啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2012-08-31

[][] 「啄木によせて歌へる」東日本大震災復興支援コンサート 9/13

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[空]


啄木を歌うコンサート 盛岡で

  • 啄木没後100年・東日本大震災復興支援コンサート「啄木、生命(いのち)を歌う」は9月13日午後6時半から盛岡市内丸の県民会館中ホールで開かれる。
  • 盛岡で啄木の歌を聴く会(遊座昭吾会長)が主催。青森県出身の作曲家越谷達之助が啄木の短歌に曲を付けた歌曲集「啄木によせて歌へる」をテノールの森田純司さん(盛岡市)が演奏。啄木の生涯を紹介する語りを交えながら「やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに」など全15曲を披露する。
  • 前売り千円(当日1500円)。

(2012-08-31 岩手日報)

2012-08-30

[] しんとして幅廣き街の 秋の夜の… 啄木

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[空]


 京都新聞 凡語 

トウモロコシの秋 

  • あるときは焼き肉の網の上に、スープにサラダに。あるいは飼料として牛に与え、絞って油に、粉にして麺や菓子にもなる。トウモロコシほど変幻自在な穀物、野菜はない。札幌市の大通公園で今の季節、とうきびワゴンが風物詩となる。
  • < しんとして幅廣(ひろ)き街の 秋の夜の 玉蜀黍(とうもろこし)の焼くるにほひよ >。石川啄木は1907(明治40)年、こう詠んでいる。ワゴンは今年も店開きして、しょうゆ味のタレが焦げる香りが訪れる人々を引き寄せているそうだ。

(2012-08-29 京都新聞)

[][] 函館市文学館の竹原さん出版 啄木の「函館」

  • 函館市文学館の説明員竹原三哉(みつや)さんが、啄木と妻の節子らのゆかりの地の案内と、これまで書きためた石川啄木に関する小論文をまとめた書籍「啄木の函館―実に美しき海区なり―」(紅書房)を自費出版した。竹原さんは「函館で過ごした132日間は人生最良の時間。暮らしぶりや文学仲間との交流に迫ることができた」と話している。
  • 竹原さんは2002年に教員を定年退職後、同年4月からボランティア組織「つくしの会」メンバーとして同館で説明員を務めている。
  • 価格は、2000円。函館市文学館や函館山ロープウェイ山麓駅、スクールカドワキで取り扱っている。問い合わせは同館へ(電話 0138・22・9014)。

(2012-08-28 北海道新聞)

(2012-08-30 北海道ニュースリンク>函館新聞)

2012-08-27

[] 啄木ファンに贈る『啄木の函館 ──実に美しき海区なり』

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『啄木の函館 ──実に美しき海区なり』

  竹原三哉 著 (函館市文学館勤務)  紅書房 発行

  • 2012年8月発行 2000円(税込)

啄木没後100年。今なお熱いまなざしを注ぐ啄木ファンに贈る。啄木が最も愛したと言われる街、函館での啄木文学散歩に必携。

啄木は、函館でかけがえのない友らに出会い、交流し、友情を育む。青柳町の長屋で人生を語り、文学を論じ、安らぎを得て再生する。


第一部 函館の啄木 ──ゆかりの地案内

・啄木の招魂社散歩

・啄木の谷地頭碧血碑への散歩

・啄木と橘智恵子の谷地頭

・失敗した啄木の乞食探訪

・船魂神社と乞食万平の臥竜窟

・乞食万平と苜蓿社の同人たち

・啄木の大森浜散歩と海水浴

  他 帆影町、入村質店、劇場池田座、豊川病院、函館公園、立待岬、宝小学校 ……


第二部 小論集

・啄木歌碑「こゝろざし得ぬ人人の…」漂泊の顛末記

・文芸雑誌『紅苜蓿』の呼び方をめぐって

・函館税務署と啄木

[] 「文学の夕べ」函館市文学館 9/18、11/20

第3回「舞い戻った啄木」

  • 2012年9月18日(火) 18:30〜
  • 講師 長江隆一氏(八雲啄木会会長)

第4回「雅号“啄木”の定着をめぐって」

  • 2012年11月20日(火) 18:30〜
  • 講師 竹原三哉(函館市文学館説明員)

