啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

 | 

2016-01-30

[][] 愛のオペラ「石川啄木と妻・節子」5/14

f:id:takuboku_no_iki:20160204153237j:image:w640


◎ 石川啄木生誕 130年記念

 愛のオペラ

  石川啄木と妻・節子

   (初演)小天地(全3幕)


  • 2016年5月14日(土)(開場 5時) 開演 5時30分 (終演予定 8時)

  君を我はみそら照る日を向日葵(ひぐるま)は

   終日(ひねもす)恋ひぬ夏のいのちに  啄木


  君をえては缺(か)けしままなる古火盞(ふるほざら)

   きえぬ焔(ほのお)の歌ももえける   節子


小天地とは、広大な宇宙に対して人間界の小さく限られた世界をいう。啄木は19歳の時、同じ歳の恋人節子と結婚、盛岡市内の借家で両親と妹と同居。小天地は啄木夫婦の四畳半その一室を指すであろう。

箏やヴァイオリンが奏でられ、友人の援助を得て文芸雑誌『小天地』を発行するも1号で終えるが、雑誌には、節子・啄木の愛の歌がちりばめられている。


  • 会場 日暮里サニーホール(東京都荒川区東日暮里五丁目50番5号 ホテルラングウッド4階)
  • 入場料 5,000円(当日 5,500円)全席自由
  • チケット発売 3月15日
  • チケット取扱所 センドー・オペラ・ミュージカル・カンパニー 電話:047-344-8729

アクセス

  • 日暮里サニーホール 
    • 東京都荒川区東日暮里五丁目50番5号 ホテルラングウッド4・5階電話:03-3807-3211
    • JR・京成 日暮里駅前より徒歩約2分。

────────────────────────────────────

2016-01-29

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報 (④ 識者に聞く)

f:id:takuboku_no_iki:20160129161441j:image:w640

[ヒサカキ]


「啄木 賢治の肖像」

 ④ 識者に聞く  石川啄木記念館長・森 義真 さん

  三つの時期 古里意識

◎啄木はどのような子どもだったか。

  • 父37歳、母40歳で生まれた初めての男の子。とてもかわいがられ、わがままし放題だった。頭がよくて村では『神童』と呼ばれていた。おでこが広いことから『でんびこ(おでこ)』とあだ名され、みんなからかわいがられた。

◎啄木にとっての古里渋民はどのような存在か。

  • 啄木が古里を意識した三つの時期がある。
    • 1 盛岡中学校(現盛岡一高)を退学し上京したが挫折して帰ってきた1903(明治36)年2月〜1904年10月。啄木が病気を癒やしながら、住んでいた宝徳寺、境内の林などを散策しながら詩想を練っていた期間。
    • 2 1906年3月〜1907年4月。渋民尋常高等小学校の代用教員時代。宝徳寺を追われた父一禎の復帰運動をしていた。賛成派には好意をもたれたが、反対派にはあざけられ、ののしられた。
    • 3 北海道から東京へ行った1907年4月以降。二度と帰れない古里との自然を懐かしむしかなかった時期。

◎盛岡中学退学が啄木に与えた影響は。

    • 最も大きいのは学歴社会の中で落伍者としてその後の人生を歩まなければならなかったこと。一方、東京に行ったおかげで与謝野鉄幹、晶子夫妻と出会い交流できたというプラス面もある。ふるさとで詩想をめぐらせたことで、後の詩集『あこがれ』の出版にもつながった。

(2016-01-27 岩手日報)

────────────────────────────────────

[] 啄木の時代、日本では何台の自動車が走っていただろう…

風土計 岩手日報

  • 今年はガソリン自動車誕生から130年になる。1886年1月29日。この日、ドイツの技術者カール・ベンツが世界で初めて特許を取得した。いわば自動車の誕生日だ。
  • それから130年、世界中で11億台以上が走っているという。これほど普及した乗り物の歴史としては意外に短いような気もする。日本は明治19年、石川啄木が生まれた年だ。啄木が生きた時代、日本では何台の自動車が走っていただろう。
  • 馬車を引く馬の代わりにエンジンを動力にした形だが、それが乗り物に革命をもたらした。特権階級のものでなく大衆が気軽に乗れるようになった。ただ便利ではあるが、人の命を乗せる以上、あってはならないのが事故だ。

(2016-01-29 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-01-27

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報 (③ 少年・青春時代(下))

f:id:takuboku_no_iki:20160127173140j:image:w640

[ハマゴウプルプレア]


「啄木 賢治の肖像」

 ③ 少年・青春時代(下)

