光物産情報センターで開く。(岩本進)
  • 同会によると、歌碑と像は一体化したもので、汽車の座席に座る啄木が窓から冬景色を見ている姿をデザインし、台座に4首の歌碑を埋め込む。4首の一つの「水蒸気 列車の窓に 花のごと 凍(い)てしを染むる あかつきの色」をイメージ化した。啄木の隣に自由に座って記念撮影できるのが最大の特徴だ。
  • 歌碑と像の設置は、啄木が旭川に滞在した足跡を残そうという旭川市出身の啄木研究者、近藤典彦さん(神奈川県)の提言がきっかけ。実現化しようと、旭川の文化人や経済人らと東京旭川会の会員が昨年7月に同会を設立した。
  • 現在の募金総額は約500万円。目標額のまだ6割で、同会は引き続き市民らに協力を求めている。個人1口2千円、企業1口1万円。ゆうちょ銀行の振替口座で受け付けている。詳しくは、同会事務局(柴滝建築設計事務所内)(電)0166・22・7577へ。

(2012-01-22 北海道新聞

☆1月20日からJR旭川駅南側コンコースで「石川啄木」に関するパネル展が開かれている。

 

[] 石川啄木「釧路第一泊目の地」に記念碑

  • 釧路ゆかりの歌人、石川啄木(1886〜1912年)の没後100年の今年、104年前の来釧日に当たる21日、釧路市内で啄木の足跡をたどるイベントが開かれた。啄木が北海道放浪時代に76日間滞在した釧路市で、最初に宿泊した場所に設置した記念碑の除幕式と啄木が歩いた道をアイスキャンドルで照らす恒例の「啄木・雪あかりの町・くしろ」が行われた。
  • 記念碑は、釧路啄木会など同市内の19団体でつくる期成会が建立。1908年(明治41年)、啄木が旧釧路新聞(現北海道新聞)記者になるため釧路を初めて訪問した1月21日に合わせて除幕した。
  • 碑は緑色に塗られた鉄製で、高さ1.6メートル、幅20センチの六角柱。「釧路第一泊目の地」の表記に続いて、同日の日記の一文が記されている。市内では27基目となる。
  • 宿泊した翌朝は「シャボン(せっけん)箱に手が喰(くい)付いた」ほどの冷え込みだった。この日も最低気温は氷点下14.5度で、関係者は「啄木もさぞ寒かったろう」と思いをはせた。

(2012-01-22 釧路新聞、北海道新聞、毎日新聞、ほか)

2012-01-19

[] 呼吸すれば、胸の中にて鳴る音あり…石川啄木

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[ゴヨウマツ]


啄木は平成の人々の心の玩具に

 〈呼吸(いき)すれば、/胸の中(うち)にて鳴る音あり。/凩(こがらし)よりもさびしきその音!〉。石川啄木の歌集「悲しき玩具」の最初に収められている。

  • 啄木が亡くなって今年4月で100年になる。肺結核と貧しさにあえいだ26歳だった。書きためた短歌を友人に託していた。第2詩集「悲しき玩具」は土岐哀果(善麿)らが奔走して出版された。
  • 短歌を玩具とした啄木は「五七五七七」を3行に分けて詠んだ。分け方は一通りでない。冒頭の歌は「五・七五・七七」だ。…「五・七・五七七」…「五七・五・七七」もあれば「五・七五七・七」「五七五・七・七」もある。三十一文字を自在に切り結んだ。絶望と希望が時にせめぎ合う心象風景が、かたちをなすにまかせた。結果、短歌に新しい命を与えた。
  • …共感者の間口を広げながら、啄木は平成の人々の心の玩具になっていく。

(2012-01-16 西日本新聞朝刊>コラム>春秋)

2012-01-18

[]「2011 盛岡大会」<その 11 (終) > パネル・ディスカッション 4/4 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》

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[啄木歌碑「ふるさとの山に向ひて…」盛岡駅前]


<その 11 (終) >

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パネル・ディスカッション

◎ コーディネーターまとめ

《望月 善次》

今年のディスカッションは拡散した。来年は集約の年にしないといけない。「盛岡市は啄木・賢治を大事にしていない」と話す人がいる。「遠野市がどうやったかをみなさい」ともいう。「来年は啄木100年、アピールできる最後のチャンス」ともいう。これは私たちにも大きな問題だ。

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[発言する望月善次氏]

