啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2018-02-28

[] 名作紀行 寺山修司・石川啄木・高村光太郎 3/7、3/8

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[ウメ]


プレミアムカフェ

 名作紀行 (1)寺山修司 (2)石川啄木 (3)高村光太郎

 NHK BSプレミアム(Ch.3)

  • 2018年3月7日 (水) 9:00 〜 10:25 (85分)
  • 名作をポケットに (1)寺山修司 田園に死す 旅人:萩原朔美 (2)石川啄木 一握の砂 旅人:谷啓 (3)高村光太郎 智恵子抄 旅人:山本容子
  • 詳細

(1)名作をポケットに 寺山修司 田園に死す 旅人:萩原朔美(初回放送:2002年)

(2)名作をポケットに 石川啄木 一握の砂 旅人:谷啓(初回放送:2002年)

(3)名作をポケットに 高村光太郎 智恵子抄 旅人:山本容子(初回放送:2001年)

  • 出演者ほか【寺山修司編】出演…萩原朔美,語り…山本和之

      【石川啄木編】出演…谷啓,語り…久保田茂

      【高村光太郎編】出演…山本容子,語り…山本和之,

  • 【スタジオゲスト】澤口たまみ,【スタジオキャスター】渡邊あゆみ

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 NHK BSプレミアム(Ch.3)

  • 2018年3月8日(木) 午前0:45〜午前2:10 [水曜深夜](85分)

(内容は上と同じ)


3月7日 3月8日



2018-02-27

[] 東京を目ざした明治の若者 石川啄木・柳田國男・室生犀星・林芙美子 3/10

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[ウメ]


平成29年度第3回縁(ゆかり)講演会

  「明治150年記念 東京を目ざした明治の若者たち」

平成30年、今年は明治になってから150年にあたります。150年前、新しい時代を迎え大志を抱いた地方の若者たちは東京を目ざしました。

そして、東京に出た彼らの多くにはふるさと意識が生まれました。民俗学者の柳田國男(兵庫県出身)、歌人の石川啄木(岩手県出身)、詩人の室生犀星(石川県出身)、小説家の林芙美子(山口県出身)を取り上げ、彼らの言葉を通して国際化と情報化が進む日本の近代を学びます。


  • 日時 平成30年3月10日(土)午後2時から4時まで(受付 午後1時40分から)
  • 会場 西東京市田無公民館 3階 視聴覚室(西武新宿線田無駅南口3分、西東京市役所田無庁舎となり)
  • 定員 50名 事前申込みは不要
  • 講師 石井 正己(いしい まさみ)氏(国文学者・民俗学者、東京学芸大学教授)
  • 問合せ先 西東京市中央図書館 地域・行政資料担当 電話:042-465-0823

記事



2018-02-26

[] 《 杳然とたそがれて来ぬその時につと我離る君は人妻 》 石川啄木

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[森鴎外記念館]


 [森鴎外と観潮楼歌会] 角川「短歌」2017・10

中立的歌会の熱  東 直子

  • 千駄木に江戸川乱歩の小説『D坂の殺人事件』の舞台となった団子坂がある。この坂を登っていくと、文京区立森鴎外記念館にたどり着く。ここは、鴎外が30歳から60歳で亡くなるまでの30年間を過ごした自宅のあった場所でもある。当時二階から海が見えたことからこの家を「観潮楼}と呼んでいた。鴎外が自宅で定期的に開いた歌会は、いつしか「観潮楼歌会」と呼ばれるようになった。
  • 第一回は、明治40年3月30日。明治43年4月16日が最後。約3年、全26回。
  • 日記等の資料から判明している作品数では6回参加の石川啄木が37首と断トツで多く、この会に参加できた啄木の喜びと興奮が伝わるようである。

   杳然とたそがれて来ぬその時につと我離る君は人妻(人妻)    石川啄木

   われ日毎ことなる色の戸をかぞへゆけど猶見ず我が死の戸を(戸)   石川啄木

   一すじの黒髪をもて南北に我を引くなり女と女(筋)   石川啄木

  • 明治41年10月3日、啄木22歳の時の作品で、括弧内はそれぞれの題である。たそがれが迫る中での人妻への意識、毎日使う「戸」から発生した死生観、一すじの黒髪が象徴する女性の凄み。題の言葉から生み出されるの発想の自在さと繊細な実感、濃密さ等、啄木の独特の才が伝わる。

(角川「短歌」2017年10月号 特集 和歌革新運動)



2018-02-25

[] 石川啄木が『青垣山をめぐらせる天さかる鹿角の国…』と詠んだ鹿角市

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[「明星」に掲載「鹿角の国を憶ふ歌」石川啄木 明治39年1月号]


