啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2015-12-30

[] 年の瀬に頭の体操 イチ ニ サンッ!   

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[マチルダ]


[基礎学力検査 国語]


次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

「(A)がみな 我よりえらく見ゆる日よ 花を買い来て 妻としたしむ」は、詩集『(B)』にある、石川啄木24歳の時の作品である。啄木はこの頃、『東京朝日新聞』の校正係となっていたが、経済的困救からは脱しえず、健康にも勝れず、また小説や評論を書いても誰もそれを評歌してくれなかった。

(C)、友人達は目標に向かって着々と歩んでいた。(D)、啄木が委候をして金を借りまくっても、黙ってそれを許した同京の選輩であり友人だった金田一京助は、東京帝国大学の助手となり、論文を次々に発表し始める。(E)、盛岡中学校在学中に啄木に俳句・短歌の手ほどきをしたと言われる野村胡堂は、報知新聞に入社して人物評論欄「人類館」を練載している。周りを見れば見るほど、啄木は、自分の惨めさを思い知らされていた。

この詩集を刊行して2年後の明治45(1912)年4月13日、母親の死から1ヶ月後に啄木は亡くなるが、大正8(1919)年、友人達の尽力によって3刊の全集が刊行される。

お金を借りて遊郭に入り浸る啄木……友人がどれだけ諫めても、話に(F)を傾けることはなかったという。友がなければ生きていけなかった啄木の作品は、その友人達によって、いまに至るまで伝えられている。

「友」とは、どのような意味を持って作られたのか、また、「朋」とはどう違うのだろうか。「友」という漢字は、篆文を見ると、手が二つ書かれている。これは、一人の手ではなく二人の手で、互いが互いを庇い、助け合うことを意味している。これに対して「朋」は、金文に見えるように、繋がって両側に垂れた二つのひもに、同じように貝の飾りがついているのを描いた象型文字である。これは、同等のものが並んでいることを意味する。(G)、「朋」とは、対等の立場の人が(H)を並べることをいう。

『論語』の冒等に書かれる「朋あり、遠方より来たる。亦た楽しからずや」の「朋」は、師や君、弟子のような地位、年齢が事なることなど関係なく、同じ志を持ってそれに向かっている人を言ったものである。

生活費を与え、死後に全集を刊行した金田一京助や野村胡堂などは、啄木にとって「(I)ではなく、「J」だったのである。

 <山口謡司『感動する漢字』廣済堂出版(一部改変)>


問い

(1)文章中には誤って用いられた漢字が10個あります。誤って用いられた漢字を抜き出し、よみを変えずに正しい漢字に直しなさい。


(2)(B)にあてはまるものをア〜カから選んで記号で答えなさい。

  ア あこがれ  イ 一握の砂  ウ 雨月物語

  エ 永訣の朝  オ おらが春  カ 海潮音


(3)(C)(D)(E)(G)にあてはまるものをア〜クから選んで記号で答えなさい。

  ア さて  イ なぜなら  ウ また  エ すると

  オ 一方  カ すなわち  キ たとえば  ク もちろん


(4)(F)(H)にあてはまるものをア〜カから選んで記号で答えなさい。

  ア 首  イ 耳  ウ 歯

  エ 頭  オ 胸  カ 肩


(5)(A)(I)(J)には、それぞれ「友」か「朋」のどちらかの漢字が入ります。それぞれ漢字を入れなさい。


 <2013年度 関西国際大学 公募制推薦入試(後期日程)適性検査 -保健医療学部->



〈答えは来年(!?)〉

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2015-12-29

[] 石川啄木の "食事" で元気になろう!

