啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2015-09-29

[][] 現代に読み継がれる啄木の魅力 ももクロへの影響も…11/8

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[ミゾソバ]


市民大学特別講演会

石川啄木入門―その魅力を読み解く―」受講生募集

石川啄木は明治19年(1886年)に生まれ、明治45年(1912年)に亡くなりました。26歳と2ヵ月の短い人生でしたが、没後100年以上経った今も多くの人々は啄木短歌を口ずさむことができます。現代に読み継がれている啄木の魅力とは何でしょうか。

講演会では、代表歌集『一握の砂』、『悲しき玩具』を中心に寺山修司井上ひさし薬師丸ひろ子ももいろクローバーZへの影響を読み解き、現代における啄木の魅力の発見に迫ります。

  • 平成27年11月8日(日)午後2時から午後4時まで(開場は午後1時)
  • 講師 池田功氏(明治大学大学院教授、国際啄木学会会長)
  • 会場 取手ウェルネスプラザ (茨城県取手市新町2-5-25 TEL. 0297-71-2122)
  • 定員 400人
  • 受講料 無料
  • 申し込み 往復はがきにて(締切 10/30)


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2015-09-28

[][] 藤沢周平 - 4 <「ふるさとの かの路傍のすて石よ…」啄木の歌を思い出させる村道一本> (おわり)

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[イヌタデ]


《作品に登場する啄木》

  『ふるさとへ廻る六部は』

    藤沢周平  新潮文庫 平成20年


◉変貌する村


 自動車道


  • 村の胃ぶくろは大きくて丈夫で、たいていの変化は時間をかけさえすればゆっくりと消化して自分のものにしてしてしまう。十年ほど前から取沙汰されてきた高速自動車道計画の場合も、そんな経過をたどったようにみえた。
  • しかしこの高速自動車道に付属して出てきたバイパス道路の計画は、あまり物に動じない村の人びとをおどろかしたようである。バイパス道路は高速自動車道と交差する形で東西に走る自動車道だが、地上との段差が一米(メートル)しかないので、ここを通って村から鶴岡市に出る道が一本閉鎖されることになったのである。
  • その道のそばには本村と少しはなれて数軒の家があり、村の田畑があり、母が畑仕事をしている間に小さな私が遊んでいた庚申塔などもあるはずである。そして道ばたの夏草や小流れ、そのあたりを飛ぶバッタ。

  ふるさとの

  かの路傍(みちばた)のすて石よ

  今年も草に埋(うづ)もれしらん

  • 啄木のこの歌を思い出させる村はずれの道は、やがて廃道になる運命をむかえるわけだが、道は鶴岡への通勤道路でもあるので、村では無視できずに寄合いをひらいているという。しかし相談の中身は反対ではなく地下道化などの妥協案さがしになる模様である。
  • こういう時代には、村道一本が消滅するぐらいはなにほどのことでもないのかも知れないのである。

(「狩」平成4年5月号〜8月号)


(おわり)

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2015-09-27

[][] 藤沢周平 - 3 <啄木の短歌がなぜ人びとに好まれるのか、その理由に突きあたった>

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[敷石]


《作品に登場する啄木》

  『ふるさとへ廻る六部は』

    藤沢周平  新潮文庫 平成20年

 

