啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2012-05-31

[] 「くしろふるさとカルタ」展示中!

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[ハルリンドウ]


釧路空港ロビーで「くしろふるさとカルタ」展示

こどもたちと釧路地方の魅力を発見し、それを永く伝承しようと作られた「釧路ふるさとカルタ」。

釧路地方の魅力が88枚のカルタに満載!

  • 展示期間 平成24年5月26日(土)〜平成24年6月17日(日)予定
  • 展示場所 たんちょう釧路空港2階出発ロビー イベントスペース



(た) 啄木の 足跡慕う 港文館

[][] 啄木の魅力、生きざま紹介

山梨県立文学館 没後100年で企画展

  • 没後100年を迎え、なお読み継がれる明治の歌人・詩人、石川啄木の魅力、生きざまに迫る企画展「石川啄木 愛と悲しみの歌」が甲府市貢川の県立文学館で開かれている。《ふるさとの山に向(むか)ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな》《ふるさとの訛(なまり)なつかし停車場の−》。誰もが一度は口ずさんだだろう啄木の作品、生涯をつまびらかに紹介している。
  • 展示されているのは、中学時代の先輩で言語学者の金田一京助に贈った献辞入りの詩集『あこがれ』、など貴重な資料約180点。啄木は『あこがれ』で森鴎外らから「天才詩人」という評価を受けた。
  • 県立文学館の中野和子学芸員は「100年たっても名が知られている文学者は限られる。技巧に凝らず、生活になじんだ表現法の作品は愛唱しやすく、文学や短歌に興味のない人も親しめる」と、啄木の魅力を話している。

 6月24日まで。

(2012-05-31 産経ニュース)

2012-05-30

[]「石川啄木 愛と悲しみの歌」山梨県立文学館 <その 5 (終)>啄木行事レポート

<啄木行事レポート>

◎ 閲覧室資料紹介「石川啄木の世界」

啄木の生涯を紹介した書、石川啄木全集(筑摩書房)、詩、短歌、小説、評論その他、合わせて80冊余が並んでいる。手にとって読むことができるのは素晴らしい。


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企画展図録の表紙。


◎ 夢の家

企画展示の終わりのほうに、石川啄木記念館が作製した啄木の夢の家の模型があった。

西洋風の広い家。花の咲く庭で大勢の子どもたちに囲まれた啄木。節子は部屋で子どもを抱いて椅子に座っている。洋風の家具、二階に上がる広い階段、明るい書斎、フェンスのすぐ近くに鉄道線路もある。

それは、啄木の詩「呼子と口笛」(一九一一・六・二五・TOKYO)をもとにしている。


< 家 >

今朝も、ふと、目のさめしとき、

わが家と呼ぶべき家の欲しくなりて、

顔洗ふ間もそのことをそこはかとなく思ひしが、

(略)

場所は、鉄道に遠からぬ、

心おきなき故郷の村のはづれに選びてむ。

西洋風の木造のさっぱりとしたひと構へ、

高からずとも、さてはまた何の飾りのなしとても、

広き階段とバルコンと明るき書斎……

げにさなり、すわり心地のよき椅子も。

(略)


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美術館の屋根に迫る甲斐駒ヶ岳


  • 山梨県立文学館 山梨県甲府市貢川一丁目5-35 電 055-235-8080
  • 会期 2012年4月28日(土)〜6月24日(日)

(<啄木行事レポート>「石川啄木 愛と悲しみの歌」終)

 

[] 啄木ゆかりの校舎補修 盛岡商議所が奉仕活動

  • 盛岡商工会議所玉山地域運営協議会青年部と同女性部は28日、盛岡市玉山区渋民の石川啄木記念館の敷地内にある旧渋民尋常高等小学校で校舎の補修作業を行った。女性部員は障子を張り替え、青年部員は校舎にはけで防腐剤を塗る作業に汗を流した。
  • 同協議会は玉山地域の財産である同記念館を守るため、28年前から毎年奉仕活動を行っている。

(2012-05-29 岩手日報

 

[] 短冊を掲示し啄木没後100年PR 盛岡商議所

  • 盛岡商工会議所玉山地域運営協議会は、短冊掲示を通じて地域のにぎわいを演出する「啄木短冊盛り上げ事業」をスタートした。本年度が石川啄木没後100年にあたることから、観光客や県民へ広くPRを行う。
  • 石川啄木没後百年 ようこそ啄木生誕の地・玉山へ」と書かれた短冊を玉山地域の商店や公共施設などに掲示。街を訪れる人に目に見える形で「啄木の街」をアピールする。短冊は来年3月末まで掲示予定。約1500枚用意し、希望者には配布する。
  • 問い合わせ 同玉山支所(019・682・0127)

岩手日報 2012-05-29)

2012-05-29

[]「石川啄木 愛と悲しみの歌」山梨県立文学館 <その 4 >啄木行事レポート

<啄木行事レポート>

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「よく来たね。どうぞ」と、等身大の石川啄木が迎えてくれる。



◎ 暮らしの中の歌 ── 啄木が切り拓いたもの

三枝昂之 歌人

明治42年11月30日から七回にわたって啄木は東京毎日新聞に詩論を書いた。「食ふべき詩」である。

「食(くら)ふ」は「生活する」の意である。

どんな詩だろうか。啄木は言う。「両足を地面に喰つ付けてゐて歌ふ詩といふ事である…」ご馳走ではなく糠漬けの胡瓜のような詩、言葉を飾ることなく暮らしを歌う詩。一杯のビールがひとときの安らぎをもたらすように、折々を反映した詩が暮らしに小さく灯をともす。そうした普段着の詩が、「喰ふべき詩」である。

  こみ合へる電車の隅に/ちぢこまる/ゆふべゆふべの我のいとしさ

一日の労働をなんとか終え、縮こまりながら満員電車に揺られて帰る。今でも日々繰り返されている勤め人の哀感と自愛である。ここにあるのは、市井の働きびとの暮らしそのものである。それが『一握の砂』の、特に第一章「我を愛する歌」の主調音である。