「写真文化」2018.新春号

 わが街100景 秋田県鹿角市

  • 明治を代表する歌人、石川啄木が『青垣山をめぐらせる天さかる鹿角の国をしのぶれば涙流る…』と詠んでいるように、私が暮らす鹿角(かづの)の里は盆地の周りを垣根のような緑の山々に囲まれています。
  • 人口3万2千人弱。南に八幡平、北に十和田湖を有し、秋田・青森・岩手3県の県境に位置します。

(わが街100景 秋田県. 鹿角市. File20. )


記事

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啄木の息 文学散歩「秋田県鹿角と石川啄木をつなぐ縁」



2018-02-24

[] エピソードが語られることが少なかった啄木と原敬の関わり

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[ウメ]


啄木と原敬との出会い

 誕生日に森記念館長が講演

  • 盛岡市出身の詩人・石川啄木の誕生日の20日、同市渋民の渋民公民館で講演会が開かれ、石川啄木記念館の森義真館長が「啄木と原敬」の演題で講演した。約50人が聴講し、これまでエピソードが語られることが少なかった2人の関わりについて、関心を深めた。
  • 森館長は、石川啄木(1886〜1912)と原敬(1856〜1921)の2人について「啄木は原敬と面会するも冷たくあしらわれたのではないか」と推論。啄木の日記や与謝野寛(鉄幹)・晶子夫妻の回想など資料を交え、その背景を解説した。
  • 啄木は、第一詩集「あこがれ」の出版費を出してもらうため、1904年に同郷の原と東京市長の尾崎行雄を訪ねたとされる。原にとって1904年は、親族のことや政務もあり超多忙な時期。このような経緯で出会ったため「啄木の依頼事は不首尾に終わった」。「原が画家の上野広一ら故郷の人々にかけた温情が啄木にかけられなかったのは、出会いの経緯の違い」と推し量った。

(2018-02-23 盛岡タイムス)



2018-02-23

[] 「岩手山」賢治や啄木などに影響を与えた岩手県民の“心の山” 3/2

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[ウメ]


新日本風土記「岩手山」

  • 2018年3月2日 (金) 21:00 〜 22:00 (60分)
  • NHK BSプレミアム(Ch.3)

標高2038m、奥羽山脈の最高峰・岩手山。

宮沢賢治や石川啄木など多くの文人にも影響を与えた岩手県民の“心の山”。70万年前から噴火を繰り返してきた山は、大量の岩と火山灰を麓にもたらした。人々は広大な山裾でコメをつくり、豊かな牧野を切り拓いた。そして冷害や豪雪などが襲う過酷な風土に屈することなく、岩手山に祈りをささげた。

厳しさと優しさをあわせもつ“父なる山”を支えに、生き抜いてきた人々の物語。


  • 語り 松たか子、中條誠子、秋鹿真人、中山庸介

記事



2018-02-21

[] 「啄木は “ 芥川龍之介の顔つきのように清らかだった ”」与謝野晶子 〜6/10

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[ウメ]


企画展「文人たちから見た啄木」/岩手・盛岡市 盛岡てがみ館

  • 盛岡市出身の歌人・石川啄木とゆかりのある人たちが啄木に対する思いを綴った資料を集めた企画展が、20日から盛岡で開かれています。石川啄木と親交があった9人の歌人や作家らが生前の啄木との交流の様子や啄木への思いをつづった文書などが展示されています。
  • 歌人・与謝野晶子が記した原稿「啄木の思ひ出」では啄木の第一印象を「芥川龍之介の顔つきのように清らかだった」とし、初対面から才能を感じ取っていたことなどもつづられています。この企画展は6月10日まで開かれています。

(2018-02-20 IBC岩手放送)


記事



  • 盛岡てがみ館
    • 〒020-0871 岩手県盛岡市中ノ橋通1-1-10 プラザおでって6階
    • TEL/FAX:019-604-3302


2018-02-20

[] 石川啄木という天才歌人の面白さ もっと知って!

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[ボケ]


《釧路・根室 はたらきぐらし》 釧根×極み人 Vol.9

 石川啄木という天才歌人の面白さをもっとたくさんの人に知ってほしい。

〇北畠 立朴(きたばたけ りゅうぼく)さん、足寄町出身。高校3年生のときに歌集『一握の砂』を手に取り、啄木の魅力に傾倒。高校卒業後は、クリーニング店で働きながら独学で啄木研究を続け、2011年から国際啄木会理事、北海道支部長を務める。

