啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

 | 

2016-02-29

[] 賢治は啄木を深く意識していた… 啄木記念館館長講演会

f:id:takuboku_no_iki:20160229153513j:image:w640

[シダレウメ(タモリさん !?]


賢治短歌に啄木の影響

  • 盛岡市文化振興事業団主催の石川啄木記念館館長講演会は28日、同市玉山区の渋民公民館で開かれた。同記念館の森義真館長が、旧制盛岡中の後輩で10歳年下の宮沢賢治が啄木の影響を受けた−と作品事例を交えながら紹介した。
  • 「賢治の啄木意識」と題して講演した森館長は「啄木は賢治の存在を全く知らなかった」と前置きした上で、啄木の第1歌集「一握の砂」の刊行後、当時盛岡中2年の賢治が短歌の制作を始めたと説明した。2人の関連性として、啄木の特徴である「3行書き」や、城跡や草地に寝転ぶなどの情景表現などを挙げ「大いに影響を受けている」と指摘。「賢治は啄木を、生涯を通じて深く意識し、大きな存在であった」と結論付けた。

(2016-02-29 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-02-27

[][] 賢治・啄木作品について語り合おう -八幡平市- 3/6、3/13

f:id:takuboku_no_iki:20160227154533j:image:w640

[メジロと河津桜]


◎岩手県八幡平市博物館

 冬季トピック展 『二人の愛した岩手山』

  • 会期 平成28年2月2日〜3月31日

「博物館文学サロン-賢治・啄木を読む-」

 〇ギャラリートーク

  • 日時 平成28年3月6日(日)、3月13日(日)いずれも14:30〜15:30
  • 内容 第1回『賢治作品を読む』 第2回『啄木作品を読む』
  • 予約制 博物館まで電話

  難しそうに聞こえるかもしれませんが安心してください。

  難しいことはなにひとつありませんよ。

  我々と一緒に賢治・啄木作品について語り合いましょう


  • 八幡平市博物館 岩手県八幡平市叺田230

  TEL 0195(63)1122 FAX 0195(63)1123

────────────────────────────────────

2016-02-26

[][] 本日発売!ドナルド・キーン著『石川啄木』

f:id:takuboku_no_iki:20160226155457j:image:w640


『石川啄木』

  ドナルド・キーン/著  角地幸男/訳


[目次]

f:id:takuboku_no_iki:20160226161914j:image:w640


◎現代歌人の先駆となった啄木の壮烈な生涯をたどる渾身の本格的評伝!

生地日戸村には一切触れず、啄木が自らの「故郷」と呼んだ渋民村。函館、小樽、釧路を転々とした北海道での漂泊。金田一京助とのあいだの類いまれなる友情。そして、千年に及ぶ日本の日記文学の伝統を受け継いだ『ローマ字日記』。

膨大な資料をもとに啄木の生涯と作品を丹念に読み解く、九十三歳の著者が精魂傾けた傑作評伝。


『石川啄木』

ドナルド・キーン/著  角地幸男/訳

  • 新潮社 2200+税
  • 発売 2016年2月26日

────────────────────────────────────

2016-02-25

[] キツツキは漢字で書くと啄木鳥 -風土計-

f:id:takuboku_no_iki:20160225192901j:image:w640

[アブラナ]


風土計 -岩手日報-

  • 朝、寝ぼけた耳にどこかで誰かがノックしているような音が聞こえる。目が覚めるにつれて、これはいつものキツツキだなと思い出す。くちばしをたたきつける激しさはかなりのもの。頭に相当のダメージがありそうだ。ところがキツツキは舌骨(ぜっこつ)が発達し、頭蓋骨の周りをぐるりと取り巻いている。それがシートベルトのように振動から脳を守っているという。
  • キツツキは漢字で書くと啄木鳥。石川啄木のペンネームの由来だ。生まれ育った渋民の林間にこだまする音には慣れ親しんでいた。随筆には「閑静高古の響」と表現し「常に之を聞いて以て日夕の慰めとしぬ」とある。
  • 耳になじんだ響きとリズムが啄木の詩歌の基層を成しているのだろう。里山でキツツキが飛び回れる環境を残したい。新しい時代の詩人を育む土壌となるかもしれないからだ。