最後に啄木の短歌観を端的に示した言葉を紹介しておこう。短歌百年における屈指の名言でもある。

「一生に二度とは帰つて来ないいのちの一秒だ。おれはその一秒がいとしい。たゞ逃がしてやりたくない。それを現すには、形が小さくて、手間暇のいらない歌が一番便利なのだ。(略)歌といふ詩形を持つてるといふことは、我々日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだよ。」

 (「企画展図録」より)


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文学館二階の窓からの景色は額縁入りの美しい絵。正面の建物は県立美術館。


◎ 啄木の一首

文芸の分野で活躍されている方々が、啄木短歌の好きな一首をあげて感想を添えたものを展示していた。直筆で書かれた文字が魅力的だった。

 

2012-05-28

[]「石川啄木 愛と悲しみの歌」山梨県立文学館 <その 3 >啄木行事レポート

<啄木行事レポート>

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緑の山の間を抜けて文学館に近づく。右の壁に企画展「石川啄木 愛と悲しみの歌」の巨大な垂れ幕が見える。


◎ 啄木散文の魅力

平岡敏夫 筑波大学名誉教授

啄木の小説も再評価されて来ているが、何と言っても啄木散文の魅力は、「時代閉塞の現状」(明治43年)に極まっている。閉塞の時代における鋭い閉塞感覚。これが他の論者と啄木とを区別するものだ。我々青年は、時代閉塞の中の自滅状態から脱出するために「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達している。

「それは我々の希望や乃至其他の理由によるのではない、実に必至である。我々は一斉に起つて先づ此時代閉塞の現状に宣戦しなければならぬ」

─この切迫感、緊張をはらんだ文体、全精神を明日の考察へと呼びかける啄木の文章は、現在にこそ生きていると言わねばならない。

 (「企画展図録」より)


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明るく豪華な印象のロビー。左の階段を上って企画展。階段手前が閲覧室。右は、研修室。正面が売店。奥に講堂がある。


◎ 最高の時宜を得た企画 ── 啄木没後百年に思う ──

近藤典彦 国際啄木学会名誉会員

2008年に小林多喜二蟹工船」ブームが起こって、誰からともなく「つぎは啄木だ」と言われ始めた。ところがその後二年余、若い人たちは『一握の砂』や「時代閉塞の現状」を『蟹工船』のように読もうとはしなかった。

なぜだろう?

1990年代初めにバブル経済がはじけ、就職氷河期がはじまり、やがて非正規雇用労働者が1700万人にも達する時代になった。その上就職難が追い打ちををかける。…現代日本の青年たちには啄木は重すぎて読めないのかも知れない。こう思ってわたくしは2011年末を迎えた。

突如としてわたくしは日本の若い人たちに手応えを感じた。何が原因でかれらの心のあり方が変わったのか。答えは東日本大災害だった。

ふたたび日本の若い人たちが啄木を手にし、愛読する日は近いと思う。…今年は啄木没後百年、『悲しき玩具』刊行百年の年である。折から北海道の旭川市では啄木像・歌碑の除幕式があり(2012年4月13日)、釧路・札幌・函館でも建碑の運動が起こっている。東京都文京区では啄木終焉の地の石碑再建の運動が進む。

このたびの企画展「石川啄木 愛と悲しみの歌」は最高の時宜を得た企画となった。

 (「企画展図録」より)

2012-05-27

[][] 小樽の啄木は風のごとくに生きた!


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[表紙]


『風のごとくに 小樽の啄木』

  1冊 1,000円(税込) B5判52ページ 7部構成

  • 小樽にゆかりのある明治期の歌人石川啄木の「没後100年」を記念して、市民グループ「小樽啄木会」(水口忠会長)は、記念誌「風のごとくに 小樽の啄木」を出版した。啄木は1907年(明治40年)9月から小樽日報の記者として小樽で暮らし、翌年1月に釧路に移るまで115日間滞在した。
  • 短歌や日記にちなんだ当時の街並みや港のにぎわいなど写真二十数点も盛り込み、市内の歌碑など啄木ゆかりの地11カ所の場所と見どころを解説した地図などを収録している。
  • 水口会長は「啄木の小樽での生活と暮らしぶりを検証する目的は達することができたと思う」と話している。(大滝伸介)

◎ 問い合わせ 水口会長(電)0134・52・2775

            (メール) <tamizu@nifty.com>(10冊以上は特典あり)

  ・小樽市内で販売=市立小樽文学館紀伊國屋書店小樽店・運河プラザ内 1番庫カフェ

◎「小樽文學舎」(文学館の運営協力団体)通販 otarubun@chive.ocn.ne.jp

(2012-05-25 北海道新聞


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[古写真アルバムのページ『風のごとくに 小樽の啄木』]

  • 「まえがき」より

小樽では10年ほど前、アマチュアカメラマン撮影による明治30年代を中心とする写真や原板などが多数発見された。これらは啄木が記者として活躍した頃の小樽を知る、貴重な手掛かりとなった。

 

[][] 「短歌研究」特集-石川啄木

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[表紙]


「短歌研究」2012年6月号

  1,000円(税込) 短歌研究社

特集 没後百年 石川啄木

  • 100年前の啄木を検証する 

  三枝昂之 啄木再考――ありのままに読むことの大切さ

  山田吉郎 石川啄木をめぐる歌人たち、その友情―明治四十三年を中心に―

  黒岩剛仁 私の啄木体験

  森本平 へなへなの飛び蹴りを――「時代閉塞の現状」の現状

  嵯峨直樹 時代は変わったのか 外部者啄木の視点

  山田航 啄木が死なない理由――〈上京〉がつなぐ近代と現代

  • 朝比奈康博 北海道に啄木の歌碑を
  • 略年譜

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[<啄木の歌のここが好き、ここが嫌い>のページ]