学会を開いてくださった岩城之徳先生が、「国際」をつけた啄木学会という名称にしたことは卓見だった。それを受け継いでくださったみなさんのいたことは幸せだった。これからもっと多様な世代への働きかけを強めていかないといけない。


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───── ・ ───── ・ ─────

♣ パネル・ディスカッションは、テーマに沿って10ラウンドほど展開しました。1ラウンドごとにパネリストと指定討論者の方々が意見を述べ、フロアとの意見交換もしました。皆さんの力強いことばが飛び交い、充実した時間になりました。

♣ 盛岡大会全体をレポートすることはとても難しかったのですが、雰囲気を味わっていただくことは出来ましたでしょうか。お読みいただきありがとうございました。  

   ☃ 啄木の息・管理者 ☃

2012-01-17

[] 「2011 盛岡大会」<その 10 > パネル・ディスカッション 3/4 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》

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[北上川畔の大木]


<その 10 >

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パネル・ディスカッション

  テーマ「新しき明日、新しき啄木」

コーディネーター=望月 善次 パネリスト=池田 功、西連寺 成子、田口 道昭、森 義真 指定討論者=太田 登、近藤 典彦(書面参加)


◎ 日本の「新しき明日」〜東日本大震災からの復興を視野に入れながら〜

《森 義真》

大震災に関連して宮澤賢治はニュースに取り上げられたが、残念なことに石川啄木はニュースにはならなかった。

三陸の啄木碑の状況(推測を含む)についてわかっている範囲で伝える。大船渡市三陸町吉浜の歌碑「潮かをる…」は大きく波をかぶった。しかし、土台がしっかりしていたので石垣が少し崩れただけで碑は残った。同じ吉浜の「嗚呼惨哉海嘯」は残った。宮古市鍬ヶ崎「啄木寄港の地」の碑は残ったが、鍬ヶ崎の町は瓦礫になってしまったところが多い。陸前高田市高田松原の碑「いのちなき砂のかなしさよ…」、気仙町「啄木遊泳の浜」、大船渡市大船渡町「啄木曾遊之地」などは被害に遭った。

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[発言する森 義真 氏]

皆さんにお願いしたいこと。(1)現地を見ていただきたい。物見遊山でも野次馬でもいいから、とにかく沿岸部の惨状を見て、そこから自分に何ができるか考えていただきたい。できれば、現地で買い物をして経済が回るように支援していただきたい。(2)ボランティアがだんだん減ってきている。まだまだ仕事があるのでボランティアという方法も考えていただきたい。

若い世代が生き生きと仕事をして充実感を得る社会が「明日」であってほしい。復旧・復興には時間がかかるが必ず復興すると信じている。震災後の「人々の絆」が一過性のものではなく復興が成し遂げられたときに、日本の「新しき明日」が来る、と思う。

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[啄木文字「もりおか」:盛岡駅外壁]


◎ 最終発言

《池田 功》啄木を読んでいると元気が出てくる。啄木はわかりやすいことばで人の心のなかにぐっと入ってくる。そこに魅力を感じ元気をもらい新しき明日をつくる力にしていきたい。

《西連寺 成子》新しい観点が出てきた。あらためて啄木研究の面白さ可能性に気づくよいきっかけをもらった。

《田口 道昭》嘘はなけれどーー」の、このダッシュの部分をもう少し読み込みできたらと思った。こういった悲しみを書かずにいられなかった啄木について議論したかった。

《森 義真》「呼子と口笛」とタイトルをつけた背景については、これまでだれも言及していない。私の新しいテーマができたかなと思う。「よびこ」・「よぶこ」の読み方があるが、「よぶこ」と読むのがスタンダードである(国際啄木学会会報創刊号にある)。


(パネル・ディスカッションつづく)

2012-01-16

[] 「2011 盛岡大会」<その 9 > パネル・ディスカッション 2/4 啄木行事レポート

《関連イベントに参加しての私的レポート》

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[少年啄木像・大通]


<その 9 >

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パネル・ディスカッション

  テーマ「新しき明日、新しき啄木」

コーディネーター=望月 善次 パネリスト=池田 功、西連寺 成子、田口 道昭、森 義真 指定討論者=太田 登、近藤 典彦(書面参加)