(2016-02-22 岩手日報)

────────────────────────────────────

[] 「啄木のひたいに触れて……」酒折連歌賞

酒折連歌賞表彰式

  • 連歌発祥の地・甲府市酒折にちなんで創設され、今年で17回目を迎えた「酒折連歌賞」の表彰式が21日、山梨学院大で開かれた。
  • 酒折連歌は、「問いの片歌」(五・七・七)を受けて、「答えの片歌」(五・七・七)を創作する独特の詩作。
  • 一般部門の大賞に山梨学院大付属高1年の今村光臣君が輝いた。今村君は「自転車のギヤを一段あげよう今朝は」の問いかけを受けて、「立ち漕ぎでアンナプルナを上り切るため」と答えた。
  • 小中高生に限定した「アルテア部門」の大賞には、静岡市立清水8中3年の水野真奈香さんの句が選ばれた。水野さんは「啄木のひたいに触れて聞くかなしみは」を受けて、「はきはきともの言うきみが救ってくれる」と詠んだ。

(2016-02-23 産経ニュース)

────────────────────────────────────

2016-02-24

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報(⑧ 両親)

f:id:takuboku_no_iki:20160224174641j:image:w640

[ユズリハ]


「啄木 賢治の肖像」

 ⑧ 両親

  住職罷免で一家暗転

  • 啄木の父一禎(いってい)は、農家の5男として生まれたが、5歳で曹洞宗大泉院に預けられ、そこで得度した。同寺院の住職、葛原対月(かつらはらたいげつ)から和歌の指導も受けた。盛岡の龍谷寺に赴任した対月を慕い、一禎も付いていく。そこに家事手伝いで来ていたのが対月の妹の工藤カツ。2人は結ばれるが、僧籍にある者の慣習から入籍はしなかった。
  • 25歳の一禎は1875(明治8)年、28歳のカツを伴って南岩手郡日戸村(現盛岡市玉山区)の常光寺住職となる。長女サタ、次女トラ、1886(明治19)年に待望の男児である長男一(はじめ = 啄木)が生まれる。翌年、一禎が隣の渋民村の宝徳寺住職となり、そこで啄木は伸び伸びと育った。啄木が6歳の時にカツは入籍、啄木も石川姓となった。
  • 1904(明治37)年、一家の運命は暗転する。宗費を滞納したことから一禎が宝徳寺住職を罷免されたのだ。啄木は1906年から渋民尋常高等小学校で代用教員をしながら父の住職復帰に奔走するが実らず、ストライキを起こして免職となった。一家離散となり啄木は北海道を漂泊した後に上京することとなる。
  • 一家の生活は啄木の肩にのしかかった。食いぶちを減らすために一禎はしばしば家出する。一方、カツは啄木を溺愛し、行く先々へと付いていこうとする。
  • 母の死の約1ヶ月後(1912年)に亡くなった啄木は臨終間際、一禎に向かい「すまないけれどもかせいで下さい」と言ったという。トラに引き取られていた一禎は1927年、高知の地で亡くなった。

(筆者 啄木編・阿部友衣子=学芸部)

(2016-02-24 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-02-22

[][] ブログ感覚で魅力的!『啄木の手紙を読む』

f:id:takuboku_no_iki:20160222155200j:image:w640

[ひな祭り]


<郷土の本棚> 岩手日報

『啄木の手紙を読む』 池田 功 著

 「ブログ感覚」で赤裸々に

  • 日々の暮らしの出来事をつれづれなるままにつづるブログ。国際啄木学会会長の著者は、20日に生誕130年を迎えた石川啄木の手紙の特徴を、現代のこの「ブログ感覚」だと指摘する。
  • 「明治時代の手紙にこのような、ある意味で礼儀知らずで形式を無視したものは珍しかったと思われます。しかし、それが啄木の手紙の特徴であり魅力なのです」と紹介する。
  • 本書は、全集に収録されている全511通を解析し、表も使いながら分かりやすく解説している。家族を北海道に残したまま単身上京した1908(明治41)年に最も多くの手紙を書いたことなどから「多難な年に手紙が多く書かれている」とする。
  • 読後には啄木の手紙を丁寧に読みたくなる。研究者はもちろん、初心者にも啄木の手紙の魅力が伝わる一冊だ。