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[ブルーバユー]


○都立駒込病院 栄養科

 田端・文京地区ゆかりの文芸家たちの食事

  「石川啄木 いかごはん」

駒込病院のある田端・文京地区には明治以降、たくさんの文芸家たちが集まりました。また、その中から、多くの名作が生まれました。 入院生活に潤いを持っていただけるよう、田端・文京地区ゆかりの文芸家たちの食事を再現し、治療食として提供しました。


いかごはん 〜石川啄木 献立〜

 材料(2人分)

 米 1合  水 1合分に相当する量

 真いか しょうゆ みりん 生姜 昆布だし 糸みつ葉

 作り方

 1 いかは、拍子切り。生姜は皮をむき、すりおろす。糸みつ葉は茹でて、きざんでおく。

 2 鍋にいか、しょうゆ、みりん、生姜、昆布だしを入れて、弱火で 2 時間程度煮込む。

 3 米に、1 のいかを合わせ、通常の水加減で炊飯 する。

 4 きざんだ糸みつ葉を混ぜ合わせてできあがり。


 石川啄木

  • 石川啄木(本名:一)は明治19年(1886 年)に、岩手県南岩手郡日戸村(現:盛岡市玉山区)に生まれました。文芸雑誌「明星」を愛読し、友人の影響で文学を志した啄木は、明治 40 年に函館へ渡り、文芸仲間である宮崎郁雨と出会います。以後、教員や新聞記者をしながら、釧路、小樽、札幌を転々とします。
  • 翌年に上京し、金田一京助を頼って赤心館に下宿したのち、喜之床に移りました。文京区内の居住地では、歌集「一握の砂」「悲しき玩具」、詩集「あこがれ」など多くの作品を残しました。
  • 啄木は下宿していた当時、一日に五回も出掛けて食べ歩いたり、一膳飯や牛飯、とろろ飯などを食べたエピソードを友人に語るなど、食に対しても関心があったようです(「一利己主義者と友人との対話」より)。
  • 本日は、家族や文芸仲間と長く過ごした函館にちなみ、いかや昆布だしを使った「いかごはん」(または、昆布だしを使った卵雑炊)、好んだとされる北海道産の鮭やじゃが芋、菊坂にちなんで菊花を使った料理などを組み合わせてご用意しました。

(2015-12-16夕食 東京都立駒込病院 栄養科 )

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2015-12-28

[] 〈鏡屋の前に来て/ふと驚きぬ/…〉石川啄木

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[イングリッド ウェイブル]


鏡 <卓上四季> 北海道新聞

  • 人は自分の顔を直接見ることができない。鏡に映して初めて、その特徴が分かる。鏡の中はありのままの自分であるとともに、外からの視点が加わる。
  • 石川啄木にこんな一首がある。〈鏡屋の前に来て/ふと驚きぬ/見すぼらしげに歩むものかも〉。もっとはつらつとしていると思っていたが、みすぼらしい男が自分と知って、落差に驚いたのだろう。今もよくあることだ。
  • 年の瀬、振り返れば、今年も企業の不祥事が相次いだ。名門の東芝では、トップの指示で利益を水増しし、日本企業の国際的な信用に関わる問題になった。居酒屋大手のワタミは、長時間労働の末に過労自殺した女性の遺族と和解し、創業者が謝罪に追い込まれた。
  • 近江商人の心得とされる「三方良し」。売り手も買い手も世間も良し。売り手と買い手がともに満足し、社会にも貢献できるのがよい商売と説く。

(2015-12-27 北海道新聞)

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2015-12-27

[] 明治三陸大津波と石川啄木の義父・堀合忠操

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[ニシキ]


啄木義父と津波 関連探る

  • 国際啄木学会盛岡支部の月例研究会は23日、いわて県民情報交流センターで開かれた。同支部長の小林芳弘さんが「明治三陸大津波と堀合忠操」と題し、明治三陸大津波と石川啄木の義父との関連を紹介した。
  • 堀合忠操(1858〜1931)は、啄木の妻節子の父。これまで先行研究が非常に少なかったという。小林さんは明治時代の新聞記事を丁寧に調べ、当時南北岩手紫波郡役所書記だった忠操が1896(明治29)年6月の明治三陸大津波後、50人を引き連れて宮古へ被災者支援のために行ったことを突き止めた。
  • 忠操が宮古から帰った後には「義侠人夫」という記事が掲載された。記事では、「義侠組」と名乗り無報酬で働くことを志願した7人が、任務を律儀にこなしたことを紹介。さらに、通常の労働者と同様に支払われた賃金の中から出張中の実費を除いた残金を寄付することを明らかにし、たたえている。

(2015-12-25 岩手日報)

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2015-12-24

[][] 生誕130年!「啄木かるた大会」 2/20

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[クリスマス]