◎ 啄木研究の新観点:「検閲」問題が示唆する「新しき明日」〜ジェイ・ルービン(今井素子、木股知史他訳)『風俗壊乱』を踏まえながら〜

《田口 道昭》

ジェイ・ルービン氏は、啄木の論文「時代閉塞の現状」が『天皇制の合法性というタブーを問題にしようとしていた』ことを明らかにしていく。しかし、「時代閉塞の現状」ははたして検閲を考慮しながら天皇制に言及したものだったか。啄木の文章の流れを読んでいくと、啄木が主張するのは、「其『敵』の存在を意識」することであり、「我々自身の時代に対する組織的考察」である、と述べている。「盲目的」突進者たちの「組織的考察」はいまだなされていないからこそ、啄木はそれを呼び掛けるのである。


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[発言する田口道昭氏]

ただし、「時代閉塞の現状」に限って言えば「天皇制」が念頭に置かれていたかどうかは、想像の域を出ないということがいえるのではないか。啄木が天皇を元首とする明治国家、大逆罪の容疑者を即時に死刑にした国家の特殊性に気づかなかったわけではない。ただ、それを「時代閉塞の現状」の読み取りの際に過剰に深読みして啄木を祀りあげることは避けるべきだということである。


◎ 啄木研究の「新しき明日」

《太田 登》

啄木研究の「新しき明日」について、私は絶望も悲観もしていない。おおいに若い世代にも期待している。また、高齢化社会を肯定し、70代も80代も啄木を求めていく必要がある。

そのために横のつながりを広げる。日本人という枠組みから飛び出し、インターネットをうまく利用する。台湾の学生は啄木のこともすべてネットを使って調べている。我々はもっとインターネットを使って啄木を海外に発信していくシステムを作らないといけない。

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[発言する太田登氏]

新しき明日への展望でいえば、新しさだけが新しいことではない。つまり、古いことを含め、古さや伝統を再評価することが新しさになろうかと思う。

啄木は明治国家の近代主義を一度壊そうとしている。そこに、地方文化も含めて見失った古い物をもう一度見直すことが大事だ。


(パネル・ディスカッションつづく)

2012-01-14

[] 啄木かるた大会 2/18

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[ヒマラヤスギ]


啄木生誕祭 第10回かるた大会

かるた好きで、村にかるた遊びを流行らせた啄木にちなみ、「啄木かるた」を取り合う。

  • 2012年2月18日(土)10:00〜
  • 会場 盛岡市 渋民文化会館(姫神ホール)
  • 問合せ 石川啄木記念館 TEL 019-683-2315

[] [啄木 広場] 主な啄木没後100年関連事業 2012/4/13~2013/2/23

没後100年を記念し、盛岡市は実行委員会を立ち上げ、啄木顕彰の各種記念事業を計画している。恒例行事のほか啄木ゆかりの地とのつながりを深める企画も実施。新たな啄木の魅力を発信していく。

2012年

  • 4/13 啄木忌 盛岡市玉山区宝徳寺
  • 5/6 啄木没後100年記念短歌大会 盛岡市玉山区 渋民文化会館
  • 5/13 啄木没後100年記念俳句大会 盛岡市玉山区 渋民文化会館
  • 6/2 没後100年記念フォーラム 盛岡市玉山区 姫神ホール
  • 7/5 啄木学級「文の京講座」 東京都文京区 シビックホール
  • 8/24-26 全国高校生短歌大会「短歌甲子園」 盛岡市

2013年

  • 2/23 生誕祭啄木かるた大会 盛岡市玉山区 渋民文化会館

(2012-01-01 岩手日報

2012-01-13

[] 啄木の交友録(31-32)「街もりおか」

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[「啄木の交友録」コピー]


月刊誌「街もりおか」

啄木の交友録【盛岡篇】執筆 森 義真 氏


31. 高橋 兵庫  2011年12月号(No.528)

高橋兵庫は明治21年、大地主の長男として、岩手郡巻堀村好摩(現・盛岡市玉山区好摩)に生まれた。啄木といえば、「借金」のイメージが浮かんでくることを否定しない。そうした啄木にも、数多くの「贈与」がある。その一例。啄木日記、明治37年4月3日の記述。「光一君兵庫君立直君、来る、学校にゆきて遊ぶ。兵庫へウエブスター英辞典送る。」

「辞典送る」とは、どういうことなのか。これは、後輩で見込みのある兵庫に、もっと勉強するようにという意味を込めて、東京の丸善から送るように手配した、ということではないだろうか。兵庫は後に訓導として主に岩手郡の学校に勤めた。