  • 啄木の歌のここが好き、ここが嫌い

 笠松峰生・凜久・永井祐・山吹明日香・鵜沢梢・菊池哲也・齋藤芳生・新井正彦・梶原さい子・永守恭子・広坂早苗・浜田康敬・和嶋忠治・大野英子

 

[] 啄木思う金田一の書簡など展示 盛岡市先人記念館

  • 盛岡市の市先人記念館の「平成23年新収蔵資料展」は7月22日まで、同館で開かれている。金田一京助が友人だった石川啄木について説明する手紙など貴重な資料が並んでいる。
  • 金田一の書簡は、啄木ファンの女性が友人から「啄木の歌は貧乏だから嫌いだ」と言われたことを伝えてきたことに対する1964年の返信。「物質的に貧しくとも、心の富める人はえらいのです」「心は富んでいたからああいう詩歌をつくって人を動かすのです」と、亡き友に対する熱い思いを伝えた。
  • この書簡は金田一と文通していた横浜市の女性が「震災に遭った子どもたちに、金田一京助のメッセージを伝えたい」と同館に寄贈したという。

(2012-05-27 岩手日報

2012-05-26

[] 「北の文学」発売

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[表紙]


「北の文学」64号 5月23日発売

  A5判 180ページ 1冊1,155円 岩手日報社

  • 今号には応募25編の中から優秀作に選ばれた渡辺治虫さん(雫石町)の小説「野うさぎたちの草原」のほか小説4編を掲載。
  • グラフ文学散歩は、桜出版社(東京都)主筆の山田武秋さんが、東京にある石川啄木ゆかりの場所を訪ねました。

(2012-05-20 岩手日報

「北の文学」<グラフ文学散歩> 山田武秋

東京の石川啄木ゆかりの地


  • 啄木は都合五回、上京した。最初の上京は明治32(1899)年、14歳。二回目の上京は、明治35(1902)年、17歳。三回目の上京は啄木19歳の明治37(1904)年。四回目の上京は啄木21歳の明治39(1906)年。五回目は、明治41(1908)年、啄木23歳の春だった。
  • 社会主義や新自由主義といったイデオロギーへの幻想が消えた今、私たちは改めて……、啄木の全体像を描き直してみる必要がある。それは、日本人にとっての「私」とはなにかを、遠い歴史にまで遡って、あらゆる角度から見つめ直す作業でもある。『一握の砂』において「我を愛する歌」とした啄木の「我」は、日本という文化におけるアイデンティティーのあり方として、再検証してみる必要がある。

啄木終焉の地の石碑再建運動が始動

  • 啄木終焉の地、小石川久堅町にあった「啄木終焉の地」の石碑が今はない。2009年に撤去され、土地所有者の宇津木さんも転居された。
  • 昨年(2011)に開催された国際啄木学会東京支部(大室精一支部長)の例会において、石碑再建のための活動が開始されることとなった。
  • 本年2月に「啄木終焉の地の石碑再建」要望書を文京区長に提出し、3月に「観光振興の見地から、新しい「終焉の地歌碑」の建立を視野に入れ再建を検討する、再建に当たっては国際啄木学会の協力を仰ぎたい」という回答があった。
  • 啄木終焉の地の石碑再建は、東日本大震災で被災した岩手復興への力強いエールともなる。石碑再建に向けて、啄木愛好者はじめ各方面の皆様には、これからも幅広いご理解・ご支援をお願いしたいと思っている。

(東京・桜出版編集主幹・国際啄木学会会員)

[][] 啄木学級文の京講座 参加者募集 7/5

啄木学級文の京(ふみのみやこ)講座

○ 2012年7月5日(木) 14時00分開演

○ 場所 文京シビックホール 大ホール 東京都文京区春日1-16-21

○ 受講申込方法(無料)

  • 往復はがき(1人1枚)に、「啄木学級」、氏名・住所・電話番号と、返信用にも宛先を明記し、〒112-8555文京区アカデミー推進課まで。または、メールフォームから申込。
  • 締切:6月25日(月)必着 定員になり次第受付終了。

  主催 文京区・盛岡市・(財)盛岡観光コンベンション協会

  共催 啄木没後百年記念事業実行委員会・盛岡デー実行委員会・(財)石川啄木記念館

2012-05-21

[] みた、金環日食 ! !


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[幸運のリング]

隠れ始めは太陽がよく見えていた。金環になるころは雲がじゃまをして、ほとんど太陽の位置もわからないくらいだった。

ちょうどリングになるころに、うす雲の合間からこの光が届いた。子どもたちやおとなたちから歓声があがった。


カラスが騒ぎ、コウモリが飛んだ。


これほど広範囲で金環日食が見られたのは、932年前。平安時代のことだそうだ。

また、今回のように広範囲で見られるのは ………、 300年後。


いま生きている人たちは、みんな空の上。

 

[] 「石川啄木 愛と悲しみの歌」山梨県立文学館 <その 2 >啄木行事レポート

<啄木行事レポート>

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文学館の塀の上の大きなボード。 


開催にあたって

近藤信行 山梨県立文学館館長

啄木はその人生のなかでおのれをしっかりとみつめ、短歌や散文で表現しています。そこには読者に訴える力があります。…人間洞察と時代感覚をそなえたすぐれた詩人であったとおもいます。

私がはじめて石川啄木の歌に接したのは、昭和21年7月、中学四年生のとき。岩波文庫発売の日に並んで買いました。…いまその『啄木歌集』(斎藤三郎編)をとりだしてみると、表紙はとれてぼろぼろになっています。「己が名をほのかに呼びて/涙せし/十四の春にかへる術なし」。まさにそのとおりであります。