◉啄木展


  • 記憶がうすれてしまったが、東京・武蔵野市吉祥寺のT百貨店で、石川啄木展がひらかれるということを、私は多分取っている東京新聞で知ったのだと思う。啄木展の主催者が東京新聞だったからである。
  • 啄木展の展示品は、啄木の戸籍簿からはじまり、学籍簿、答案、就職のときの履歴書やお金の借用証書、そして啄木の周辺にいた女性たちの写真、手紙、原稿、詩集、歌集の初版本などだった。
  • それらを見ているうちに、私は次第にある湿った感慨が胸を占めて来るのをふせげなかったような気がする。ひと口に言えば、啄木の人生は失敗の人生だったということだった。
  • 私は啄木展を見た満足感と、それとはべつの湿った感慨とを抱えたまま、駅の地下にある喫茶店に入った。
  • 私はコーヒーを飲みながら、会場で求めた二、三冊の啄木関係の本をめくって見た。中で新潮日本文学アルバムの『石川啄木』にある渡辺淳一さんの「あえて、わが啄木好み」という一文がとてもいい文章に思われた。そうしているうちに、私は突然に、啄木がなぜこんなに人気があり、ことに啄木自身はさほど重きをおかなかった彼の短歌がなぜ人びとに好まれるのか、その理由の一端にはたと突きあたったような気がした。
  • 人はみな失敗者だ、と私は思っていた。私は人生の成功者だと思う人も、むろん世の中には沢山いるにちがいない。しかし、何の曇りもなくそう言い切れる人は意外に少ないのではなかろうかという気がした。かえりみれば私もまた人生の失敗者だった。失敗の痛みを心に抱くことなく生き得る人は少ない。人はその痛みに気づかないふりをして生きるのである。
  • そういう人間が、たとえば『一握の砂』の中の「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」といった歌を理解出来るのではないかと思った。

(「庄内文学」昭和62年8月号)



(つづく)

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2015-09-26

[][] 藤沢周平 - 2 <啄木は、大人過ぎるほどの大人だった>

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[ツリバナマユミ]


《作品に登場する啄木》

  『ふるさとへ廻る六部は』

    藤沢周平  新潮文庫 平成20年

 

◉岩手夢幻紀行(つづき)


 ×月×日

  • 車はやがて花巻 I・C を降り、東北新幹線寄りの小高い丘、胡四王山に建つ宮澤賢治記念館に着いた。
  • それはすばらしい記念館だった。まず館の前庭にあるのは「よだかの星」の彫刻である。黒色の金属のように輝くその板石は、アフリカ産の黒御影石だという。よだかはその表面に銀白色の洋銀で鋳つけられている。館の入り口の前には、ツワイライトで青味を増すという白色の梟の彫像がある。すでに賢治の世界だった。
  • 賢治記念館では、人びとはひとりうなずいたり、ささやき合ったり、目を見かわしたりはするが、大きな声は出さなかった。
  • 私はむしろ啄木記念館の俗っぽさを懐かしんでいた。
  • 啄木は愛され、賢治は尊敬されているということだろうか。しかしこの考えには、わずかに違和感があった。
  • 比較すれば十六歳で堀合節子と恋愛し、あのどろどろしたローマ字日記を書き、評論「時代閉塞の現状」を書いた啄木は、二十七歳で死んだにもかかわらず、大人過ぎるほどの大人だったといえよう。賢治記念館での感想とは逆に、「啄木は尊敬され、賢治は愛される」でもいっこうかまわないでのはなかろうかと思いつくころに、私たちは空港わきの道を通って花巻農業高校に着いた。

(「オール讀物」昭和63年2月号)


(つづく)

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2015-09-25

[] 啄木は100年前、すでに時代診察を行っていた

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[大都会]


【「近代日本」を診る 思想家の言葉】


《石川啄木 100年前の「時代閉塞」の現代性》

  東日本国際大教授・先崎彰容

  • 象徴的、としか言いようのない年号がある。時代の大きな転換点を指し示す年がある。昭和20年8月15日はその典型で、つい最近も「戦後70年」がテレビや新聞紙上をにぎわしたばかりだ。
  • だがここで取りあげたいのは、明治43年のことだ。この年を重視するのは、韓国併合が起きたからでも大逆事件が起きたからでもない。柳田国男が『遠野物語』を発表し夏目漱石が『門』を書き始め、なにより今回の主人公・石川啄木が『時代閉塞(へいそく)の現状』を書いた年だからである。
  • 啄木と聞けば、教科書で一度はみた歌人として有名だろう。たとえば、啄木の名を後世に残すことになる歌集『一握(いちあく)の砂』にこうある。