  東京生活 大きな挫折

  • ローマ字日記」を書いたり、評論や書簡に英単語を多用した啄木は盛岡中学校時代、自主的に会を組織し、英語を勉強していた。グループの名前は「ユニオン会」。毎週土曜の夜にそれぞれの家に順番に集まり、当番が訳読して質疑応答する。仲間とともに英語力を高めていった。
  • 英語の後には最近読んだ新聞雑誌や単行本の感想を披露していた。青年らしいみずみずしい感性で語り合っていたのだろう。
  • この時代の啄木は、自由でおおらかな雰囲気の中、文学にも力を入れ、後に妻となる堀合節子との恋愛にものめり込んだ。学校の成績は落ち、4年終了時には119人中82番だった。5年に進級しても欠席が相次ぎ、カンニングでけん責処分を受け、10月に退学届けを提出、上京。短歌が掲載された「明星」を発行する東京新詩社の会合に参加し、与謝野鉄幹、晶子夫妻に初めて会う。
  • しかし、中学編入や就職などに失敗し、1903(明治36)年、父一禎につれられ渋民へ帰郷した。
  • 啄木は17歳で大きな挫折を味わう。この時のことを後に詩人、野口米次郎宛ての手紙で「他人が五十年もかゝつて初めて知る深酷な人生の苦痛を、鋭く胸に刻みつけられた」と打ち明けている。

(③ 少年・青春時代(下))

(2016-01-20 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-01-26

[] 啄木の足跡照らす雪あかり 釧路

f:id:takuboku_no_iki:20160126162704j:image

[ロサルビギノサ]


明かりで啄木の時代に思い

  • 明治の歌人、石川啄木が、一時期を過ごした釧路市で、啄木が生きた時代に思いをはせようと、町並みをキャンドルで照らすイベントが、23日、開かれた。
  • 今年は生誕130年。かつて、啄木が「さいはての駅に下り立ち」「さびしき町に」と詠んだ釧路のまちは、ほのかな明かりに照らされた人影でにぎわった。
  • イベントは啄木の来釧を記念して毎年この時期に催され、13回目の今年は市民手作りのアイスキャンドル約450点、紙袋ランタン約1千点がともされた。啄木にとって南大通や米町周辺は、芸者小奴(こやっこ)との思い出の地。76日の滞在期間に数々の歌を詠み、市内には27基の歌碑が立っている。

(2016-01-23 NHKニュース)(2016-01-24 北海道新聞)(2016-01-24 朝日新聞)他

────────────────────────────────────

2016-01-25

[][] 「ふるさとの山に向ひて…」盛岡ブランドフォーラム 2/14

f:id:takuboku_no_iki:20160125164111j:image:w640


盛岡ブランドフォーラム2016の開催について

盛岡市は、暮らしの中から生まれた価値や魅力を市内外に発信しています。その取組の一環として、毎年盛岡ブランドフォーラムを開催しており、今年度は「短歌」をテーマに開催します。

  • 日時 2016年2月14日(日) 13時30分から16時10分まで(開場は13時から)
  • 場所 盛岡市中央公民館(盛岡市愛宕町14−1)
  • 定員 200名(入場無料。事前申し込み必要)
  • 内容
    • もりおか暮らし物語賞授賞式
    • 基調講演 「短歌を通じて感じる盛岡」
      • 講師:小島 ゆかり 氏 (歌人)
    • パネルディスカッション 「短歌で見つけた盛岡の魅力〜短歌を詠みたくなるまち〜」
      • (コーディネーター)畑中 美耶子氏(もりおか歴史文化館館長)
      • (パネリスト)林 晶子氏(盛岡商工会議所 盛岡ブランド創出特別委員会 委員長)

          森 義真氏(石川啄木記念館館長)

          工藤 玲音氏(東北大学 短歌会)

  ●(コメンテーター)小島ゆかり氏(基調講演講師)


────────────────────────────────────

[] 啄木の魅力 掘り起こし

「ゴールのない啄木研究」

  石川啄木記念館 森 義真 館長

  • 啄木短歌は古さを感じさせず、まだまだ新しい。「はたらけどはたらけど猶わが生活(くらし) 楽にならざりぢつと手をみる」は現代のワーキングプアの問題。啄木は自分の気持ちを表現しながら現代の生活に通じるものを詠んでいる。
  • 啄木研究は調べ尽くしたということがなく、研究することによって深まる謎もある。違った側面から啄木を見ることも必要かと思う。
  • 啄木が亡くなって105年、生誕130年を機に、啄木の魅力を掘り起こし、いろいろな魅力を伝えていきたい。

(2016-01-07 盛岡タイムス)

────────────────────────────────────

2016-01-22

[][] ブログ感覚の手紙 『啄木の手紙を読む』新刊

f:id:takuboku_no_iki:20160122155554j:image:w640


『啄木の手紙を読む』

 池田 功 著 新日本出版社

2016年2月に生誕130年を迎える石川啄木。その手紙は100年以上前に書かれたものでも、ブログ感覚で今の読者に訴えてくるものがある。

そこには恋愛感情、借金の依頼、病苦などが率直に記され、しかも社会主義への思想の深まりが分かり面白い。まるで小説のような手紙を読み解き、新たな啄木像を発見する。

[目次]