石川啄木

中村稔 日本近代文学館名誉館長

石川啄木ほど誤解され、また、謎にみちた文学者は少ないであろう。

わが国ではじめて自己崩壊の危機に立ち向かいながら、その実存をうたい、近代人の無為と倦怠をうたった歌人であった。

彼はあまりに早く生まれすぎたために時代に適合できなかったのだといってよい。その時代に適合できない場所で、彼の文学は生まれ、彼の天才は時代を駆け抜けたのであった。それ故に彼の文学は時代を超えて今日の私たちの心に迫るのである。

(「企画展図録」より)



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文学館はとても印象的な設計。左にある樹木の刈り込みは山々を意識したものだろうか。


◎ 啄木の生涯

寺の住職の子、しかも女子二人のあとに生まれた初めての男子として大切に育てられる。盛岡中学で文学に熱中し、恋をし、青春を過ごす。明星に載ったひとつの短歌を胸に中学を中退し上京。失意の帰郷。結婚。ふるさと渋民小学校で代用教員。そして、北海道漂泊ののち、上京。朝日新聞社校正係として働く。長男の死、妻の病気、母の死。貧困の中、26歳の生涯を閉じる。

写真と資料で啄木の生涯が紹介されている。啄木からの手紙を大事に保存した人たちが数多くいたことは、彼の人柄を表すのだろうか。文字の躍るような筆致、配列の見事さ。書家の榊莫山が「生まれつき天性の造形感覚を持っていた」と、啄木を褒めたというが、本当に美しいと感じた。

直筆ということは、調べれば啄木の指紋もあるのかと思うとワクワクした。

写真で気になったのは、啄木はくせ毛だったのかなということ。右側の毛先が頭の上でくるっと巻いているようにみえる。そんな写真が 2、3 枚あった。

 

[] 石川啄木:没後100年で企画展、盛況 直筆原稿や写真180点 山梨県立文学館

「生活感にじみ出る言葉味わって」

  • 明治を代表する歌人・石川啄木の死去から100年を迎え、県立文学館で企画展「石川啄木 愛と悲しみの歌」(毎日新聞甲府支局など後援)が開かれ、多くの観覧客でにぎわっている。直筆原稿や写真など約180点を展示。同館は「あまり知られていない啄木の波乱に満ちた生涯をぜひ知ってほしい」と来館を呼びかけている。【屋代尚則】
  • 展示しているのは、未完の小説「雲は天才である」の直筆原稿や、「愛する妹へ 著者」と啄木が記した歌集「一握の砂」の原本など。同館の中野和子学芸員は、啄木のこうした体験から来る「技巧にこらない生活感のにじみ出た言葉でつづった作品を、味わってほしい」と話している。来月24日まで。

問い合わせ 山梨県立文学館(電話055・235・8080)。

(2012-05-21 毎日新聞>山梨)

2012-05-20

[] 凌雲閣の12倍 634メートルの東京スカイツリー

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[直下にて 634mになったころ(2011年春)]


明窓:東京スカイツリーと凌雲閣

  • 明治から大正にかけての日本で、文明開化のシンボルとして人気だった東京・浅草の凌雲閣。12階建ての赤れんがの塔で、明治23(1890)年に開業した。
  • 「浅草12階」と称された凌雲閣の12倍。高さ634メートルの東京スカイツリーが22日にオープンする。
  • 凌雲閣には田山花袋石川啄木らの文士も訪れ、作家の半藤一利さんによれば夏目漱石は「登りたる凌雲閣の霞かな」の句を残している。(野)

(2012-05-20 山陰中央新報

[] 鳴潮

  • 東北の人にとってなじみの深い駅といえば東京・上野駅だろう。構内に岩手出身の石川啄木が歌った<ふるさとの/訛(なまり)なつかし/停車場の/人ごみの中に/そを聴きにゆく>の歌碑がある。なまりを聞くだけで啄木の「あんべぁ(具合)」は良くなったのかもしれない。
  • 啄木の歌碑の前では、きょうもなまりが飛び交っているだろう。被災地へ向かう人を見送り、戻る人を出迎えながら。

(2012-05-20 徳島新聞)

2012-05-19

[] 「石川啄木 愛と悲しみの歌」山梨県立文学館 <その 1 >啄木行事レポート

<啄木行事レポート>

企画展「石川啄木 愛と悲しみの歌」

  山梨県立文学館(協力 日本近代文学館

  ・2012年4月28日(土)〜6月24日(日)

26年2ヶ月の短い生涯の中、貧苦と挫折を超え、短歌・詩を残した石川啄木。歿後百年を迎え、今なお読み継がれる作品の魅力と、起伏に富んだ人生を紹介。



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JR甲府駅構内の富士山。



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文学館に向かう途中、甲斐駒ヶ岳(標高2,967 m)が迫って見えた。

富士山も大きく見えて、甲府は盆地だと実感する。



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山梨県立文学館は、1989年に開館した。「芸術の森公園」の中にあり、山梨県立美術館と並んでいる。


(つづく)

2012-05-18

[][] 『白堊 一握の砂』啄木の同窓の後輩が、五行歌集刊行

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[『白堊 一握の砂』カバー(左)と表紙(右)]


啄木没後100年記念歌集

『白堊 一握の砂』

  • 2012年5月発行 白堊五行歌会 代表 山田武秋(桜出版内)
  • 頒布価格 1,000円

※ 白堊会 = 啄木・賢治が学んだ盛岡中学・盛岡一高卒業生が集う同窓会


<序>より  在京白堊会会長 馬場 信

白堊には、母校同窓に石川啄木がいて、啄木が短歌一首を三行に表現したように自由を尊ぶ校風があって、代表の山田武秋君が在京白堊会に持ち込んだ五行歌についても、自由な表現形式が好まれて白堊にいち早く浸透したものと愚考されます。