(2016-02-21 岩手日報)

『啄木の手紙を読む』

池田 功  著

新日本出版社  税込価格 2,160円

2016年1月 発行

────────────────────────────────────

2016-02-21

[] 「啄木かるた大会」啄木は大のかるた好き

f:id:takuboku_no_iki:20160221192702j:image:w640

[啄木かるた]


啄木かるた真剣勝負 盛岡・玉山区

  • 啄木生誕祭第14回啄木かるた大会は20日、盛岡市玉山区の渋民文化会館(姫神ホール)で開かれ、出場者が慣れ親しんだ先人の短歌で真剣勝負を繰り広げた。市内外から86チーム、258人が参加した。
  • 使われるかるたは、全国の愛好家からの人気投票をもとに、代表作の歌集、「一握の砂」と、「悲しき玩具」から百首を選んで作られ、百人一首と同じように上の句を聞いて、下の句が書かれたかるたを取り合う。
  • 「不来方のお城の草に寝ころびて」などと上の句が読まれた瞬間、出場者は札を目がけて膝の上に置いた手を素早く伸ばした。「ナイス」「どんまい」とチーム戦ならではの掛け声が飛んだ。
  • 啄木は大のかるた好きで、日記に「地元にかるた文化を広めたのは自分。腕前も一番」と記したほど。主催した石川啄木記念館の森義真館長は「うれしくて天国の啄木も遊びにきていたかも」。
  •  「己(おの)が名をほのかに呼びて/涙せし/十四の春にかへる術(すべ)なし」

  「砂山の砂に腹這(はらば)ひ/初恋の/いたみを遠くおもひ出(い)づる日」

(2016-02-21 岩手日報、毎日新聞、朝日新聞、NHK盛岡放送局 など)

────────────────────────────────────

2016-02-20

[] 130年前のきょう この人がこの世に生を受けた

f:id:takuboku_no_iki:20160220154630j:image:w640

[♪ Happy Birthday, dear TAKUBOKU ♪ ]


啄木生誕130年 時代を超えて心に響く -岩手日報 論説-

  • 130年前のきょう、この人物がこの世に生を受けたことは、日本の文化にとって大きかった。

  石川啄木、本名石川一。

  • 特に、歌人としての存在感が際立つ。作品は今もなお人々に愛され、口ずさまれる。時代を鮮やかに投影した歌が、時代を超えて響く。
  • 現代歌壇第一人者の永田和宏さんは著書「近代秀歌」(岩波新書)で、明治・大正期を中心に「誰もが知っているような、あるいは誰もに知っていて欲しいと思う」100首を紹介。そのうち啄木の歌は9首ある。
  • 「近代歌人のなかでもっとも愛誦(あいしょう)歌の多い歌人はと尋ねられれば、誰もが迷うことなく啄木と答えるだろう」と評す。「はたらけど/はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり/ぢつと手を見る」。ワーキングプアの増加が示す格差社会が指摘される中、あらためて注目される歌となっている。
  • 世代を超えて愛され、全国に熱いファンがいる。没後100年の2012年時点で国内に歌碑が170余基も建立されているのはその象徴と言えよう。また、作品に関する研究が多くの人によって重ねられ、「国際学会」を組織しての発表も行われている。
  • 「石をもて追はるるごとく」古里を出た歌人は、古里に愛され続ける。

(2016-02-20 岩手日報>論説)

────────────────────────────────────

[] 「神童」と騒がれ多彩に活躍した啄木 -岩手日報>風土計-

  • きょうは石川啄木生誕130年。幼い頃から「神童」と騒がれた人物は多彩に活躍、劇的な26年の人生を送った。
  • 啄木も楽しんだ文士劇。現在国内唯一の盛岡文士劇が来年東京公演を行うという。演劇文化発信に期待したい。ところで、昨年の出し物「源氏物語」のクライマックスでこんなセリフがあった。「お前のようないやしい下司下郎(げすげろう)に…」。時代劇やドラマで耳にすることもあるこの言葉。最近は週刊誌で「ゲス」の文字を目にする。
  • この一件はどうなのだろう。失態が続く国会の新たな火種。オバマ米大統領に対し人種差別と受け取られかねない発言があった。「言葉足らずだった」との議員の釈明内容は「げすの後知恵」と言われても仕方があるまい。
  • 金銭授受の問題もあった。「人といふ人のこころに/一人づつ囚人がゐて/うめくかなしさ」(啄木)。昔からの宿命なのか−。

