〖 啄木の息 〗

石川啄木の魅力を追い 息づかいに触れてみたい

石川啄木終焉の地 歌碑・顕彰室 1年


[ハクモクレン]


首都と県都に生きる歌人 東京・文京区 岩手・盛岡市
 啄木の顕彰に協力 終焉の地歌碑や展示室

  • 盛岡市と東京都文京区は、石川啄木の縁で地域文化交流に関する協定を結び、それぞれが歌人を顕彰している。昨年3月22日には同区小石川5丁目に石川啄木終焉(えん)の地歌碑が建立、顕彰室が開設された。1年後の今年は生誕130年を迎え、訪れる人が増えている。顕彰室には盛岡市や啄木記念館が協力し、直筆原稿(複製)などを展示。生没の地が手を結び、啄木の歌を今に伝える。
  • 現地にはもとは東京都旧跡石川啄木終焉の地の石柱が建っていたが、再開発に伴い撤去され、啄木ファンや住民を寂しがらせていた。昨年3月22日、歌碑を建立してよすがとし、「悲しき玩具」冒頭の二首を記した。
  • 文京区アカデミー推進課観光担当の諸久子主査は「文京区は東大はじめ大学が19ある文化と教育の区であり、名前に文が付く文学の都。森鴎外夏目漱石はもとより、啄木、樋口一葉坪内逍遙が住み、宮沢賢治の旧居跡もある」と話す。文壇の奥座敷として都心部にあり、多くの名作の舞台となってきた。
  • 盛岡市とは区市の共催で啄木学級文の京講座を開くなど、文化や観光で協力してきた。盛岡市教委歴史文化課の岡聰学芸主査は「東京との間に築いた協力の間柄を続けながら、お互いに啄木を顕彰していきたい」と話し、新渡戸稲造宮沢賢治も含めた縁を大切にしている。

(2016-03-22 盛岡タイムス)

────────────────────────────────────