啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2015-10-31

[][] 盛岡「啄木ミューヂック」展 ~1/11

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[キンミズヒキ]


啄木と音楽の関わりを紹介 盛岡の記念館

  • 盛岡市石川啄木記念館で、啄木と音楽との関わりに焦点を当てた「啄木ミューヂック」展が開かれている。来年1月11日まで。
  • 啄木は後に妻となる堀合節子の影響で、バイオリンやオルガンを奏で、音楽に親しんだ時期があった。西洋音楽では楽劇で知られる作曲家ワーグナーの思想に深い関心を寄せ、17歳で評論を執筆したこともある。
  • 森義真(よしまさ)館長は「啄木の作品は現代の人の心にも響き、生きている。そうした新しい魅力に触れてほしい」と話す。(金本有加)

(2015-10-30 朝日新聞)

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2015-10-29

[] 石川啄木の紹介 -土屋文明記念文学館 HP -

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[群馬県立土屋文明記念文学館]


ホームページ紹介 群馬県立土屋文明記念文学館

◉「短歌の世界」コーナー 三十六歌人

石川啄木

  友がみな我よりえらく見ゆる日よ花を買い来て妻としたしむ

                    『一握の砂』

(作者紹介)

  • 1886(明治19)年岩手県南岩手郡日戸村(現・盛岡市玉山区日戸)の曹洞宗日照山常光寺の住職であった石川一禎(父)、工藤カツ(母)の長子として誕生。
  • 
1913(明治45)年4月13日、家族や友人の若山牧水に見守られながら、肺結核のため亡くなられました。

(背景)

啄木満24歳の歌です。友人・知人の様々な活躍の噂を聞くたびに、啄木は志を得ない自分の境遇を悲しく思いました。そして……。

(解釈)

作歌は1910(明治43)年10月。

肩の張らない啄木の自然の姿が見えていて、親しめる。こういう時の思いを表すに短歌は最も適当な形式であって、そのことがまた啄木を悲しませて、……。


群馬県立土屋文明記念文学館

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2015-10-28

[] -啄木研究の今後のあり方- 「りとむ」

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[(ハロウィン?)]


<評論> 啄木研究の今後のあり方をめぐって

   (「りとむ」139号 2015年7月[りとむ短歌会発行])

  池田功明治大学大学院教授、国際啄木学会会長)

2012年が啄木没後100年であり、2016年が生誕130年となる。啄木は今も多くの人々の心の中に生き続けている。それは一体何故なのであろうか。そしてこれからはどのように研究され、受容されていくのであろうか。その可能性を含めて少し考察してみたいと思う。


◉現代にそのまま通じる魅力

  • 三枝昂之氏は、「ある日のこと/室の障子をはりかへぬ/その日はそれにて心なごみき」のように、誰もが持っている「居場所のない(私)の心の漂流」を、「暮らしの中の心理劇」として表現しているところなど、「現代の私たち」にそのまま通じるところが啄木の魅力の一つであるとしている。
  • ドナルド・キーン氏は、正岡子規と比較しながら、子規が近代人であるとしたら啄木は現代人であり、そこに魅力があることを指摘している。
  • 両氏が指摘することは、「ローマ字日記」などの日記や書簡にも著しく、私はその臨場感あふれる書簡の感性をブログ感覚と名づけている。一般的に明治時代の書簡は型式に乗っ取った作法通りのものが多い中で、啄木のものはそれを打ち破って、相手の懐に飛び込みつつ赤裸々に自分を語っていく。ブログ感覚の面白さを内在した強い発進力がある。

◉国際啄木学会と今後の研究の可能性

  • 啄木を国際的な視野で研究しようという国際啄木学会が1989年に創設された。私ごとで恐縮であるが、この4月より会長に選ばれた。会では年一回「研究年報」を発行している。テーマは多岐にわたっているが、意外に韻文の研究が少ない。啄木は『一握の砂』と『悲しき玩具』を中心とする短歌によって有名になっており、短歌研究は重要なことである。
  • 啄木は詩歌だけでなく、散文も重要である。啄木自身は小説家になりたかったのである。日記と書簡も興味深い。さらに啄木晩年の社会との対し方も重要である。
  • このように今日性を持ち合わせた啄木は、多岐にわたる研究テーマが存在する。今後、より一層研究が進むことを望んでやまない。

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2015-10-27

[] はたはたと黍(きび)の葉鳴れる/ふるさとの… 石川啄木

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[ナギナタコウジュ]


