啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2015-03-31

[] 創刊「旅人類」 石川啄木の人物物語も盛り込んで…

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[キクモモ]


吉田類さん責任編集・北海道の旅情報誌創刊  /北海道 

  • 酒場詩人の吉田類さんが責任編集を務める北海道の旅情報誌「旅人類」が3月25日に創刊され、同26日、紀伊國屋書店札幌本店でトークショーが行われた。紹介エリアを変えながら年に1冊ずつ刊行を予定する同誌。創刊号では、2015年度末に開通予定の北海道新幹線で注目される函館を中心とした道南エリアと、道東自動車道の阿寒ICの年度内延長を予定する釧路など道東エリアを特集する。
  • 昨年秋に地元情報を基に吉田さんが実際に訪問した飲食店や酒場、喫茶店、それぞれの土地の歴史や郷土の文化を紹介する。函館や釧路にゆかりのあるイコン画家・山下りんや松前藩の家老で絵師だった蠣崎波響(かきざきはきょう)、函館を皮切りに札幌、小樽、釧路で新聞記者として11カ月間過ごした石川啄木の人物物語や、吉田さん、池内紀さん、川本三郎さんの旅エッセーも盛り込む。



 B5サイズ、全144ページ。価格は864円。

(2015-03-30 札幌経済新聞)

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2015-03-30

[] 石川啄木が働いていた朝日新聞社ビル→新ビルへ

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[シダレザクラ]


銀座朝日ビル建設へ ホテルなど入居、2017年秋完成予定

  • 朝日新聞社は30日、東京創業の地、東京都中央区銀座6丁目に新ビル「銀座朝日ビル」(仮称)を建設すると発表した。地上12階、地下2階の建物には、ラグジュアリーホテル、商業施設が入る。2017年秋に完成する予定だ。
  • 新ビルは高さ48メートル。敷地は店舗が立ち並ぶ「並木通り」沿い。外観のコンセプトは『「100年の灯」〜次代をてらす灯、宿る思い〜』で、銀座の街並みと調和したデザインとする。
  • 大阪で誕生した朝日新聞社は1888(明治21)年に東京に進出した。ビル建設地はその際の拠点で、当時、夏目漱石や石川啄木が働いていた。敷地前の歩道には啄木の歌碑「京橋の瀧山町の 新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな」がある。

(2015-03-30 朝日新聞)

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2015-03-28

[] 石川啄木の書簡も収められた「薄田泣菫宛書簡集」

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[マンサク]


<与謝野鉄幹>薄田泣菫に苦労吐露 未発表の書簡類35点

  • 歌人の与謝野鉄幹(本名・寛、1873〜1935)が文芸誌「明星」を創刊した1900(明治33)年から8年後の廃刊までの間に、詩人の薄田泣菫(すすきだ・きゅうきん)(1877〜1945)=岡山県倉敷市出身=に宛てた未発表の書簡類35点が見つかった。泣菫の遺品を分析していた研究者が確認した。泣菫への執筆依頼から始まり、経営不振で廃刊を決めたことを打ち明けるに至った経緯がつづられ、2人の親交がうかがえる。研究者は「日本近代文学史を研究する上で貴重な資料」と評価している。


  • 泣菫の遺族が倉敷市に寄贈した資料約1700点の中にあった。


  • 書簡類は倉敷市が今月発刊した「倉敷市蔵 薄田泣菫宛書簡集 詩歌人篇」(八木書店)に収められている。石川啄木や北原白秋、島崎藤村、与謝野晶子、柳原白蓮ら詩・歌人30人から泣菫に送られた書簡類187通を収録し、うち未発表が161通。鉄幹からの書簡が最も多い。【小林一彦】

<明星> 与謝野鉄幹が主宰する「新詩社」機関誌として、和歌の革新を掲げて1900年に創刊。詩歌を中心とする総合的文芸誌で、森鴎外や上田敏、薄田泣菫らも支援。妻の晶子や高村光太郎、石川啄木、北原白秋ら優れた才能を輩出した。大正期と戦後に復刊した。

(2015-03-28 毎日新聞)

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2015-03-26

[] 石川啄木の初版本も読める イーハトーブ岩手電子図書館

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[アセビ]


図書館で日々進化している情報技術

 岩手県立図書館のコンシェルジュスタッフが紹介!