1 ブログ感覚の手紙

2 書き出し・時候・追伸の工夫

3 文体革命の時代と署名

4 経済苦の発信

5 病苦の発信

6 思想の深まりと大逆事件への反応


「まえがき」より

  用もなき文(ふみ)など長く書きさして

  ふと人こひし

  街に出てゆく

        (石川啄木『一握の砂』)

  • この歌は、啄木の手紙の本質をズバリと語っている歌なのです。
  • 実用的な知らせるべき内容があって書いている部分よりも、むしろはずみがついてどんどん書いていってしまったという方が圧倒的に多いのです。そして重要なのは、啄木の手紙の魅力はまさにこの「はずみがついてどんどん書いていってしまった」部分にこそあるということです。それを私はブログ感覚と名付けました。
  • 同時に、それぞれの手紙には多くの工夫がなされているのです。書き出しや、時候の挨拶や追伸、相手によって変える文体や署名等です。


『啄木の手紙を読む』

池田 功  著

新日本出版社  税込価格 2,160円

2016年1月 発行


────────────────────────────────────

[][] 啄木をもっと知ろう! 映画上映会 -盛岡

◎映画上映会 姫神ホール開館20周年記念

 『若き日の啄木 “雲は天才である”』

  • 2016年2月11日(木・祝)10:30〜 (開場10:00〜)
  • 会場 姫神ホール(岩手県盛岡市玉山区渋民鶴塚55 Tel 019-683-3526)
  • 入場無料 全席自由(先着 600名)
  • 主催 渋民地区自治会連絡協議会  

──────────────────

◎作品情報

『若き日の啄木 “雲は天才である”』

  • 初公開年 1954年

進歩的教育を行い故郷渋民村を追われた石川啄木。東京へ出て文筆で身を立てたかったが、まず生活を建直すため北海道に向かった。親友宮川緑雨の世話で小樽日報の仕事につき、更に釧路では芸者小奴と……。

当時の渋民小学校6年生(昭和17年生)が出演!


  • 監督 中川信夫
  • 出演者

  岡田英次---石川啄木

  若山セツ子---妻節子

  杉寛---父一禎

  本間文子---母かつ子

  田川恵子---妹光子

  細川俊夫---宮川緑雨

  丹波哲郎---江東主筆


────────────────────────────────────

2016-01-21

[] 21世紀の啄木たち -ウーマンエキサイト

f:id:takuboku_no_iki:20160121171401j:image:w640

[アシビ]


◎ウーマンエキサイト

31音にこめられた言葉の結晶 現代を生きる歌人たちがつむぎだす短歌

  • 以前、「職業・女優」というキャッチコピーがありました。確か、確定申告のポスターだったと思います。女優は舞台や映画に出演し、お芝居をすることで生活をしています。また、小説家は物語を書き、漫画家は絵を描き、ストーリーを練るのが生業(なりわい)です。
  • ところが歌人は、短歌をつくるだけでは生活はできません。そのため歌人のプロになっても、皆それぞれに仕事を持っています。だからこそ、創作としてつくりあげるのではない、現場の、臨場感あふれる職場うたが生まれるのです。

 21世紀の啄木たち

  • 石川啄木が、「はたらけどはたらけど猶わが生活(くらし) 楽にならざりぢつと手をみる」と、詠んでから約100年がたちました。さて現代の歌人は、時代と生活をどのように表現しているのでしょうか?
  • 「たぶん親の収入超せない僕たちが ペットボトルを補充してゆく」(山田航「さよならハグ・チルドレン」)

近年は、非正規雇用が急増。…とくに男性にとって、結婚にふみきるのも度胸がいるのでしょう。21世紀の啄木ともいえる作品です。

  • 「どんなにうまく傘をさしても容赦なく スーツを濡らす雨の散弾」(鈴木加成太「短歌」)

スニーカーを履いて通学していた青年が、春からは革靴でどんな会社に通勤することになるのでしょうか。あたらしい環境でもまれながらつむぎだす言葉の結晶に、これからも注目したいですね。(有朋 さやか)

(2016-01-21 Exciteニュース>ウーマンエキサイト)

────────────────────────────────────

[][] <YouTube> 啄木・雪あかりの町

啄木しのび 紙のランタン作り 釧路

これまではアイスキャンドルを並べていたが、今年は紙袋のランタンにした。氷に比べ作り置きができ、細かいデザインも楽しめる。

市民が作った800個のランタンは1月23日のイベントで飾られる。

YouTube


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

第13回 啄木・雪あかりの町・くしろ

2016年1月23日(土) 17:00〜20:00

  • 釧路啄木会 雪あかり講演会
  • 啄木一人百首、拓本体験コーナー
  • 南大通、入舟、大町界隈に灯りのアート展示
    • 主催 啄木・雪あかりの町・くしろ の会