32. 大井 蒼梧  2012年1月号(No.529)

大井蒼梧(本名・一郎)は、神職から教師となった父の長男として、明治12年に東京で生まれた。東京高等師範学校(現・筑波大学)を明治35年に卒業、盛岡中学校に地理(英語か)の教師として赴任した。その前年から活発に活動していた啄木主宰の短歌同好会である白羊会の顧問となった。中学生は詩歌や小説などを作るな、という一般教育者の風潮に対して、蒼梧は「中学生と詩歌」の論文で反論した。つまり啄木等の文学活動をバックアップしたのだ。

啄木が盛岡中学を中退して東京に旅立つ前日に、蒼梧は発行されたばかりの『透谷全集』を贈った。並製本でも1円した。かけそば一杯が2銭の時代である。師弟関係の濃密さを物語っていよう。

2012-01-12

[] 『一握の砂』生んだ北海道体験 石川啄木

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[特集ページ 北海道新聞]


「啄木の軌跡」 石川啄木 没後100年

《漂泊の歌》

   潮かをる北の浜辺の

   砂山のかの浜薔薇(はまなす)よ

   今年も咲けるや

  • 啄木は1907年(明治40)5月から1年弱、道内各地を漂泊した。四つのマチに住んで六つの職場を転々とし、北海道らしい自然に触れ、多くの出会いを重ねた。函館、札幌、小樽、釧路、旭川、岩見沢・・・。しかし、「小説家になりたい」という志を断ちがたく上京を決意。
  • 啄木研究者の近藤典彦さん(神奈川県在住)は言う。「啄木は北海道で初めて、本格的な勤め人となり、赤裸々な人間関係を身にしみて体験しました。この体験が啄木を“詩人”から“生活者”へと転回させていきます。北海道漂泊の一年弱が、国民詩人・啄木の道を切り開いたのです」

《募る望郷》

   汽車の窓

   はるかに北にふるさとの山見え来れば

   襟を正すも

  • 啄木ほど故郷を集中的に詠んだ歌人はいない。「一握の砂」には、故郷に関する歌が50首以上収められている。その啄木が生まれ育った東北地方を襲った東日本大震災。「故郷喪失」感が広がる今の社会状況と重なり、被災者も含めた、日本人の心を揺さぶる。
  • 盛岡市の啄木研究者、遊座昭吾さんは話す。「啄木は故郷を出た後、北海道を放浪し東京に出て、家族がそろった故郷のありがたさが分かったのだと思う。啄木の歌には、故郷へのそんな強い思いが込められている」
  • 啄木研究で知られる国立台湾大学の太田登教授は言う。「家を失い、家族や故郷との絆の重みを考えている人々にとって、心にしみる歌の言葉は豊かな栄養源となる。啄木の歌は故郷を思う人に共感を与え、生きる勇気と希望をもたらすだろう」

《日常を取り戻す機会に》

   糸きれし紙鳶(たこ)のごとくに

   若き日の心かろくも

   とびさりしかな

  • 石川啄木記念館学芸員の山本玲子さんは、「糸きれし紙鳶のごとくに」という言葉が、東日本大震災で故郷をなくした被災者と重なります」「故郷への思いを込めた啄木の歌は、被災者の背中を押してくれるように思えてなりません」と語る。

(2012-01-04 北海道新聞

2012-01-11

[] ふるさとの訛なつかし--- 石川啄木

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[啄木歌碑 上野駅構内]


雑誌「日経おとなのOFF」日経BP社 2012年2月号

-穂村弘の現代短歌入門

 ○ 共感と驚異を織り交ぜる


  砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね

        俵万智


  ふるさとの訛なつかし

  停車場の人ごみの中に

  そを聴きにゆく

        石川啄木


     [改悪例]

      停車場の人ごみの中に

      ふと聴きし

      わがふるさとの訛なつかし

誰もが経験していることより、1000人中 1人しか気付いていない驚きを指摘するほうが、人は共感する。「砂浜に埋めたもの」が、誰もが想定するものではなく「折れた翼」というところに歌がある。

啄木の有名な歌は、かなり強引だと思う。わざわざ訛りを聞きに人混みに行くよりも、たまたま停車場にいたときに訛りが聞こえてきて懐かしく思う、という状況のほうがよくあるだろう。でも啄木は、そこにたった一人しか気付くことがない虚構を立ち上げたのだ。