[] 小牛田農林高が団体優勝 短歌甲子園

  • 歌人石川啄木のふるさと盛岡市で24〜26日、全国36校の高校生が短歌の腕前を競う「短歌甲子園」の決勝戦が開かれ、団体戦で宮城県立小牛田農林高校が初優勝した。
  • 団体戦の決勝の題は「視線」。小牛田農林は「胸高まり視線の先に自分あり 岩手の空へ決意羽撃く」などと詠んだ。
  • 個人戦の最優秀作品には、葵(福島)3年の菅家美樹さんの「われらみな 扉に鍵をかけている 優しく二回、たたいてください」が選ばれた。

(2012-08-26 スポニチ、2012-08-27 河北新報、)

2012-08-25

[][] 全国36校集い「短歌甲子園」

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[ヤブマメ]


「短歌甲子園」盛岡で開幕

  • 石川啄木にちなんだ第7回全国高校生短歌大会「短歌甲子園2012」は24日、盛岡市玉山区の姫神ホールで開幕した。
  • 今年は啄木没後100年に当たり、予選を通過した県勢7校を含む全国36校が3日間の熱戦を繰り広げる。団体戦と個人戦があり、いずれも決勝は26日、盛岡劇場である。

(2012-08-25 朝日新聞、岩手日報)

2012-08-23

[] 「啄木 うたの風景 第17・18回」岩手日報

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[ブタナ]


第 17 回

第二部 漂泊の旅路(1)

  合浦公園(青森市)

  北への船旅 家族思う

○ 一家離散し、津軽海峡を越えて北海道に渡った啄木。新天地を求めて函館から札幌、小樽、釧路へと北の大地を駆け抜けた1年は、後の作品に大きな影響を与えた。


  • 啄木が妹光子を伴い北へ旅立ったのは1907(明治40)年。家財道具を質入れし、懐には9円70銭。これが二人の旅費だった。

   船に酔ひてやさしくなれる/いもうとの眼見ゆ/津軽の海を思へば

  • 青森湾に面した青森市の合浦(がっぽ)公園に歌碑ができたのは、啄木が津軽海峡を渡って半世紀後の1956年。波打ち際に近い場所にある大きな碑には、歌に登場する妹光子の筆による堂々とした文字。除幕式にも神戸から参列した。

(2012-07-25 岩手日報)

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第18 回

第二部 漂泊の旅路(2)

 函館公園(函館市)

  生活と文学の新天地

  • 1907(明治40)年5月5日。船で北海道に渡った啄木は、函館の鉄道桟橋に降り立った。啄木を迎えたのは文学結社「苜蓿社」(ぼくしゅくしゃ)の同人たち。啄木は松岡蕗堂の下宿に身を寄せた。
  • 弥生尋常小学校の代用教員になった啄木は、青柳町に長屋を借り、盛岡から妻節子と長女京子を呼び寄せた。初めての親子三人の暮らしは幸せな時間となっただろう。この家はやがて同人たちが集う場所になった。

   函館の青柳町こそかなしけれ/友の恋歌/矢ぐるまの花

(2012-08-01 岩手日報)

2012-08-22

[] 「啄木 うたの風景 第14・15・16 回」岩手日報

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[ヒマワリ]


第 14 回

第一部 青春の輝き(10)

  天満宮(盛岡市)

  美しい故郷恋い慕う

  • 「美しい追憶の都」−。啄木は、盛岡中学や新婚時代など計8年余り暮らした盛岡を小説「葬列」で後にこう表現した。学友たちとの文学生活や、節子との恋に彩られた盛岡時代に寄せる啄木の心情をうかがわせる。
  • 盛岡市中心部を流れる中津川にかかる上の橋から東へ約1キロ。天神山と呼ばれる小高い丘に天満宮がある。木々に囲まれた境内の西側、一段低い広場に啄木の歌碑が建っている。

   病のごと/思郷のこころ湧く日なり/目にあをぞらの煙かなしも

(2012-07-04 岩手日報)

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第15 回

第一部 青春の輝き(11)

 斉藤家(盛岡市玉山区)