石川啄木と秋風【照明灯】神奈川新聞‎


  • 流浪のうちに人生を閉じた石川啄木には故郷を思う歌が多い。石をもて追われるように 後にした感傷もあるのだろう。
  • はたはたと黍(きび)の葉鳴れる/ふるさとの軒端なつかし /秋風吹けば

(2015-10-27 神奈川新聞)

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2015-10-24

[] 石川啄木「痛む歯をおさへつつ……」

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[マユミ]


風土計  《岩手日報


  • 石川啄木の歌集にこんな一首がある。「痛む歯をおさへつつ、/日が赤々と/冬の靄(もや)の中にのぼるを見たり。」
  • 歯の痛みをこらえながらも朝日の美しさを眺めたという内容。評釈本によると、窮迫する生活の中にも、美しさをめでる心の余裕があることを示しているのだという。借金生活に苦しむ中で創作を重ねた啄木らしい作品だ。
  • 小学生の約5割、中学生の約7割が虫歯などを放置している−。県保険医協会が県内小中学校を対象に行った調査の結果が報じられた。子どもが受診しないのは、親の歯科保健意識の低さ、仕事や家庭環境、経済的な理由などがあるという。貧困問題も潜んでいそうだ。
  • 幸いにも歯科医は十分にいる時代になっている。「痛む歯をおさへつつ」という状態を解消しつつ、心に余裕を持つのがいい。

(2015-10-24 岩手日報

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2015-10-23

[] 台座に三陸海岸の石や貝殻を埋めて 啄木歌碑建立

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[カツラ]


啄木と釜石のつながり示す〜青葉通りに歌碑建立

  • 岩手を代表する歌人石川啄木と釜石とのつながりを示す歌碑が、釜石市大町の青葉通り緑地に建立された。啄木の母方のいとこで医師として釜石の医療に尽力した工藤大助さん(故人)のひ孫、大町で歯科クリニックを開業する工藤英明さんら親族が中心となり建立。4日、現地で除幕式が行われ、関係者約60人が釜石初の啄木歌碑の完成を祝った。
  • 野田武則市長は「中心市街地の観光資源ともなり、啄木と釜石の関係を知らせ、啄木の功績を一層発信してくれるものと思う」と祝辞を述べた。
  • 歌碑には、短歌「ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬ こころ傷みてたへがたき日に」が刻まれた。啄木が1910(明治43)年に詠んだ歌で、歌集「一握の砂」に収録されている。台座には三陸海岸の石や貝殻が埋め込まれた。製作は釜石市の仲野石材店が請け負った。
  • 啄木は1900(明33)年、中学の同級生と盛岡から内陸を南下し三陸沿岸を北上する旅を行った。最終地の釜石には当時、いとこの大助さんが医師として赴任しており、啄木は大助さん宅に2週間ほど滞在した。啄木の釜石訪問は、共に旅をした同級生の船越金五郎が残した日記で詳細が明らかになった。歌碑には、その日記の記述も刻まれている。

(2015-10-14 縁とらんす>復興釜石新聞)

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2015-10-22

[][] 新しい"啄木"『石川啄木の百首』発刊

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[イチイガシ]


石川啄木の百首』小池 光 著

 発行 ふらんす堂 1,700円+税 2015/10/24


シリーズ・叢書「歌人入門」

 小池光によって新しい「啄木」が解き明かされる!

 百首にしぼったからこそ、光る一首に出会える。


近代短歌の第一人者は誰がみても斎藤茂吉であろうけれど、茂吉の歌にはついになかったものを啄木の短歌は残した。近代の無名無数の人々のこころに、そっとその失楽失意への共感と慰めをあたえる近代の「歌」を、その原郷として啄木は作ってみせたのである。 (解説「歌の源郷」より)


  • 目次

  石川啄木の百首

  解説「歌」の原郷

  • 著者

  小池光(コイケヒカル)

   読売新聞歌壇ほか選者 仙台文学館館長

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2015-10-15

[][] 『石川啄木 旅日記』啄木ファンや啄木研究者の交流と素顔が見える

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石川啄木 旅日記』

 西脇 巽 (著) 桜出版

  旅は道連れ、世は情け-------

  啄木ファンや啄木研究者の交流と素顔が垣間見える

国際啄木学会関係の旅をするようになり、啄木日記を真似て「旅日記」を書くことを思いついた。

国際啄木学会が学問的にもきちんとした学会であると同時に、愉快な楽しい仲間たちの集まりであることをご理解いただければ幸いである。(著者「はじめに」より)