  何がなしに

  頭のなかに崖ありて

  日毎(ひごと)に土のくづるるごとし

  • 何かが崩れかけていた。開国いらい近代化に邁進(まいしん)してきた日本に、閉塞感が漂ってきたのだ。確かに日清日露の戦勝に日本国中は沸きかえった。だがその喧騒(けんそう)も過ぎ去った明治末期、社会のどこを見回しても、生き生きとした若者を見いだせないことに、啄木は気がつく。岩手から上京して目にした大都会東京には、産業社会が生まれていた。都会と地方の格差はますます広がり、地方で食い詰めて出てきた東京も、決して住みよい街とは言えない。
  • 啄木の歌が人びとを惹(ひ)きつけ後世に残ったのは、当時のこうした気分を、分かりやすい言葉で一つひとつ拾い上げたからだ。度重なる家族の不幸と生活苦、その度に転居をくり返すなかで、自分の気持ちをうたうことが、結果的に明治末期の人びとの心を代弁することになったのだ。
  • そして啄木は歌と同じくらい多くの評論を書いた。その代表作が1910年の『時代閉塞の現状』だったわけだ。「今猶(なほ)理想を失ひ、方向を失ひ、出口を失つた状態に於(おい)て、長い間鬱積して来た其(それ)自身の力を独りで持余してゐるのである…さうしてこれは実に『時代閉塞』の結果なのである」
  • 今からおよそ100年前、すでにこのような時代診察を啄木は行っていた。若者論がもてはやされている今、どれくらいの人が彼の言葉を知っているだろうか。

(2015-09-24 産経ニュース)

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2015-09-24

[][] 藤沢周平 - 1 <教壇の上に袴姿の啄木が見えた>

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[ガラス障子]


《作品に登場する啄木》

  『ふるさとへ廻る六部は』

    藤沢周平  新潮文庫 平成20年

 

◉岩手夢幻紀行


 ×月×日

  • およそ三時間で盛岡に着いた。
  • 今日の日程は、ホテルに荷物をおいて日のあるうちに啄木の故郷渋民村に行って来ることである。
  • 車は台地から見えていた下の村に降り、やがて道ばたの杉の巨木のそばでとまった。そのあたりが玉山村日ノ戸で、杉の木を正門のようにしてその奥に建つお寺が曹洞宗日照山常光寺、すなわち啄木の生家だった。啄木は明治十九年二月に、このまぶしいほどに光に装飾された寺名を持つ寺に生まれたのである。
  • そこから玉山村渋民までは、車でほんのひと走りだった。村の中心地とおぼしいそこに、国道四号線をへだてて西に啄木の歌碑、東側に去年出来たばかりの啄木記念館新館、育った家である宝徳寺がある。私たちは歌碑の方から見た。
  • 雪の日に、村民二百人が橇ではこんだという巨石の歌碑が立ったのは大正十一年で、これが啄木歌碑の第一号だという。もっとも現在の歌碑は、北上川の浸食から守るために最初の場所から五十メートルほど移転され、最近台座を取りかえたという話である。「やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」という歌碑は、北上川をのぞきこむ崖の上のうつくしい小公園にある。またここからは岩手山が真正面に見える。「岩手山 秋はふもとの三方の 野に満つる虫を何と聴くらむ」の岩手山は、頂きのあたりがはやくも冠雪してどっしりとそびえていた。
  • 新設の啄木記念館には、啄木の少年時代からの遺品、自筆原稿、手紙、借用証書、作品を掲載した雑誌、渋民小学校のオルガン、啄木と北海道時代、東京時代を展望するパネル展示などがあったが、私は一昨年春に東京・吉祥寺でひらかれた啄木展でひととおり見ているので、感銘はそのときほどではなかった。しかし大勢の観光客が館を訪れていた。
  • 同じ敷地の中に復元されている渋民尋常高等小学校を見に行く。ひとつかみほどの小さな学校である。しかし小さくて固い椅子に座ると、私の目線は明治三十年代末の生徒の目になって、教壇の上に袴姿の啄木が見えた。よく復元してくれたと感謝したくなった。