  一家伴い渋民に帰郷

  • 1906(明治39)年3月、啄木は盛岡生活に終わりを告げ、妻節子と母カツを伴って故郷渋民に帰った。渋民は、一禎が免職された後の宝徳寺住職をめぐり、檀家が対立していた。帰郷に反対する人がいる中、啄木は斉藤佐五郎宅に間借りする。
  • 啄木は、4月から渋民尋常高等小学校尋常科の代用教員として働く。啄木が暮らした家は、渋民の南寄りにあった。啄木の歌を刻んだ小さな碑は1954年、映画「雲は天才である」のロケを記念して建てられ、今も家の前に残っている。

   かにかくに渋民村は恋しかり/おもひでの山/おもひでの川

(2012-07-11 岩手日報)

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第16 回

第一部 青春の輝き(12)

 山本さん(石川啄木記念館学芸員)インタビュー

  盛岡時代 多くの刺激

≪盛岡時代は、啄木の作品にどんな影響を与えたか≫

  • 学生時代と新婚時代にいたので、盛岡は心ときめいていた、いい時代。さっそうと歩いていたような感じがしますね。この頃から啄木は庶民の生活を見つめていたと思います。新しいものをどのように受け入れたかということや心境を啄木は後に小説にする。そういう意味で盛岡時代は啄木の小説の根底になっている。これがあってこその『一握の砂』であり『悲しき玩具』であると思います。
  • 晩年の暗くて病気と闘っている啄木はちょっと切ない。盛岡時代の啄木を思うことは好きです。若々しく元気な啄木に会えそうな気がしますね。

(学芸部 小山田泰裕)

 ○第一部終わり。次回からの第二部は北海道の碑を中心に紹介。

(2012-07-18 岩手日報)

2012-08-21

[] 「啄木 うたの風景 第 11・12・13 回」岩手日報

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[ニオイバンマツリ]


第 11 回

第一部 青春の輝き(7)

  田中正造墓所(栃木・佐野市)

  鉱山鉱毒の惨状思う

  • 盛岡中学時代の啄木は友人とさまざまなグループを作り、文学の素地を養った。4年生でつくった短歌グループで詠んだ歌の碑が栃木県佐野市の惣宗寺にある。

   夕川に葦は枯れたり血にまどふ民の叫びのなど悲しきや

  • 「鉱毒」の題詠で、田中正造が鉱毒問題を直訴した翌年の作とされる。十五、六歳にしては整った歌に当時の力量を感じさせる。

(2012-06-13 岩手日報)

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第12 回

第一部 青春の輝き(8)

 帰帆場公園(北上市)

  初恋と友を懐かしむ

  • 啄木が後に結婚することになる堀合節子に出会うのは盛岡中学時代。数え年で14歳。JR北上駅西口から北へ歩いて10分ほどにある帰帆場公園に歌の碑が建っている。

   わが恋を/はじめて友にうち明けし夜のことなど/思ひ出づる日

  • 啄木は、何人かの友に節子との恋を語っている。その中に黒沢尻町(現・北上市)出身の小沢恒一がいる。啄木が「絶対秘密」だと言ったので、節子への思いを受け止めた小沢は約束を守った。

(2012-06-20 岩手日報)

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第13 回

第一部 青春の輝き(9)

 富士見橋(盛岡市)

  一家背負う新婚生活

  • 恋人堀合節子と婚約し、初の詩集「あこがれ」を刊行。好転し始めた人生を大きく変える出来事が故郷で起きた。父一禎が宗費納入を怠り、住職を免職されたのだ。寺の長男として経済的な苦労を知らずに育った啄木に突然、一家の生活が重くのしかかった。
  • 一家は新婚生活を送った帷子小路の家から、盛岡市加賀野に転居する。

   岩手山/秋はふもとの三方の/野に満つる虫を何と聴くらむ

  • この家の近く、中津川にかかる富士見橋の親柱に啄木の歌が刻まれている。

(2012-06-27 岩手日報)

2012-08-20

[] …玉蜀黍(たうもろこし)の焼くるにほひよ 石川啄木

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[オトギリソウ]