────────────────────────────────────

2016-01-20

[][] 必見!金子鴎亭の書 - 啄木短歌の世界 1/23〜4/17

f:id:takuboku_no_iki:20160120160048j:image:w640

[ルリヒナギク]


◎石川啄木記念館

 収蔵資料展「金子鴎亭による啄木短歌」

  • 開催期間 2016年1月23日(土)〜4月17日(日)
  • 場所 石川啄木記念館 展示室

金子鴎亭(かねこおうてい)は日展参事、日本最大の書道団体である創玄書道会の会長を務めた書の大家で、「詩文書」と言われる書の分野を切り開きました。

彼の作品にも啄木の短歌は取り上げられ、この展示では石川啄木記念館のコレクションを公開します。金子鴎亭の貴重な作品をご覧ください


  • 石川啄木記念館
    • 〒028-4132 岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民9
    • TEL:019-683-2315 FAX:019-683-3119

────────────────────────────────────

[] 石川啄木も登場 映画「華の乱」吉永小百合… 1/27

BS 日テレ

 映画「華の乱」

  • 2016年1月27日(水) 19時00分〜20時57分 BS 日テレ

愛に芸術に社会運動に、みなそれぞれに命を燃やした大正の華々しき男と女。与謝野晶子を中心に“大正の情熱ロマンびと"を豪華キャストで描く文芸超大作。


  • 原作 永畑道子  脚本・監督 深作欣二
  • 出演者

  吉永小百合---与謝野晶子

  松田優作---有島武郎

  池上季実子---波多野秋子

  石田えり---伊藤野枝

  中田喜子---山川登美子

  鈴木喜勝---北原白秋

  砂川真吾---石川啄木

  松坂慶子---松井須磨子

  蟹江敬三---島村抱月

  風間杜夫---大杉栄

  緒形拳---与謝野寛


────────────────────────────────────

2016-01-19

[][] 賢治と啄木「二人の愛した岩手山」2/2〜3/31

f:id:takuboku_no_iki:20160119161316j:image:w640

[ローズマリー]


◎岩手県八幡平市博物館

 冬季トピック展 『二人の愛した岩手山』


岩手の文人といえば、賢治と啄木。

宮沢賢治と石川啄木は、それぞれ違った形で八幡平市と関わりをもち、その経験を作品に表しています。

トピック展では、賢治・啄木と八幡平市の関わりを中心に、対極的な生き方をした2人が心の拠り所とした岩手山への想い、そして賢治・啄木と同じように、創作活動した八幡平市の文人たちを紹介します。


  • 会期 平成28年2月2日〜3月31日
    • ギャラリートーク

  2月11日(祝・木)、28日(日)

  3月 6日(日)、20日(日)


  • 八幡平市博物館

    • 〒028-7533 岩手県八幡平市叺田230

    • TEL 0195(63)1122 FAX 0195(63)1123

────────────────────────────────────

2016-01-17

[][] 啄木ゆかりの「『渋民』の名を残していれば、もっと…」

f:id:takuboku_no_iki:20160117152832j:image:w640

[ボーイング737機内 照明]


《作品に登場する啄木》

  『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路』

    松本修  新潮文庫 平成20年


素晴らしき方言

  • 次の日、日沢君のご両親に車で盛岡まで送ってもらった。岩手県は四国全体の八割にも達する広さで、しかも山あいを縫う道が続き、盛岡までは思ったよりはるかに遠かった。途中、石川啄木ゆかりの旧「渋民村」でおいしい蕎麦の昼食をとった。日沢君は、ここが村々の合併によって玉山村となり、「渋民」の名が消えてしまったのを残念がる。
  • 「『渋民』を残していれば、ここを訪れる人ももっと増えただろうに」

────────────────────────────────────

2016-01-15

[] 滑らないお守り 石川啄木「さらさらと握れば…」

f:id:takuboku_no_iki:20160115173855j:image:w640

[レモンマリーゴールド]


〇中日新聞(夕刊コラム)

夕歩道

  • 石川啄木が詠んだ砂は「さらさらと握れば指のあひだより落つ」とはかなげだったが、所変われば品変わる。鉄路にまけば、上り坂に挑む機関車の車輪が空転するのを防ぐ心強い助っ人となった。
  • さらに転じて滑り止めのお守りとして、今冬も各地で受験生に配られている。愛知県の半田市鉄道資料館では、展示されている蒸気機関車の中に残っていた現役当時の砂でお守りを作ったそうだ。
  • あすからの大学入試センター試験に全国で五十六万人余が挑む。