「イーハトーブ岩手電子図書館」

  • これは当館が所蔵する古絵図や和本などの古文書を、撮影・デジタル化し、当館のホームページ上で公開しているものです。
  • 古文書のほか、郷土出身の宮沢賢治、また石川啄木の初版本という貴重な資料もご覧いただけます。当館の端末でも閲覧することができますので、身近にインターネット環境がないという方も、ぜひご利用ください。

イーハトーブ岩手電子図書館

石川啄木の作品

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[] 石川啄木が代用教員となる --寺子屋教育--

明治の米国人顧問も絶賛 経済成長の礎となった寺子屋教育

国民1人ひとりの能力の基本は、教育である。そこで今回は、わが国の明治以来の発展の背景にあった教育について取り上げることとしたい。

  • 米国人の教育顧問に絶賛された 江戸の寺子屋教育
  • 7000種もあった寺子屋の教科書 「画一的」と言うにはほど遠い教育
    • モーレルが絶賛した江戸の寺子屋は、随時入学。授業時間は午前7時半ごろから午後2時までくらい。しかし、7時半過ぎに来ても遅刻というわけではない。
    • 教える側の教師の多様性。明治5年の学制発布以降、各県に師範学校が設けられたが、給与が低く教員のなり手がない中で、師範学校卒業でなくてもそれなりの学歴のある多様な人々が当面の口つなぎとして代用教員となり、教壇に立っていた。
    • 明治40年には石川啄木が(渋民尋常高等小学校尋常科)、大正10年頃には小津安二郎が(三重県松坂町)代用教員となっている。田山花袋の小説『田舎教師(明治42年)』の主人公も代用教員であった。この他にも、石牟礼道子が水俣で、宮尾登美子が国民学校で、宇野千代が山口県で、加藤楸邨が水戸市で代用教員を務めていた。(松元 崇)

(2015-03-26 ダイヤモンド・オンライン)

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2015-03-23

[] 啄木歌碑除幕式、啄木の ひ孫石川真一さんらも

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[サンシュユ]


晩年刻む啄木歌碑 東京・文京区、寄付募り建立

  • 歌人石川啄木(1886〜1912年)が生涯を閉じた東京都文京区小石川5丁目に「終焉の地」を記念する歌碑と顕彰室が完成し22日、現地でお披露目された。啄木をしのぶシンボルとして国際啄木学会東京支部や区民が働き掛け、文京区が建立した。除幕式には啄木のひ孫や愛好者らが集い、没後100年がたっても読み継がれる薄幸の歌人に思いを寄せた。

 「呼吸(いき)すれば、/ 胸の中にて鳴る音あり。/ 凩(こがらし)よりもさびしきその音!」

 「眼(め)閉づれど、/ 心にうかぶ何もなし。/ さびしくもまた眼をあけるかな」

  • 肺を患い1911(明治44)年に小石川区久堅町(現文京区小石川5丁目)の借家に移り住み、26歳でこの世を去った啄木。最晩年に詠んだ2首の歌からは、悪化する病状と、悲痛な心情が伝わってくる。
  • 除幕式には、啄木のひ孫石川真一さん(50)=東京都世田谷区在住=ら親族も顔を見せた。石川さんは「没後100年が過ぎた今でも思ってくれる人がいるのは非常にありがたい」と感慨深げに歌碑を見詰めた。

(2015-03-23 岩手日報)

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[] 石川啄木終焉の地に歌碑及び顕彰室を設置

文京区観光協会

  • 歌人・石川啄木は、岩手県盛岡市から上京した後、文京区内で暮らし多くの作品を残しました。このたび文京区では、啄木を文京区ゆかりの文人として顕彰することを目的に、3月22日(日)終焉の地である文京区小石川(短期入所生活介護施設内)に歌碑及び顕彰室を設置しました。
  • 歌碑及び顕彰室は、3月22日(日)正午より一般公開しています。

