啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2016-10-29

[][] 啄木は《短歌を飾らない平明な言葉で三行書きに》~11/23

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[「啄木資料展」ポスター]


◎岩手県立図書館

企画展「第32回 啄木資料展」

  「啄木と近代歌人たち」

  • 過去2年間(平成26年8月〜平成28年7月)で、当館が収集した石川啄木関連資料を展示します。併せて、歌人啄木が近代短歌の発展に果たした役割と、故郷岩手の文壇に与えた影響を紹介するテーマ展示「啄木と近代歌人たち」を行います。
  • 時代を越えて今日もなお、読み継がれ愛され続けている啄木作品の魅力や世界観、そして彼の生き方を、新旧の資料の中から感じ取っていただければ幸いです。

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[展示室]


◯展示資料

  • 啄木の生涯

 幼少時代〜『あこがれ』刊行、結婚〜北海道流浪、上京〜朝日新聞入社、『一握の砂』刊行〜終焉

  • 啄木の書簡

テーマ展示「啄木と近代歌人たち」

 第一章 近代短歌と啄木

  短歌誕生〜江戸時代まで

  明治期 -短歌の近代化-

  短歌の近代化と啄木

  • 啄木は小説家としては収入を得られず、追い詰められた中で短歌を作るようになる。「一種の快感を、私は勝手気儘に短歌という一つの詩形を虐使する事に発見した」と後に述べる。こうして生まれた、飾らない平明な言葉で思いつくままを三行書きにした短歌が、代表作の歌集『一握の砂』となる。
  • 啄木は短歌を、従来の伝統的な自然・季節の描写から切り離し、実際の生活に即した抒情詩として生まれ変わらせた。この独自の歌風は、大正以後の歌壇に多くの影響を与えるとともに、一般にも広く愛され、現代の読者にも共感を得て今日もなお生き続けている。

 第二章 岩手の詩歌と啄木

  明治期の文学運動

  中央文壇との交流

  啄木が与えた影響


  • 現代に生きる啄木のうた

           (「展示資料目録」より)

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第32回 啄木資料展

  • 平成28年10月1日(土)〜11月23日(水・祝日)
  • 開館時間 9時00分〜20時00分
  • 会場 アイーナ4階(岩手県盛岡市盛岡駅西通1-7-1)

      岩手県立図書館 企画展示コーナー



2016-10-27

[] 「ひまわりの背くらべなんてうそでしょう…」啄木学会記念 最優秀賞

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[ケイトウ]


国際啄木学会盛岡大会記念

 学生短歌大会受賞作品

  • 国際啄木学会盛岡大会を記念して開かれた学生短歌大会は、盛岡・永井小6年の向井柚稀(ゆずき)さんの「ひまわりの背くらべなんてうそでしょう空に向かってただ生きている」が最優秀賞に選ばれた。11月5日に盛岡市渋民の姫神ホールで開かれる国際啄木学会盛岡大会の開会行事で表彰される。
  • 今野寿美さん(選者代表、りとむ編集人)、三枝昻之さん(日本歌人クラブ会長、りとむ主宰)、松平盟子さん(プチ☆モンド主宰)、文屋亮さん(玲瓏所属)、望月善次さん(筆名・三木与志夫)が審査した。

◯優秀賞

 「母にさえ聞かれてならない/君の名を/ベテルギウスにそっとつぶやく」盛岡二高 熊谷友里

 「三度つくボールの音が合図です/あなたのサーブ/今放たれる」盛岡二高 賀東萌々香

(2016-10-27 岩手日報


[] 石川啄木の才能を見抜いたエピソード -与謝野鉄幹

紙風船 岩手日報コラム

  • 盛岡市の盛岡てがみ館は、本県ゆかりの文豪の直筆原稿を集めた原稿展を11年ぶりに開いている。2017年2月13日まで。
  • 与謝野鉄幹の回想は、原稿用紙23枚分、長さ約7mに及び、石川啄木の才能を見抜いたエピソードなどをつづっている。

(2016-10-27 岩手日報


第51回企画展「文豪たちの原稿展」

開催期間:2016年10月25日(火)〜2017年2月13日(月)

場所:盛岡てがみ館 (岩手県盛岡市中ノ橋通1-1-10 プラザおでって6階)


[] 「天才は遠くから眺めるべき」啄木を語る ドナルド・キーンさん、新潟で講演

  • 日本文学研究者、ドナルド・キーンさんの業績などを紹介する「ドナルド・キーン・センター柏崎」が開館3周年を迎えたのを機に、センターのある新潟県柏崎市で9月、キーンさんを迎えた記念講演会が開かれた。
  • 2月に刊行された評伝『石川啄木』の英語版が出来上がったばかりというキーンさんは、明治大大学院教授で国際啄木学会の会長の池田功さんの質問に答える形で啄木の魅力を語った。
  • 啄木を表現する一番簡単な言葉は「天才」だとキーンさん。「啄木にお金を貸してくれと頼まれたら、どうしますか」という池田さんの問いに「もし貸したら、そのお金を二度と見ることはないでしょう。天才というのは遠くから眺めるべきものなのです」と答え、会場の笑いを誘った。(柏崎歓)

(2016-10-26 朝日新聞)


[] 石川啄木のPR活動 「人間啄木」と呼ぶ

いわて人模様

石川啄木を深く知ってもらう活動をする 佐々木由勝さん /岩手

  • 盛岡市の渋民地区で自治会連絡協議会の会長を務めながら、地元出身の詩人、石川啄木のPR活動をしている。活動を「人間啄木」と呼んでおり、啄木の人柄や生い立ちを講演会で話す。
  • 昨年7月には、啄木が食べたであろう当時の食事を資料を基に再現し、「啄木定食」として販売を始めた。「『啄木』という人物を知ってもらって、地域を元気にしたい」。

(2016-10-27 毎日新聞)


 

