〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

『一握の砂』は愛児の出生届であり、父がはさんだ命のしおり


[カエデ]


産経抄

  • 石川啄木が処女歌集の出版契約を結んだ日は、長男の真一が生まれた日でもある。明治43(1910)年の秋、当時20円の稿料は病弱な息子の薬代となった。見本刷りに目を通したのは、生後3週間で天に召されたわが子を火葬した日の夜という。
  • 初の歌集『一握の砂』の端書きに、啄木がそうつづっていた。歌集は愛児の出生届であり、短い生涯に父がはさんだ命のしおりであり、墓標である。代表歌〈はたらけど…〉は長男を授かる前の作というが、赤ん坊のか細い泣き声も聞こえそうで、鼻をつんとさせる。
  • 痛かっただろう、苦しかったろう。言葉を知らぬまま逝った啄木の子を思いながら、13日付の医療記事を読んだ。国内で長く未承認だったドイツ製の小児用補助人工心臓を、厚生労働省が近く承認する。重い心臓病を患い、心臓移植を待つ子供にとって朗報である。
  • あす迫られるかもしれない選択を、わが胸に問うてみる。その作業の何と苦しいことか。『一握の砂』に愛児を亡くした日の歌がある。〈底知れぬ謎に対(むか)ひてあるごとし死児(しじ)のひたひにまたも手をやる〉。生も死も容易に答えを出せぬ難題である。

(2015-06-14 産経ニュース)

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