「天地人」 東奥日報

  • 弘前市の岩木山麓で育った嶽きみをスーパーで見掛けるようになった。嶽きみを知ってトウモロコシに対する認識を新たにした人も多いだろう。あの甘さ、おいしさは本県(青森)の自慢だ。県外の親戚や知人に贈ると手放しで喜んでくれる。
  • 《 しんとして幅広き街の秋の夜の玉蜀黍(たうもろこし)の焼くるにほひよ 》。100年ほど前、石川啄木が札幌にいた時の歌だ。啄木の手に掛かると、普段、うまいうまいと食べているトウモロコシが文学的な余韻を帯びて、札幌の街の風情を浮き立たせる。
  • 北海道出身の作家・渡辺淳一はトウキビ(トウモロコシ)を食べる度に、この歌を思い出すという。
  • 渡辺は短い夏を惜しみ、来るべき冬を思いながら、一粒一粒トウキビを食べたとか。
  • 今年は米国が深刻な干ばつで、トウモロコシが大変な不作だという。地球温暖化で嶽きみもいつ不順天候に見舞われるか分からない。

(2012-08-20 東奥日報>天地人)

2012-08-18

[][] 歌舞伎俳優・松本幸四郎が、歌人・石川啄木に向き合う 9/28

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[ヤマユリ]


東北Z

「一握の旅〜松本幸四郎×石川啄木〜(仮)」

 《 NHK総合 ※東北地方向け】9月28日(金)午後8:00〜8:43 》 

○ 歌舞伎俳優・松本幸四郎が、歌人・石川啄木の創作の謎に迫る…! 

  • 100年前にこの世を去った、石川啄木。故郷を詠んだ短歌は、今なお人々の心を揺さぶり続けている。
  • この波乱の半生を、松本幸四郎は50年前に舞台『悲しき玩具』で演じた。破滅的な啄木の生き様と格闘した当時から今に至るまで、幸四郎にはずっと抱えていた疑問がある。なぜ、絶望的な生活の中で、啄木は瑞々しい短歌を紡ぎ出せたのか。その答えを見つけるため、幸四郎は啄木と向き合う旅に出る。

(NHK盛岡放送局)

[] 啄木企画展の資料一冊に 函館市文学館

  • 函館市文学館がこのほど、10月10日まで開催中の「啄木没後100年特別企画展」の展示資料を一冊の図録にまとめた。最晩年の啄木の直筆日記や書簡などをカラー掲載したほか、啄木や妻節子の人物像を補完するパネル76点も全て収録。18日から同館受け付けで販売する。
  • 前半6ページは、闘病生活に入った啄木の直筆日記のデジタル画を中心に掲載。節子が「愛一つが命のつなです」と夫への愛を誓う手紙、東京啄木会による第1回追悼会出席者署名帳といった、「啄木研究家でも見たことがない貴重な資料も読める」のが特徴だ。
  • 残る41ページは全14項目を啄木と節子にテーマ分けし、関連写真を挟んで掲載。貧困と病魔に苦しみ借金を繰り返す啄木が自己を乗り越えていく日記や手紙のほか、あまり語られることがない節子の心中を伝える手紙なども載せている。
  • A4版。2000部発行し、1部1000円。郵送希望者は近く開設する専用の振り込み口座に入金すること。詳細や申し込みは同館電話0138・22・9014。

(2012-08-18 北海道ニュースリンク)

[][] 「啄木・北への旅」森脇啓好写真展8/20~9/7

  • 北海道旭川市 神楽市民交流センターで開催。
  • 2012年8月20日~9月7日  09:00~17:00(土日は10:00~15:00)

[][] 短歌甲子園 盛岡 8/24~26

  • 高校生の短歌日本一を決める第7回全国高校生短歌大会、通称「短歌甲子園」が今月24日から3日間、盛岡市で開かれる。
  • 大会7回目を数える今年、啄木の没後100年ということもあり、注目が集まる。
  • 全国の51校68チームから応募があり、予選を通過した36校36チームが全国大会に出場する。団体戦と個人戦で日ごろの練習の成果を発揮する。(浅野孝仁)

(2012-08-15 毎日新聞>岩手)

2012-08-13

[] 太宰と啄木が大勢の読者から熱く読まれ続けているのはなぜ

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[ツリガネニンジン]