  • 盛岡編 2007年4月 啄木忌前夜祭、国際啄木学会盛岡セミナー
  • 続・盛岡編 2007年6月 「啄木 生命を歌う」テノール独唱 森田純司氏
  • 東京編 2009年3月 国際啄木学会東京セミナー
  • 函館編 2009年9月 国際啄木学会二十周年記念函館大会
  • 台湾編 2012年5月 国際啄木学会台北大会 
  • 台日文学者交流会編 2012年6月
  • 旭川編 2013年4月 国際啄木学会旭川セミナー
  • 釧路編 2013年9月 国際啄木学会釧路大会
  • 新・盛岡編 2014年4月 啄木忌前夜祭、啄木忌法要
  • 堺編 2014年5月 国際啄木学会堺大会

本書「解説 森 義真 (石川啄木記念館館長/国際啄木学会理事)」より

  • 「忠操恐怖症」、一般の方はもちろん、啄木に親しんだ方にもなじみのないことばだと思う。「忠操」とは、啄木の妻・節子の父「堀合忠操」のことだが、さまざまな石川啄木の不可解な行動を解き明かす病名として、精神科医である西脇巽さんが診断を下したものである。この解析による啄木の行動のいくつかについて、西脇さんの解説を耳にしたときに感嘆した。実に合点が行く。
  • すなわち、節子との婚約の儀式に啄木が行かなかったことや、節子が盛岡の実家で長女の京子を生んだ時も啄木は渋民から会いに行かなかったことなどに、その症状が明らかに表れている、というものだ。

石川啄木 旅日記』

 西脇巽/著 桜出版

 2015年10月発行 2000円+税

  桜出版 電話. 019-613-2349 FAX. 019-613-2369

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2015-10-14

[][] 企画展「啄木ミューヂック」石川啄木記念館 ~1/11

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[チヂミザサ]


啄木ミューヂック:音楽に親しんだ石川啄木の魅力紹介 盛岡で企画展 /岩手

  • 盛岡市出身の歌人、石川啄木が教員時代に弾いたオルガンや自ら作詞した歌の楽譜などを並べた企画展「啄木ミューヂック」が、同市玉山区渋民の石川啄木記念館で開かれている。音楽に着目した展示は初めてで、森義真館長は「執筆作品だけでない新しい啄木の魅力を感じてほしい」と話している。
  • 展示品は、啄木が弾いたとみられるバイオリンやワーグナーを聞いたことが記された日記など約60点。五線譜ではなく、数字で音階を表した楽譜に啄木作詞の歌詞が書かれたものもある。
  • 記念館によると、谷村新司さんの「昴(すばる)」や石原裕次郎さんの「錆(さ)びたナイフ」の歌詞など、現代の歌謡曲にも啄木の短歌がモチーフとなった作品は多い。森館長は「啄木の作品が今も愛され、生き続けている証しです」という。(来年1月11日まで)【浅野孝仁】

(2015-10-14 毎日新聞)

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[] 石川啄木も見事な七三分け

〈関西の議論〉

「七三分け」100人中わずか4人の衝撃…ニューヨーク発「おしゃれ七三」がブームの兆し

  • かつてサラリーマンの象徴だった男性の髪形「七三分け」。高度成長期などはきれいに分け目をつけ仕事に励んだものだ。ところが最近は、スーツやワイシャツに身を包んでも、そんな髪形は見かけることが少なくなった。働く男たちのヘアスタイルに何が起きているのか。
  • 中高年では七三分けが少なくなる一方、最近、若者の間では、「おしゃれ七三分け」という新たな髪形がはやっている。
  • ところで、七三分けはいつからあるのか。「明治維新から、分け目のあるスタイルはあった」。確かに明治の肖像写真を見ても、七三分けはある。文豪の夏目漱石石川啄木も見事な七三分けだ。(張英壽)

(2015-10-13 産経WEST)

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2015-10-13

[] 啄木が愛した「鶴飼橋」

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[タウン紙「マ・シェリ」]