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[] 顕彰室開設時間 文京の観光スポット

◎文京の観光スポット

石川啄木終焉の地歌碑・顕彰室

  • 歌人・詩人・評論家として知られる石川啄木(1886〜1912)は明治45年4月文京区小石川(旧久堅町)の地においてわずか26歳の若さで亡くなりました。この地に石川啄木終焉の地歌碑を建立し公開いたします。歌碑は、啄木晩年の草稿より直筆原稿を生かしたデザインとなっております。
  • また、歌碑に隣接した高齢者施設の一画に石川啄木顕彰室が同時に開設されます。顕彰室には歌碑に刻まれている啄木の自筆原稿や手紙のレプリカなどを展示する予定です。
    • 顕彰室開室時間 午前9時 〜午後5時(年末年始を除く)
    • 所在地 文京区小石川5-11-8
    • 交通のご案内 東京メトロ丸ノ内線「茗荷谷」駅より徒歩7分

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[] 「啄木橋」 渋民バイパス、開通前にお披露目

  • 国土交通省岩手河川国道事務所は21日、盛岡市玉山区の国道4号渋民バイパスの全線開通を前に地元住民を招いた現場見学会を開いた。バイパスに設ける3カ所の橋の名称を考えた児童も表彰。
  • 道路の上に架かる跨道橋2カ所は渋民小児童が考えた「啄木橋」、好摩小児童の「ふるさと橋」をそれぞれ採用。北口付近の橋は巻堀小児童の「姫神橋」と決まった。

(2015-03-22 岩手日報)

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2015-03-21

[][] 講座「与謝野晶子・鉄幹と石川啄木 (夫婦と弟子) 4/23

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[ベニカナメモチ]


平成27年度 あきたスマートカレッジ

  • テーマ 「明星」〜与謝野晶子・鉄幹と石川啄木 (夫婦と弟子)
  • 2015年4月23日 10:00〜11:30
  • 講師 北条 常久 
  • 会場 秋田県生涯学習センター  講堂 

    秋田市山王中島町1-1

  • 費用 受講無料

文学者が、人と人の支えのなかで、創作活動の道を歩むことを学び、文学への理解を深める講座。

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[][] 人間啄木入門編 札幌 4月〜9月

近代文学者の中で、啄木ほど研究されている文人はいない。

本講座では難しい論説については学者に任せ、初心者にも理解できる楽しい講座を目指している。ほんの少し啄木の心知ることで心豊かにくらそう。

  • 講師 北畠 立朴(国際啄木学会北海道支部長)
  • 2015年 4月〜9月(6回)第3木曜日 13:00〜15:00

◎申し込み・問い合わせ

  札幌道新文化センター

   住所:札幌市中央区大通西3丁目6道新ビル7階

   電話:011-241-0123

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2015-03-20

[] ゆかりの給食 原敬、石川啄木、新渡戸稲造、金田一京助、米内光政 〜盛岡

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[ヒイラギナンテン]


偉人ゆかり 誇りの給食…岩手

  • 盛岡市は、地元出身の偉人らにちなんだ献立を出す「先人ゆかり給食」を市立61小中学校で実施している。偉人の生涯について知識を深め、郷土に誇りを持ってもらうのが狙いだ。
  • この給食は2005年度に一部の小中学校でスタート。毎年交代で取り上げる偉人は政治家の原敬と、歌人の石川啄木(1886〜1912)、教育者の新渡戸稲造、言語学者の金田一京助、軍人で首相も務めた米内光政の計5人。
  • 市学校栄養士会などが、本人の好物や逸話にちなんで献立を検討。洋食好きだったという原についてはハヤシライス、アイヌ語を研究した金田一についてはサケの汁物――などを出してきた。
  • 10年目を迎えたユニークな給食に、全国から視察に訪れる関係者は多い。千葉仁一教育長は「盛岡でずっと暮らしたいと思う子どもが増えるといい。今後も継続して実施していきたい」と話している。(盛岡支局 浅川貴道)

