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─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─
「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。
夏盛る〜吉澤医師のがん往診日記〜
NHK BSプレミアム(Ch.3)
進行したがん患者と家族の一番の幸せは何なのか。どんな医療が求められるのか。患者と家族を、自宅と病院の二つの場所で支えようとする医師と、患者家族の日々を見つめる。
大病院から見放された進行がんの患者を積極的に受け入れている病院が、東京都豊島区にある。大学病院から退院を促された腎臓がんの女性。乳がんが再発し、息苦しさを抱える女性。口とのどに併せ、食道のがんと闘う男性。要町病院副院長で緩和ケアが専門の吉澤明孝医師は、自宅と病院の 2つの場所で、患者と家族の希望に即した医療を行っている。吉澤医師と進行がんの患者家族の 5月から夏の盛りまでの 2か月を見つめた。
◎ 国際啄木学会東京支部会の渡辺哲夫さんが、吉澤先生の往診を受ける姿、闘病生活などのテレビ取材を受けました。
[カボチャ]
理容遺産:大田「アラタ」、全国連合会が初の認定 /島根
(2012-09-25 毎日新聞)
没後100年 石川啄木の世界
今年は石川啄木没後100年です。啄木は短い生涯のなかで、その卓越した思想や魂の叫びを、文章や詩歌で綴ることによって後世の私たちに多くのものを残してくれました。 今回、啄木研究の第一人者の方々に、啄木から学ぶものや啄木への思いなどを語っていただこうと魅力いっぱいの企画を立てました。皆様方のご参加をお待ちしております。
○受講料:各1,500円
[ 雲 (クマの兄弟げんか)]
青山学院大学 教育人間科学、文 平成21年
「弓町より──食うべき詩」石川啄木
-概略-
◎ 次にあげるのは、石川啄木の評論「弓町より」の中の文章「食うべき詩」の一部である。よく読んで後の問に答えよ。
「食うべき詩(くらうべき し)」とは電車の車内広告でよく見た 【「食うべきビール」】 という言葉から思いついて、かりに名づけたまでである。
謂う心は、両足を地面にくっつけていて歌う詩ということである。実人生と何らの間隔なき心持をもって歌う詩ということである。珍味ないしはご馳走ではなく、我々の日常の食事の香の物のごとく、しかく我々に「必要」な詩ということである。――こういうことは詩を既定のある地位から引下すことであるかもしれないが、私からいえば我々の生活にあってもなくても何の増減のなかった詩を、必要な物の一つにするゆえんである。詩の存在の理由を肯定するただ一つの途である。
問
【 】内の「食うべきビール」とは、どのようなビールであると啄木は考えているか。次のア〜オの説明の中から最適なものを選び、記号をマークせよ。
ア ただ飲むのではなく、よく噛んで、充実した栄養とするべきビール
イ 特別なものではなく、いつもの日常の生活に欠かせない食事のようなビール
ウ 食べるような「のどごし」を味わうことのできる、飲みがいのあるビール
エ 食べ物とつねによくマッチする、いわば食べ物の一種のようなビール
オ 高級な御馳走なので、すぐ飲んでしまってはもったいないようなビール
● 解答は次回に
[ヤブラン]
平成24年度文化芸術講演会 ふるさとに寄せて
東日本大震災復興元年で」ある本年、事業団では芸術文化を通して「心の復興」を後押しし、「ふるさと・岩手」の価値を再認識するため、「ふるさとに寄せて」をテーマとした講演会と開催することといたしました。
第1部「鉄道と駅が町を支える −文学と映画にみる鉄道文化」
講師/川本 三郎氏(評論家)
第2部「東北岩手と『佐幕派の文学史』〜啄木没後百年に寄せて〜」
講師/平岡 敏夫氏(文学史家)
[ヒヨドリソウ]
国際啄木学会
「2012年秋のセミナー」
東京都千代田区神田駿河台1-1(御茶ノ水駅 徒歩3分)
13:00 開会
13:05 台日文学者交流会報告 森 義真 事務局長
13:20 ミニ講演 l 松平盟子 「現代歌人が読む『悲しき玩具』」
13:50 ミニ講演 ll 大室精一 「『悲しき玩具』研究をめぐる論点」
14:30 パネル・ディスカッション 「『悲しき玩具』をどう読むか」