[] 「啄木さん、こんにちは」 復興釜石新聞

歌碑建立1周年を記念〜釜石とのつながり示す、歌人の足跡「かるた」でたどる

  • 岩手を代表する歌人石川啄木の歌碑が昨年10月、釜石市大町の青葉通りに建立されてから1周年を迎えるのを記念し、16日、「啄木さん、こんにちは!」と題した集いが青葉ビルで開かれた。参加者は、啄木の短歌25首を集めたかるたに挑戦した。
  • 青葉通りの歌碑は、啄木と釜石とのつながりを多くの人に知ってもらおうと建てられた。啄木は1900(明治33)年、中学の同級生と盛岡から一関まで南下し、三陸沿岸に出て、陸前高田から釜石まで北上する旅を行った。歌碑には、啄木が10(明治43)年に詠んだ短歌「ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬ こころ傷みてたへがたき日に」が刻まれている。
  • 国際啄木学会盛岡支部会員の照井モトさんは「インドや台湾など海外でも啄木の研究が盛んで、学生の卒論テーマになるほど。世界から愛される啄木の歌碑がゆかりの地釜石に建ったのは、市民にとってもうれしいこと。もっと啄木を知る機会を設けなければ」と関心の広がりを期待。照井さんによると、釜石の啄木歌碑は全国で181番目。岩手県内には、これまでに125基の歌碑が建立されているという。
  • 釜石の歌碑は、旅行会社が企画する「啄木歌碑巡りツアー」に組み込まれたり、ホテルの観光案内パンフレットで紹介されるなど、観光資源としても注目され始めている。

(復興釜石新聞 2016年10月22日発行 第531号より)


2016-10-26

[][] 教科書には載せられない石川啄木も登場!

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[啄木は金に女にだらしないお坊ちゃま]


『教科書では教えてくれない日本文学のススメ』

<楽しく学べる学研コミックエッセイ)>

夏目漱石樋口一葉石川啄木森鴎外宮沢賢治芥川龍之介太宰治三島由紀夫川端康成中原中也、この10名の作家の教科書には載せられないエピソードが満載!



[][] 『東京文学散歩』に「啄木」も紹介

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[啄木ゆかりの本郷・小石川]


『東京文学散歩』

  • 東京都高等学校国語教育研究会編 教育出版センター
  • 平成4年 800円

江戸・東京の文学ゆかりの地90余りを文学作品と文学者をめぐる世相人情とともに紹介する。地図・交通機関・所要時間・利用案内なども付した。


◯銀座築地コース

有楽町駅→泰明小学校(島崎藤村・北村透谷の碑)→石川啄木歌碑→歌舞伎座芥川龍之介生誕の地碑→・・・

◯本郷コース

地下鉄千代田線千駄木駅→・・→観潮楼(森鴎外旧居)跡→太栄館(蓋平館別荘跡・石川啄木旧居)跡→ 樋口一葉終焉の地→菊富士ホテル・赤心館(石川啄木旧居)跡→喜之床(石川啄木旧居)跡→・・・

◯小石川コース

地下鉄丸ノ内線後楽園駅幸田露伴宅跡→・・石川啄木終焉の地→・・・



2016-10-25

[][] 石川啄木生誕130年記念 時を超え議論 11/5~6 

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[マイクロポンポンダリア]


国際啄木学会、11月盛岡で 

  • 国際啄木学会(池田功会長)の盛岡大会は11月5、6の両日、盛岡市渋民の姫神ホールなどで開かれる。石川啄木の生誕130年を記念し、ふるさと渋民の地で「明日の考察〜130年の時を超えて」をテーマに議論を交わす。
  • 5日の会場は姫神ホールで、午後1時から開会行事を行う。日本歌人クラブ会長、山梨県立文学館館長の三枝昻之(たかゆき)さんが「村岡花子と啄木」と題して講演する。
  • 続いて「明日の考察〜130年の時を超えて」と題し、パネルディスカッションを開く。パネリストは盛岡大助教の塩谷昌弘さん、立命館大非常勤講師の深町博史さん、明治大大学院の劉怡臻(リュウイチェン)さん、コーディネーターは岩手大名誉教授の望月善次さん。
  • 6日は午前9時15分から渋民公民館で、2会場に分かれて計8人が研究発表を行う。11時10分からは「私の啄木研究・翻訳」と題して台湾・景文科技大の高淑玲(コウシュクレイ)さん、インド・デリー大のウニタ・サチダナンドさんがミニ講演する。
  • 入場無料(会員以外は資料代500円)。
  • 問い合わせ 同会盛岡支部事務局長の佐藤静子さん(019・647・4432)へ。

(2016-10-25 岩手日報


[][] 国際啄木学会 盛岡で 11/5~6

石川啄木生誕130周年 来月5、6日

  • 今年で生誕130周年を迎えた歌人・石川啄木(1886~1912年)のファンや国内外の研究者が集う「国際啄木学会」の盛岡大会が11月5日と6日、盛岡市で開催される。
  • 姫神ホール(盛岡市渋民)で行われる5日は、日本歌人クラブ会長で山梨県立文学館の館長も務める三枝昂之氏が、NHK連続テレビ小説花子とアン」のモデルとなった翻訳者・村岡花子が啄木から受けた影響などについて、「村岡花子と啄木」と題して講演。
  • 5日は午後1時から、6日は午前9時15分から。

(2016-10-25 読売新聞)


[] <ある朝のかなしき夢のさめぎはに鼻に入り来し味噌を煮る香よ>。石川啄木

◯有明抄>佐賀新聞

 あさご藩

  • <ある朝のかなしき夢のさめぎはに鼻に入り来し味噌(みそ)を煮る香よ>。石川啄木(たくぼく)の歌である。悲しい夢をみた朝、ふさぐ心をいくぶん晴れやかにしたのは味噌汁の香りであったのだろうか。
  • 発酵学者で食に詳しい小泉武夫さんは、「味噌汁の匂いほど家庭に平和を感じさせ、家中を落ちつかせ、そして安心させるものはまれである」と著書で説いている。朝に具だくさんの一杯の味噌汁を飲むことで、一日の活力を得るという人は多かろう。朝食が原動力になる。
  • いま、佐賀の食材を朝ごはんに使って産品を売り込む事業「あさご藩」を、県が展開中だ。時代劇風のPR動画に注目が集まっている。この取り組みは、佐賀の産物を広め、体のリズムをつくる朝ごはんにも目を向けるきっかけになるだろう。折しも、新米の季節である。(章)

(2016-10-25 佐賀新聞)


[] 石川啄木は「ゲスの極み」! 実は強烈だった文豪たちの素顔

◯ cakes

 プロフェッショナルの本棚

話題の文豪ギャグ漫画『文豪失格』著者・千船翔子さんの読書遍歴をたどるインタビュー。

―― 新たにおもしろさに気づいた文豪は?