◎盛岡地域 タウン紙「マ・シェリ」

北上川 橋物語

 ズームアップ ③ 「鶴飼橋」

北上川にかかる岩手の116の橋の中から、ひとつの橋にスポットを当てて紹介。今回は、啄木が愛した「鶴飼橋」。

  • 多くのファンを持つ、歌人・石川啄木。旧渋民村の出身である啄木の作品中に、たびたび登場するのが「鶴飼橋(つるがいばし)です。たとえば、詩集「あこがれ」に収められている「鶴飼橋に立ちて」という詩には…。〈 橋はわがふる里渋民の村、北上の流に架したる吊り橋なり 〉という一文に続き、鶴飼橋から見る岩手山の素晴らしさや、月夜の晩に友だちを訪ねた帰り、この吊り橋で低く吟じて楽しんだことなどが綴られています。
  • 啄木が愛した鶴飼橋は、明治30年に架けられた木の吊り橋で、「追はるるごとく」故郷を後にした時に渡ったのも、もちろん、この吊り橋。そして好摩駅から、函館に向かったのです。
  • 実は現在、3つの鶴飼橋が存在します。ひとつは、自動車優先の鶴飼橋。ふたつ目は、そのすぐとなりの歩行者専用の鶴飼歩道橋。3つ目が、鶴飼橋から80mほど上流の吊り橋の鶴飼橋です。
  • 鋼鉄製の吊り橋は、啄木時代の木の吊り橋とは比べられないほど立派ですが、ここから望む岩手山の美しさは昔のまま。啄木がこの橋を愛した理由がわかるようです。

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[] 再放送「私が愛する日本人へ〜ドナルド・キーン

NHKスペシャル「私が愛する日本人へ〜ドナルド・キーン 文豪との70年〜」

〈再放送〉NHK総合(10/15深夜)10月16日(金)午前1時30分〜午前2時30分

  • 「日本では日記が小説と同じ文学作品として認められている。それだけ中身が濃い。日本人が書いた日記にはそのときどきの感情が読み取れる」として、「石川啄木『ローマ字日記』」の映像。
  • キーンさんは「わたしは、今も日本人の日記を読み続けている。石川啄木の日記にもわたしたち現代人のこころに響く点が多い」と述べ、「いま日本人に伝えたいことは〇〇〇…」と語っている。

[ナビゲーター] 渡辺 謙

[ドラマ出演] 川平慈英篠井英介斉藤由貴南野陽子 温水洋一,パトリック・ハーラン,木下隆行,ほか


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2015-10-09

[] ドナルド・キーンさん “日本人への暖かくて厳しいメッセージ”

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[チヂミザサ]


NHKスペシャル

「私が愛する日本人へ〜ドナルド・キーン 文豪との70年〜」

NHK総合

  • 2015年10月10日(土)午後9時00分〜午後10時00分

「日本人と共に生き、共に死にたい」大震災の直後、日本国籍を取得したアメリカ生まれの日本文学研究者、ドナルド・キーンさん93歳。キーンさんは戦後70年に渡って、日本の文学の魅力を世界に伝え続け、「日本人よりも日本を知る男」とも呼ばれる。番組では、ドラマとドキュメンタリーを交差させながら、その波乱に満ちた歩みを描く。


[ナビゲーター] 渡辺 謙

[ドラマ出演] 川平慈英篠井英介斉藤由貴南野陽子 温水洋一,パトリック・ハーラン,木下隆行,ほか



ドナルド・キーンさんは啄木研究も深い。話の中に啄木が登場するかも。

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2015-10-08

[] 土佐の高知のスーパームーン & 朝焼け

2015年9月28日

この日、月と地球の距離が36万kmと最も近くなり、日本各地でスーパームーンが見られた。距離が一番遠いときと比べると、月の大きさは約14パーセント、明るさは約30パーセント増し、だそうだ。

欧州やアフリカ、北米などでは皆既月食が観測された。


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9/28 17:36

高知県。

土佐湾を目の前にして、スーパームーンと朝焼け。


撮影は高知にお住まいの岡林一彦さん。




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9/28 18:15




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9/28 18:45




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9/29 19:12




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9/30 06:08




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9/30 06:11




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10/8 06:16



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10/8 06:21


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2015-10-07

[][] 「台湾文学講座」世界における啄木の受容など 10/30

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◉東京会場

 ベストセラー小説で台湾を知る

  「台湾文学講座」

  • テーマ 〝情〟が結ぶ台日の絆     
  • 日時 2015年10月30日(金)開場-13:30 開講-14:00〜16:00(講座後 懇親パーティー)
  • 会場 台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター(東京都港区虎ノ門1-1-12 虎ノ門ビル二階)
  • 講師 ○蔡素芬「『明月(クリスタルムーン)』(原題『塩田児女』)の主題、〝情〟について」