(2015-03-20 読売新聞)

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2015-03-18

[] 若山牧水「別離」は石川啄木の「一握の砂」と並んで支持を得た

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[シダレウメ]


若山牧水「海よかげれ水平線の黝みより…」

 故郷か歌道か 27歳の苦悩

 <海よかげれ水平線の黝(くろ)みより雲よ出で来て海わたれかし>

  • 早春の岬に立ち、27歳の若山牧水はやるせなさを募らせていた。
  • 前年、1912年(大正元年)夏。「チチ、キトク」の報で宮崎県東郷村坪谷(現日向市)に戻ると、開業医の父は老いて弱り、母や親族からは家を継ぐよう、懇願された。出産までに入籍を請う新妻の手紙も、長野の実家から追いかけてきた。東京で創刊した短歌誌の資金繰りも苦しかった。11月、父は死す。
  • 18歳で上京し、早稲田大では福岡から出て来た北原白秋と、次いで岩手出身の石川啄木とも親しくなった。23歳で第一歌集「海の声」を出版した牧水は、恋愛に翻弄されつつ、時代の中央で才能を磨く。第三歌集「別離」は啄木の「一握の砂」と並んで明治末、青年らの熱い支持を得ていた。
  • 貧しくとも東京で歌を究めるか。日向で職を求め、地道に暮らすか。故郷で一人、迷い続けた牧水は、山間の坪谷から美々津の港まで度々出かけている。近くの権現崎の照葉樹林へ分け入り、日向灘、太平洋を見渡す岬で歌を詠んだ。(文・尾崎真理子 写真・青木久雄)

(2015-03-16 読売新聞>新おとな総研)

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2015-03-17

[][] 歌碑建立「眼閉づれど 心にうかぶ何もなし。…」石川啄木 3/22~

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[河津桜]


啄木最後の2首 文京に歌碑

  • 文京区内で生涯を閉じた歌人・石川啄木が最後に作ったとされる2首を刻んだ歌碑と、直筆原稿のレプリカなどを紹介する顕彰室が、同区小石川5の高齢者施設に完成し、22日から一般公開される。
  • 盛岡市出身の啄木は文京区内で約4年間暮らし、小石川の自宅で26歳の若さで亡くなった。区は、啄木の足跡を残そうと没後100年を迎えた2012年、自宅跡の隣地に歌碑と顕彰室をつくることを決定。「石川啄木基金」には、計1200万円を超える寄付金が集まったという。
  • 歌碑は施設の敷地内に建てられ、啄木が最後に作ったとされる「呼吸すれば 胸の中にて鳴る音あり。凩(こがらし)よりもさびしきその音!」「眼閉づれど 心にうかぶ何もなし。さびしくもまた 眼をあけるかな」の2首が刻まれている。
  • 顕彰室は施設の一室を使い、年末年始を除き、午前9時から午後5時まで開放する。入場無料。

(2015-03-17 読売新聞)

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2015-03-16

[][] 「啄木の発明」佐佐木幸綱講演会 4/12

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 [講演会ポスター]


啄木終焉の地 歌碑建立記念事業

 啄木忌記念 佐佐木幸綱講演会


  • 2015年4月12日(日)14:00〜15:30
  • 演題 「啄木の発明」
  • 講師 佐佐木幸綱氏(歌人・早稲田大学名誉教授)
  • 会場 小石川図書館4階ホール(東京都文京区小石川5-9-20)

    交通 地下鉄:丸の内線茗荷谷駅徒歩6分 都バス:小日向四丁目徒歩2分

  • 定員 80人(申込順) 無料

  • 申込 3月21日(土・祝)午前9時〜 電話または直接小石川図書館カウンターにて受付。
  • 問い合わせ・申込 03-3814-6745(小石川図書館)