(2016-02-20 岩手日報>風土計)

──────────────────────────────

[] 啄木を読み返したい -日本農業新聞>四季-  

  • 〈ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな〉。きょうは石川一(啄木)の生誕130周年。近代化をひた走った明治という時代と共に生きた。享年26。あまりにも短かった命を惜しむ声は今も尽きない。
  • 〈不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心〉。その赤ん坊のような子はやがて、文芸に目覚め、中学を中退して上京する。その後は一家の生計を背負いながら創作を続けるという生活苦。糧を求め、ふるさとから北海道にも渡る。
  • 亡くなって100年以上はたつ。だが時代は、啄木が感じていた世情にどこか似てきてはいないか。〈はたらけど/はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり/ぢつと手を見る〉。啄木を読み返したい。

(2016-02-20 日本農業新聞>四季)

────────────────────────────────────

2016-02-19

[] 『泣き虫なまいき石川啄木』井上ひさしさんの言葉

f:id:takuboku_no_iki:20160219173848j:image:w640

[ひな祭り]


《ゴロウ・デラックス》 TBSテレビ  2月19日午前0時41分〜

『夜中の電話 父・井上ひさし最後の言葉』

 【劇作家・井上ひさしが娘に遺した言葉】


  • 出演者 稲垣吾郎 外山惠理 ゲスト:井上麻矢
  • 課題図書 「夜中の電話 父・井上ひさし最後の言葉」(集英社インターナショナル)
  • 番組内容
    • 2010年にがんのため亡くなった井上ひさしが疎遠だった三女・麻矢に電話をかけた。半年間毎日続いた親子の会話は…。
    • 井上ひさし作の『泣き虫なまいき石川啄木』で主演の石川啄木を演じた稲垣吾郎は「セリフの言い回しが歌を歌っているようで、喋っていて気持ちよくなってくる」と語り、脚本の一節を朗読した。
    • 妻に家出されたショックを告白するセリフ。「妻に捨てられたと知ったときの僕は、情けないやら、心細いやら、途方に暮れるやら、そう甲羅を剥がれた蟹や亀のやうなものでした。胃袋も腸も頭もどうにかなつてしまつて、ものを喰はなくてもちつともひもじくないし、夜は寝られぬ苦しさに好きでもない酒を呷り無理して横になれば、涙で枕の下が海のやうになります」
    • 井上ひさしの言葉 『 むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことを おもしろく、おもしろいことをまじめに,まじめなことをゆかいに、ゆかいなことをいっそう ゆかいに』

(放送は終わりましたが、YouTube などで探すと観ることができます)

────────────────────────────────────

2016-02-17

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報(⑦ 恩師)

f:id:takuboku_no_iki:20160217194528j:image:w640

[ウメ]


「啄木 賢治の肖像」

 ⑦ 恩師

  生涯を見守る教育者

   富田小一郎、新渡戸仙岳

  • 啄木の人生に大きな影響を与えた師の一人が、盛岡中学校1〜3年次の担任だった富田小一郎。啄木は3年次の1900(明治33)年7月、同級生7人と引率の富田ともに陸前高田や大船渡方面へ修学旅行に行く。「丁二会旅行」と銘打ち行われた旅行は盛岡、水沢、一関、陸前高田、釜石などを回った。
  • 旅行中、啄木は富田の一挙手一投足をまねてからかったが、富田は怒らなかったという。
  • 啄木は1909(明治42)年、東京から岩手日報に寄稿した「百回通信」の中で「富田先生が事」として、授業を抜け出したこと、連日叱られたことなどを挙げ、当時を懐かしんでいる。