啄木生誕130年記念

  啄木生誕祭 第14回「啄木かるた」大会

  • 開催日 平成28年2月20日(土)
  • 場所 渋民文化会館(姫神ホール)(岩手県盛岡市玉山区渋民字鶴塚55)
  • 料金 無料
  • 対象 小学生以上

郷土の歌人石川啄木の短歌を用いた「啄木かるた」を使ったかるた大会。2016年は啄木生誕130周年です! 1年から3年までの小学生,4年から6年までの小学生,中学生,一般(高校生以上)の4部門に分かれ,3人で1チームを組んで対戦します。当日は、どなたでも試合を観戦することができます。直接会場にお越しください。


◎ 参加の申し込みは、平成28年1月4日(月)より開始


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2015-12-23

[] 啄木が働いていた地に高級ホテル 東京・銀座

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[クリスマス]


{テレ朝news}

朝日新聞跡地に高級ホテル建設へ 周辺開業目白押し

  • 明治時代の文豪、夏目漱石や石川啄木らが働いていた東京・銀座の新聞社跡地に外資系高級ホテルがオープンすることになりました。
  • 銀座6丁目に、2018年1月に開業するのは高級ホテルブランド「ハイアットセントリック」で、日本に進出するのは初めてです。
  • 銀座駅から徒歩3分の建設予定地は、朝日新聞社が1888年から約30年間、東京の拠点として新聞を発行していました。当時、夏目漱石や石川啄木らも社員として働いていたということです。

(2015-12-22 テレビ朝日ニュース)

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2015-12-22

[] 有吉反省会 "金田一央紀さんの禊"

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[クリスマス]


◎ 有吉反省会 2015-12-20放送 日本テレビ

自腹で金田一家の功績を巡る改心の旅

 「金田一央紀様への禊」

  • 旅の始め

  Q「どういう風に自分を変えたいと思うか」

   A「お金を大切につかう人になったらいいのかな、ハハハッ」

  • 全財産の3万円を持って岩手県盛岡市へ。
    • 曽祖父・金田一京助の墓参り。盛岡市先人記念館。
    • (盛岡城跡公園(岩手公園))石川啄木短歌の歌碑前。石川啄木記念館学芸員から「京助さんは、お金に困っていた啄木を助けていた」という話を聞く。「そういえばオレ、後輩におごってたな」。
    • 京助生誕の地といわれる金田一薬局。金田一温泉センター。
  • 旅を終えて

  Q「この禊の旅で改心することができたか」

   A「自分に強く、厳しくないといけない。まずは、バイト探しましょう」

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2015-12-21

[][] 啄木の来釧を記念して -釧路- 1/23

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[クリスマス]


第13回 啄木・雪あかりの町・くしろ

2016年1月23日(土) 17:00〜20:00

  • 開催場所 南大通、入舟 大町界隈
  • 行事内容
    • 釧路啄木会 雪あかり講演会
    • 啄木一人百首、拓本体験コーナー
    • 点灯式 南大通、入舟、大町界隈に700 点の灯 りのアート展示。
    • フォトコンテスト (橋南西会館)
    • 屋台や本日限りの限定メ ニューを扱う店舗

  • 主催 啄木・雪あかりの町・くしろ の会

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2015-12-19

[] 「船に酔ひてやさしくなれる/いもうとの眼(め)見ゆ…」石川啄木

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[クリスマス]


風土計 -岩手日報-

  • 「船に酔ひてやさしくなれる/いもうとの眼(め)見ゆ/津軽の海を思へば」。1907(明治40)年、妹光子を伴い北海道・函館に渡った時を詠んだ石川啄木の歌。
  • 慣れない船旅は大変だったろう。波が立ち船酔いが多かったようで、光子もその一人だった。青森−函館間に開拓使が定期航路を開設したのは1873(明治6)年。そして啄木らが渡った翌年に国有鉄道の青函連絡船が就航、スピードアップした。青函トンネルは、1988年に開通。
  • そして今、来年3月の北海道新幹線開業まで100日を切った。ダイヤが発表され、最速だと東京−新函館北斗間は4時間2分、盛岡−新函館北斗間は1時間50分。
  • 一方、在来線も応援したい。啄木と光子は足かけ2日で到着した。啄木をたどる旅なら、在来線とフェリーもいいかもしれない。