2012-01-10

[][] 「啄木・雪あかりの町・くしろ」など続々

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[龍の息(ドラゴンブレス)]


石川啄木没後100年 釧路で催し続々

歌人石川啄木(1886〜1912年)が亡くなってから、今年4月で100年になる。啄木が旧釧路新聞社に勤めた縁のある釧路市では今月、記念の催しが開かれる。

  • 釧路啄木会(北畠立朴会長)などの有志は1月21日、「石川啄木・釧路第一泊目の足跡の碑」の除幕式を釧路市浦見5丁目で開く。
  • 1月21日は市内の南大通をアイスキャンドルで飾る「啄木・雪あかりの町・くしろ」がある。
  • 市立釧路図書館では1月14〜22日、1千点以上の啄木関連書籍などを集めた「没年100年記念資料展」を開く。1月22日は北畠会長の講演会がある。

(2012-01-10 朝日新聞>マイタウン>北海道)

2012-01-09

[] 新しき明日の来るを信ずといふ…啄木

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[ペーパーホワイトスイセン]


社説:成人の日 おおいに発言しよう

  • <新しき明日の来(きた)るを信ずといふ/自分の言葉に/嘘はなけれど−−>。近代日本を代表する歌人の一人、石川啄木の作品だ。今年4月で没後100年になる啄木は、貧しさや孤独に苦しみながらも、希望を捨てず、でも不安もかみしめていた。啄木を読み返すと、社会制度も国際環境も随分と違うのに、現代人の心情といくつも共通点が見つかる。
  • 「成人の日」を迎えた全国 122万人の若者たちに心から、おめでとうと言いたい。きっとさまざまな希望を抱いていることだろう。でも、不安が胸をよぎっている人も少なくないかもしれない。
  • 再び、啄木を引用しよう。26歳で死去する 2年前に評論「時代閉塞(へいそく)の現状」を執筆している。大逆事件(天皇暗殺計画をたてたとして多数の社会主義者が処刑された事件)後の圧政の中、格差や就職難を見つめながら、何とか豊かな未来を構想しようと呼びかけた。
  • こんな一節がある。<明日の考察! これ実に我々が今日において為(な)すべき唯一である、そうしてまたすべてである>。理想は「善」や「美」に対する空想ではないと記し、「今日」を研究して「明日」の必要を発見すべきだとも主張している。
  • 理想を求める明治の思いは、閉塞感の漂う現代を生きるうえでも有効だろう。地に足の着いた議論で、民主主義に参加しよう。発言を重ねて、「明日」をつくっていこう。

(2012-01-09 毎日新聞>社説)

 

[] 「碑が語る石川啄木」〜1/27

[もりおか啄木・賢治青春館第52回企画展・石川啄木没後百年記念事業プレ企画]

「碑(いしぶみ)が語る石川啄木〜拓本シリーズその2」

来年迎える啄木没後100年を前に、文学碑拓本研究家の澤尻弘志氏(盛岡市在住)が全国から採った拓本約30点を展示します。歌碑の拓本の美しさから、啄木の歌の心に触れてみてはいかがでしょう。

  • 2011年12月14日(水)〜2012年1月27日(金)10:00〜18:00
  • 場 所 もりおか啄木・賢治青春館 2階展示ホール
  • 入場料 無料
  • もりおか啄木・賢治青春館

  盛岡市中ノ橋通1丁目1−25 (TEL&FAX 019−604−8900)

 

[] 啄木の「春まだ浅く」観る・聴く 1/22

[石川啄木没後百年記念事業プレ企画]

啄木の「春まだ浅く」観る・聴く

  • 2012年1月22日(日) 開演 13時30分〜
  • 場所 プラザおでって (中ノ橋通一)
  • 内容
    • 映画「情熱の詩人啄木〜ふるさと篇」上映
    • SPレコード鑑賞「春まだ浅く」「啄木の歌」
    • バイオリン・ピアノ演奏と歌
  • 費用 500円
  • 問い合わせ 盛岡観光コンベンション協会協会(電話:019-604-3300)

2012-01-08

[] 最も詳しい啄木目録「湘南啄木文庫収集目録」発行


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【収集目録 第24号の表紙 「石川啄木全集」未収録の年賀状】