(2016-01-15 中日新聞)

─────────────────────────

2016-01-14

[] <ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬ…>石川啄木

f:id:takuboku_no_iki:20160114155250j:image:w640

[ナンテン]


〇卓上四季 北海道新聞

 津波の日

  • 石川啄木が、歌稿ノートに書き留めた歌がある。<今日は汝(なんじ)が生まれし日ぞとわが膳の上に載せたる一合の酒>。さて、「今日」とはいつでしょう。なぞなぞをしているわけではないが、かつて啄木の誕生日をめぐって論争があった。
  • 1886年(明治19年)2月20日か、前年の10月27日か、それとも別の日か。2月説が有力らしいが、まだくすぶっているそう。誕生日でさえこうなのだから、何かの記念日を決めるとなると一筋縄ではいかない。
  • 国連が11月5日を「世界津波の日」に制定した。東日本大震災後に日本で定めた「津波防災の日」の日付が採用された。なぜ、あれほどの原発事故を伴った3月11日ではなかったのか。被災者からも疑問の声が出ていた。
  • 岩手県では震災後、啄木の歌碑建立が相次いでいると聞く。古里の歌人の思いは、被災者の心のひだに深く染み込むのだろう。<ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬこころ傷みてたへがたき日に>。碑文にある歌だ。11月5日よりも記憶の濃い日が、また近づいてきた。

(2016-01-12 北海道新聞)

────────────────────────────────────

2016-01-13

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報 (② 少年・青春時代(上))

f:id:takuboku_no_iki:20160113161912j:image:w640

[ヒメシャラ]


「啄木 賢治の肖像」

 ② 少年・青春時代(上)

  級友と共に文学志す


  • 石川啄木は1895(明治28)年、盛岡高等小学校(現・下橋中)に入学。校長は生涯の師となる新渡戸仙岳。生涯の親友となる金田一京助(2学年上)は「見たところでは、六つ七つの子供と見違えそうな」幼さの残る啄木をからかい、追い回されたと著書に書いている。
  • 1898(明治31)年、啄木は128人中10番という優秀な成績で盛岡尋常中学校(現・盛岡一高)へと合格。当時、野村胡堂(作家)、金田一京助(言語学者)、及川古志郎(海軍大臣)、米内光政(内閣総理大臣)らがいた。後に、政治、軍、学術の各界で活躍する面々がそろっていた。
  • 啄木と後の妻節子との出会いの時期は1899年(明治32)年、啄木13歳のころだったとされている。
  • 1901(明治34)年、啄木3年次に、地元出身の先生たちと他県から来た優秀な先生たちとのあつれきに生徒らが不満を持ち、校内刷新運動が起こった。当時の知事の裁定で収束。校長の休職、教員23人中19人までが休職、転任、依願退職となった。
  • 啄木はまた、及川、京助、野村らの指導を受けて文学を志し、雑誌「明星」を愛読。友人たちと回覧雑誌を作り、短歌研究の会を組織し、詠草は岩手日報に連載された。「翠江」の筆名で、啄木の短歌が初めて活字となったのである。

(② 少年・青春時代(上) おわり)


(2016-01-13 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-01-11

[] 「こみ合へる電車の隅にちぢこまるゆふべゆふべの我のいとしさ」-石川啄木-

f:id:takuboku_no_iki:20160111160043j:image:w640

[キンカン]


筆洗 <東京新聞>

  • <こみ合へる電車の隅にちぢこまるゆふべゆふべの我のいとしさ>。石川啄木がこれを詠んだのは二十代半ばか。創作の一方で新聞社で校正係として勤務していた。暮らしのためには働かねばならない。通勤電車の中で「ちぢこまる」自分がいとおしく、褒めてやりたかった。
  • 大人なら啄木に「当然のことだろ」というか。けれど、若い人には大人や社会の当然が重荷でもある。大人になるとは重荷を背負い、あの通勤電車の仏頂面の一員になることかもしれぬ。
  • 啄木といい、東北の方は電車でちぢこまる傾向があるのか。井上ひさしさん。娘さんが聞いた。「どうしてパパはそんなに小さくなって電車に乗るの?」。人の迷惑にならぬよう。それが社会性だと教えたそうだ(『夜中の電話』井上麻矢さん)。これも大人への切符の一枚。

(2016-01-11 東京新聞)

────────────────────────────────────

2016-01-09

[][] 読み出したら止まらない 愛のシンフォニー『オリーブの樹』

f:id:takuboku_no_iki:20160109155344j:image:w640

[『オリーブの樹』]