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2015-03-13

[] “空の上にいる石川啄木” --献血ルーム--


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「献血ルームfeel」は、東京スカイツリーに併設された東京ソラマチにある。

10階にあるから、景色はまるで空の上。





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その待合室の書棚に啄木の歌。


*この場所の特殊な注意として、「健康を優先し、献血後東京スカイツリーにのぼる方からの献血はご遠慮頂く場合がある」とのこと。



  • 「献血ルームfeel」
    • 東京スカイツリータウン・ソラマチ
    • 東京都墨田区押上1-1-2

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2015-03-12

[][] 一般公開!「石川啄木終焉の地歌碑&顕彰室」3/22〜

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[カンヒザクラ]


「石川啄木終焉の地歌碑」「石川啄木顕彰室」設置

歌人・石川啄木は、岩手県盛岡市から上京した後、文京区内各地で暮らし多くの作品を残しました。

このたび文京区では、啄木を区ゆかりの文人として顕彰することを目的に、終焉の地である文京区小石川(短期入所生活介護施設内)に歌碑及び顕彰室を設置します。


◎石川啄木終焉の地歌碑

「呼吸すれば 胸の中にて鳴(な)る音あり。 凩(こがらし)よりもさびしきその音!」

「眼閉づれど 心にうかぶ何もなし。さびしくもまた 眼をあけるかな」

    ※直筆原稿を陶板に再現

  • 碑材  姫神小桜(啄木のふるさと盛岡の山「姫神山」の石)
  • 揮毫  楢崎華祥氏

◎石川啄木顕彰室

  • 東京都文京区小石川5-11-8

  石川啄木終焉の地/小石川五丁目短期入所生活介護施設内

  • 展示内容  直筆原稿レプリカ・年表・写真など
  • 開室時間  9時00分〜17時00分(年末年始を除く)  
  • 入場無料

◎記念式典

  • 平成27年3月22日(日)11時00分
  • 会場 文京区小石川5-40-21 文京清掃事務所播磨坂清掃事業所

    (※啄木終焉の地から徒歩5分。桜の名所の播磨坂に面しています)

       ※「文京さくらまつり」の式典と合同開催


◎歌碑・顕彰室一般公開

  • 平成27年3月22日(日)正午より

*石川啄木基金

  • 「石川啄木基金」は「石川啄木終焉の地歌碑」及び「石川啄木顕彰室」の設置・運営を円滑に進めるため、平成25年4月に設置され、広く寄附を募ってきました。
  • この間12,179,660円(44件・27年2月末現在)の寄附をいただき、このたびの歌碑の建立、顕彰室の設置及び今後の顕彰室の運営などに活用していきます。

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2015-03-11

[][] 太平洋を臨む “石川啄木歌碑” 茨城県日立市

啄木文学散歩・もくじ


<古房地公園の石川啄木歌碑>


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古房地公園(こぼうち こうえん)

  • 1971(昭和46)年開園
  • 所在地 茨城県日立市大甕(おおみか)町4丁目

大甕駅は上野駅から常磐線特急で約1時間半。

石川啄木歌碑のある古房地公園は、駅前から海岸方向に1キロメートルほど行ったところにある。






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青々とした太平洋に向かい堂々と建つ日立灯台。

写真に写っている灯台のすぐ右脇にある松の大木の下に、啄木歌碑が建っている。






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公園はたくさんの人で賑わう。


「日立灯台」

  • 1967年(昭和42)設置
  • 光り方 群閃白光 毎25秒に3閃光
  • 光の強さ 21万カンデラ
  • 光の届く距離 23km
  • 高さ 地上から25m

(海上保安庁の看板より)