○月刊 THEMIS 2012年8月号

愛と苦悩と貧困を謳った

  太宰治と石川啄木が今も愛される秘密

  • 6月19日、東京三鷹市の禅林寺で太宰治を偲ぶ「桜桃忌」が開かれ、若い女性を含む多くのファンが駆けつけた。
  • 石川啄木も没後100年を迎える今年、各地で催し物が開かれるなど根強い人気を誇っている。7月4日には東京文京シビックホールで講演会『啄木学級』が開かれ、定員1000人の会場が申し込みで一杯になり、入場できないファンも大勢出たため、マスコミ取材すら制限された。
  • 死後長い年月が経ったいまも、この2人が大勢の読者から熱く読まれ続けているのはなぜか。
  • 啄木は26年2か月という短い人生のなかで『一握の砂』『悲しき玩具』などの作品を発表し、教科書の短歌採用数がトップの天才といわれてきた。
  • 明治大学教授で啄木研究者の池田功氏はいう。「啄木は真面目に仕事をする人だった。近年、教育者としての評価も高くなってきているし、北海道の釧路日報では編集長格にもなった。文学一本でやりたかったのに、だ」「啄木は自身が『私も亦悲しき移住者の一人だ』と告白している』東日本大震災で心ならずも故郷だった東北を離れざるを得なかった人々の心に、啄木の望郷の念が強く響いていることは容易に想像できる。
  • 啄木と太宰--2人の苦悩と挫折の青春や貧しさと闘った日々は、現在の閉塞した社会状況のなかで、悩みや不安を抱える若い世代から中高年にまで、強く共鳴しているのではないだろうか。

(月刊 THEMIS 株式会社テーミス発行)

[]「没後100年 石川啄木の魅力〜短歌・詩・日記を中心に〜」市民自由講座 10/12

  • 2012年10月12日(金) 18:30〜20:30
  • 講師 明治大学教授 池田功 さん

今からちょうど100年前に26歳の若さでこの世を去った石川啄木。しかし、彼の名は日本の代表的な詩人として知られ、彼の作品は100年たった今も色あせず、人々に知られている。今回の講座は、その石川啄木の魅力に迫ります。

対象 どなたでも

会場 八王子市 生涯学習センター(クリエイトホール)5階(東京都八王子市東町5-6)

定員 230名(応募者多数の場合は抽選)

受講料 200円

2012-08-12

[] 石川啄木ほど望郷の念をたくさん詠んだ歌人は珍しい・・・

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[ノウゼンカズラ]


西日本新聞>コラム > 春秋

  • 石川啄木ほど望郷の念をたくさん詠んだ歌人は珍しい。岩手県・渋民村(現盛岡市)のふるさとを「石をもて追はるるごとく」出たものの、都会では「ふるさとの訛(なまり)なつかし」と停車場の人混みへ聴きに行く
  • 「ふるさとの山に向ひて言ふことなし」「かにかくに渋民村は恋しかり」。漂泊の歌人の魂は故郷の野山を駆け巡ったことだろう
  • お盆の帰省が最盛期に入った。混雑を経てたどり着くのはどんな故郷だろう。

(2012-08-12 西日本新聞朝刊>コラム>春秋)

2012-08-11

[] NHK朝ドラヒロイン『……空に吸はれし十五の心』

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[コバギボウシ]


能年玲奈 朝ドラ「あまちゃん」ヒロインがロケ地・岩手県を初訪問

  • 来春スタートするNHK連続テレビ小説「あまちゃん」のヒロインを演じる能年玲奈(のうねん・れな)さんがロケ地となる岩手県を初めて訪れ10日、岩手県庁に達増拓也(たっそ・たくや)知事を表敬訪問した。
  • 初めて岩手県を観光したという能年さんは「すごく空が広くてどこまでも続いていて、やっぱり一番広い県なんだなあと思ってすごくびっくりしました」と驚いた様子。
  • 表敬訪問では、盛岡城(盛岡市)にある石川啄木が昼寝をしたという木を訪れたという能年さんは、「そこに刻まれている『……空に吸はれし十五の心』という歌を見て、私が岩手の空が広いなあと思った気持ちと近いような気がして、すごく感動しました」と話した。

(2012-08-10 毎日新聞>MANTAN)