   よく叱る師ありき

   髯の似たるより山羊と名づけて

   口真似もしき

                  石川啄木「一握の砂」


  • その百回通信の掲載のきっかけをつくったのは、当時岩手日報の客員だった新渡戸仙岳。啄木が盛岡高等小学校(現下橋中)に入学した時の校長を務めていた。
  • 1905年、啄木が東京で第一詩集「あこがれ」を出版した後に、盛岡で文芸雑誌「小天地」をつくった時は、啄木の依頼にこたえ、仙岳は俳句論を寄稿した。
  • また、1909年10月、しゅうとめとの不仲などから啄木の妻節子が娘京子を連れて家出した時に、親友の金田一京助とともに手紙を出して詳しい事情を打ち明けたのが仙岳だった。仙岳は、何度か節子の実家に足を運び説得。同月末に節子と京子は帰ってくる。
  • 啄木が亡くなって3日後、生涯の師である仙岳は、岩手日報に追悼文を書いている。

(筆者 啄木編・阿部友衣子=学芸部)

(2016-02-17 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-02-16

[] 啄木の名歌「…空に吸はれし 十五の心」-盛岡ブランドフォーラム

f:id:takuboku_no_iki:20160216171102j:image:w640

[ジュウガツザクラ]


啄木生誕130年、短歌で街再発見 盛岡・フォーラム

  • 盛岡ブランドフォーラム2016は14日、同市愛宕町の市中央公民館で開かれた。石川啄木生誕130年の節目をとらえ、「短歌を通じて感じる盛岡」をテーマに講演やパネル討論で盛岡の魅力を探った。
  • 「全国高校生短歌大会短歌甲子園」の特別審査員を務める歌人・小島ゆかりさんが基調講演し、啄木の名歌「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」や、この歌を踏まえた高校生らの短歌を取り上げて丁寧に読み解いた。

(2016-02-16 岩手日報)

────────────────────────────────────

[][] 啄木紹介:函館にゆかりの深い詩人 函館市中央図書館 2/12-25

ミニミニ展示コーナーのご紹介

  • テーマ 「石川啄木 生誕130周年」
  • 期間 2016年2月12日(金)〜2月25日(木)

今年は石川啄木生誕130周年です。石川啄木の誕生日である2月20日にあわせ、関連書籍を集めました。

啄木は函館にゆかりの深い詩人です。啄木について知る機会になればと思います。ぜひ本を手に取ってみてください。

────────────────────────────────────

2016-02-15

[][] 特集「よみがえる啄木」現代短歌3月号

f:id:takuboku_no_iki:20160215153610j:image:w640

[特集ページ]


現代短歌 2016年3月号

  • 出版社名 現代短歌社 定価 ¥669(税込)
  • 発売日 2016年 2月 13日

特集情報

 石川啄木生誕一三〇年 よみがえる啄木


◯石川啄木の秀歌一三〇首選  岡井隆

◯インタビュー

  短歌とは「ぢつと手を見る」こと  小池光

◯アルバム

  啄木とその時代  藤岡武雄・編


◯随想 よみがえる啄木

  短歌愛情論  春日真木子

  「多芸多能の士は詠むべからず」  吉村睦人

  啄木が問題になる時代  篠弘

  情動という永遠  古谷智子

  啄木に出合ったころ  小松昶


◯啄木の方法 岡井隆

◯『一握の砂』を読む  松村正直

◯『悲しき玩具』を読む  佐藤通雅

◯『時代閉塞の現状』を読む  森山晴美

◯『時代閉塞の現状』と現代  三枝昴之


◯石川啄木 この一首

  青木春枝/飯島由利子/石川幸雄/大口玲子/小野田素子/恩田英明/今野金哉

  佐藤千代子/佐波洋子/高島静子/伝田幸子/永島道夫/戸田佳子/平山公一


────────────────────────────────────

2016-02-13

[] 「啄木新婚の家」みちのく建物探訪

f:id:takuboku_no_iki:20160213171859j:image:w640

[クチナシ]