(2015-12-19 岩手日報)

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2015-12-18

[][] 「石川啄木―短歌にみる生と死の表現―」公開講座

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[クリスマス]


◎公開講座 第10回

「石川啄木―短歌にみる生と死の表現―」福田 周

  • 2016年2月13日(土) 16:20〜17:50
  • 会場 東洋英和女学院大学大学院 201 教室

   六本木駅(日比谷線徒歩 10 分)麻布十番駅(大江戸線徒歩 5 分、南北線徒歩 7 分)

  • 参加費 連続講座各回 500 円
  • 事前申込不要
  • 当日先着順 100 名
  • 問合せ先 東洋英和女学院大学死生学研究所

   東京都港区六本木 5-14-40 03-3583-4035(Fax 専用)

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2015-12-15

[][] 「石川啄木生誕130周年〜啄木文学の世界」公開講義 1/23

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[クリスマス]


◎神戸婦人大学 公開講義

  平成27年度第3期の公開講義

石川啄木生誕130周年〜啄木文学の世界


  • 2016年1月23日(土) 10:00〜
  • 講義者 立命館大学文学部教授 田口 道昭 氏
  • 学習場所 神戸市男女共同参画センター3階の神戸婦人大学キャンパス

      (神戸市中央区橘通3−4−3)

  • 受講資格 神戸市内在住、在学、または在勤の方(男女は問いません)

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2015-12-14

[][] 本当の啄木の姿 『石川啄木入門』

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◎ようこそ本の森へ<331>  岩手日報

『石川啄木入門』 

 伝わる魅力と人間像

  • 石川啄木は歌集『一握の砂』や『悲しき玩具』で知られた歌人です。望郷の歌人という名で呼ばれたりもします。時には借金ばかりをしていた人と問題にされたりもします。でも本当の啄木の姿をどれだけの人が知っているのでしょうか。
  • 26年という短い生涯の中で啄木が成し遂げたこと、詩や短歌や小説、評論、日記、書簡の世界まで筆者はその魅力を伝えていきます。そこから啄木という一人の人間像が伝わってきます。
  • 現国際啄木学会会長である著者が、ある国際的なセミナーで「研究者は一体誰に向かって言葉を発信しているのですか」という問いかけに胸を突かれ、多くの人に向かって啄木を発信していかなければならないという思いで書いた一冊です。(佐藤静子 盛岡児童文学研究会)

(2015-11-25 岩手日報)

 

『石川啄木入門』

 池田 功 著  桜出版 1296円(税込み)

   桜出版 電話. 019-613-2349 FAX. 019-613-2369

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2015-12-13

[] 来年は石川啄木生誕130年 -いわての学芸回顧-

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[クリスマス?]


いわて 2015 ③ 学芸回顧

(啄木関係の話題)

  • 来年の石川啄木生誕130年、宮沢賢治生誕120年を前に、本県が生んだ2人の文学者に関する話題が相次いだ。
  • 歌人石川啄木が生涯を閉じた東京都文京区小石川5丁目に「終焉の地」を記念する歌碑と顕彰室が完成した(3月)。歌碑は国際啄木学会東京支部や区民でつくる実行委の要望を受け、区が寄付を募り建立した。国際啄木学会シドニー大会がオーストラリアのシドニー大で開かれた(9月)。
  • 台湾の作家蔡素芬(さいそふん)さんのベストセラー小説「『明月(クリスタルムーン)』(紫波町・桜出版)の刊行を記念して、東京と盛岡市で台湾文学講座が開かれた(10、11月)。
  • 10回目となる盛岡市の短歌甲子園で、盛岡四高チームが初優勝(8月)

(藤原哲)

(2015-12-12 岩手日報)

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[][] 『名作百年の謎を解く』出版

『名作百年の謎を解く』同時代社

 近藤 典彦 著 上杉 省和 著

  • 出版年月 2015/11 定価 本体2,300円+税

虚構のなかに隠された作家の真意を読み解き、名作小説の新しい魅力を発掘する。近代名作八編への案内書

  樋口一葉「たけくらべ」」(上杉)(近藤)