廃れゆく塩田と女性の悲哀、重ねて

  • 台湾のベストセラー小説『明月(クリスタルムーン)』(桜出版)の著者、蔡素芬(ツァイスーフェン)が来日した。『明月』は、激動する戦後の台湾社会を生き抜く男女の愛情や家族の絆を骨太に描いた。
  • 塩づくりが盛んな台湾南部の村で生まれ育った明月(ミンユエ)と、幼なじみで漁師の大方(ターファン)は互いに心を寄せていた。しかし明月は家を守ろうとする母親によって別の男と見合い結婚させられる。思いを断ち切れない2人は関係を持ち、明月は女の子を産む。それは大方への愛を表現し、封印することでもあった。そうとも知らず彼は村を出て行く。
  • 台湾の新聞「聯合報」に連載、1994年に『塩田児女』の題名で出版。人口約2350万人(現在)の台湾で10万部を超えるベストセラーとなった。昨年、日本でも翻訳出版された。
  • 続編『オリーブの樹(オリーブツリー)』(原題『橄欖樹』)も先月、日本で出版された。明月と大方の娘・祥浩の成長が、高度経済成長が続く80年代の都会のキャンパスライフや、伝統的な塩田が急速に消えていく故郷の風景と共に描かれる。
  • 蔡は、創作で常に意識するのは「日々大きくなる中国の存在感」。「それを踏まえた上で、両岸(台湾と中国)の二つの社会が戦後どのように分かれてきたのかを、人々の感情と共に描きたい」と語った。(竹端直樹)

(2015-12-22 朝日新聞>夕刊)

────────────────────────────────────

『オリーブの樹(オリーブツリー)』

  • 蔡 素芬 著  黄 愛玲 訳  林 水福 監修
  • 発売元 桜出版 電話. 019-613-2349 FAX. 019-613-2369
  • 発売月 2015年11月
  • 定価  2000円+税

2016-01-08

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報 (① 誕生〜幼少期)

f:id:takuboku_no_iki:20160108191552j:image:w640

[アラカシ]


「啄木 賢治の肖像」

 ① 誕生〜幼少期

  親の愛情、期待一身に

  • 石川啄木は1886(明治19)年2月20日、南岩手郡日戸村の曹洞宗常光寺で父石川一禎、母工藤カツの長男として生まれたとされる(前年の説もある)。
  • 長女サタ、次女トラに続く待望の男児は、一(はじめ)と名付けられた。姉妹に囲まれて育った啄木は、両親から特別にかわいがられた。「兄のわがままは、夜夜中でも『ゆべし饅頭』がほしいといいだすときかないで、家じゅうを起こしてしまう」と妹の光子。「母などは私達をそっちのけにして弟ばかり可愛がるので、幼な心にも不平だった」と姉のトラ。
  • 後年貧苦の道を歩む啄木だが、幼少期は寺の「お坊ちゃん」として伸び伸びと育った。渋民尋常小の卒業時には首席の成績をとり「神童」と呼ばれていた。当時、よほど向学心が強いか裕福でなければ進学出来なかった時代、盛岡高等小学校(現・下橋中)に入学。優秀な成績で卒業した我が子に対する両親の愛情や期待が感じられる。

(① 誕生〜幼少期 おわり)

(2016-01-06 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-01-07

[][] 「啄木かるた大会」の事前講座

f:id:takuboku_no_iki:20160107162155j:image:w640

[クロガネモチ]


「啄木かるた大会」に向け事前講座開催

  • 渋民公民館(盛岡市渋民)で1月6日、啄木かるた講座が開かれた。
  • 啄木かるたは、啄木の代表作「一握の砂」「悲しき玩具」に収録されている短歌を用いたかるたで、読み札に上の句が書かれ、下の句が書かれた取り札を取り合う。毎年2月の第3土曜に「啄木生誕祭 啄木かるた大会」が渋民文化会館「姫神ホール」(盛岡市玉山区)で行われ、14回目となる今年は啄木の誕生日の2月20日に開催される。
  • 同講座は啄木生誕130周年に合わせ、より多くの人に啄木かるたの遊び方を知ってもらおうと石川啄木記念館が初めて行った。石川啄木記念館館長の森義真さんは「今年は啄木生誕130周年の記念の年。多くの人にかるたを楽しんでもらい、啄木の短歌に親しんでもらいたい」と話す。
  • 講座では、啄木とかるたについての講話を聞いた後、イラスト入りのかるたで基本のルールを学び、最後は実際の競技ルールのもと白熱した札の取り合いが行われた。
  • 現在、大会参加者を募集している。応募締め切りは今月22日。

(2016-01-07 盛岡経済新聞)

────────────────────────────────────

[] "ふるさとの歌ありがたき" 生誕特集・啄木と賢治

望む故郷に使命感 玉山区出身の工藤玲音さん(宮城大3年)

  • 「故郷を離れて、より人間としての啄木を意識するようになった。啄木と同じ故郷を持っていることに、何か使命感のようなものすら感じる」。盛岡市玉山区渋民出身で、東北大学短歌会同人・俳句結社「樹氷」同人の工藤玲音(れいん)さんは、同郷の詩人・石川啄木とその短歌を胸に置き、創作に励んでいる。