今年は啄木没後百年・『悲しき玩具』刊行百年の年にあたります。本歌集の刊行もこれを記念したものですが、もとより、会員諸氏の輝かしい作品発表の場であり、それが啄木の「新しい明日」の一世紀がスタートする記念の年に行われたことは何よりも意義深いものと申せましょう。


<序>より  白堊五行歌会 代表 山田武秋

「一握の砂」という言葉には、なす術のなくなった人間の魂を救済する劇的なドラマが秘められています。私たちは啄木のこの祈りを、特に東日本大震災で罹災された皆様に広く知っていただきたいと思っています。

白堊の同窓やその周りには罹災され、復興にご尽力されている仲間が多数おられますが、その復興はまだ端緒についたばかりです。啄木の歌は、こうした皆様の大きな心の支えになり、応援歌になってくれるはずです。

[] 石川啄木歌碑の説明板再建 法用寺境内に会津啄木会

  • 会津啄木会の三留昭男事務局長と栗城好次さんは13日までに、会津美里町の法用寺境内にある石川啄木歌碑の説明板を再建した。
  • 歌碑に記された歌は「敵として憎しみ友と やや長く手をば握りき わかれといふに」。会津美里町(旧会津高田町)雀林出身の中野(旧姓小林)寅吉について詠んだ歌。
  • 説明板は、啄木生誕100年の1985年、会津啄木会が歌碑とともに建立したが、木材の劣化で10年足らずで朽ち、それ以降は説明板がない状態だった。啄木の100周年忌にあたる今年、三留事務局長らが再建した。

(2012年5月15日 福島民友おでかけニュース)

[] 朗読劇「12の贈り物」20日から盛岡と釜石で上演

  • 東日本大震災復興支援を目的にした朗読劇「12の贈り物」の公演は20日から盛岡、釜石などで開かれる。支援のために県内在住作家が出版した短編集を朗読劇にして、新たな魅力を届ける。
  • 公演では12人のほかに宮沢賢治石川啄木を加える。

(2012-05-17 岩手日報

2012-05-16

[] 啄木が岩手に与えた影響は大きい

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[ユキザサ]


流失の啄木歌碑を元通りに JR東労組盛岡が寄付

  • JR東労組盛岡地方本部の有志は15日、歌人石川啄木の書簡入手や津波で流失した陸前高田市の記念碑再建を目指す没後100年記念事業実行委員会に1万7千円を寄付した。
  • 執行副委員長の泉山さんは「啄木が岩手に与えた影響は大きい。陸前高田市の記念碑を元通りにするために役立ててほしい」と語った。

(2012-05-16 岩手日報

2012-05-15

[] 台湾 日本統治時代に啄木作品が読まれた

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[サルトリイバラ]


啄木の書籍160点展示 没後100年で台湾大図書館

  • 台湾大図書館(台北市)で石川啄木没後100年を記念し、関連書籍が20日まで展示されている。国際啄木学会(会長・望月善次盛岡大学長)が寄贈した約160点を中心に、肖像写真や年譜とともに啄木作品や研究書を紹介している。
  • 同学会評議員で、景文科技大の高淑玲副教授によると、台湾では日本統治時代に日本から来た教員を中心に啄木作品が読まれ、地元の人たちにも広がった。現在も70代以上の人を中心に各種短歌会の活動があるという。

(2012-05-15 岩手日報

[] 函館市文学館 文学の夕べ 6/19、8/7

第1回「啄木・1908−『一握の砂』を読みなおす」

  • 2012年6月19日(火)18:30〜
  • 講師 寺島秀敏氏(函館ラ・サール学園教諭)

第2回「石川啄木における宗教の問題」

  • 2012年8月7日(火)18:30〜
  • 講師 須藤隆仙氏(南北海道史研究会会長)

  函館市文学館 函館市末広町22-5 電 0138-22-9014

2012-05-14

[] 死ぬことをやめて帰り来れり 石川啄木

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[シャクナゲ]


命の歌を読む 夭折の背景=東直子

  • 光が強くなって緑深まり、希望が満ちているような外界と対極に、精神的に落ち込んでしまう人も増える五月。今月は、夭折歌人の歌を読んでみたい。
  • 大(だい)といふ字(じ)を百(ひゃく)あまり/砂(すな)に書(か)き/死(し)ぬことをやめて帰(かへ)り来(きた)れり 石川啄木
  • 砂浜を一人で歩きながら人生に悩み、自死をも脳にちらつかせた。しかし自分の人間としての小ささに気づき、恥じたのだろう。「大」という字を百も書いた、というのは多少脚色があるようにも思うが、自分の書いた文字で自分を立ち直らせていく姿は、「我を愛する歌」の啄木ならでは、と思う。この歌の入った第一歌集『一握の砂』出版の二年後、二六歳で肺結核にて亡くなっている。
  • 白き骨五つ六つを父と言われわれは小さき手をあわせたり 岸上大作
  • 拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません 笹井宏之

(2012-05-14 毎日新聞)

2012-05-13

[] 啄木の図書、台湾大学に寄贈

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[キュウリグサ]


啄木の図書、台湾大に 国際学会が160点寄贈

  • 国際啄木学会(会長・望月善次盛岡大学長)は台湾大図書館(陳雪華館長)に石川啄木に関する図書約160点を寄贈し、台北市の同図書館で11日、贈呈式が行われた。
  • 同学会の望月会長と池田功副会長、森義真事務局長、同図書館の林光美副館長と国際啄木学会前会長の太田登台湾大教授が出席した。林副館長は「台湾学術界の啄木研究にとって貴重な資料を提供いただいた。台湾で啄木研究がさらなる共感を呼ぶことを期待する」と感謝の言葉を述べた。(台北市で学芸部・小山田泰裕)