《千船》 宮沢賢治ですね。以前は、「清廉潔白」「まじめ」みたいな強いイメージを持っていて……。けれど『文豪失格』を描くにあたって、賢治のことを調べて、作品を読み始めたら、恥ずかしい側面が見えてきたんです。春画を集めてるのに、女性が苦手なところとか(笑)。

―― 今後『文豪失格』の中で出してみたい文豪は?

《千船》 原作との相談にはなるんですけど、私が今すごく興味を持ってるのは、……啄木ですね。石川啄木。私、この人大好き(笑)。おもしろいんですよ。いまのイチ押しですね。Twitterに小ネタとかも載せてるんですけど、読者さんの反応もいいので、可能であれば出したい。あの人も、相当話を盛られてるじゃないですか。でも、金田一京助に借りた金で遊郭に行きまくったり、そこでのプレイの様子をローマ字で書いた日記が残ってたりと……世間のイメージとぜんぜん違うのに!って思っていて。

「ゲスの極み啄木」(笑)。「確かにすごい人だけれど、こんな恥ずかしいところもあったんだよ、だから私たちにとって親しみやすいよね」っていう部分に、私は文学性を感じるので、そういう部分を作品に昇華させていきたいですね。

(2016-10-24 cakes)


[] 啄木が初めて渡道したのは満十八歳

みちのく随想 私の「青森時間」

 次のためのひととき

  • 今、私は函館行きの新幹線に乗っている。新幹線が函館まで開通し、新青森駅で「スーパー白鳥」に乗り換える必要もなくなった。このような時代を、石川啄木は果たして想像できたであろうか−。
  • 啄木が初めて北海道へ渡ったのは、満十八歳。青森県の尻内駅で途中下車し、野辺地の浜辺に咲き残っていた赤いハマナスを摘んだ。
  • これまで私は渡道した啄木を考える時、青森という地を単なる通過点と考えていた。だが、いろいろなことに思いを巡らせながら青森で過ごしていたことを思うと、とても重要な時間であり、青森こそ重要な地であることにハタと気が着いたのである−。
  • この青森という地には、啄木だけでなく渡道していった人々のさまざまな思いが残されている。青森で過ごす時間は、心の整理をしたり、きっぱりと故郷に別れを告げたり、新しい自分になったり、将来への心の準備と希望を抱く時間となっていたであろう。

(第7回岩手日報文学賞随筆賞受賞者・八幡平市 山本玲子)

(2016-10-23 岩手日報


2016-10-24

[][] 啄木の書簡は質の高い文学の輝きをもっている -函館 10/8~4/5

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[キバナコスモス]


平成28年石川啄木直筆資料展

 「明治四十一年四月の書簡」


  • 会場 函館市文学館 2階展示室
  • 会期 平成28年10月8日(土)〜平成29年4月5日(水)

函館市文学館では今年度、明治41年4月の小樽、そして、東京などから宮崎大四郎(郁雨)と岩崎正等に宛てた手紙4通とはがき4通を展示します。

「書簡文学」として文学的にきわめて高く評価され、短歌や詩、小説、評論、日記などと切り離して読んでも、質の 高い文学の輝きをもって読者に迫ってきます。


展示資料

  直筆の書簡

1.明治41年4月14日 宮崎大四郎 宛書簡

2.明治41年4月14日 宮崎大四郎 宛書簡

3.明治41年4月17日 宮崎大四郎 宛 書簡

4.明治41年4月17日 岩崎 正・吉野章三 宛書簡

5.明治41年4月26日 宮崎大四郎 宛はがき

6.明治41年4月26日 岩崎 正 宛はがき

7.明治41年4月27日 宮崎大四郎 宛はがき

8.明治41年4月30日 宮崎大四郎 宛はがき


記事


2016-10-23

[] 「短歌」で選ばれた正岡子規、与謝野鉄幹、与謝野晶子斎藤茂吉若山牧水石川啄木、三枝昂之…

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[マルバフジバカマ]


◯エキレビ!  今注目のアプリ、書籍をレビュー

「自分がどんな人であるかを知ってもらいたい」は永遠に若者の悩みなのかと詩歌の役目

  ライター 千野帽子

 池澤夏樹=個人編集《日本文学全集》(河出書房新社)第21回配本、第29巻『近現代詩歌』


  • 穂村弘が「短歌」、小澤實が「俳句」の選・註解を担当し、それぞれ50人の歌人・俳人の短歌・俳句を、各5首・5句ずつ、計250首・250句選んだ。
  • 「短歌」は、まず5首をまとめて提示したあとで、選者・穂村弘の鑑賞文がくる。5首の全体から読み取れることを選者がすくいとり、作者が人生で経験したことや、短歌史における作者の評判・位置づけを教えてくれる。
  • これを読んで、短歌というのは作者がどんな人かを知るために読むものだという気がしてきたし、自分がどんな人であるかを知ってほしくて歌人は短歌を書くのだな、という印象を持った。

(2016-10-23 エキサイトレビュー)