  • 生まれ育った渋民を離れて3年目。仙台の地で心が動いた啄木の1首に「稀(まれ)にあるこの平(たいら)なる心には時計の鳴るも面白く聞く」を挙げる。工藤さんも高校時代、「日々はゆくたとえばシャープペンシルの芯出すようにかちりかちりと」と、日常を流れる時間をいとおしむような歌を詠んでいた。
  • 「105年前に亡くなった人とは思えない、今の時代でも共感できる新しさ、魅力がある」。小学生のころから啄木学習や「啄木かるた」に取り組み、その歌のリズム・語感を楽しんだが、「渋民にいて啄木は身近すぎて、特別に意識したことはなかった」。大学進学のため自身も渋民も離れ、身につまされたのが啄木の望郷の歌だ。
  • 「啄木の渋民への思いは、〝神童〟と呼ばれていた渋民時代への執着だったのではないか。悲しい、そこに戻りたいというより、そのときの自分に負けたくないという思いもあるように感じられた」。自身の性格を「負けず嫌い」と分析する工藤さん。輝かしい成果を残した高校文芸を経て、新たな創作への奮起になった。(藤澤則子)

(2016-01-07 盛岡タイムス)

────────────────────────────────────

2016-01-06

[] 「啄木・賢治」のサルをモチーフにした作品と好きな飲み物

f:id:takuboku_no_iki:20160106171904j:image:w640

[フヨウ]


◎「啄木と賢治」

人間の在り方問い掛け

今年は石川啄木生誕130年、宮沢賢治生誕120年の節目。2人はそれぞれ、今年のえとであるサルをモチーフにした作品を残している。


石川啄木

 自然に背く姿へ警鐘

  • 啄木が1907(明治40)年、母校である盛岡中学校の校友会雑誌に寄せた寓話「林中の譚」は、人間とサルとの問答形式。
  • サルは人間が文明の進歩により手で立てなくなり、足で物をつかめなくなったと指摘。「木を倒し、山を削り、川を埋めて、平らな道路を作って来た」と人間の自然破壊を示し、その道は天国ではなく「地獄の門に行く」と警鐘を鳴らす。

宮沢賢治

 少年の不思議な体験

  • 楢夫という少年がクリの古木に見つけた小さなサルノコシカケを介して繰り広げられる不思議な夢の物語。1921(大正10)年ごろの執筆とされる。
  • 楢夫は、サルノコシカケに現れた小ザルたちをその小ささから見下すが、小ザルたちの知恵と団結で痛い目に遭わされそうになり、山男に助けられる。

ビール愛した啄木 サイダー好き賢治

  • 啄木はわずか14歳の時にビールを飲んだという記録がある(当時は未成年の飲酒は法律で禁止されていなかった)。場所は盛岡中学校(現盛岡一高)の旅行で訪れた大船渡。同行した級友の一人が、ともにビールを飲んだことを日記に書き残している。
  • 「賢治さんが一杯飲みましょうかと誘うのは、お酒ではなくサイダーで、天ぷらそばと一緒に注文するのが常でした」という、花巻市のやぶ屋の創業者家族の証言がある。

(2016-01-01 岩手日報)

────────────────────────────────────

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報 ①誕生〜幼少期

今年が生誕130年に当たる石川啄木(1886〜1912年)、生誕120年の宮沢賢治(1896〜1933年)。岩手が生んだ日本を代表する文学者の2人は、理想と現実の狭間でもがき苦しみながら、数々の作品を生み出した。

豊かな文学世界は、時代を超えて共感を呼び、今なお新しい読者を獲得している。短い生涯を駆け抜けた2人の足跡を、共通のテーマに沿ってたどり、あらためてその魅力を探る。


①誕生〜幼少期

(つづく)


(2016-01-06 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-01-05

[] 新連載「啄木 賢治の肖像」岩手日報社 社告

f:id:takuboku_no_iki:20160105160121j:image:w640

[ミツマタ]


「啄木 賢治の肖像」1月6日スタート

  • 岩手が生んだ文学者2人の魅力を探る「啄木 賢治の肖像」を毎週1回掲載。1月6日スタート、水曜日付、特集面。
  • 今年は石川啄木生誕130年、宮沢賢治生誕120年。岩手が生んだ文学者2人の足跡を共通のテーマに沿ってたどり、その魅力をあらためて探ります。

(2015-12-30 岩手日報)