「湘南啄木文庫収集目録」第24号

  • 湘南啄木文庫が収集した文献の詳細目録。2012年1月1日発行。
  • 2010年12月から2011年11月までに発行された石川啄木文献(単行本、特集号雑誌、雑誌・単行本に収録の文献、書評・新刊紹介等、新聞・雑誌掲載の記事等)総数 679 点を掲載。
    • 送料とも 800円。
    • 希望の方はメールにて

 takuboku@sato.email.ne.jp(湘南啄木文庫 主宰 佐藤勝)

湘南啄木文庫のページ

  • 表紙の写真は神奈川近代文学館所蔵の石川啄木の年賀状(明治44年1月1日)。太田正雄(木下杢太郎)宛。「石川啄木全集」未収録。(詳細は編集後記に記載)

2012-01-07

[] 今年はいい事が沢山あってくれ--啄木

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[龍]


啄木の新年

  • 明治45年(1912年)の元日、石川啄木は人生最後の年の日記をこう書き出している。<一月一日 今年ほど新年らしい気持ちのしない新年を迎えたことはない。というよりは寧(むし)ろ、新年らしい気持ちになるだけの気力さえない新年だったという方が当たっているかも知れない>
  • …虚飾を排し事実を書き残す覚悟からは、すがすがしさのようなものさえ感じられる
  • けっして希望を失ってはいなかった。親友土岐善麿への年賀状をこう結んでいる。<どうか今年はいい事が沢山(たくさん)あってくれ―君のためにもそうして僕のためにも>。
  • その年の4月13日、啄木は26歳で世を去った。来年は没後100年。来る年はいい事が沢山あれかし―と。

(2011-12-31 北海道新聞>卓上四季)

[] 復興元年つながる心/等身大の思想で希望を紡ぐ

<何となく 今年はよい事あるごとし 元日の朝 晴れて風無し>(石川啄木

  • 新しい年が明けた。仮設住宅で暮らす人がいる。ふるさとから遠く離れ、避難生活を余儀なくされている家族がいる。仕事がなければ、将来の見通しも立たない。…いつもとは違う正月の風景。被災者の窮状に照らせば、啄木の歌の引用は適当ではないのかもしれない。
  • だが、こうも思う。私たちの今は先人たちが「よい事」を希求し、積み重ねてきた到達点としてある。ならばそのバトンを受け継ぎ、孫子の世代に託す責務があるのではないか。
  • 受難を復興のエネルギーに変換するには、なにがしかの希望が要る。肩の力を抜いて「何となく」の期待。確証はないが、それでいい。2012年をそろりそろりと、歩み始める年にしたい。

(2012-01-01 河北新報>社説)

 

[] 1月1日付・大切なもの

  • 〈何となく今年はよい事あるごとし 元日の朝、晴れて風なし〉。石川啄木がこの歌を詠んだのは25歳の正月。借金苦に身内の不幸が重なり、八方ふさがりだった。苦境脱出の願いを元旦の澄み切った空に託したのだろう。
  • 大震災の年から一夜明け、誰しもが、良きことあれかしと祈る朝。
  • 大震災で、目には見えなくても大切なものがたくさんあることに私たちは気づかされた。自分をごまかさず、本当に大切なものを大切にする。2012年はそんな年でありたい。

(2012-01-01 四国新聞>香川ニュース)

[] 2012年度 啄木コンクール作品募集

  • 短歌作品 20首
  • テーマ 主題・内容は自由
  • 表現形式 定型、口語・自由律 いずれも可
  • 応募先 101-0064 東京都千代田区猿楽町1-4-8 松村ビル401号

  新日本歌人協会「啄木コンクール」係

  • 応募締切 2012年1月31日(当日消印有効)

[] 石川啄木 没後100年 道内外で記念行事続々

北海道と縁が深い歌人石川啄木(1886〜1912年)が亡くなって、4月13日で100年。不世出の歌人の「没後100年」に合わせて、道内外でさまざまな記念事業が予定されている。

○ 岩手

  • 6/2 「啄木ゆかりの地サミット」岩手県盛岡市渋民文化会館
  • 4月以降 石川啄木記念館企画展
  • 「啄木かるた」制作 石川啄木記念館

○ 啄木の足跡をあらためて残そう

  • 1/21 「釧路第一泊目の地」碑
  • 4/5 「離釧の地」看板
  • 4/13前後 啄木歌碑と像 旭川

○ 内定している主な道内行事

  • 1/14-22 没年100年記念資料展 市立釧路図書館
  • 1/22  没年100年記念講演「日本一、啄木を大切にする街を目指して」 市立釧路図書館
  • 4〜10月(仮題、日程未定) 「啄木の終焉と妻節子」展 函館市文学館
  • 6/2-7/8 「石川啄木と小樽啄木会」展 市立小樽文学館
  • 6月(日程未定) 小樽啄木忌の集い 市立小樽文学館