(「オール讀物」昭和63年2月号)



(つづく)

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2015-09-22

[] 「新会長インタビュー・池田功さん」国際啄木学会

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[ツリフネソウ]


○学芸インタビュー

 国際啄木学会の新会長「池田 功さん」


  視点広げ再発見へ 若い愛好者増目指す

  • 「啄木を愛することに関しては、誰にも負けないつもりでいる。啄木研究をもっと深め、より多くの人たちに素晴らしさを訴えるために努力していきたい」。1989年に設立され、26年目を迎えた国際啄木学会会長としての抱負を語る。
  • 今後の方針を「会の歴史を継承しつつ、これまでにない地域での大会やセミナー開催、他の研究会との共催、新分野の書籍刊行など、さらに発展させていきたい」と示す。
  • 今月、初の英語圏としてシドニー大会を開催。外国人研究者を中心にマクロの視点からの発表が多かったという。「啄木研究者は、どちらかというと啄木を絶対視したミクロの発表になりがち。時代背景や思潮、文化現象、異なる言語文化から啄木を捉えるというマクロの視点からの研究は、今まであまり行われていなかった。啄木は『再発見』されるかもしれない、という期待を抱いた」と成果を強調する。
  • 「研究者だけの狭い世界に閉じこもってばかりではいけない。国際啄木学会も、一般の方をどのように取り込むかが課題」。
  • 「啄木は情念、情熱の人。短歌を数日で200首以上詠んだり、日記を400字詰め原稿用紙で1日に18枚も書くなど、集中力は並大抵ではなかった。大志を抱き強いハングリー精神を持ち、正義感に満ちてそれに向かって批判的に行動できる人だった」と人物像を解説する。
  • 「生涯を啄木に費やしてしまった感じだが、それでもまだまだ魅力は尽きない」。石川啄木の生誕130年を来年に控え、会の先頭に立ち、盛り上げていく構えだ。(学芸部・阿部友衣子)

 (いけだ・いさお  明治大学政治経済学部・同大学院教養デザイン研究科教授 今年から国際啄木学会会長)

(2015-09-22 岩手日報

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2015-09-18

[] 啄木日記 当初から書き換えが意図されていた -啄木学会シドニー大会

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[ヒメシャジン]


啄木文学 翻訳への視点

 国際学会 豪・シドニーで大会

国際啄木学会の「2015年シドニー大会」は5日、オーストラリアのシドニー大学で開かれた。同学会前会長で、岩手大名誉教授の望月善次大会実行委員長に寄稿を依頼し、海外関係者を中心とした講演や研究発表について報告してもらった。


  • 基調講演

講師を務めたロジャー・パルバース氏は、世界的に著名な作家、劇作家、演出家。

論題は、「明治時代のソウルブラザーズ」。氏が当初示された問題意識「日本にとって必要なのは、石川啄木か、宮澤賢治か」に沿って、啄木、賢治を日本文化と共に分析され、「今後の世界(や日本)にとって、啄木も賢治も共に必要である」という結論を示された。なお、氏はこの大会に合わすべく、啄木短歌199首を素材として、『英語で読む啄木 自己の幻想』(河出書房新社、2015)を発刊してくださった。


  • ミニ講演

P.A.ジョージ氏(インド・ネルー大教授)の論題は、「現代社会における啄木短歌の意義と価値―インド人の観点から見た『一握の砂』」。氏の母語マラヤラン語への『一握の砂』の翻訳体験を踏まえたものであった。

指摘の一つはマラヤラン語への翻訳時に出合った問題点(単複問題・性別・マラヤラン語に存在しない動植物、など)、もう一つは、『一握の砂』中に見られる、全ての人間に普遍的な「近代的人間像」。