[] 石川啄木が好きな教師 -金子兜太の恩師

◯遠みち近みち

97歳 金子兜太の童心  編集委員 内田洋一

  • 山里に曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が咲く秋の一日、蒸気機関車に揺られて埼玉県の秩父を訪ねた。その名もSL句碑巡り号。郷里の俳人、金子兜太さんの誕生日を祝い、車内句会まで催す俳句列車は沿線の人に手を振られ、がたごと走る。
  • 曼珠沙華どれも腹出し秩父の子。昔の兜太句もSLの旅情によって近しく感じられる。
  • 皆野町文化会館で開かれたことしの会では、本紙俳壇選者の黒田杏子さんと対談した。97歳の心境を問われ、小学校の先生への恩をくりかえし称え、答とした。「純粋まっとうで、これにまさる先生は我が人生でほかにいませんな」。石川啄木が好きな若き教師は美幻子という清澄な俳号をもっていたという。
  • 先生の句。嘘泣きや渋る呂律(ろれつ)のはがゆくて。

(2016-10-22 日経新聞夕刊)


2016-10-19

[][] 直筆「啄木君の思出」与謝野鉄幹 盛岡てがみ館 10/25-2/13

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[サンシュユ]


○盛岡てがみ館

第51回企画展「文豪たちの原稿展」

  • 開催期間:2016年10月25日(火)〜2017年2月13日(月)
  • 場所:盛岡てがみ館 展示室

「文豪」たちの名作は,年月を経た今もなお,読者に長く親しまれています。本展では,与謝野鉄幹・晶子夫妻,萩原朔太郎高村光太郎といった日本の文壇で大きな功績を残した作家のほか,岩手を代表する作家である鈴木彦次郎,森荘己池の原稿を展示します。

〈展示内容〉

  ○与謝野寛(鉄幹)原稿「啄木君の思出」

  ○与謝野晶子原稿「啄木の思ひ出」

  ○高村光太郎原稿「國民まさに餓ゑんとす」 ほか


  • 盛岡てがみ館 岩手県盛岡市中ノ橋通1-1-10 プラザおでって6階



[][] 「石川啄木歌碑」を立体化させた拓本展 釧路 ~10/23

啄木の歌碑など拓本展示 安部清堂氏が制作

  • 釧路市出身の書道家近藤二堂氏が揮毫した石川啄木の歌碑や同氏が描いた釧路湿原の花を、特殊な技法で立体化させた拓本が、20日から始まる釧路書道連盟創立60周年記念作品展に出品される。
  • 制作者の書道家安部清堂氏は「ぜひ近藤先生の書や絵に親しんでほしい」と来場を呼び掛けている。釧路新聞記者時代の啄木が通っていた「料亭しゃも寅」の3代目に当たる二堂氏は、釧路湖陵高校や同江南高校などで書道や美術の教師として活躍。
  • 作品制作のきっかけは、安部氏が偶然発見した、啄木の歌が書かれた一枚のプレート。「市錦町の駐車場で、たまたま見つけた。調べていくうちに、二堂氏の作品だとわかり興奮しました」と安部氏は語る。
  • 同展は23日まで、市生涯学習センター1階の市民展示ホールで開かれる。

(2016-10-19 釧路新聞)


[] 石川啄木も好んで食べた「いものこ」 岩手

小中学校で「津志田いものこ」給食 岩手

  • 盛岡市内の小中学校で、市の特産品ブランド「津志田いものこ」を使った給食が出され、子どもたちが楽しく味わった。
  • 「津志田いものこ」は、盛岡市の津志田地区で江戸時代から生産されていて、歌人・石川啄木も好んで食べたという。
  • 子どもたちは「いものこが粘りがあっておいしい」「食べたらトロッとしていて、おいしかった」と話していた。

(2016-10-14 テレビ岩手]


2016-10-18

[][] “26年を疾走した啄木” 月刊「清流」

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[特集ページ]


月刊「清流」 2016年11月号

  *書店では扱わない。清流出版株式会社へ直接注文、1冊700円(送料・税込)。


【第1特集】 心も体も喜ぶ大人旅

大人には、大人ならではの旅が似合います。自分自身の体や心が喜ぶ旅の醍醐味を!


【第2特集】 生誕130年 夭折の天才詩人 
石川啄木

平明な言葉、口ずさみたくなる調べ......。石川啄木の歌は、いまを生きる私たちの心にも響いてやみません。
おのれの才能を信じ抜いて、26年の人生を疾走した啄木。
波乱と変転の生涯を、うたとともにたどってみましょう。

第1章 ふるさとと文学の夢 1886-1907(明治19-40)

日戸・渋民・盛岡

   やはらかに柳あをめる

   北上の岸辺目に見ゆ

   泣けとごとくに

《啄木の妻 節子》森 義真(談)(石川啄木記念館館長、国際啄木学会理事)

 ○花婿不在の結婚式

 ○啄木の日記を焼かなかった節子

第2章 漂泊の日々と終焉 1907-1912(明治40-45)

函館・札幌・小樽・釧路・東京

   函館の青柳町こそかなしけれ

   友の恋歌

   矢ぐるまの花

《啄木を愛した人々》山下多恵子(談)(国際啄木学会理事、日本ペンクラブ会員)

 ○愛し、愛された生涯

 ○友情の “と” と愛情の “と”

◎啄木散歩 釧路(76日の足跡)・東京(本郷・小石川)



2016-10-16

[] 先輩石川啄木の足跡を後輩記者がたどる

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[歌碑建立記念クリアファイル 石川啄木終焉の地]


拝啓 啄木先輩

漂泊歌人・石川啄木が生まれて今年で130年。新聞記者でもあった啄木の足跡を、後輩記者がたどる。


9・東京二 長男失い、妻・母・自らも病に

  • 1909(明治42)年6月、石川啄木の家族が北海道・函館から上京した。本郷の床屋2階で一家4人での生活が始まった。姑との確執が決定的となった妻・節子が長女を連れて盛岡の実家へ去るなど家族での暮らしは息がつまるようなものだった。
  • 仕事は順風だった。作家・二葉亭四迷全集の編纂(へんさん)を任され、「朝日歌壇」の初代選者に抜擢(ばってき)された。だが、1910(明治43)年10月、長男が生後24日で死亡する不幸に見舞われた。12月に初の歌集『一握の砂』が刊行されたものの、翌年2月、慢性腹膜炎で入院。妻と母も相次いで病臥(びょうが)し、一家の生活は悲惨を極めた。
  • 1912(明治45)年4月13日朝、啄木は26年の生涯を閉じた。
  • 東京都文京区小石川の啄木が最後に暮らした借家跡地には、「終焉(しゅうえん)の地」の歌碑が立つ。全国の愛好者からの寄付金などで昨年3月に建てられた。最晩年の歌2首が刻まれている。

呼吸(いき)すれば、
胸の中(うち)にて鳴る音あり。
 凩(こがらし)よりもさびしきその音!