    ○林水福(台湾啄木学会会長)「台湾における日本文学の受容について」

    ○池田功(国際啄木学会会長)「世界における啄木の受容について 〜台湾を中心に〜」

  • ゲスト 齊藤 毅「台湾と日本との文化交流の歴史」
  • 申込み 先着順(100名)
  • 会費 無料
  • 問い合わせ
    • 台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター 電話(03)6206-6180
    • 「台湾文学講座」実行委員会 電話(019)613-2349(桜出版)

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[][] 盛岡「台湾文学講座」…11/1

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◉盛岡会場

 ベストセラー小説で台湾を知る

  「台湾文学講座」

  • テーマ 〝情〟が結ぶ台日の絆     
  • 日時 2015年11月1日(日)開場-13:30 開講-14:00〜16:00 (講座後 懇親会)
  • 会場 ホテルメトロポリタン盛岡 本館(岩手県盛岡市盛岡駅前通1-44)
  • 講師 ○蔡素芬「『明月(クリスタルムーン)』(原題『塩田児女』)の主題、〝情〟について」

    ○林水福(台湾啄木学会会長)

    ○望月善次(NPO石川啄木宮沢賢治を研究し広める会理事長)

  • 会費 7,000円(講座・懇親会)
  • 定員 100名
  • 問い合わせ
    • 台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター 電話(03)6206-6180
    • 「台湾文学講座」実行委員会 電話(019)613-2349(桜出版)

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2015-10-06

[] ロボットが石川啄木の「一握の砂」を朗読 山梨

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[ヤマラッキョウ]


ロボ「ペッパー」が図書館で見習いスタッフ 案内や朗読へ猛特訓中 山梨・山中湖村

  • 山梨県山中湖村の村営図書館「山中湖情報創造館」に、指定管理者のNPO法人地域資料デジタル化研究会が人と会話するロボット「ペッパー」を導入して、図書館の新サービス展開を始めた。
  • ペッパーは身長121センチ、体重30キロ。額と口に内蔵されたカメラで人を認識し、頭部のマイクと頭部両側のスピーカーで音声に反応して会話する。同館に着任した当時は簡単なあいさつ程度だったが、特訓の成果で、「何について知りたいですか」と入館者に尋ね、「児童図書はこちらです」と話し、胸に固定されたタブレット端末の画面で館内配置図を示して案内するようになったり、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」や石川啄木の「一握の砂」などを朗読して聞かせたりするまでに成長した。
  • 丸山館長は「来春には“見習い”を解いて、一人前の図書館スタッフとして働いてもらいます」とも話している。

(2015-10-06 産経ニュース)

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2015-10-05

[] 啄木歌碑の除幕< ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬ > 釜石市

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[ズミ]


復興見守る啄木の碑 釜石で市民ら初の建立

  • 釜石市の市民団体、啄木の足跡を後世に伝えよう会(工藤英明代表)は4日、同市大町の青葉通り緑地に、同市初の石川啄木の歌碑を建立、除幕した。関係者は文化振興と復興を見守る碑になってほしいと願っている。
  • 歌碑は、歌集「一握の砂」から「ゆゑ(え)もなく海が見たくて海に来ぬ こころ傷(いた)みてたへがたき日に」を刻んだ。
  • 工藤代表や野田武則市長、盛岡市石川啄木記念館の森義真(よしまさ)館長らが除幕し、市民ら約60人が見守った。

(2015-10-05 岩手日報

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2015-10-04

[] 石川啄木赤紙の表紙手擦れし国禁の書…>は その先駆け

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[マツヨイグサ]


<凡語>  京都新聞

社会詠

  • 生活の場の社会批判や認識を詠み込んだ短歌や俳句を「社会詠」と呼ぶ。石川啄木の<赤紙の表紙手擦れし国禁の書(ふみ)を行李(かうり)の底にさがす日>などはその先駆けとされる。
  • 9月下旬、京都市内で歌人らが緊急シンポジウムを開いた。戦前戦中の短歌を検証してきた三枝※之(たかゆき)さんは、検閲の跡を露出することで、ブレーキをかけたとみる。そして権力者の検閲より怖いのが「自主規制」だと説いた。
  • 永田和宏さんは、伏せ字も怖いが自主規制によって言論人に執筆依頼がなくなることがもっと怖いと語った。永田さんは<権力はほんとに怖いだがしかし怖いのは隣人なり互ひを見張る>と詠む。