(2012-01-02 北海道新聞

2012-01-06

[] 啄木没後100年--啄木人気の秘密と文学と思想(下)

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[クレーン]


啄木没後100年 東北の詩魂と反問/下

  対談・山折哲雄×三枝※之 時代閉塞に抱いた危機

    [注:三枝※之(さいぐさたかゆき)氏(※は「昴」の「卯」の左側が「工」]

石川啄木をめぐる宗教学者の山折哲雄さんと歌人の三枝たか之さんの対談は、東日本大震災後の状況にも話が及んだ。また、詩人・評論家の吉本隆明さん、俳人の西村和子さんに、啄木文学の評価や魅力を論じてもらった。

  • 山折 『一握の砂』(1910年)の巻頭歌、<東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹(かに)とたはむる>は、第一に挙げるべき啄木の代表歌だと思ってきましたが、大震災で確信をもったのです。…人間はすさまじい自然の力で破壊を受けたが、最終的にはその自然によって再び慰められるしかない。日本列島に住む人々は何千年、何万年も、この自然の二面性と付き合い、戦い、敗れ、そして生き抜いてきたのだと感じました。その時、大伴家持や、源実朝釈迢空らの歌とともに、自然に浮かび上がってきたのが啄木の<東海の>の歌でした。
  • 三枝 <東海の小島の磯の……>というのはマクロな視点の中で自分を見つめている歌です。置かれた環境の中で、もがき苦しみつつ生きることを宿命と受け止めている感触がにじんでいます。震災後、新しい読み方が生まれる可能性のある歌ですね。…啄木が衝撃を受けた出来事に多数の社会主義者らが逮捕、処刑された大逆事件(1910年)があります。…そこで啄木は「時代閉塞の現状」という刺激的な評論を書くと同時に、事件の経緯を克明に記録しています。震災後の私たちが学んでおきたいのは、後世に伝えるには、論じることと、基礎資料を用意することの二つが必要だという点です。<人といふ人のこころに/一人づつ囚人がゐて/うめくかなしさ>(『一握の砂』)という歌には、事件に対する強い危機意識が表現されています。

==============

  • 近代の第一級詩人───詩人・評論家、吉本隆明さん

 やさしい言葉で、生活の中の隠れた心理や思想を的確に摘出したことが、今も啄木の人気が衰えない理由ではないでしょうか。

 <友がみなわれよりえらく見ゆる日よ/花を買ひ来て/妻としたしむ>

 <こころよく/人を讃(ほ)めてみたくなりにけり/利己の心に倦(う)めるさびしさ>(いずれも『一握の砂』)

 こうした生活の中の細々した感情や社会の見方を歌った作品は、ほとんどが一級品です。歌人の中には異論もあるでしょうが、「詩人」という概念を包括的な意味で用いるなら、間違いなく第一級の詩人といえます。…これだけの表現ができる詩人はそんなに多くはいません。日本の近代の詩人では、高村光太郎萩原朔太郎斎藤茂吉らと並んで5本の指に入る一人だと思います。


  • 不思議な治癒力ある−−俳人・西村和子さん

 <君に似し姿を街に見る時の/こころ躍りを/あはれと思へ>(『一握の砂』)

 石川啄木のこの歌が、私を短詩型文学の入り口に誘(いざな)ってくれた。憧れの英語の先生の姿をひと目でも見かけるとその日は一日中幸せ、通学途中の電車の中で似た人を目にしただけでも胸が高鳴った。中学三年生だった。…あれから半世紀、短歌よりさらに短い俳句を表現手段に選んだが、どこでも作れて暗誦でき、いつでも味わえるという短詩型の魅力を最初に教えてくれたのは啄木だった。

 <頬(ほ)の寒き/流離の旅の人として/路(みち)問ふほどのこと言ひしのみ>(同)

 <眼(め)閉づれど、/心にうかぶ何もなし。/さびしくも、また、眼をあけるかな。>(『悲しき玩具』)

…その歌には不思議な治癒力があるのだ。青春時代に立ち戻って涙したあとに、生きる力が湧き上がって来るのにも似た、人生に疲弊した心を再生する力が。(寄稿)