  石川啄木「道」(近藤)

  夏目漱石「こゝろ」(上杉)

  芥川龍之介「藪の中」(上杉)

       「羅生門」(近藤)

  井伏鱒二「山椒魚」(上杉)

  深沢七郎「楢山節考」(上杉)

  中島敦「山月記」(近藤)

  • 第1部 秘められた作者の真意を読み解く(“先生”の視点、漱石の視点―夏目漱石「こゝろ」;虚構の背後に―芥川龍之介「藪の中」;反転する近代の寓話―井伏鱒二「山椒魚」;甦った棄老伝説―深沢七郎「楢山節考」)
  • 第2部 新しく読み新しい魅力を発掘する(性的モチーフを読む―石川啄木「道」;幸徳秋水二著の衝撃―芥川龍之介「羅生門」;「李徴」に啄木を代入すると―中島敦「山月記」)
  • 第3部 「たけくらべ」百年の誤読を正す(黙殺された一葉の“底意”;上杉説(検査場説)を検証する)

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2015-12-11

[] 雑誌『明星』に 白秋や啄木らが作品を寄せた

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[敷石]


○今週の本棚

川本三郎・評 『「フランスかぶれ」の誕生−『明星』の時代1900-1927』=山田登世子 著

「日本語の近代」語る熱い著者の筆

  • 近代日本の文学者の多くは西洋、とりわけフランスへ憧れた。
  • 永井荷風は「嗚呼(ああ)わが仏蘭西(フランス)。自分はどうかして仏蘭西の地を踏みたいばかりに此(こ)れまで生きていたのである」(「巴里(パリ)のわかれ」)萩原朔太郎が大正のはじめに「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」(「旅上」)と歌ったのはよく知られている。島崎藤村は大正時代にパリに行ったし、昭和のはじめ林芙美子は『放浪記』がベストセラーになると飛ぶようにパリに出かけた。
  • 本書は、フランスへ熱い思いを抱き続けた文学者たちを辿(たど)っている。「フランスかぶれ」を軸にした近代文学史になっていて面白い。
  • 語られる文学者は、与謝野鉄幹(のち寛)と晶子、北原白秋、石川啄木、永井荷風、島崎藤村、堀口大学ら。大杉栄に一章割かれているのは異色(文学者として評価している)。
  • 「フランスかぶれ」に大きな役割を果たしたのは明治三十三年(一九〇〇)に鉄幹と晶子を中心に創刊された雑誌『明星』だと、著者はいう。短歌だけではなく詩、そして翻訳を載せた『明星』は、当時としてはきわめてハイカラな雑誌だった。表紙を藤島武二のアール・ヌーヴォーの絵が飾った。フランスの香りがした。白秋や啄木らが作品を寄せた。
  • なぜフランスだったのか。まず何よりもフランスが芸術を大事にする国だったからだろう。明治の日本は、富国強兵、殖産興業が謳(うた)われ、芸術文化よりも実学が優先された。だからこそ、芸術の国フランスが、芸術の都パリが、文学者たちの憧れになっていった。(藤原書店・2592円)

(2015-12-06 毎日新聞>東京朝刊)

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2015-12-10

[] 台湾の石川啄木研究No.1 林丕雄名誉教授 叙勲

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[ガマズミ]


石川啄木研究の台湾学者に叙勲伝達 「感激もひとしお」

  • 日本政府による2015年秋の叙勲で旭日中綬章を受章した林丕雄・淡江大学名誉教授に対する勲記と勲章の伝達式が9日、日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所代表公邸(台北市)で行われた。林氏は「感激もひとしお」と喜びのコメントを発表した。
  • 林氏は1931年生まれ。台湾における石川啄木研究の第一人者として知られる。1989年に発表した啄木短歌の翻訳書は第4回岩手日報文学賞啄木賞を受賞。
  • 伝達式では終始緊張の面持ちだった林氏。祝福に駆けつけた友人や知人から「先生、もっと笑って」と声をかけられると、会場は和やかな雰囲気に包まれた。 (齊藤啓介)

(2015-12-09 中央通訊社>フォーカス台湾)