(2012-05-12 岩手日報

[] 言語超え啄木の魅力探る 台湾で国際学会

  • 国際啄木学会(会長・望月善次盛岡大学長)の2012年度台北大会は12日、台北市の台湾大で開かれた。「啄木没後100年・明治の終焉から大正へ」をテーマに地域や言語を超えた啄木研究の意義を探った。
  • 台湾での啄木研究の第一人者の林丕雄・淡江大名誉教授は「石川啄木研究の今後の可能性」と題して講演した。日清、日露戦争に勝利し国民がうかれている時代に、敗戦国の中国が21世紀に大国になると啄木が予言したことを強調。今後の研究の一つの視点を提起した。
  • 次回大会は、来年9月に北海道釧路市で開催する。(台北市で学芸部・小山田泰裕)

(2012-05-13 岩手日報

2012-05-11

[] 「啄木からのメッセージ」石川啄木記念館 ~6/30

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[ヤエザクラ]


現代に通じる啄木の言葉 玉山の記念館で企画展 ~6/30

  • 石川啄木記念館の企画展「啄木からのメッセージ〜今日を見つめて〜」は、盛岡市玉山区の同館で開かれている。100年前、26歳の若さでこの世を去った啄木は、短歌や詩のほかに評論や書簡などに多くの文章を残した。社会状況を正面から受け止め、明日を展望した啄木の言葉を紹介している。
  • 現代に通じるメッセージとして「人生論」「時代閉塞の現状」「自然破壊への警鐘」など 7 テーマから10の文章を選び、時代背景と解説を添えて壁掛けパネルで紹介。恋や青春、故郷などを表現した文章もパネル展示してる。
  • 同館学芸員の山本玲子さんは「今、最も必要な震災復興の力になるような言葉を選んだ。現代の人たちが自分の心を見つめながら、啄木の言葉にふれていただきたい」と語る。
    • 会期 2012年 6 月30日まで。
    • 石川啄木記念館 電話 019-683-2315

(2012-04-21 岩手日報

[] 2012 啄木祭・没後百年記念フォーラム 6/2

日本を代表する建築家・安藤忠雄さんの講演や啄木が辿った函館市釧路市や終焉の地・文京区など「ゆかりの地」からパネラーを招いての「ゆかりの地サミット」、また,渋民小鼓笛隊や不来方高校音楽部、女性コーラスグループ・コールすずらんなど、啄木にちなんだ演奏や歌などを披露します。

  • 日時 2012年6月2日(土) 13時30分から(開場 13時から)
  • 場所 盛岡市渋民会館 姫神ホール(玉山区渋民)
  • 入場料 無料(整理券が必要です)
  • 申込方法 往復はがきに住所、名前、電話番号を記入し,〒020-4132玉山区渋民字渋民9,石川啄木記念館へ
  • 問い合わせ 石川啄木記念館 電話 019-683-2315

[] 江戸糸あやつり人形芝居 6/14-15


「笑うタクボク 雲は天才である」

  • 2012年6月14日 (木) 〜2012年6月15日 (金)
    • 14日(木) 開場 18:00/18:30 開演

    • 15日(金) 開場 13:30/14:00 開演
  • 岩手県民会館 中ホール
  • 料金  一般 2,500円/小中高生 1,500円
  • お問合せ 岩手県民会館事業課 019-624-1173

[] 啄木没後100年特別企画展 函館市文学館 〜10/10

函館ゆかりの作家の資料を展示する「函館市文学館」で、石川啄木の没後100年にちなんだ特別企画展が開かれています。

今回は、病魔と貧困との闘いの毎日であった啄木終焉の日々をクローズアップ。せつなくも美しい内容の日記や手紙、妻節子が啄木の死後に書いた手紙などを展示しています。

「啄木の終焉と妻節子」

  • 期間 2012年4月8日〜10月10日
  • 開館時間 9〜19時
  • 問い合わせ 函館市文学館 0138-22-9014

◎啄木関連の「文学の夕べ」も開催の予定。 

  • 6月19日(火)18時30分〜 啄木・1908−『一握の砂』を読みなおす
  • 8月7日(火)18時30分〜 石川啄木における宗教の問題

[] 盛岡てがみ館 6/26~10/22

第38回企画展

 啄木没後100年記念 「明星」から「スバル」へ〜啄木の軌跡〜

平成24年は石川啄木没後100年の節目の年にあたります。これを機に、その活躍の舞台となった文芸雑誌「明星」「スバル」における啄木の軌跡を辿ります。
啄木と同時代を生き、身近に見つめ続けた与謝野鉄幹・晶子をはじめとする「明星」「スバル」の文豪たちの肉筆の手紙や原稿などから、今も色褪せることのない啄木像を浮かび上がらせます。

  • 開催期間 2012年6月26日(火)〜10月22日(月)
  • 会場 盛岡てがみ館 展示室

2012-05-10

[] 台北市の台湾大で 国際啄木学会 5/12

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[ムラサキダイコン]


没後100年テーマに台北大会 国際啄木学会 12日

  • 国際啄木学会(会長・望月善次盛岡大学長)の2012年度台北大会は12日、台北市の台湾大で開かれる。「啄木没後100年−明治の終焉から大正へ」をテーマに、言語や文化を超えて啄木研究の意義を探る。台湾での大会は3回目。
  • 記念講演は二人。台湾・淡江大名誉教授の林(リン)丕雄(ピーション)さんは「啄木と杜甫」と題して講演。台湾大教授の太田登さんは「啄木没後100年の歴史的意義について」。
  • 日本大教授の安元隆子さん、ロシア・極東連邦大准教授のスレイメノワ・アイーダさんら4人が研究発表する。

(2012-05-10 岩手日報

[] 「啄木 うたの風景 第 5 回」岩手日報

第一部 青春の輝き(1)

 常光寺、宝徳寺(盛岡市玉山区)