────────────────────────────────────

[] 新盛岡市 玉山合併10年 一体感高め市勢発展へ

  • 2006年1月10日に盛岡市と玉山村が合併し、新市が誕生してから今年で10周年を迎えた。今後の課題もあるが、両市村はこの10年間、消防団など各種団体の統合や行事による住民の一体感の醸成などが一定程度図られてきた。
  • 設置期限により地域自治区「玉山区」の名称はなくなっても、特産品の生産拡大に意欲的な若者の動き、地域の伝統文化の継承に努める子どもたちなど、玉山の歴史や文化は次世代に確実に受け継がれていく。9日には市内のホテルで10周年記念式典を開き、節目を祝い市勢のさらなる発展に決意を新たにする。
  • 旧玉山村には地域自治区「玉山区」が設置され、新県都・盛岡市がスタートした。旧玉山村は、郷土の歌人、石川啄木の古里として知られ、幼少期を過ごした宝徳寺、旧渋民尋常小学校などを訪れる人は絶えない。岩洞湖や姫神山など四季折々に美しい姿を見せる豊かな自然も魅力だ。

(2016-01-01 盛岡タイムス)

────────────────────────────────────

[] 北海道新幹線 盛岡駅から海越え 3月26日開業 新函館北斗に1時間50分

  • 北海道新幹線が2016年3月26日、新青森―新函館北斗間に開業する。青函トンネルを挟んで149キロを1時間1分で結ぶ。盛岡―新函館北斗間は直通1往復運行し、最速1時間50分。これまで約2時間半かかっていた同区間が約40分短縮する。
  • 盛岡駅から直通で海を越え、道南は陸路で日帰り圏になる。岩手と北海道は新渡戸稲造、盛岡と函館は石川啄木の縁でゆかりがあり、観光の活性化やビジネスチャンスの拡大が期待される。

(2016-01-04 盛岡タイムス)

────────────────────────────────────

2016-01-04

[] 新春の空に 石川啄木のこの歌はよく似合う

f:id:takuboku_no_iki:20160104192148j:image:w640

[コブシ]


春秋 -日経新聞-

  • 「何となく、/今年はよい事あるごとし。/元日の朝、晴れて風無し」。新春のおだやかな空に、石川啄木のこの歌はよく似合う。借金と病気に苦しんだ啄木だが、それだけに新しい年への思いも強かったのだろう。ほかにも「悲しき玩具」に正月の歌はいくつかある。
  • 「腹の底より欠伸(あくび)もよほし/ながながと欠伸してみぬ、/今年の元日」。心はいよいよゆったりと、そしてしばし夢を見たかもしれない。
  • この明治の異才は時代閉塞を唱えつつこんな詩も残している。「見よ、今日も、かの蒼空(あをぞら)に/飛行機の高く飛べるを。」

(2016-01-01 日本経済新聞)

────────────────────────────────────

[] 石川啄木が明治44年の元日に詠む

天鐘 -デーリー東北-

  • 〈何となく 今年はよい事あるごとし 元日の朝 晴れて風無し〉。石川啄木が明治44年の元日に詠んだ句である。今年の元旦も晴れて寒くなく、風のない過ごしいい元朝だった。何となくよい事がありそうな―。
  • 大晦日(おおみそか)の翌朝だけなのに元旦は心身共にリセットされたような気になる。吉田兼好も『徒然草』で昨日も今日も変わらぬ朝なのに、元朝は「ひきかへめずらしき心地ぞする」(気分が清々(すがすが)しく一新する)と記した。
  • 初日を拝んでお屠蘇(とそ)を飲み静かな元日が過ぎてリセットも完了。そんな夕暮れ時を芥川龍之介は〈元日や 手を洗ひをる 夕ごころ〉と詠んだ。三が日も今日で終わり。明日は仕事始めである。

(2016-01-03 デーリー東北)

────────────────────────────────────

[] <答え> 基礎学力検査 国語

◎年の瀬に頭の体操 イチ ニ サンッ!(「啄木の息」2015-12-30)

答え

(1)困窮、評価、居候、同郷、先輩、連載、3巻、象形、冒頭、異なる

(2)イ

(3)(C)オ (D)キ (E)ウ (G)カ

(4)(F)イ  (H)カ

(5)(A)友 (I)朋 (J)友


────────────────────────────────────

2016-01-01

[][] 新年のご挨拶!

f:id:takuboku_no_iki:20160101061131j:image:w640


あけましておめでとうございます

「啄木の息」に訪れてくださり、ありがとうございます。

  きょうから始まる2016年。

  皆様のところにもたくさんの幸せがやってきますように!

  今年もよろしくお願いいたします。


                    石川啄木


    何となく、

    今年はよい事あるごとし。

    元日の朝晴れて風無し。


      腹の底より欠伸もよほし

      ながながと欠伸してみぬ、

      今年の元日。


    原稿紙にでなくては

    字を書かぬものと、

    かたく信ずる我が児のあどけなさ!            

────────────────────────────────────

 | 
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

カテゴリー


「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。


ページビュー
1400894