みちのく建物探訪:盛岡市・啄木新婚の家 幸せの「我が四畳半」 /宮城

  • オフィスビルが並ぶ盛岡市の「中央通り」から脇道にそれると、閑静な住宅街になる。その中に、木製の柵に囲まれた赤いトタン屋根の木造平屋建てが、目を引く。詩人・石川啄木が妻節子とわずか3週間ながら新婚生活を送った「啄木新婚の家」だ。 市の有形文化財にも指定されている。
  • 建物の広さは160平方メートル。部屋は計10部屋で、うち5部屋が現在公開されている。夫婦は啄木の両親、妹、親族でもない2世帯と一緒に生活していた。部屋を仕切るのは ふすまと障子だけだ。
  • 夫婦の部屋は4畳半で天井まで2メートルと低く、寝床の確保で精いっぱいだ。 いろりは当時のまま。啄木は、いろりにつるした鉄瓶から出る白い湯気や外の景色に癒やされながら、節子と会話を楽しんだという。

(2016-02-13 毎日新聞)

────────────────────────────────────

2016-02-12

[]  文化継承と情報発信 啄木記念館と歴史民俗資料館

f:id:takuboku_no_iki:20160212124615j:image:w640

[ウメ]


啄木記念館 歴史民俗資料館 一体で建設方針

  • 第4回玉山歴史民俗資料館建設方針検討会は10日、盛岡市玉山区の玉山総合事務所で開かれ、盛岡市教育委員会が玉山歴史民俗資料館・石川啄木記念館の建設方針案を示した。両館は、同市玉山区渋民の石川啄木記念館前駐車場に一体的な整備を予定。2017年度に基本計画を策定し、2019年度に着工、隣接地に整備を予定する道の駅と同じく2021年度の供用開始を目指す。
  • 新施設は、玉山区の歴史や文化を後世に引き継ぐ拠点および玉山区内の観光などの情報発信拠点として、玉山地域の特性を踏まえた新たな歴史民俗資料館と石川啄木について資料収集や調査研究を行い、さらに啄木の文学や新しい魅力などを広く発信する目的で石川啄木記念館の機能を有した施設を整備する。新市建設計画での事業費は約8億円を見込む。
  • 市では、道の駅や玉山歴史民俗資料館・石川啄木記念館が隣接エリアに整備されることから、施設群が相乗効果を発揮できるよう、郷土の歌人である石川啄木を核として多面的に連携した仮称啄木の里づくりとしてエリア全体の整備方針や連携方針の検討も進める。
  • 石川啄木記念館は、1970年に開館し、1986年に新館を建設。現在使用されている新館の延べ床面積は564平方メートルで、図書の閲覧や収蔵に使う十分なスペースを有しているとは言えず、啄木に関する研究書や雑誌等の関連図書の収集についても研究や情報発信を行う上で十分とは言えない現状。

(2016-02-11 盛岡タイムス)

────────────────────────────────────

[] 山口県立山口図書館 啄木生誕130周年

ニュースを読む「石川啄木生誕130周年」

「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る」に代表される素朴で生活感のあふれた歌で知られる石川啄木は、今年で生誕130周年を迎えます。

26歳の若さで死去した啄木の代表作には、詩集「あこがれ」、歌集「一握の砂」、彼の死後刊行された歌集「悲しき玩具」があります。

今も通じる彼の日常の感情がこめられた作品や、関連する資料をご紹介します。


  • 石川啄木と朝日新聞 太田愛人‖著
  • 啄木とロシア 吉田孤羊‖著
  • 石川啄木 国際性への視座 池田功‖著
  • 啄木 ふるさとの空遠みかも 三枝昴之‖著
  • 子ども版声に出して読みたい日本語 8 われ泣きぬれて蟹とたわむる 石川啄木 齋藤孝‖編

 …ほか

(山口県立山口図書館)

────────────────────────────────────

2016-02-10

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報(⑥ 友(下))

f:id:takuboku_no_iki:20160210190709j:image:w640

[クレマチス]


「啄木 賢治の肖像」

 ⑥ 友(下)