  • 研究発表

林水福氏(台湾・南臺科技大教授)は、昨年出版された氏の啄木短歌の翻訳体験を踏まえての発表。結城文氏(歌人、詩人、翻訳家)も「英訳啄木短歌の諸相」とするミニ講演をされ、「翻訳をめぐる論点」は今大会の成果ともなった。

村松善氏(杜陵高奥州校通信制教諭)の演題は「『明治四十一年戊申日誌』と『明治四十一年日誌』の一月二日から一月三日の項の比較考察」。啄木日記の中でも、氏の示された資料によって『明治四十一年戊申日誌』は、当初から書き換えが意図されたことが明らかとなり衝撃的であった。

(2015-09-17 岩手日報

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2015-09-16

[][] トークシリーズ「大逆事件石川啄木」函館 10/3

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[アザミ]


函館YWCA 平和と憲法をめぐるトークシリーズ⑮

大逆事件石川啄木

  • 2015年10月3日(土)10:00〜12:00 

  国家による弾圧、冤罪によって命を落とした文化人たち。

  約100年前に起こった事件の背景と、当時この国家犯罪を見抜いていた石川啄木についても触れます。

  • 参加費:300円(お茶付)

 ○函館YWCA 〒040-000 函館市松陰町1-12

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2015-09-14

[] 石川啄木の『一握の砂』の魅力 など 講座 10/8〜12/3

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[ヤマボウシ]


鶴見大学短期大学部 生涯学習セミナー>

近代の名歌集を読む『一握の砂』『収穫』『別離』の世界

  • 開催日 2015年10月8日(木)〜12月3日(木) 10:40〜12:10
  • 回数 全7回
  • 受講料 9,000 円
  • 講師 山田 吉郎(本学短期大学部教授)

  • 講座内容
    • 明治期の代表歌集三冊を読み進めてゆきます。現代の私たちの心にも直接ひびく新たな短歌の世界を切り開いた石川啄木の『一握の砂』、庶民の生活感情をあるがままに正直にうたい、自然主義短歌のさきがけとなった前田夕暮の『収穫』、そして独自の調べと浪漫性に充ち多くの読者を魅了した若山牧水の『別離』を取り上げます。近代短歌史に鮮烈な光芒を曳いた三歌集の魅力を、作品鑑賞をていねいに行いながら、明らかにしてゆきたいと思います。

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2015-09-10

[] 道の駅に啄木定食、薮川地区のスイーツなど 2021年度予定

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[ハギ]


〈体感思観〉 編集局 泉山圭 盛岡初の道の駅に期待

  • 国道沿いを走っていると、道の駅をよく見掛ける。盛岡周辺にも複数の道の駅が存在する。一方で、盛岡市内には実は1カ所も道の駅がない。その盛岡市内の玉山区渋民地区に2021年度の供用開始を目指し道の駅が整備される。
  • 先日開かれた渋民地区の道の駅整備方針検討会では、参加した委員から、食に特化した施設にするべきなどの意見が出された。玉山区では、今年6月に渋民地区自治会連絡協議会が開発に取り組んできた啄木定食が完成し、提供されている。啄木の日記や書簡をヒントにメニューを考案し、地元の食材をふんだんに使用する。道の駅が完成したあかつきには、啄木定食のほか、薮川地区のソバを使用したスイーツなど、玉山独自のメニューの提供も期待される。
  • 検討会後に、整備予定地の現地視察も行われた。予定地周辺からは、眼前に啄木も愛した岩手山や牧歌的な玉山の風景が広がった。新しい盛岡市の魅力が発見できる施設が完成することを望みたい。

(2015-09-05 盛岡タイムス)

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2015-09-09

[][] 〜啄木を通してみた大切な心〜 講演会

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[ワレモコウ]