[] 啄木学級故郷講座のお知らせ 啄木没後百年記念 9/1

「平成24年度啄木学級故郷講座」開催

  • 日時 2012年9月1日(土)受付13時
    • 1時間目:朗読「絵本 サルと人と森」朗読ほか

    • 2時間目:対談「石川啄木うたごよみ」をめぐって
  • 募集定員 50名(先着順で受付)
  • 授業料 500円
  • 申し込み 往復ハガキ「郵便番号・住所・氏名・年齢・電話番号」を明記の上(8月24日(金)必着)で下記へ
    • 申込先 〒028-4132 盛岡市玉山区渋民字渋民9 石川啄木記念館「啄木学級」係
    • 問合せ 石川啄木記念館 電話019-683-2315(受付時間 午前9時から午後5時まで)

2012-08-10

[][] 「啄木の現在(いま)」報告会 釧路市

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[コマツヨイグサ]


石川啄木「ゆかりの地サミット」の報告会

盛岡市で6月2日に行われた歌人石川啄木「ゆかりの地サミット」の報告会。
釧路市からは小松正明副市長が出席。小松副市長がサミットの様子を紹介するほか、「啄木の現在(いま)」と題して釧路啄木会の北畠立朴会長と対談する。

  • 2012年8月22日 14:00〜
  • 会場 釧路市 港文館(釧路市大町2-1-12) 電話 0154・42・5584
  • 参加無料

[][] 講座「北海道ゆかりの歌人 石川啄木」9/1〜10/20

  • 場所 北海道名寄市 市立名寄図書館 3階国際親善メモリアルホール
  • 講師 佐藤喜代枝 先生
    • 講座内容 石川啄木の履歴書・交友録・妻節子・「一握の砂」「悲しき玩具」・日記・詩・啄木と北海道
  • 日程 2012年 9月1日、8日、15日、29日、10月6日、20日(毎回土曜日開催)
  • 時間 午後1時30分〜午後3時30分
  • 申込み 電話又はカウンターで受付 (電話 01654-2-4751)

 ○道民カレッジ連携講座

2012-08-06

[][] 啄木が死を目の前にして書いた「四通の手紙」講座 9/9

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[ハギ]


市民のための文学講座

「石川啄木の四通の手紙」

  • 講師 森 武 氏(前函館市文学館館長)
  • 2012年9月9日(日)10:30〜
  • 函館市中央図書館 視聴覚室

百年の歳月を超えて、啄木は、今なお人々の心に寄り添うように生き続けています。啄木の文学が長い年月に耐えて生彩を失わないのは何故か。そのことを考える時、私の頭に必ず浮かんでくるのは、啄木が死を目の前にして書いた「四通の手紙」です。

・資料代 500円

・主催 函館の文学と音楽の会

・問い合わせ: 電話 0138-57-3116 (細谷)

[] 北海道発展に鉄道あり 元陣屋資料館で「鉄道の起り、産業の興り」開幕

  • 白老町の仙台藩白老元陣屋資料館で、特別展「鉄道の起り、産業の興り」(苫小牧民報社後援)が開幕した。明治時代の鉱山開発を端緒に、本道経済の発展を担った鉄道の歴史を関連資料約80点と共にひもとく企画。初日は基調講演や展示解説も行われた。
  • 基調講演では後志管内京極町の生涯学習センター・湧学館の新谷保人副館長が「文芸作品を走る胆振線」を演題に、1986年に廃線となった胆振線(伊達紋別〜後志管内倶知安)の歴史を文学的視点から取り上げ、作家・石川啄木や小林多喜二などが著作で胆振線の駅を舞台にしていることを紹介した。
  • 特別展は来月12日まで。

(2012-07-24 苫小牧民報)

[] ブログ紹介「キーン先生の或る日」(8月2日)

ドナルド・キーン先生は、石川啄木の評伝を読んでいらっしゃるとのこと。

2012-08-04

[] 「ふるさとに入りて先ず心傷むかな……啄木」

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[チゴザサ]