  故郷の四季が源泉に

没後100年を経て、今も多くの人々の共感を呼ぶ石川啄木の歌の数々。その源には、ふるさと渋民の自然や多感な少年時代を過ごした盛岡の友など、さまざまな出合いがあった。第一部は、若き日の啄木の姿を追いながら、県内を中心に文学碑を紹介する。

  • 石川啄木は、寺の長男として日戸村(現・盛岡市玉山区日戸)で生まれた。「石川啄木生誕之地」の記念碑は、啄木の父一禎が住職を務めた常光寺の門の横にある。啄木の生誕70年を記念して地元住民が建てた。生涯の友人だった金田一京助の流麗な筆文字が刻まれている。常光寺には、一家が使った八畳間が復元されている。
  • 一家が隣村の渋民(現・盛岡市玉山区渋民)の宝徳寺に移ったのは1887(明治20)年の春。一禎は第十五世住職となり、啄木はまだ1歳だった。

  ふるさとの寺の畔の/ひばの木の/いただきに来て啼きし閑古鳥!

歌碑は、樹齢約350年のヒバ(別名さわら)の近くにある。啄木五十回忌に建てられた。

  • 詩集刊行のため上京する18歳まで、啄木にとっての家はこの寺だった。3姉妹の間で、長男として自由に育てられた啄木。四季折々の自然が奏でる音や鳥の声を聞きながら成長していく。

(学芸部・小山田泰裕)

(2012-05-02 岩手日報

2012-05-09

[][] 「石川啄木 愛と悲しみの歌」展 &「茂吉再生」

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[カエデ]


茂吉の熱情 啄木の叙情

斎藤茂吉石川啄木の展覧会がそれぞれ、横浜市と甲府市で開かれている。70歳まで生きた近代短歌を代表する歌人と、貧しさに苦しみ26歳で逝った夭折の歌人。対照的に生命の輝きを詠み続けた二人の歌の世界を感じ取る貴重な機会だ。(文化部 金巻有美、待田晋哉)

  • 横浜市の県立神奈川近代文学館「茂吉再生」(6月10日まで)は、生誕130年を記念し、歌稿や書簡など約400点で生涯をたどる。「茂吉の歌の源泉と全体像がくっきりとあらわれる、今までにないもの」(本展編集委員で歌人の三枝昂之さん)となった。
  • 甲府市・山梨県立文学館の「石川啄木 愛と悲しみの歌」展(6月24日まで)は明治末年、1912年の死去から100年にあたることから企画された。「愛する妹へ 著者」の書き入れがある第1歌集『一握の砂』をはじめ、原稿や書簡類など80点が展示されている。
  • 文学で有名人になることに憧れた啄木。第2歌集『悲しき玩具』の発刊を待たずに死ぬ。だが今年は、『別冊太陽 石川啄木』(平凡社)、近藤典彦編『復元 啄木新歌集』(桜出版)など関連書籍も相次ぐ。悲しみの叙情は、100年後の人々に愛唱されている。

(2012-05-08 読売新聞>文芸)

2012-05-08

[] 「啄木 うたの風景 第4回」岩手日報

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[オオイヌノフグリ]


<碑でたどる足跡>

[啄木 うたの風景 第4回]

多くの人に生きる力

  浅沼さん(啄木文学碑紀行著者)インタビュー

石川啄木の歌や詩を刻んだ文学碑は、盛岡市玉山区渋民の最初の碑に始まり、没後100年の今年も各地で新たな碑が生まれている。「啄木文学碑紀行」の著者で国際啄木学会会員の浅沼秀政さんに啄木と文学碑について聞いた。

  • 啄木の文学碑は、「詩碑や記念碑を含めると170基、歌碑に絞ると151基。歌人で一番多いのは若山牧水、次が与謝野晶子斎藤茂吉も多いはず。啄木はその次あたり。人生の短さと足跡を記した場所を考えると驚異的な数字といえる」
  • 「『歌碑の純度』で言うと、碑石の大きさ、刻む歌の内容、誰が文字を書くのか。これがしっかりしていないと質は落ちる。没後10年目に建てた碑が理想的。…そこになければおかしいという碑が一番望ましい」
  • 啄木の魅力は、「今いかに多くの人に希望を与え、生きる力を与え、時代を見抜く力、洞察力を感じさせることからすれば稀有の文学者。生き方も含めて非常に面白い」

いしぶみ散歩

・岩山公園   汽車の窓/はるかに北に故郷の/山見えくれば襟を正すも

・IGR 好摩駅  霧ふかき好摩の原の/停車場の/朝の虫こそ/すゝ"ろなりけれ

・渋民緑地公園 ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな

・川崎展望地  今日ひよいと山が恋しくて/山に来ぬ。/去年腰掛けし石をさがすかな。

・寺堤     閑古鳥!/渋民村の山荘をめぐる林の/あかつきなつかし。


◎ プロローグは今回で終わり。次回からは岩手県内の碑を中心に紹介する。

(学芸部・小山田泰裕)

(2012-04-25 岩手日報

 

[] 啄木祭短歌大会

没後100年を迎えた歌人・石川啄木を顕彰する第28回啄木祭短歌大会が6日、生まれ故郷の盛岡市玉山区の市渋民文化会館であった。優秀作と選者賞が選ばれた。

 啄木祭賞「杖をつく母を疎みし遠き日よ墓のめぐりの梅つぼみもつ」

(2012-05-08 朝日新聞>マイタウン>岩手)

[] 新作かるた製作、イベント続々 没後100年 石川啄木再評価

天才詩人、石川啄木が亡くなって100年の今年、啄木の生涯と作品を顕彰しようという取り組みがめじろ押しだ。新しい啄木かるたの製作や企画展、フォーラムの開催に加え、東日本大震災で流失した陸前高田市高田松原」の歌碑再建まで計画されている。活動の中心となっている石川啄木記念館は「大震災とともに、ふるさとを愛した啄木が再評価されている」として、全国への発信力を強める考えだ。(原圭介)