河野有時 木股知史・高淑玲・崔華月・飯村裕樹
16:15 セミナー総括、閉会
○ 懇親会 17:00〜19:00
・会場 カフェ・パンセ(明治大学駿河台校舎アカデミーコモン)
・会費 4,000円
*一般の方の参加歓迎*
久里浜コミセン文学講座
「貧しさの中、駆け抜けた青春……一葉と啄木」
一瞬の命の輝きを作品に昇華させ、20代の若さで夭逝した明治の文人――樋口一葉と石川啄木。二人を比較しながら、作品の魅力に迫ります。
[ヒガンバナ]
「文藝春秋 2012年10月号」
人生を変えた伝説の名授業30
文豪たちが名教師だった頃 ジャーナリスト・佐久間文子
◎ 石川啄木「子どもたちにストライキ節を歌わせクビに」
(他に、夏目漱石/芥川龍之介/芥川也寸志/内田百けん/小泉八雲/島崎藤村/与謝野晶子/宮沢賢治/石川啄木/宇野千代……など)
[ヒガンバナ]
《啄木特集》啄木と遺産
石川啄木は26年2カ月の短い人生で、短歌のほか、詩、小説、日記、新聞記事などを数多く残した。上京するまでの 1年弱の北海道縦断の足跡は、書き物の素材として数多く描かれ、今日にその時の様子を伝えている。明治後半、開拓期の本道をしのばせる貴重な記録として、道内各地の歴史を彩る遺産ともいえそうだ。
◎ 啄木が残した主な作品(日記、新聞記事も含めて)
・短歌 4128首 ---「一握の砂」に 北海道関連の歌 140首以上
・詩 364編 ---小樽日報に 6編、「紅苜蓿」に 9編
・小説(未完も含めて) 15編 ---北海道関連 4編(他に小説断片にもあり)
・日記 13冊 ---「明治 41年日誌」などに北海道漂泊の記述
・記事 小樽日報 約 80本
釧路新聞 約 100本
(編集委員 黒川伸一)
(2012-08-27 北海道新聞)
[オオバコ]
第66回全国読書週間記念講演会
− 啄木没後 100 年 −
「啄木と図書館」
石川啄木が図書館に通った日々のエピソードなど、啄木と図書館の関わりについて、国際啄木学会理事・事務局長の森義真さんがお話します。
盛岡市立図書館 TEL:019-661-4343 〒020-0114 盛岡市高松1-9-45
近代文学研究家。盛岡市在住。盛岡第一高等学校・一橋大学卒。国際啄木学会理事・事務局長。宮沢賢治学会、日本社会文学会所属。
著書『盛岡中学校時代の石川啄木』、『啄木の親友 小林茂雄』(2012年11月刊行予定)ほか、共同執筆5冊。
第 21 回
第二部 漂泊の旅路(5)
小樽公園(小樽市)
情熱ささげた記者職
こころよく/我にはたらく仕事あれ/それを仕遂げて死なむと思ふ
(2012-08-22 岩手日報)
─────────────────────────────────
第22 回
第二部 漂泊の旅路(6)
法用寺(福島県会津美里町)
同僚ともめ小樽去る
敵として憎みし友と/やや長く手をば握りき/わかれといふに
(学芸部 小山田泰裕)
(2012-08-29 岩手日報)
[啄木歌碑 JR 船岡駅ホーム」]
第 19 回
第二部 漂泊の旅路(3)
JR 船岡駅(宮城県柴田町)
良き文学仲間が支援
汽車の窓/はるかに北にふるさとの山見え来れば/襟を正すも
(2012-08-08 岩手日報)
─────────────────────────────────
第20 回
第二部 漂泊の旅路(4)
大通公園(札幌市)
美しき街に心引かれ
しんとして幅広き街の/秋の夜の/玉蜀黍の焼くるにほひよ
(2012-08-15 岩手日報)
[オオハンゴンソウ]
河北春秋
(2012-09-12 河北新報)
[ツユクサ]
<私的レポート>
2012年9月9日放送 BS-TBS
「日本人 キーン ドナルド 90歳を生きる」
〜 私は日本文学の素晴らしさを伝えたい 〜
○ あとどれだけ残っているかわからないから、時間を充実したものにさせたい。
○ 90歳になって、一番幸福なときは現在です。
2011年3月11日、東日本大震災と原発事故にドナルド・キーンさんは、「この人々(日本人)と共に生き共に死にたい」と、日本人となる決意をした。
「鬼怒鳴門 = キーン・ドナルド」として、日本国籍を取得した。
第九章 「石川啄木の評伝を書きたい」
あて はまらぬ、無用のカギ! それだ! どこへもっていっても 予の うまくあてはまるアナが見つからない!