(2015-10-04 京都新聞


  [注:三枝※之(さいぐさたかゆき)  ※は「昴」の「卯」の左側が「工」]


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2015-10-03

[] 「不愉快な事件」にも鋭く言及 評伝「石川啄木

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[ホトトギス]


Tipics:『新潮』連載の評伝「石川啄木」完結

 日記が持つ肉声の力 著者・ドナルド・キーン氏に聞く

  • 文芸誌『新潮』に1年半連載された評伝「石川啄木」が、発売中の10月号をもって完結した。筆者のドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授は御年93歳。これまで多くの解釈・鑑賞がなされてきた天才歌人を、日本文学の泰斗(たいと)が90歳を過ぎてなぜ着目したのか。その動機や心境を聞いた。
  • 「60年以上前、米国で英訳されていた日本の詩歌で『一番』と思ったのが啄木でした。京都大にその後留学し、桑原武夫教授に『ローマ字日記』を教えられて読んだら、また驚かされたのです」。日本で古くから独自の発展を遂げた日記文学。啄木は「自分のあらゆること、汚いところも見せて、こういう人間だと書きました。現代ではまず自分自身を書こうとします。その意味で啄木は、まさに最初の“現代人”なのです」
  • 啄木が残した他の日記や手紙、評論などを読み進めたが、26歳で夭折(ようせつ)した若者がなぜ気高い思想と芸術を獲得できたのか、という疑問は解けないままだった。戦後、多くの啄木研究書や伝記が相次いで出た。しかし、キーン氏を納得させるものはなかった。
  • 執筆は連日、深夜まで及んだ。その筆は、啄木の妻節子と義弟・宮崎郁雨(いくう)との間に生じた「不愉快な事件」にも鋭く言及。従来の研究で無視されてきた節子の「不貞」説を支持し、結果的に<啄木の作家としての経歴に終止符が打たれることになった>と踏み込んだ。
  • キーン氏が一つだけ後悔することがあるという。記憶力が自慢で、自身の日記をつけなかったことである。「年を取って忘れることを覚えました」と笑った。【中澤雄大】

(2015-10-03 毎日新聞)

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2015-10-02

[] 文京区は、啄木文学の生みの親

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[マユミ]


 *友の会だより 第71号 2015.7.20.《東京都 文京ふるさと歴史館友の会》

特別寄稿

啄木文学を育んだ文京区

  池田 功 (明治大学教授、国際啄木学会会長)

  • 岩手県に生まれ育った石川啄木が最初に現在の文京区に住んだのは、満16歳(明治35年)の時でした。中学を中退し文学で身を立てようと決死の覚悟での上京でした。
  • その後再び文京区に住むのは、満22歳(明治41年)から26歳(明治45年)で亡くなるまでの4年間でした。
  • 啄木にとって文京区(東京ということも含んでいます)に住んだということは、一体どのような良い点があったのでしょうか。まずは何と言っても文化的な刺激があったということです。与謝野鉄幹・晶子、森鴎外北原白秋、伊藤左千夫等に出会っています。綺羅星の如き文化人との交流をしているのです。
  • 朝日新聞社に入社し、それを通じて夏目漱石を二回訪ねています。
  • 啄木はこの文京区の時代に『一握の砂』を刊行し、『悲しき玩具』になる草稿ノートをつくり、詩集を作成し、小説「鳥影」や評論「時代閉塞の現状」を執筆し、「ローマ字日記」を書いたのでした。これらはすべて啄木の代表作とも言えるものであり、今日まで読みつがれています。
  • このようなことを考えますと、もし啄木が文京区に住むことがなかったら、啄木は今日のような作品を残すことがなく、今日のような名声を得ることもなかったかもしれないのです。文京区は、啄木文学の生みの親ともいうべき大いなる地なのです。

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2015-10-01

[][] 石川啄木とロシア文学の接点 11/21

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[アメリカセンダングサ]


市民自由講座

石川啄木とロシア文学の知られざる関係」

 日本を代表する歌人である石川啄木とロシア文学のあまり知られていない接点について探っていきます。

  • 講師 桜美林大学名誉教授 大木 昭男さん
  • 開催日 平成27年11月21日(土曜日)午前10時〜11時50分
  • 事前申込 必要(締切 10月31日)
  • 会場 八王子市生涯学習センター(クリエイトホール)東京都八王子市東町5番6号 電話:042-648-2231
  • 定員 240名(定員を超えた場合は抽選)
  • 受講料 200円

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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