眼閉づれど、
心にうかぶ何もなし。
 さびしくも、また、眼をあけるかな。

    

 拝啓 啄木先輩

  • 文学的成功をつかみかけた矢先に病に倒れるという、映画のような先輩の人生は、その最期もまた劇的でした。
  • 身勝手でわがままで、未練がましくて自己愛が強く、うぬぼれ屋で、現実にいたらとても仲良くできそうな人ではないのに、多くの人が魅了されるのはなぜでしょう。
  • 自己の内面を正直にさらけ出した漂泊の詩人の作品や生き方に、自我を持て余しながら混迷の時代を生きる私たちは、自分と同じにおいをかぎ取っているのかもしれません。(斎藤徹)

(2016-10-14 朝日新聞>岩手)



  朝日新聞>岩手 連載

拝啓 啄木先輩

• 9・東京二 長男失い、妻・母・自らも病に (10/14)

• 8・東京その一 職得るも誘惑にのまれる (10/07)

• 7・釧路 漂泊11カ月北の大地に別れ (09/30)

• 6・小樽 安住つかの間 また漂う (09/28)

• 5・札幌 文学への情熱 内に秘め (09/20)

• 4・函館その一 つかの間の「安住の地」 (08/29)

• 3・渋民その二 決意と悲嘆 故郷に別れ (08/29)

• 2・盛岡 自由奔放経て「生活者」に (08/22)

• 1・渋民その一 望郷の思い 輝き永遠に (08/22)


2016-10-14

[] 啄木資料の保存、継承に尽力した岡田弘子さんに賞

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[ワレモコウ]


市文化賞に岡田弘子さん 啄木資料の保存、継承に尽力【函館】

  • 函館市文化賞審議会は12日、2016年の市文化賞受賞者に函館啄木会代表理事の岡田弘子さんを選定したと発表した。明治を代表する歌人石川啄木(1886-1912)の貴重な資料の収集、保存、継承に尽力した活動を高く評価した。
  • 岡田さんは1925(大正14)年、函館で図書館作りに尽力した岡田健蔵の長女として函館に生まれた。父は啄木の妻節子や宮崎郁雨(大四郎)とのかかわりも深く、一周忌を機に啄木会の設立にかかわり、託された貴重な直筆資料で「啄木文庫」を創設、後年も資料収集に努めた。
  • 岡田さんは父が立ち上げた図書館に43年から勤務し、76年からは館長を務めた。56年に宮崎の呼び掛けで、改めて「函館啄木会」がつくられ、岡田さんは理事として事務を担当し、05年から代表理事を務める。現在も収蔵資料の管理活動を続けているほか、毎年4月13日に「啄木忌」の法要と講演会を主催している。

(2016-10-13 函館新聞)


2016-10-11

[][] 秋田県鹿角と石川啄木をつなぐ縁 <10(おわり)>

啄木文学散歩・もくじ


10 鹿角市役所の啄木詩碑、交響詩『鹿角へ、わが故郷へ』作詞 石川啄木


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グッと近寄って「石川啄木詩碑」(鹿角市役所)


◎現代文訳


   鹿角の国を懐ふ歌

         石川啄木


  青い山々に囲まれている

  遙か鹿角の国を回想していると

  感動の涙が流れてきます。

  錦木塚の大公孫樹は、月夜の晩には、

  夏でも黄金色に変り、昔からの

  若々しい恋の話を伝えてくれます。

  風がふけば、枝から洩れる月の光が、

  白糸のように静かに揺れ、

  細布を織る梭(おさ)の音のようにゆったりと、

  語ってくれるといゝます。

  十和田の嶽の古い沢に、

  昔から鬼が住むという深い峡は、

  たちこめるガスに濡れて、人の立入った跡もなく、

  岩苔の緑を吸いながら流れ落ちる

  渓流の崖に、雄鹿が妻をもとめて恋い啼くのに、

  人が近づいても、恐れる風もないという。

  そんな鹿角の国を思うと、

  感動の涙が流れてきます。

  その昔、幾代も朽ちずに、残る碑や、大理石の回廊、

  玉垣や、壁画、青銅の獅子、それに物語りなど、

  確かな証は残っていないが、

  その愛は受継がれ、

  太陽や月、星が生まれた

  天界から伝えられたかのように

  人の輝きや、芸術の基である「愛」に満ちたところー。

  若者の相愛が花のように映えて、

  錦木の枝も紅く色どりをそえて輝いているところ。

  昔から角笛を鳴らす猟師たちも

  枝により添う美しい雉子が、

  つがいであるとみれば、

  弓を引かなかったといわれる。

  そんな人々が暮す、鹿角を偲んでいると、

  感動の涙が流れてきます。

  神の使いのトンボが教えてくれた聖なる泉、

  そこから流れ出た尽きることのない、

  米白川の水が潤って、草茂る豊かな、

  鹿角の国を思うとき、

  感動の涙が流れてきます。

  その流れに、身も心も清めた、

  色白の鹿角の乙女たちが、

  夕べの礼拝をする。

  肩に白雲を頂いた、神寂びた逆矛杉、

  その根元の深い洞の中に、

  神が住んでいると伝えられている大日堂

  壁の墨絵の大牛が、西陽をあびて、

  浮き出てみえる日暮れ時、

  沈む秋の陽の黄を映した衣装の裾を乱しながら、

  石段を静々と踏みのぼる。

  伏目がちに、供物の神米を捧げ持って、

  麻の服に素朴にわらで束ねた乙女達の、

  黒髪は、まるで神代から続く水の香りがするようだ。

  帰路の足どりは、こばしりに、杉の木陰の路を、

  すたすたと、露に濡れた素足で、

  ひらひら翻る袖を夕陽に染めながら

  さながら神の使いのトンボが、

  命の泉のあり処を教えに来た日のように軽やかに、

  馬を飼う恋人の元へと急いだ。

  そのつつましさ、美しさは、米白川の流れが、

  何時までも絶えることがないと同じように、

  かって錦木を贈った、若者達の心を映し出しているようだ。

  神代から脈々と続いている、

  そんな鹿角の国の情景を回想していると、

  感動の涙で満たされます。


    (訳者 海沼志那子 旧姓 川又)(錦木塚展示室 展示より)