タバコにうえた。
日本で現代人の不安を文学的に最初に表現したのは石川啄木である。
[啄木と父一禎の歌碑 高知駅前]
啄木歌碑 3周年で短歌募集
JR 高知駅南側に立つ石川啄木と父一禎(いってい)の歌碑が建立 3周年を迎えたことから、歌碑を建てたグループが短歌大会を企画し、作品募集を始めた。
一禎は晩年、啄木の姉トラと、トラの夫で国鉄官吏だった山本千三郎の元に身を寄せ、高知駅近くの官舎で最期を迎えた。そのことを後世に語り継ごうと、県内の歌人らでつくる「啄木の父 石川一禎終焉の地に歌碑を建てる会」(高橋正会長)が 2009年に碑を建立。今年が啄木没後 100周年にも当たることから、短歌大会を企画した。
○「コラボ」部門は写真に短歌を焼き込むのも可。携帯電話の写メールも受け付ける。一般と高校生以下を分けて審査し、最優秀や特別賞などを選出。来年 1月、高知市の帯屋町商店街に展示する。
(2012-09-09 高知新聞)
[啄木像 JR 旭川駅 旭川観光物産情報センター内]
歌碑像が縁 啄木セミナー 旭川
(2012-09-07 北海道新聞)
[ゼフィランサス]
《前回の解答》
武蔵大学 人文・経済 平成13年
◎ 解答
啄木が取り組んだものに、短歌と詩と小説がある。小説は、力が入り過ぎて失敗した。短歌は、その力を抜いて作ったので、魅力的である。力が入るとは、( 才能 )を読者に見せつけるようなことであり、力を入れ過ぎた作品は、読者を( 感心 )させはしても、( 感動 )させはしない。
右の点では啄木の詩は( 小説 )に似ている。しかし、そうでない詩もある。( 『呼子と口笛』 )のものである。( 短歌 )をふんだんに作った延長で作ったからである。
清田図書館(札幌市)では没後100年にあたる石川啄木をテーマとした講演会と関連図書等を特集したパネル展(ブックトークあり)を開催します。
○講演会「没後百年 石川啄木」〜『時代閉塞の現状』から見えるもの〜
「没後百年 石川啄木」パネル展
関連ブックトーク
上記展示をよりお楽しみいただくため、司書が企画のねらいや関連資料の紹介を行うブックトークを行います。
○ 清田図書館 電話 011-889-2484 北海道札幌市清田区平岡1条1丁目
[ヒルガオ]
武蔵大学 人文・経済 平成13年
-概略-
◎ 次の文章を読んで、後の問に答えよ。
啄木は、小説を書きたい人だった。それは彼の日記や評論を読むと、よくわかる。
「私は小説を書きたかった。否、書くつもりであった。また実際書いても見た。そうしてついに書けなかった。」
この有名な一節に象徴されるように、啄木は小説を志し、小説で生計を立てたいと願い、また小説家として世に認められたいと強く思っていた。が、その願いは叶えられることなく、小説に関しては挫折の連続だった。(略)
啄木の詩についても、似たような感想を私は抱いた。『あこがれ』は、肩に思い切り力の入った詩集だ。言葉をあやつる才能を、これでもかこれでもか、と見せつけてくれる。数え年で二十歳までという年齢を考えると、ちょっと末おそろしいという感じさえする。(略)
問
「啄木の詩についても、似たような感想を私は抱いた」に関連して、筆者の考え方を次のように整理し、それについての感想も記した。《 》から、空欄に入るものを選べ。
啄木が取り組んだものに、短歌と詩と小説がある。小説は、力が入り過ぎて失敗した。短歌は、その力を抜いて作ったので、魅力的である。力が入るとは、( )を読者に見せつけるようなことであり、力を入れ過ぎた作品は、読者を( )させはしても、( )させはしない。
右の点では啄木の詩は( )に似ている。しかし、そうでない詩もある。( )のものである。( )をふんだんに作った延長で作ったからである。
《 秘密・表現・才能・感心・感動・美質・小説・短歌・非定型・「食うべき詩」・『あこがれ』・『呼子と口笛』 》
●解答は次回に
[空]
TBSテレビ「サワコの朝」8月25日放映
ゲスト ドナルド・キーンさん
日本文学者のドナルド・キーンさんは90歳。昨年、永住のために来日し日本国籍を取得した。啄木のことは話に出てこなかったが、日記については「啄木日記」が頭の隅にあったのでは…、と思った。
○キーンさんの話
日本文学者との交流について
・私が日本留学をしたときは、日本文化の黄金期だった。川端康成、志賀直哉、永井荷風…、新しい面白い小説家や詩人がいて新しい芝居もあり素晴らしい時代だった。戦争には負けたけれど日本文化の負けはなかった。
・一番後悔していることは、日記をつけなかったこと。自分の記憶力に絶対の自信があったから「忘れない」と思っていたが、年を取るに従い忘れることをおぼえた。
───── ───── ───── ─────
◎ドキュメンタリー番組の案内
BS-TBS「日本人 キーン ドナルド 90歳を生きる」
〜 私は日本文学の素晴らしさを伝えたい 〜
- 2012年9月9日(日) BS-TBS 19:00〜21:00
九部構成の最後の第九章は、「石川啄木の評伝を書きたい」。
「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。
・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料
◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。