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2015-12-09

[] 庶民の感情を残すのが歌人の役割  -歌人がシンポジウム

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[ミスターリンカーン]


強権的な「政治の言葉」に危機感 「傍観から関与」へ 歌人がシンポ

  • 本来、政治の言葉は直截的で分かりやすくあるべきだが、最近安倍政権のは強権的、情緒的でさえある。これに危機感を感じた歌人が12月6日、東京で「時代の危機と向き合う短歌」について緊急シンポジウムを開いた。
  • シンポジウムを主催したのは「強権に確執を醸す歌人の会」で、日本歌人協会や現代歌人協会のメンバーなど約400人が参加した。主催者の名称は石川啄木が、大逆事件の直後書いた「我々日本の青年はいまだかつての強権に対して何らかの確執をも醸したことがない」(「時代閉塞の現状」)から引用。
  • 呼びかけ人である日本歌人クラブの三枝昂之会長は、「弾薬は武器ではない」「法的安定性は問題ない」「早く質問しろよ」や「1億総活躍」などにみられような、政治家の強引な発言や言葉について、「時代の危機を感じる」と訴えた。
  • 講演では京都大学名誉教授の永田和宏氏が「危うい時代の危うい言葉」で話し。「民衆から言葉が奪われていくステップとして、言論弾圧、自粛という形の萎縮、言葉に対する脱感作(免疫)、不感症、そして抵抗できないオールマイティの言葉の多用」を挙げ、それぞれの段階で進行していることを指摘。
  • その上で、歌人が素材として政治を選ぶ「機会詠」の重要さを指摘。「歴史的出来事は残るが、そのときの庶民の感情はどうだったか残すのが歌人の役割」と、政治に対して傍観でなく、関与していく必要があることを強調した。そのうえで、とかく他人事になりがちな沖縄、難民問題に「歌人としてどう関わるか」と問題提起した。

(2015-12-07 農業協同組合新聞)

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2015-12-08

[] 石川啄木の手紙も参考に…

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[ヒオウギ]


『文豪に学ぶ超一流の手紙術』

   亀井ゆかり サンマーク出版

  • お礼状、詫び状、お祝い状、依頼状、お悔やみ状、案内状といった、あらゆる種類の手紙。相手に失礼になることなく、かつ思いの伝わる文章を綴りたいものですが、気の利いたフレーズが思い浮かばず、つい定型表現に陥ってばかりという方も多いのではないでしょうか。
  • 企業や店舗からの依頼を受け、30万通以上の代筆をしてきたという亀井ゆかりさんが参考にしているのは、正岡子規、石川啄木、三島由紀夫、川端康成、夏目漱石、芥川龍之介をはじめとする、文豪たちの書いた手紙。一流の文豪や著名人たちの手紙は、言葉のバリエーションが上質かつ豊かであるため、大いに参考になるのだといいます。

(2015-12-06 BOOKSTANDニュース)

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2015-12-05

[][] 現代にふさわしい作品を……啄木コンクール 応募〆切 1/31

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[モッコク]


2016年度「啄木コンクール」作品募集! 新日本歌人協会

時代と暮らしを見据えた、意欲的で清新な現代にふさわしい短歌作品と作者の、おおくの応募と登場を、心から歓迎し、期待します。

◎ 応募要項

  • 作品 20首
  • テーマ 主題、内容は自由
  • 表現形式 定型、口語・自由律のいずれでも
  • 応募資格 どなたでも
  • 応募〆切 2016年(平成28年)1月31日 当日消印まで有効
  • 応募先 新日本歌人協会「啄木コンクール」係 

     170-0005   東京都豊島区南大塚2-33-6-301

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2015-12-04

[][] あさって(12/6)まで…石川啄木の実像に迫る

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[シデ]


石川啄木の実像に迫る…方の会、「われ泣きぬれて」

  • 劇団「方の会」は「われ泣きぬれて〜石川啄木〜」を12月2〜6日、東京・銀座みゆき館劇場で上演する。
  • 歌人・石川啄木の人間的な部分に着目し、金田一京助、森鴎外らとの交流も描く。「啄木は周りの人に助けられたのでしょう。史実に忠実な描き方をしています」と代表の市川夏江。