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碑陰

碑陰

  庁舎外構工事竣功記念

  昭和六十年七月十五日

  寄贈 株式会社村木組

      代表取締役 村木富太郎

         製作 石井久志






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鹿角市 マンホールの蓋


鹿角市の鳥「声良鶏(こえよしどり)」と「ナナカマド」「ベニヤマザクラ」のデザイン。

他に天然記念物「比内鶏(ひないどり)」も有名で、とても美味しい。






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熊注意の電光掲示板


熊「出没注意」…秋田県が初めての警報発令

ニュースによると、クマによる被害が相次ぎ(特に鹿角市で)、秋田県は県内全域に警報を発令した。2016年9月1日〜12月31日までの期間だそうだ。






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錦木展示室の啄木


石川啄木作詞の「交響詩」のこと


  吹奏楽と混成合唱のための交響詩

 『鹿角へ、わが故郷へ』

   作曲・指揮 後藤洋

   詩 石川啄木(鹿角の国を憶ふ歌より)

     演奏 花輪高校、十和田高校吹奏楽

     合唱 鹿角地区吹奏楽連盟

     平成2年 鹿角地区吹奏楽連盟創立30周年記念演奏会 収録


関連ページ1

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  • <秋田県鹿角と石川啄木をつなぐ縁 (おわり)>


2016-10-10

[] 自分を見つめ直すきっかけに「啄木と北海道」企画展

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[ホトトギス]


◎岩手県のニュース NHK盛岡放送局

「啄木と北海道」企画展

  • 歌人・石川啄木の北海道時代の様子を知ることができる資料を集めた企画展が盛岡市で開かれています。
  • この企画展は啄木の生誕130年を記念して盛岡市渋民の「石川啄木記念館」で開かれていて、啄木の北海道時代の資料60点余りが展示されています。このうち、北海道釧路の新聞社で『紅筆便り』と題して連載を担当していた記事は芸者の仕事ぶりや人柄を詳しく紹介するもので、啄木の深い取材力をうかがい知ることができます。
  • 学芸員の佐々木裕貴子さんは、「啄木の北海道時代は歌人として活躍したいと悩み続けた日々でした。自分の生き方を見つめ直すきっかけにしてほしいです」と話していました。(企画展は、来年1月9日まで)

(2016-10-06 NHK盛岡放送局)

石川啄木記念館企画展


[] 「函館ぶら探訪」啄木夫人・節子宅跡など 11/6

函館ぶら探訪 第8回 大森町・松風町一帯巡り

市民が何気なく住んでいる町にも、また見慣れた街角にも、数々の歴史・文化が存在します。その足跡をじっくり訪ねる「函館ぶら探訪」。どなたでも気軽にご参加出来ます。

  • 日時:平成28年11月6日(日)10:00〜12:30(予定)
  • 集合:函館市役所正面玄関
  • コース:函館市役所→宮崎郁雨宅跡→啄木夫人・節子宅跡→大森稲荷神社→大森橋→新川病院跡→函館大火慰霊堂(坂本森一の碑、五重の塔)……他
  • 申し込み:不要
  • 参加費:無料
  • 案内人:箱館歴史散歩の会 主宰 中尾仁彦
  • 主催:箱館歴史散歩の会(0138-55-9809)


2016-10-06

[][] 秋田県鹿角と石川啄木をつなぐ縁 <9>

啄木文学散歩・もくじ


9 鹿角市役所前庭にある「石川啄木詩碑」


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鹿角市役所前

矢印の下、緑の中に長方形の啄木詩碑がある。








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啄木詩碑

よく手入れされた庭園。

大きな鯉の泳ぐ池の畔にある







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堂々たる風格

縦0.9m、横2.2m、奥行0.3m。


発表

◎「明星」 1906(明治39)年1月号

 「鹿角の国を憶ふ歌」 <詩> 

◎「紅苜蓿」 1907(明治40)年2月号

 「鹿角の國を憶ふ歌」 <詩>


 (『石川啄木全集 第二巻』(筑摩書房)掲載の「鹿角の國を憶ふ歌」を読むと、「明星」と「紅苜蓿」では多少の違いがある)