  経済援助、上京後押し

   宮崎郁雨

  • 金田一京助と並び、啄木の第一歌集「一握の砂」に献辞が記されていた人物が、郁雨。啄木の家族の生活をも支えた最大の支援者だった。
  • 啄木が渋民尋常高等小学校の代用教員を辞めて文学結社、苜蓿社(ぼくしゅくしゃ)を頼って函館へと渡った1907(明治40)年、二人は出会った。苜蓿社同人の郁雨とは特に親しさを増し、金銭的な援助も受け始める。啄木は「死ぬ時は函館で死にたい」と手紙に書くほど気に入っていたものの、大火によりこの港町を離れることになった。その後、郁雨へ多くの手紙を送っている。
  • 漂泊の旅を続けた啄木は1908年、郁雨の勧めで上京する。妻子と母は函館に残し、郁雨に託した。郁雨は翌年、啄木の妻節子の妹ふき子と結婚。二人の仲は、親友から義兄弟へとさらに深まった。
  • その後二人は、郁雨が節子に宛てた手紙が原因で関係を絶つこととなるが、郁雨は函館に啄木の墓を建てるなど、その死後も一家に尽くした。
  • 函館市の近代文学研究家桜井健治さんは「郁雨の援助によって、文学のひのき舞台である東京へ行くことがなかったら、啄木は地方の一詩人で終わり、後世に残らなかったかもしれない」と存在の大きさを強調する。
  • 深い友情がにじむ歌

  演習のひまにわざわざ

  汽車に乗りて

  訪ひ来し友とのめる酒かな

                 石川啄木「一握の砂」

 旭川の連隊にいた郁雨が、小樽にいた啄木を訪ねてきたときの喜びを表現している。

(筆者 啄木編・阿部友衣子=学芸部)

(2016-02-10 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-02-09

[][] 講演会「賢治の啄木意識」石川啄木記念館 2/28

f:id:takuboku_no_iki:20160209155732j:image:w640

[グリーンネックレス]


啄木生誕130周年記念 館長講演会

  • 日時 平成28年2月28日(日) 14:00〜16:00
  • 場所 渋民公民館 大会議室
  • 講師 石川啄木記念館 館長 森義真
  • 演題 「賢治の啄木意識」
  • 料金 無料
  • お申込み・受付方法 当日、直接会場にて。

石川啄木の生誕の日(2月20日)を記念し、毎年恒例となりました館長講演会です。

今年の演題は「賢治の啄木意識」です。生誕120年を迎えた宮沢賢治が10歳年上の啄木をどのように意識していたのか、ご紹介します。


〇石川啄木記念館

  〒028-4132 岩手県盛岡市玉山区渋民字渋民9

  TEL:019-683-2315 FAX:019-683-3119

──────────────────────────────────── 

2016-02-08

[][] 「啄木を歌う ふるさとの歌コンサート」東京 昭和の森 2/22

f:id:takuboku_no_iki:20160208192610j:image:w640

[カヤ]


◎うたごえ喫茶

第11回 石川啄木生誕130周年記念

「啄木を歌う ふるさとの歌コンサート」と うたごえ喫茶

  • 開催日 2016年2月22日(月)
  • 会場 東京都昭島市昭和の森 2F シルバンホール ※完全予約制・全席指定
  • 料金 お1人様 5,500円 (コンサート&うたごえ喫茶、ホテル特製弁当、ケーキセット、貸出歌集付き、税サ込)

     ※コンサート&うたごえ喫茶のみ …お1人様 3,500円(ケーキセット、貸出歌集付き、税サ込)

  • 出演 新宿ともしび

    ソプラノ小川邦美子 バリトン金指修平

    ピアノ山田剛史 ヴァイオリン三ツ木摩理

  • 主な曲目例 ふるさとの山に向かいて、東海の、初恋、ふるさとは今もかわらず、星めぐりのうた…他

  • ご予約・お問い合わせ フォレスト・イン 昭和館(東京都昭島市昭和の森)
  • 予約 TEL.042-542-5555

────────────────────────────────────

2016-02-06

[] 「啄木の里づくり」(仮称)の基本構想案 盛岡市玉山区

f:id:takuboku_no_iki:20160206162411j:image:w640

[カンザキハナナ]


盛岡市玉山区 啄木記念館と接続して整備

  • 盛岡市は2日、同市玉山区渋民に建設を予定する道の駅の整備方針や周辺施設との連携策をまとめる「啄木の里づくり」(仮称)の基本構想案を示した。道の駅は旧玉山村との合併に伴う新市建設計画の主要事業の一つで、住民の意見を踏まえて2016年度に基本計画を作成、2021年度の利用開始を目指す。
  • 新設する道の駅は、石川啄木記念館との連携、岩手山や姫神山の眺望、道路利用者の立ち寄りなどの観点から同記念館付近の宝徳寺東側を選定。
  • 道の駅の基本コンセプトは「石川啄木が愛した盛岡・玉山を感じさせる道の駅」とし、ターゲットは子ども連れ、家族連れ、観光客、地域住民、通過交通者とした。機能としては休憩、情報発信、地域連携、防災―の四つを想定する。