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大木に守られて静かに建つ石川啄木歌碑。






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公園内もこの碑の周囲も手入れがよくされている。






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『啄木文学碑紀行』浅沼秀政 著 より

大甕駅前に1982(昭和57)年、日立港ロータリークラブが創立5周年記念事業として建てた。

啄木はこの地と直接のかかわりはない。だが、工場勤務の乗降客でにぎわう大甕の駅前に「思いわずらうこともなく一所懸命に仕事に打ち込んだ日の充実感を忘れまい」と詠んだ啄木の歌碑が建ち、多くの働く人たちの共感を得ていることは、意義深いと思う。






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1997(平成9)年に大甕駅前から、この古房地公園に移された



   何事も

    思ふことなく

     いそがしく

   暮らせし一日を

    忘れじと思ふ

           石川啄木






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日立灯台南側の景観。

久慈浜海水浴場と日立港。


歌碑のある古房地公園は小高い場所にある。

東日本大震災では、ここ古房地鼻から久慈浜海水浴場、日立港、そして反対方角の田楽鼻方向にかけて被災している。





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灯台北方向の景観。

古房地鼻から田楽鼻方向。


2011年3月11日から今日で4年。

まだ爪痕の残る海岸線。



  • 古房地公園(こぼうちこうえん)
    • 茨城県日立市大甕町4丁目

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2015-03-09

[] 三橋美智也の美声 啄木をテーマに「瞼のふるさと」(昭和29)

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[ハナニラ]


いわて歌紀行 (23)

 「瞼のふるさと〜南部牛追唄」 唄=三橋美智也

  夭折の歌人テーマ

  • 石川啄木(1886〜1912年)は、南岩手郡日戸村(現・盛岡市玉山区日戸)に生まれ、1887年、隣村の渋民村(現・盛岡市玉山区渋民)に移る。
  • 1910年「一握の砂」の三行分かち書きの大胆な表現によって、生活派の歌人として広く知られるようになった。
  • この啄木をテーマに〜石で故郷を追われた身でも/胸に抱いてる岩手山〜という流行民謡「瞼のふるさと〜南部牛追唄」が、山崎正作詞、山口俊郎編曲、三橋美智也歌唱によって1954(昭和29)年にレコードが発売された。わずか26歳で夭折した天才歌人の思いが、哀愁あふれる三橋の美声によって響く。

 「あゝ故里」 唄=三橋美智也

  葛藤の中、故郷偲ぶ

  • 「あゝ故里」は、啄木が故郷を離れて函館、札幌、小樽、釧路などを転々として東京へ。才能が世に認められない不遇の人生を〜花の咲かないわが運命(さだめ)〜花よいつ咲く男の胸に〜と、故郷を偲ぶ内容である。
  • 作詞は高橋掬太郎、作曲は吉田矢健治、歌唱は三橋美智也で1960(昭和35)年に発売。
  • 三橋による啄木の歌は「瞼のふるさと」「啄木旅愁」がある。

(2015-03-08 岩手日報>日曜さろん)

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2015-03-08

[][] 「野口米次郎と石川啄木」講演会 3/11

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[スノウドロップ]


講演会「いま、イサム・ノグチを語る。」

 テーマ「野口米次郎と石川啄木」

モエレ沼公園の基本設計を手掛けたノグチの生誕111年と、モエレ沼公園のグランドオープン10周年を記念した企画。

札幌在住の歌人山田航さんが「野口米次郎と石川啄木」のテーマで、詩人でノグチの父の米次郎について話す。建築家で東大名誉教授の藤森照信さんは「イサム・ノグチさんと私の建築」として語る。


  • 2015年3月11日 午後6時半〜
  • 主催者 NPO法人モエレ沼公園の活用を考える会(モエレ・ファン・クラブ)
  • 会場 札幌市時計台(札幌市中央区北1西2)

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2015-03-07

[] 新婚の石川啄木・節子夫婦が暮らした家

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[シャクナゲ]