(2015-12-02 読売新聞)

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劇団 方の会 第57回公演

『われ泣きぬれて〜石川啄木〜』

  • スケジュール

 12月 4日(金)19:00 5日(土)14:00/19:00 6日(日)14:00

  • チケット 4000円(日時指定・全席自由)
  • 申込 03-3922-2589(狭間)

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2015-12-03

[] 石川啄木の日誌は正確な表現をして…「陸奥丸」の観測記録

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[コナラ]


石川啄木の「東海の小島の磯の白砂」

  • 明治43年(1910年)12月1日、東雲堂書店より「一握の砂(いちあくのすな)」が刊行されています。石川啄木の第一歌集です。「一握の砂」の巻頭歌が「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる」です。一部が書名になった「頬につたう なみだのごはず 一握の 砂を示しし 人を忘れず」よりも先に掲載された「東海の…」の歌は、石川啄木の自信作であり、代表作といえます。
  • 貧困のため一家離散となった石川啄木が妹光子をつれ、「陸奥丸(890トン)」で北海道に渡ったのは、明治40年5月5日のことです。海峡に入る平舘沖では風がやや強かったこと、気温も15度以下で肌寒かったこと雨がときおり降ってもおかしくない天気であったことなど、啄木の日誌の記述を裏付けています。((航海記録)表の出典:饒村曜(2010)、海洋気象台と神戸コレクション、成山堂書店)
  • 我は世界に家なき浪々の逸民たり。五時前目をさましぬ。船はすでに青森をあとにして湾口に進みつつあり。風寒く雨さへ時々降り来れり。海峡に進み入れば、波立ち騒ぎて船客多く酔ひつ。光子もいたく青ざめて幾度となく嘔吐を催しぬ…。(出典:石川啄木の明治四十丁未歳日誌にある明治40年5月5日の記述)
  • 石川啄木の日誌は、その時のできごとを正確に表現していることの、間接的な証明となっています。
  • 石川啄木が乗った「陸奥丸」は、明治10年にイギリスで作られた船です。「陸奥丸」は、明治41年3月23日に北海道恵山岬灯台付近で「秀吉丸(700トン) 」と衝突・沈没し、乗員・乗客200名以上が行方不明となるのですが、その少し前までの海上気象観測10年分が残されています。(神戸コレクション)《饒村曜  | 気象予報士/青山学院大学・静岡大学非常勤講師》

(2015-12-01 YAHOO!ニュース)

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2015-12-02

[] 石川啄木《我々日本の青年はいまだかつてかの強権に対して……》「時代の危機と向き合う短歌 」

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[シダレモミジ]


「時代の危機と向き合う短歌」 6日、緊急シンポジウム

  • 海外での戦争参加への道を開く安全保障関連法を与党が強行成立させるなど、戦後七十年の今年、守り続けてきた日本の平和主義は大きな転換点を迎えた。そんな時代状況と「言葉の危機」を見過ごせないと立ち上がった歌人たちが六日、東京で緊急シンポジウム「時代の危機と向き合う短歌」を開く。「政治の言葉に短歌はどう向き合うべきか」。大御所から若手までが参加し、真剣に討論する。
  • 「弾薬は武器でない」として他国に提供できると国会答弁した防衛相、「法的安定性は関係ない」と言った首相補佐官(当時)、「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番」と圧力を促した自民党議員。安倍晋三首相自身も、安保法案の審議の最中に「早く質問しろよ」とやじを飛ばす−。一連の安保法案の審議を通じて浮かび上がったのは、政治家の言葉の強引さだった。
  • どこか戦前を彷彿(ほうふつ)とさせるこうした言葉と時代に、小さな表現の器である短歌はどうあらがえるのか。戦前同様、渦に巻き込まれたらいけない。そんな思いから、三枝昂之(さいぐさたかゆき)さん=日本歌人クラブ会長=は主催者名を「強権に確執を醸す歌人の会」と命名した。大逆事件(一九一〇年)直後、石川啄木が「我々日本の青年はいまだかつてかの強権に対して何らかの確執をも醸したことがないのである」と書いた「時代閉塞(へいそく)の現状」からの引用だという。
  • シンポは午後一時から、東京都新宿区の早稲田大学大隈小講堂で。申し込みはメールtankasympo@gmail.com またはファクス03(3280)3249(日本歌人クラブ緊急シンポ係)へ。当日受け付けも可。 (加古陽治)