(2012-01-05 毎日新聞>東京夕刊)

2012-01-05

[] 啄木没後100年--啄木人気の秘密と文学と思想(上)

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[ザクロ]


啄木没後100年 東北の詩魂と反問/上

  対談・山折哲雄×三枝※之 大衆をつかんだ「自分」への問い

    [注:三枝※之(さいぐさたかゆき)氏(※は「昴」の「卯」の左側が「工」]

2012年は近代日本を代表する歌人・詩人、石川啄木の没後100年に当たる。東北の地に生まれ、創作と生活に苦闘し、26歳で早世した啄木の作品は、なぜ愛唱され続けるのか。宗教学者の山折哲雄さんと歌人の三枝※之さんに、人気の秘密から、啄木の文学と思想を通し見えてくる今の日本の課題まで語り合ってもらった。


  • 三枝 啄木の文学とはどんな出会いでしたか。
  • 山折 啄木作品の読み方は年代ごとに変わってきましたね。…紛れもなく近代の歌人、現代の詩人と思っていた啄木が、実は『万葉集』の世界にもさかのぼるような自然観、宇宙観の中で仕事をした歌人、詩人だと感じたのです。それに気づかせてくれた歌が<不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心>です。…つまり、「空に吸はれし」とは、魂が身体から遊離する「遊離魂」感覚を歌っているのではないかと気づきました。これは挽歌を中心とした万葉歌に見られる身心分離の人間観の根底にあるものです。…啄木は単なる近現代の歌人ではなくて、古代以来の歴史を貫いて受け継がれてきた日本人の重要な感覚を、平易で柔らかい自然体の歌で表現した人なのではと思いました。
  • 三枝 啄木が好きというと恥ずかしくて、斎藤茂吉が好きというと「おっ、プロだな」(笑い)と思われるようなところがあります。
  • 山折 私も年を重ねるにつれ、茂吉のほうが上だと思うようになりましたが、最近は違うんです。特に東日本大震災の後は変わりました。…啄木はすうっと万葉の世界に行ってしまう。日本人の原体験というか、自然との相関の中で作り上げられた世界観、宇宙観へ自然に入っていきます。…啄木ほど作品の中に「心」という言葉を使った歌人はいないのではないでしょうか。これも西行と共通する点です。
  • 三枝 与謝野鉄幹・晶子をはじめ、明治時代の新しい短歌は若者の歌でした。晶子の歌集『みだれ髪』(1901年)から約10年後に出た『一握の砂』の広告を啄木は自分で書きましたが、「従来の青年男女の間に限られたる明治新短歌の領域を拡張して、広く読者を中年の人々に求む」とあります。つまり、これは中年向けの歌だ、と。若者の歌が青春を歌うのに対し、中年の歌は仕事の苦しみ、家族とのあつれき、愛情など生活全般に主題が広がります。自分を取り巻く生活環境の中で感じ、考えたことを表現する近代短歌のテーマの広がりは、啄木に始まるのではないか。啄木の作歌活動は実質わずか3年ですが、その功績は大きいと思います。

 ◇山折さんの推すベスト作品

   不来方のお城の草に寝ころびて

   空に吸はれし

   十五の心

 

   東海の小島の磯の白砂に

   われ泣きぬれて

   蟹(かに)とたはむる

 

   よく怒(いか)る人にてありしわが父の

   日ごろ怒らず

   怒れと思ふ


 ◇三枝さんの推すベスト作品

   こみ合へる電車の隅に

   ちぢこまる

   ゆふべゆふべの我のいとしさ

 

   何となく汽車に乗りたく思ひしのみ

   汽車を下りしに

   ゆくところなし

 

   ふるさとの空遠みかも

   高き屋にひとりのぼりて

   愁ひて下る

(2012-01-04 毎日新聞>東京夕刊)

2012-01-01

[][] 新年のご挨拶

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たくさんの感謝をこめて

訪れてくださる皆さまに支えられながらブログを続けてまいりました。本当にありがとうございます。

昨年は忘れられない年になりました。日々の細かいことごとがみんな愛おしく思え、人の厚意に対しいままでよりも感謝のこころが深くなりました。

過去をやりなおすことはできません。未来はまぶしく輝いているからよく見えないといいます。見える今日の日を大切にして歩んでいきます。

皆さまの 2012 年が幸せでありますように!

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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