  • 記念事業は、同記念館で6月30日まで企画展「啄木からのメッセージ〜今日を見つめて」を開くほか、没後百年記念誌発刊や記念フォーラムなどを予定。
  • 流失した高田松原の歌碑再建は、石川啄木没後百年記念事業実行委員会が計画している。歌碑は平成25年2月20日(啄木の誕生日)の再建を目指す。
  • 問い合わせは、石川啄木記念館(電)019・683・2315または盛岡市ブランド推進課(電)019・603・8001。

(2012-05-08 産経ニュース)

2012-05-07

[] 啄木歌碑 全国170基 さらに建立、再建も

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[ヤナギ]


特集「啄木と碑」

 功績しのぶ思い熱く

  全国170基 さらに建立、再建も

  • 石川啄木の足跡をしるしたり、作品への共感を表すため建てられた碑は、確認されただけでも、これまで全国に170基程度が建立されている。26年2カ月の人生、10年余の文学活動を考えると、他の作家に比べて「啄木碑」はかなりの数に上る。碑を通じて啄木への思いは今も熱く注がれている。(編集委員 黒川伸一)
  • 「津波の20日前にあの三陸海岸の啄木碑を撮影していました。碑は流され、まだ見つかっていません」大船渡ガイドの会副会長の佐々木紀子さんは言う。高田松原の碑は、啄木関係者らが中心となり、「震災復興への思いを託したい」と新たな碑づくりに向けて募金活動が始まった。
  • 啄木の人生最期の地となった東京でも、没後100年の4月13日を挟み、碑をめぐる動きが浮上した。文京区小石川には「石川啄木終焉の地」碑が2008年まではあったが、今はない。国際啄木学会東京支部は今年2月、文京区に「案内板だけでは歴史的価値が示せない。碑の再建を」などの要望書を提出した。これを受け区は3月、隣地の取得と碑の建立方針を明らかにした。文京区観光・国際担当課の富永玲子課長は「観光振興の観点からも多くの人が喜んでもらえる形で碑の再建を検討しています」と話す。
  • 国際啄木学会の大室精一支部長は言う。「あの場所は啄木最後の文学活動の場。きちんとした形で後世に残したい。啄木が亡くなる直前に詠んだ歌を刻んだ碑を想定しており、再建に向け、学会としても募金活動などで協力したい」
  • 北海道内では、今年に入り、新規に釧路市、旭川市で啄木の碑などの建立が続き、札幌でも9月完成予定に向けて準備が進む。
  • これまでの170基のうち、9割が啄木の短歌を刻んでいる。「ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」が12基と群を抜いて多い。

(2012-04-30 北海道新聞>文化)

 

2012-05-02

[] 「啄木さんへ 東北は大変ですが、がんばっています」

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[サンシュユ]


天声人語

  • 稼働中の原発はいま1基。これを「風前のともしび」と焦る人。「新たな時代へのカウントダウン」と見る人。萌える緑にも問うてみたい4月の言葉から。
  • 愛知県犬山市明治村が没後100年の石川啄木へのメッセージを募ったら、数百通が寄せられた。「啄木さんへ 100年後の日本はとても便利になりました。東北は大変ですが、皆力を合わせてがんばっています」。ふるさとの山はありがたきかな――。

(2012-04-30 朝日新聞>天声人語

[] 〈はじめての石川啄木〉うそもかわいい人気者

4月13日は歌人石川啄木の命日だった。26歳で病没してから100年、今なお日本で最も親しまれている歌人の一人だが、その本当の素顔と実力は意外に知られていない。

  • 啄木の意外な素顔

実は「天才気取りで生意気な、明るい浪費家だった」と作家関川夏央さんはいう。普通なら嫌われ者になりそうだが、かわいいうそつきの啄木は愛された。師の与謝野鉄幹・晶子もかわいがった。啄木が死んだ時、晶子は啄木のうそを懐かしむ歌を作っている。

 「啄木が嘘(うそ)を云(い)ふ時春かぜに吹かるゝ如くおもひしもわれ」

  • 啄木は古くならないのか

歌人の三枝昂之(たかゆき)さんは、21歳から一度もふるさとに帰ることがなかった啄木の望郷の歌が、改めて読み直されると考えている。いま津波と原発事故で、数万の人々が故郷に戻れないでいる。「啄木のうたには万人が自分のふるさとへの思いを託せる普遍性がある」

  かにかくに渋民村は恋しかり

  おもひでの山

  おもひでの川

(伊佐恭子)

  • 自分笑う 意外なユーモア 俳優・段田安則さん

思いがけず、昨秋、井上ひさし作「泣き虫なまいき石川啄木」という芝居に、啄木の父親役で出演し、演出もしました。よく知らなかったので、慌てて調べました。

歌で好きなのは「古新聞!/おやここにおれの歌の事を賞(ほ)めて書いてあり、/二三行なれど。」ですね。意外にユーモアもある人だったんじゃないか。自慢のようで、自分を笑っている。

(2012-05-02 朝日新聞)

 

[] 特集 地軸

<啄木と改革>

  • 石川啄木の生きた明治は国力増強の一方、人権が抑圧された生きづらい時代でもあった。「はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る」。現代の格差社会で、共鳴する人は多いだろう。
  • 「一握の砂」の出た1910年、日本は大きな転機を迎えた。幸徳秋水たち社会主義者や非戦論者が天皇暗殺計画の疑いをかけられ逮捕、処刑された大逆事件。隣国を植民地にした韓国併合。
  • 衝撃を受けた啄木は、…評論「時代閉塞の現状」「所謂今度の事」で強権国家を批判。秋水を弁護し社会改革の理想を説こうとした。日清と日露の戦勝に沸く世間に抗し「地図の上 朝鮮国に黒々と墨をぬりつつ 秋風を聴く」とも詠む。

(2012-04-30 愛媛新聞

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「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。


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