講演「復興を願って〜啄木を通してみた大切な心〜」

  石川啄木記念館の菅原壽元館長が講演します。

  • 2015年 9月26日(土)10時から11時30分まで
  • 費用 無料
  • 場所 岩手県盛岡市中央公民館 大会議室
  • 講師 菅原 壽氏(元石川啄木記念館館長)
  • 申し込み 電話で中央公民館(019-654-5366)に。

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2015-09-08

[] 「はたらけど/はたらけど猶…」石川啄木

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[カエデ]


<金口木舌>貧困に向き合う  琉球新報

  • 石川啄木の「一握の砂」の代表歌の一つ。「はたらけど/はたらけど猶(なお)/わが生活(くらし)/楽にならざり/ぢつと手を見る」。今で言えば、ワーキングプアと呼ばれる人たちの心境か。
  • 人の暮らしには形態や質的な違いがありこそすれ、いつの時代も貧困がある。
  • 厚生労働省は、6月末時点の生活保護世帯数が最高を更新したと発表した。全国で162万5941世帯。県内は2万6221世帯で、そのうち那覇市が8998世帯、次いで沖縄市が3687世帯と続く。
  • 「下流転落」なる言葉に恐れをなす人も多い。「貧ほど悲しき事はなし」という。貧困者だけの問題とせず、向き合うことで不安社会から安心社会に脱する処方箋は得られよう。

(2015-09-08 琉球新報)

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[] <石をもて追わるるごとく> 石川啄木

<卓上四季>故郷  北海道新聞

  • <ふるさとは遠きにありて思ふもの>。室生犀星の有名な詩は発表当時、望郷の念を詠んだと言われた。しかし実際は、そう単純ではなかった。上京したものの作品がなかなか認められない。故郷の金沢で傷心を癒やそうとするが、義母の冷たい仕打ちに遭い、逆に孤立感が深まるばかり。故郷への愛憎相半ばする思いが込められているそうだ。
  • 先週末の二つの出来事を見て思い出した。東京電力福島第1原発の事故に伴う楢葉町の全町避難指示が解かれた。帰郷した住民にとって4年半ぶりのわが家の居心地はひとしおだろう。だが、除染廃棄物の袋が野積みにされ、水がめのダムに放射性物質が残る。
  • シリア内戦を逃れてきた難民ら2万人超がドイツに入った。「荒れ狂う海に子供の遺体が浮いていた」との証言が胸をつく。
  • 石川啄木は故郷を出る苦しみを<石をもて追わるるごとく>と表現した。原発と戦争は今や人々を古里から追いやることがある。人間が生み出しながら手に余る―。そんな怪物をいつまで放置するのか。

(2015-09-08 北海道新聞

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2015-09-07

[][] 石川啄木はバイオリンを弾いた

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[モミ]


企画展「啄木ミューヂック」

 

  • 開催期間 平成27年9月19日(土)〜平成28年1月11日(月・祝)
  • 入館料・料金 一般300円 高校生200円 小学生・中学生100円 65歳以上は無料(団体料金あり)
  • 場所 石川啄木記念館 展示室

啄木は、機会があるとバイオリンやオルガンを弾き、渋民の代用教員時代には卒業式に別れの歌を贈りました。また、啄木の作詞した詩は地元の渋民小学校の校歌になるなど啄木の文学作品は音楽としても親しまれています。私たちの耳を楽しませてくれるその作品と、啄木の音楽への関心を紹介します。


企画展関連イベント情報


  • 「啄木ミュージックでまったり」
    • 日時 9月19日(土)10:00〜
    • 場所 旧齊藤家(記念館敷地内)

  おやつを食べながら啄木の曲を聴きましょう♪


  • ギャラリ―トーク(館長及び学芸員による企画展の解説)
    • 日時 9月19日(土)、10月25日(日)、11月29日(日)、12月27日(日)各日とも14:00〜14:30
    • 場所 石川啄木記念館 展示室

  ※直接会場にお越しください。(入館料が必要です)