ニッポンの5当地(ごとうち) 5当地「景」

  盛岡編 〜北上川と岩手山〜

ニッポン全国のご当地をまわり、四季折々に応じた心に残る風景を写真に収めてご紹介するニッポンの5当地「景」。今回は「盛岡編」をご紹介します。


「盛岡の風景」

1 岩手県岩手郡から一関市へと流れる、東北最大の北上川。岩手県人の心のふるさと・標高2,038mの岩手山。

2 一口大のそばが、給仕さんによって次々に入れられるわんこそば。

3 大隈講堂や日比谷公会堂の設計で有名な建築家・佐藤功一が設計した、岩手県公会堂。

4 明治38年、新婚の石川啄木・節子夫婦と啄木の父母が3週間ほど暮らした家。随筆「我が四畳半」に、この頃の様子が描かれています。

5 石川啄木や宮沢賢治も学んだ、旧盛岡高等農林学校本館。本校は明治35年に、日本最初の高等農林学校として設立。建物は国の重要文化財の指定を受けています。

(2015-03-07 OVO [オーヴォ])

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[] よしもとばなな流46この幸福論。“どんな境遇にあっても、幸せを数える方法”

  • 人は、つい幸せな時とそうじゃない時があると思いがちだ。「友が皆 我より偉く見ゆる日よ 花を買ひ来て妻と親しむ」と詠んだのは石川啄木だけれど、逆境にあってこそしみじみと感じられる幸せもある。
  • よしもとばななさんのエッセイ『小さな幸せ46こ』(中央公論新社)で描かれているのも、大人になった今だからこそ気づく幸せ、若い頃だったら、もしかしたら気づかずに通り過ぎていたかも知れない、ささやかでかけがえのない幸せだ。
  • どんな幸せも、本当は期間限定。今だけ、あの時だけ、あの一瞬だけそこにあって、消えてしまう。はかないけれど、だからこそ、こんなにもいとおしい。そういう時間を繰り返しながら、私たちは生きているということ。ぼろぼろでも、よれよれでも、そんな今の自分を「幸せ」と呼ぶ気持ちを、この本は教えてくれる。(文=瀧晴巳)

(2015-03-07 ダ・ヴィンチニュース)

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2015-03-06

[] 「よごれたる手を洗いし時の かすかなる満足…」石川啄木

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[シャクナゲ]


正平調 神戸新聞

  • 「はたらけど はたらけど」。ため息交じりでじっと手を見つめた啄木に、こんな歌がある。やはり自分の手に思いを重ねた。
  • 「よごれたる手を洗いし時の かすかなる満足が 今日の満足なりき」。一日の仕事を終え、手を洗う。手に付いた汚れに小さな満足を覚える。「今日も一日、よく働いたなあ」。ふと漏れたつぶやきが聞こえてきそうだ。

(2015-03-06 神戸新聞)

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2015-03-05

[][]「石川啄木〜愛に支えられた生涯〜」お散歩ブック発行

文の京 お散歩ブック「石川啄木〜愛に支えられた生涯〜」

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[表紙写真 16歳の啄木

盛岡中学を中退し、文学を志して上京する日に撮影]



◎ 文京区で生まれた啄木の絶唱 池田功

啄木が最初に現在の文京区に住んだのは、満16歳の1902年(明治35)の11月からの数か月間です。その後、

  夜の霧は、墓の如、

  ものみなを封じ込めぬ。

  百万の

  つかれし人は

  眠るらし、墓の中。

云々という、大都市の寂しい様を歌った詩「眠れる都」を書きました。


◎ 文京区に残る啄木の足跡

  赤心館跡、蓋平館別荘跡、喜之床跡、終焉の地、切通坂・・・


◎ 啄木略年譜


◎ 啄木の交友録 池田功

  金田一京助、与謝野鉄幹・晶子、宮崎郁雨、森鴎外、夏目漱石、土岐哀果


◎ 啄木ゆかりの地

  札幌、小樽、釧路、函館、渋民、盛岡




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[金田一京助と啄木

「明星」100号(終刊号)に掲載するため、1908年(明治41)10月4日、撮影]


文の京 お散歩ブック「石川啄木〜愛に支えられた生涯〜」

 ・監修 池田功 明治大学教授

 ・2015年2月発行  文京区観光協会

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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