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   鹿角の国を懐ふ歌

         石川啄木


  青垣山を繞らせる

  天さかる鹿角の国をしのぶれば、

  涙し流る。──今も猶、錦木塚の

  大公孫樹、月よき夜は夜な夜なに、

  夏も黄金の葉と変り、代々に伝へて、

  あたらしき恋の譚の梭の音の、

  風吹きくれば吹きゆけば、枝ゆ静かに、

  月の光の白糸の細布をこそ

  織ると聞け。

  十和田の嶽の古沢の

  鬼栖める峡のふかみに、古へゆ

  こもれる雲の滴りの、足あとつかぬ

  岩苔の緑を吸ひて流れ来し

  渓川崖路、さを鹿の妻恋ひ啼くに、

  人怖ぢぬ鹿角の国をしのぶれば、

  涙し流る。──その昔、代々に朽せぬ

  碑やはた、白石の廻廊や、

  王垣、壁画、銅の獅子、また物語、

  のこさねど、日月星を生む如く、

  人の国なるきらら星──芸術の燭の

  生の親「愛」こそ、先づは、若児等の

  相思の花に映り出でて、花の印や、

  錦木も色をぞ添へし真盛りに、

  鹿笛吹きならす猟夫らが弓の弦緒の

  鳴りの音も、枝に列べる彩雉子の

  番と見れば、鳴らざりしその昔、

  しのぶれば涙し流る。

  神の使の羽かろき

  蜻蛉子が告げの泉の壽きに

  流れはつきぬ米白の水にうるほふ

  高草の鹿角の国をしのぶれば、

  涙し流る。──その川に斎ひ心の

  肌浄め、朝な夕なにみがかれて、

  みめも清しく色白の鹿角少女が、

  夕づとめ、──肩にま白き雲纏ふ

  逆鉾杉の神寂びし根にむら繁る

  大木の中は神住む古御堂、

  壁の墨絵の大井も浮きてし見ゆる

  目暮れ時、樹がくれ沈む秋の日の

  黄に曳く摺裳みだれ這ふ石階ふみて、

  静静と御供の神米、ささげつつ、

  伏目にのぼる麻衣が、藁束ねせし

  黒髪に神代の水の香こそすれ。

  かへしの足の小ばしりに、杉の陰路を

  すたすたと、露に濡れたる真素足に

  行きこそ通へ、──はららかす袖に葉洩れの

  日を染めて神の使の蜻蛉子が

  いのちの水の源を告げに来し日を

  さながらに、──青駒飼へる背が門へ。

  その敬虔さ、美しさ、米白川と

  もろともに流れたえせぬ風流の

  錦木立てし若児等が色にも出づる

  心映、──神代のままを目のあたり

  見ると思へば涙し流る。


    (浅沼秀政『啄木文学碑紀行』白ゆり発行 1996年)






(つづく)


2016-10-05

[] 啄木「体は北海道、目線は常に東京に」

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[ニワウルシ]


目線は常に東京へ

「啄木の北海道時代」櫻井健治さん講演

  • 石川啄木記念館(森義真館長)主催の講演会は2日、盛岡市渋民の渋民公民館で開かれ、函館市在住の石川啄木研究家、櫻井健治さんが「啄木の北海道時代」と題して講演した。
  • 21歳の啄木は1907(明治40)年5月2日、故郷の渋民から函館へ渡るが、函館大火に遭遇し132日間の函館生活を終える。札幌、小樽、釧路と転々として1年に満たない北海道生活を終え、文学のひのき舞台である東京へと単身上京する。
  • 「自分を『漂泊者』ととらえていた啄木に、函館で定住しようという意識は最初からなかった。体は北海道にあったが、精神、目線は常に東京にあった」と指摘した。
  • 函館の文学仲間は、職をあっせんしたり金を貸したりと、啄木を支えたことも紹介。啄木の短い人生における北海道生活については、「『一握の砂』や『悲しき玩具』につながるさまざまな要素を頭の中に刻み込んだのだろう」と述べた。

(2016-10-05 岩手日報


[] 石川啄木・テレビに登場 10/8、10/21、10/29、10/18

IBC岩手放送テレビ

◯「じゃじゃじゃTV」内「岩手ご当地キャラ図鑑 第6回たま姫ちゃん」

  10月8日(土)9:25〜11:30(この中 10:00ごろの予定)

  旧渋民尋常高等小学校内で、たま姫ちゃんとレポーターとのお話しとクイズ。

記事


◯「ぶっくまーく岩手」 <岩手の博物館・記念館>「石川啄木記念館」

  10月21日(金)10:55〜11:00

  資料として「福田幾一郎宛金子借用證書」と「金田一京助宛絵はがき」について紹介。


◯ 啄木生誕130年記念「啄木と女たち〜26年の人生 彼は自由を求め続けた〜」

  10月29日(土)16:00〜16:56

  ラジオの「石川啄木うたごよみ」のテレビ版仕立て。記念館の展示室や旧渋民尋常高等小学校など。


BS朝日

◯ 再放送<BS朝日 新にほん風景遺産「盛岡・函館 北のハイカラ街めぐり」>

  10月18日(火)21:00〜21:55


[] 啄木が短歌を選択し 民衆の「生きられた現実」を捉え直そうと…

◎本よみうり堂 書評<読売新聞

『初期社会主義の地形学(トポグラフィー) 大杉栄とその時代』梅森直之

  有志舎 5400円

変革促す「文の力」 評・安藤宏(国文学者・東京大教授)

  • 大杉栄幸徳秋水など、このところ明治大正期の社会主義を再評価する気運が高まっている。ベルリンの壁の崩壊以降、社会主義国家への幻想は潰えたが、貧困と格差は今日なお、ますます拡大しつつある。
  • 通読して心ひかれるのは、彼らの実践を一貫して言語の問題として扱おうとする本書の姿勢である。
  • 大杉栄は吃音に悩んでいたが、陸軍幼年学校を退校すると回復し、標準語で社会主義を演説しようとするとまたもとに戻ってしまう。獄中で「革命家」としての発話の位置を定めることによって、彼はようやくこれを克服することができたのだった。
  • 石川啄木が小説を断念し、短歌を選択したのも、統括的な均質性を求められる散文の論理に対し、生活の断片を、民衆の「生きられた現実」として捉え直そうとしたからなのだ。
  • 現実を変革していくのはまず何よりも「文の力」なのだ、という本書の言には、社会科学と人文科学との“共働”の可能性があざやかに示されているように思う。

(2016-10-03 読売新聞)



2016-10-03

[][] 秋田県鹿角と石川啄木をつなぐ縁 <8>


啄木文学散歩・もくじ


8 錦木塚展示室の石川啄木


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秋田県鹿角市錦木地域活動センター(錦木塚歴史公園内)


展示室は鍵の閉まった部屋になっているので、係の人に解錠していただき見学する。

無料。

プロローグ

ここ錦木の里は、古くからみちのくの歌枕として世に知られてきた。菅江真澄など多くの文人たちがその足跡を印した。石川啄木は長詩「鹿角の国を憶ふ歌」「錦木塚」に、多感の涙をそそいだ。