  • 田中美沙季 ミニコンサート
    • 日時 9月26日(土)14:00〜15:00

  • 講演会「啄木と歌謡曲」(鎌田大介氏)
    • 日時:9月27日(日) 14:00〜16:00

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2015-09-06

[] 啄木には常に支える仲間がいた -講座・盛岡

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[ズミ]


”啄木の函館暮らし”講座

  • 歌人・石川啄木が、岩手で代用教員を務めた後、北海道・函館に移ってからの暮らしぶりを学ぶ講座が盛岡市で開かれました。講座は、かつて石川啄木が代用教員として教べんをとった盛岡市の旧渋民尋常小学校の校舎で開かれ、県内外の啄木ファン50人あまりが参加しました。
  • 函館市文学館の藤井良江館長が講師を務め、啄木が21歳の時に渋民尋常小学校を辞めて函館に移ってからの生活について説明しました。文芸誌を編集していた啄木が生活費に困って函館でも代用教員を始めたものの「日本一の代用教員」を自負して自己流を実践していた岩手時代のような自由さがなく、2か月後には新聞社の記者も始めたことが紹介されました。
  • 藤井館長は、こうした中でも啄木には常に支える仲間がいて、文学活動の展開につながったことを紹介していました。

(2015-09-05 NHK岩手県ニュース)

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2015-09-03

[][] 啄木の謎の真実に迫る本 出版

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石川啄木 不愉快な事件の真実』

西脇巽 著 桜出版

「不愉快な事件」とは啄木が妹・光子に送った手紙の中に書かれていた「不愉快な事件」のことを指す。啄木の友人・京助は「啄木末期の苦杯」と言い、光子は「啄木の妻・節子の晩節問題」と言っているが、ことの真相は不明のまま現在に至っている。

著者はこの問題について、「郁雨・節子(不義・不貞)問題」決着への強い意思を持って本書を著した。啄木研究者はもとより、啄木愛好家にとっても、その賛否を越えて押さえるべき、必読の一冊となった。

  • 「不愉快な事件」とは
  • 啄木の妹・三浦光子著をどう読むか
  • 明治四十四年四月二十六日啄木日記をどう読むか
  • 小姑と嫁 光子と節子の場合―友好から怨恨への転変
  • 丸谷喜市の苦悩
  • 忠操と郁雨
  • 啄木の「忠操恐怖症」
  • 郁雨の歌
  • 郁雨の節子への心情
  • 喧嘩と仲直り
  • 諸家の論考

本書・解説望月善次 岩手大学名誉教授・前国際啄木学会会長)」より

  • (本書は)「郁雨・節子(不義・不貞)問題」決着への強い意思表示である。
  • 西脇発言によって、啄木研究に携わる者はその賛否を越えて、この問題に関わらずにはいられなくなったのである。
  • 本書の説くところに対しての賛否を越えて、「不愉快な事件」に関わる互いの意見を交換し合い、一層豊かな啄木研究の世界をもたらすことが、快男児、西脇巽の望むところであろう。

石川啄木 不愉快な事件の真実』

西脇巽/著 桜出版

出版 2015年8月

税込価格 2,160円(本体 2,000円)


桜出版 電話. 019-613-2349 FAX. 019-613-2369

桜出版の本は、全国の書店やヤフー、セブン&ワイなどのネット書店から注文できます。

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2015-09-01

[][] 秋空に啄木ゆかりの地を訪ねる 渋民

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[シロバナヒメシャジン]


「啄木を訪ねる道」ウォーク

  • 開催日 平成27年10月3日(土)9:00 - 15:00
  • 講師 森 義真(石川啄木記念館館長)
  • 料金 1,200円(保険料、資料代、昼食含む)
  • 定員 30名(先着順)

  渋民地区の啄木ゆかりの地を訪ねてみませんか。

  啄木のペンネームにゆかりのある宝徳寺、北海道へ出発するときに渡った鶴飼橋…。

  お昼は「啄木定食」をいただく、啄木づくしの1日!

  • お申込み・受付方法 記念館へ電話(019-683-2315)または来館にて

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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