啄木の歌を「おんば訳」で 詩人の被災地支援から
東海(ひんがす)の小島(こずま)の磯(えそ)の砂(すか)っぱで
おらァ 泣(な)ぎざぐって
蟹(がに)ど 戯(ざ)れっこしたぁ
(東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる)
- 岩手の歌人石川啄木の歌を、気仙地方の方言で詠(よ)んだらどうなるか。震災被災地に思いを寄せる詩人と地元の「おんば」(おばあさん)たちが挑み、1冊の本にまとめた。異色のコラボにより、天才歌人の新しい魅力が引き出された。
- 岩手の沿岸部は、編著者の新井高子さんが学生時代にフィールドワークをした縁のある地だった。方言による詩の表現方法を探究してもいた。啄木の歌を、おばあさんが操る「ケセン語」で一緒に訳してみたらどうだろうか。当時仮設住宅で暮らしていたおばあさんらに仮設団地の集会所に集まってもらった。最初は恥ずかしがっていたおんばたちだが、回を重ねるごとにおもしろさを見いだし、「おんば訳」の100首が編まれた。
戯(おだ)ってで おっ母(かあ)おぶったっけァ
あんまり軽(かる)くて泣(な)げできて
三足(みあし)も 歩(ある)げねァがったぁ
(たはむれに母を背負ひて そのあまり軽〈かろ〉きに泣きて 三歩あゆまず)
- おんば訳で歌がユーモラスに響く一方、震災復興のただ中にある被災者としての切実さもより明確に表されるという新しい発見もあった。参加した延べ約80人のおんばたちの中には、肉親を亡くしたり家を流されたりした人も少なくない。
大海(おみ)さ向(む)がって たった一人(しとり)で
七(しぢ)、八日(はぢんち)
泣(な)ぐべど思(おも)って 家(えぇ)ば出(で)てきたぁ
(大海にむかひて一人 七八日〈ななようか〉 泣きなむとすと家を出〈い〉でにき)
- 「おんば訳を通じて改めて浮かび上がった啄木の歌の魅力を多くの人に知ってもらえたらうれしい」と新井さん。本は1944円(税込み)。全国の書店で販売している。(斎藤徹)
『東北おんば訳 石川啄木のうた』 編著 新井高子 未来社 1,944円