(2016-02-03 盛岡タイムス、岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-02-03

[] 「啄木 賢治の肖像」岩手日報 (⑤ 友(上))

f:id:takuboku_no_iki:20160203170523j:image:w640

[アオキ]


「啄木 賢治の肖像」

 ⑤ 友(上)

  歌集に支援への感謝  金田一京助

  • 啄木は26年の生涯で数多くの友人をつくり交流した。借金や不義理を理由に絶交した人もいたが、死ぬまで啄木を物心両面で支えていたのが同郷の親友、金田一京助だ。
  • 出会いは、啄木が1895(明治28)年4月、盛岡高等小学校(現下橋中)に入学した時。
  • 1908(明治41)年に上京し、京助が暮らしていた本郷区菊坂町(現文京区本郷)の赤心館に下宿する。啄木は収入もなく借金は増え、金が工面できず自殺しようと決心したが、京助が肩代わりしてくれたことで命を助けられたこともあった。
  • 1909年に啄木の母と妻子が上京し、啄木は本郷区弓町(現文京区本郷)の喜之床へと引っ越す。しゅうとめとの不仲などから妻節子が娘京子を連れて家出した時には、「かかあに逃げられあんした」と京助に助けを求め、戻るよう手紙を書くことを頼んでいる。
  • 第一歌集「一握の砂」には京助への献辞を記し、最大限の感謝の気持ちを表した。
  • 京助の孫で日本語学者の金田一秀穂さん(杏林大教授)は「啄木が京助に迷惑をかけたというのが通説だが、誰かに頼りにされることを喜ぶような人だった京助は、啄木が弟のように慕ってきたことがうれしかったのだろう」とみる。「『情けは人のためならず』と言うが、啄木に情けをかけることで京助が力をもらっていたのだろう」と思いをはせる。

(筆者 啄木編・阿部友衣子=学芸部)

(2016-02-03 岩手日報)

────────────────────────────────────

2016-02-02

[] 文京区の石川啄木歌碑「建碑報告書」発行

f:id:takuboku_no_iki:20160202152046j:image:w640

[石川啄木終焉の地 建碑報告書(表紙)]


石川啄木終焉の地 歌碑・顕彰室 

 「建碑報告書」発行  啄木終焉の地歌碑建設実行委員会


<発刊にあたって>

  • この報告書は、私たち啄木終焉の地歌碑建設実行委員会の呼びかけにご協力下さいました皆様に、完成のご報告とお礼の気持ちを込めて作成いたしました。
  • 毎年4月13日の啄木忌には、地元町会により啄木終焉の地に献花台が設置され、その前後には近隣の小石川図書館において啄木の講演会が実施される予定です。
  • これからも、多くの皆様のご来場をお待ちしております。

<歌碑に刻まれた歌>

   呼吸すれば、

   胸の中にて鳴る音あり。

    凩よりもさびしきその音!


   眼閉づれど

    心にうかぶ何もなし。

     さびしくもまた眼をあけるかな



<文京区の観光案内>より

  • 平成27年3月22日、石川啄木終焉の地の隣接地に「石川啄木終焉の地歌碑」及び「石川啄木顕彰室」を設置。
  • 顕彰室では啄木の足跡、とりわけ文京区との関わりを中心に写真やパネル、年表等でご紹介。歌碑に使用した直筆原稿やこの地から送った手紙を展示。

f:id:takuboku_no_iki:20160202152129j:image:w640

[記念クリアファイル]


◎石川啄木終焉の地 歌碑・顕彰室

  • 顕彰室開室時間 午前9時 〜午後5時
  • 所在地 文京区小石川5-11-8
  • アクセス 東京メトロ丸ノ内線「茗荷谷」駅より徒歩7分

石川啄木のページ 文京区の観光案内

────────────────────────────────────

 | 
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

カテゴリー


「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。


ページビュー
1387658