○ 私見公論41

ふるさと(4)/渡久山 春英

 「ふるさとに入りて先ず心傷むかな 道広くなり 橋もあたらし」

  • わかりやすい石川啄木の歌である。その通りだと思う。だれにもふるさとはある。そして、だれも啄木のような心境を経験している。啄木は久しぶりに帰省してふるさとの変容に傷心したことを反省している。昔のままのふるさとではなかった。道路も橋も目を疑うほどに立派になっていた。喜びと同時に一度も帰省しなかった自責の念にかられ、ふるさとを守っている人たちに感謝さえしたのであった。道路と橋とトンネルは地域活性化の大動脈である。今も昔も同じだ。山また山、川また川の地勢ならなおさらであろう。

(2012-08-03 宮古毎日新聞>私見公論)

2012-08-03

[] また会いたい「君に似し姿を街に見る時の……啄木」

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[チダケサシ]


阿刀田高選!ピリっと効く「つぶやき」大辞典−

  【5】また会いたいと思わせる

  • 人生は一行の言葉でどうこう言えるほど簡単ではないが、人生の一側面を一行で表すことは可能である。
  • 男女の場合なら、石川啄木の歌が気持ちを代弁してくれるように感じてしまう。

「君に似し姿を街に見る時の こころ躍りを あはれと思へ」

  • 人生において「よい出会い」はめったにない。よい出会いは大切にしなければならないし、よい出会いを持つために努力をすることは、生きていくうえで最も大切なことだと言っていい。

(2012-07-29 プレジデント社Online)

2012-08-02

[] 「啄木の妹」『KOBECCO』

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[コオニユリ]


『KOBECCO』8月号「触媒のうた」18 ──宮崎修二朗翁の話をもとに──

「啄木の妹・上」 出石アカル

  • 啄木はこの光子さんを思想は違いながらも深く愛していたようだ。光子さんは明治21年生まれ。
  • 「ぼくがまだ26歳の駆け出し記者の時でした。いいお話を聞こうと思ってお会いしたんですがね、『兄はあなた方が想像なさるような人柄じゃありませんでしたよ。嘘つきで…優しさなんか全然ない…』
  • 「当時の僕は未熟者でしたからすっかり気落ちしてしまってね、折角の取材が原稿にならずじまいでした。新聞記者も人生経験が身について老獪になるには十数年はかかりますからね」

 ○ 『KOBECCO』タウン情報誌 神戸市の文化や観光情報を発信

2012-08-01

[] 啄木の『一握の砂』は、「俺が俺が」という歌集

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[ゲンノショウコ]


インタビュー

小川洋子さんに聞く−−散歩から小説が生まれる

独特の小説世界を生み出し、多くの読者を魅了し続ける小川洋子さん。小説の執筆、文学賞の選考、本について語るラジオのレギュラー出演……さまざまな仕事をこなす小川さんの日常は?


(8ページ目)

  • −−小川さんの小説は、自分が立っている位置を少しずらすだけで、いろいろな世界が見えてくるということを教えてくれる気がします。今の時代、自分にこだわりすぎて不自由を感じているような若い人も、読めば楽になるような気がするんですが……。
  • 小川 この前、ラジオで石川啄木の『一握の砂』を取り上げたんですが、あれも「俺が俺が」という歌集で。若いですよね、自分がいかにかわいそうかということを切々と訴える。でも考えてみれば、彼は二十六で死んでいるので、しょうがないですね。自分だって二十代の頃は自分が一番大事だったし。自分というものにものすごくとらわれる時期……人によって五年なのか十年なのか、そこを通り抜けた後ですよね。そこを抜けたとき、私も小説の書き方が変わったかもしれません。

(2012-07-31 毎日新聞>特集・連載)

[] 特集ワイド:「中流」が消える日 非正規増加で「生活苦」6割超

低成長下、強まる格差容認論/中高年パラサイト急増

  • 「はたらけど猶 わが生活楽にならざり」(一握の砂)と詠んだ石川啄木が逝ってから100年。今、同じような境遇の人が増えている。しかもグローバル経済下、生活苦はより厳しくなりそうだ。日本から「中流」が消える日が来るかもしれない。
  • 首都圏に住む40代半ばの彼女は今年、生活保護を受け始めた。働く気持ちはある。だが、応募したコンビニのアルバイトは、幼い子供を抱えていることを理由に断られた。夫とは離婚調停中。不仲の実家に生活費を頼るわけにもいかなかった。(内野雅一)

(2012-07-31 毎日新聞>東京夕刊)

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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