(2015-12-02 東京新聞 夕刊)

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緊急シンポジュウム「時代の危機と向き合う短歌」

  • 平成27年12月6日(日)早稲田大学大隈小講堂(大隈講堂地階)午後1時〜5時
  • プログラム

1 提言 佐佐木幸綱

2 講演 永田和宏「危うい時代の危うい言葉」

3 ミニトーク 今野寿美「時代の中の反語」

4 パネルディスカッション 「平和と戦争のはざまで歌う」

   司会・吉川宏志、パネラー 染野太朗・田村元・三原由起子

  • 定員 300名 資料代 1,000円
  • 主催  強権に確執を醸す歌人の会

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[] 「金田一家の功績を巡る改心の旅」金田一央紀氏

“言語学の権威“金田一家4代目ダメ男に、大久保佳代子「久々にこんなクズ見た」

  • 毎回さまざまなゲストが登場し、自身の衝撃的過去を反省する「有吉反省会」(日本テレビ・読売テレビ系)。11月28日の放送では、言語学者・金田一秀穂氏の息子で演出家の金田一央紀氏が登場しました。
  • 曽祖父・金田一京助、祖父・金田一春彦、父・金田一秀穂と日本を代表する言語学の権威である金田一家の系譜を継ぐ金田一央紀氏は、「由緒ある言語学者の家系を途絶えさせていること」を反省します。現在34歳独身の央紀氏、演劇系の仕事に従事しているも、年収は100万円いかない。毎月、父・秀穂氏から支援してもらっているそうです。
  • スタジオでは、見届け人でお笑いタレントの大久保佳代子から開口一番「久々にこんなクズ見た」と太鼓判を押されます。金田一家の歴史について知っているかと問われると、「だいたいWikipediaで」というほど。
  • そんな央紀氏への禊(みそぎ)は、「自腹で金田一家の功績を巡る改心の旅」。岩手県出身の歌人・石川啄木などとも交流のあった京助などの足跡をたどるもののようです。この模様は近日公開の予定ですが、本人は「自腹か」と辛そうな顔をしていました。 (文/関口賢@HEW)

(2015-11-30 YAHOO!ニュース>トレンドニュース(GYAO))

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2015-12-01

[][] みゆき館最後の公演 『われ泣きぬれて〜石川啄木〜』12/2~6

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[もみじの洗濯物]


劇団 方の会 第57回公演

『われ泣きぬれて〜石川啄木〜』

  • 2015年12月2日(水)〜6日(日)
  • 会場 銀座みゆき館劇場(東京都中央区銀座6-5-17銀座みゆき館ビルB1)

《銀座みゆき館劇場閉館のため、最後の舞台となる》


明治が終わる年−。26年の生涯を閉じた薄幸の天才…石川啄木

男の友情に支えられながらも、困窮と文学的行き詰まりの中、

もがき苦しみ続ける…啄木、最後の五年間を描く!


  啄木が嘘を云ふとき 春かぜに吹かるる如く おもひしもわれ

                   与謝野晶子


  • 演出/狭間鉄 /平山陽
  • 出演 

 石川啄木/MARU 石川節子/弓下志織 石川京子(子役)/北川莉乃 与謝野寛(鉄幹)/福田治

 与謝野晶子/今井里美 金田一京助/高槻純 宮崎郁雨/新田将司 植木貞子/中村伽奈美

 女中(愛)/山口麻美 平野万里/廣司侑也 吉井勇/山田貴之 北原白秋/佐藤俊彦 

 若山牧水/佐藤俊彦 土岐哀果/市川真也 森鴎外/伴大介 仕立屋銀二/狭間鉄 石川カツ/市川夏江

  • スケジュール(全8回)

 12月 2日(水)19:00 3日(木)14:00/19:00 4日(金)14:00/19:00 5日(土)14:00/19:00 6日(日)14:00

  • チケット 4000円(日時指定・全席自由)
  • 申込 03-3922-2589(狭間)

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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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