(展示説明)






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錦木塚展示室

錦木や錦木塚にまつわる先人の資料が展示されている。

石川啄木と錦木塚、錦木と金田一京助説などもある。






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ゴッホが隠した遊女・錦木

ゴッホが模写した広重の浮世絵に、「大黒屋錦木江戸町」などの漢字が入っていた。

  • 浮世絵にあこがれたゴッホが「梅の木」に書き込んだ漢字は、江戸の遊女絵「錦木」の画面から模写した可能性が強いことを、テレビ朝日の取材班がつきとめた。
  • 「梅の木」の絵の部分は、歌川広重の「名所江戸百景」の模写だが、「大黒屋錦木江戸一丁目」の文字は歌川国芳門下が描いた絵にある文字と酷似している。そのことから、ゴッホがこの絵を参考にしたと推論。

(1992-01-14 朝日新聞)







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「鹿角の国を憶ふ歌」について

「鹿角の国を憶ふ歌」は、三九年「明星」第一号に発表された。五音と七音の連続による五四行の長詩で、錦木塚にだんぶり長者の二伝説を重ね、十和田湖と大日堂の描写を織り交ぜて一遍としたものである。さきに未完に終わった「錦木塚」に代えて、さらに詩想を鹿角全域に広げたという趣きである。啄木がこのように一つの土地に執着して、二つもの長編詩を詠んだということは他に例をみていない。

(「鹿角市史」第三巻上)








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「明星」に掲載「鹿角の国を憶ふ歌」石川啄木

「明星」明治39年1月号 午歳第一号 一月一日






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金田一京助説の文と絵






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「錦木」の解釈

金田一京助

では、一尺ばかりの木とはどんな木であったか。アイヌの生活の中に、イナウすなわち削花がある。この削花は神を招き降ろす時、神へ呼びかけて祈る時に、まずこれを作って立てる。

この招くこと、呼びかけることをアイヌ語でニシュクという。

一尺ばかりの棒、つまりニシュクする木はこちらに振り向かせるためのものであるから、ひょっとするとニシキ木はニシク木ではあるまいかと考えられる。

(王朝歌人のエクゾティシズム」から要約)




“鹿角むらさき”

 「新編 石川啄木」に登場

○流離から再会へ

(釧路港を出て津軽海峡を渡り、横浜に着き、4月29日)

  • ひょっこりと本郷菊坂町八十二の赤心館に、去年大学を卒業して、丁度この四月から、海城中学へ務めていた私を訪ずれたのである。

(再会を喜び、国訛りになってしゃべり続けた。啄木が「当分、この隅へでも置いて下さい」というから「何も気遣いなく、何時まででもいらっしゃい」といった)

  • 寝る段になって、二人で押し入れから引っ張り出した私の夜具布団が、南部むらさき、即ち、国でいう鹿角むらさきで、国では、この夜具布団に寝ると、病気にかからないなど云う旧い頃からの伝説があり、母が心尽くしの夜具だったのを、石川君は鹿角郡が曽遊の地であり、このむらさきも好きだったので、好い心持ちになって、一としきり鹿角を偲びなどした。

金田一京助「新編 石川啄木」講談社 2003年)


  • 元来紫という色は光線に対しては著しく敏感で、直射日光に長時間晒すと非常に褪色し易い。
  • 鹿角の古代染法は特に手数をかけるため、同じ紫でも他のものに比べて遥かに色が堅牢とされる。また箱にしまっておくなど光線を遮断する措置を講ずることにより、長く置けば置くほど年々歳々その色が安定していくと云う特性がある。
  • それ故着物の場合でも外に晒すことのない襦袢などに用いられ、また夜具布団に多用されたと云う。

(「鹿角市史」)





  • 鹿角市錦木地域活動センター 錦木塚展示室
    • 秋田県鹿角市十和田錦木字浜田91-1


(つづく)



2016-10-01

[][] 「啄木の歌を聴いたことがありますか?」コンサート 10/8

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[コマツナギ]


啄木生誕130年、相模原で8日に短歌のコンサート

  • 若き日の石川啄木(1886〜1912年)を励ました政治家がいた。「憲政の神様」として知られる元東京市長(現東京都知事)の尾崎行雄(咢堂(がくどう))だ。今年は啄木生誕130年。相模原市出身の尾崎と岩手出身の啄木とのつながりをひもといた同市の郷土史家、山田真也さんが「記念すべき年に啄木の歌を多くの人に知ってもらう機会にしたい」と、企画したコンサート「啄木の歌を聴いたことがありますか?」が8日、同市の相模原女子大学グリーンホール大ホールで開かれる。
  • 啄木は明治37年、処女詩集を出版するために上京。尾崎に詩集出版の協力を申し出るが、正業に就くよう説諭される。翌38年、啄木念願の処女詩集「あこがれ」が出版され、その巻頭言に啄木は「この詩集を尾崎行雄先生と故郷の山河に捧(ささ)げる」と記している。
  • また、日記「啄木日記」には「尾崎先生に寄付をもらった」という記述があり、山田さんは「尾崎が啄木の処女詩集の出版に協力した可能性が高いことが推定される」という。
  • 山田さんは、岩手県雫石町出身で啄木の短歌を歌うソプラノ歌手、田中美沙季さんを知り、尾崎と啄木のつながりを知ってもらいたいとコンサート開催を思い立った。啄木の短歌には、多くの作曲家が曲を付けており、田中さんはレパートリー約50曲の中から著名な20曲を選ぶ。首都圏では初めてのコンサートだという。

「啄木の名歌・名曲コンサート」

  • 会場 相模女子大学グリーンホール大ホール(相模原市南区相模大野4の4の1)
  • 2016年10月8日 14:00 〜
  • 費用:1000円(当日は1200円)
  • 問い合わせ (電)090-4709-5585(山田さん)


(2016-10-01 産経新聞)


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「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

◉ 「本家 啄木の息」のトップページ ……………… アーカイブです。


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