  • 僕が石川啄木を知ったのは、小学校5年生のとき。教室に啄木の歌が飾ってあって、音数が覚えやすくて好きだなと思ったんです。高校3年生のときには歌集『一握の砂』を買いました。そこから啄木の詩や人間味にのめり込んでいったんです。
  • 80歳まであと3年、今年の4月からは今まで以上に研究へ専念しようと考えています。啄木について聞かれた際に資料を探し出す時間も30秒だったものが5分かかってしまっていて、記憶に衰えを感じています。ですから少しずつ釧路で関わった人物の年表など、学会にも発表していない研究結果を『釧路春秋』で書いて行こうと考えています。
  • 僕は9年前から国際啄木会の理事をいただいていますが、啄木研究における今までの理事は全員大学の教授だったんです。啄木に関する資料は他と比べて値段が高いですし、高校しか出てない僕は異色の就任でした。しかし「学者なんかに負けてたまるか」という反骨精神で続けてきたんです。やはり周囲に理解できないほど熱中して研究を継続して一人前。そうでなければ何も変えられない、何の影響も与えられないということなんでしょうね。

(2018-02-20 北海道新聞 釧路支社)


記事



2018-02-19

[] 啄木研究者としても名高いキーンさん

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[ローズマリー]


素顔の父 ドナルド・キーン ともに暮らして キーン誠己

  教育者として 大学での講義 62年間

  • 父の原稿や取材記事などが発表される時、「肩書はどういたしましょうか」とよく聞かれる。時と場合によるが、「日本文学研究者」または「コロンビア大学名誉教授」とを使い分けている。その両方とも父の場合、教育者という重要な意味も合わせもっている。父は自らを、日本文学や日本文化の伝道師とも言っているが、教え子や後継者を育てようという気持ちや義務感もあると思う。
  • 教師としての第一歩は、ケンブリッジ大学で1948年に日本語会話を教えたことから始まった。2011年、コロンビア大学で最後の授業を「能」の講義で終えるまでコロンビア大学では56年間、ケンブリッジから数えるとほぼ62年間教え続けたことになる。この長い年月から考えても、教えることがいかに大切であったか想像できる。
  • そんな父を教師として、また人間として長い間慕い続けている教え子たちが非常に多い。そして父はそのような教え子たちとどこかで会ったり、また家に訪ねて来たりすることを心から楽しみにしている。

(2018-02-13 新潟日報)

2018-02-17

[] 「世界結核デー」一葉、啄木ら若くして亡くなった明治期の作家 

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[アラセイトウ]


(今さら聞けない+)結核 今も国内で年1万8000人発症

  • 昔は「死の病」と恐れられた結核。治る病気になりましたが、今でも国内では年間約1万8千人が発症し、2千人近くが亡くなります。ほかの先進国と比較して発症者は多いのが現状です。
  • 戦後の1950年までは年間10万人以上が結核で亡くなりました。発症者も年間で50万人以上いましたが、結核予防法(当時)の改定や治療薬の普及などで発症者数は毎年1割ほどのペースで減少。しかし、80年代に入ると減り方が鈍くなりました。結核が流行していた若い時に感染した世代が高齢にな り、免疫の低下で発症することなどが影響しています。
  • <記者のひとこと> 結核と聞くと、樋口一葉、石川啄木ら若くして亡くなった明治期の作家が思い浮かびましたが、過去の病気ではないという認識が大事です。3月24日は「世界結核デー」。1882年のこの日にドイツの細菌学者コッホが結核菌発見を報告したことにちなみ、各国で様々な啓発活動が行われます。(川村剛志)

(2018-02-17 朝日新聞)

2018-02-16

[] 「石川啄木終焉の地」なども巡る お花見散策

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[ウメ]


《週末お出かけサークル》

 春の文京区 お花見散策

桜の満開を間近に控えてそうな3月末に、文京区で人気の桜スポットを回ります。

途中で展望台や歴史スポットの見学もありそれなりに歩きますが、飲食休憩や食べ歩きもしながらのんびり春のお花見散策をしたいと思います。

  • 日時 2018年3月25日 12:00
  • 集合場所予定 東京メトロ丸ノ内線「茗荷谷駅」
  • 訪問地 播磨坂さくら並木。途中には「石川啄木終焉の地」もあるので訪ねます。小石川後楽園。文京シビックセンターの25階の展望ラウンジからは都内の素晴らしい景色が一望できます。大円寺、円乗寺は、「八百屋お七」に縁があるお寺。六義園は江戸時代に造営された大名庭園。

申込等 詳細



2018-02-14

[] 啄木が使ったカルタ 墨で百人一首を手書きした

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[ウメ]


サライ

 石川啄木が子供らと遊んだ手書きのカルタ【文士の逸品No.04】

  • 天才歌人・石川啄木に、日本一の代用教員を自負していた時期がある。明治39年(1906)から翌年にかけて、生まれ在所、岩手県渋民村の渋民尋常高等小学校で教鞭をとっていた数え21歳のころである。この前後、啄木は仲間や生徒たちとともに、よく歌留多あそびに興じた。
  • 啄木が使った歌留多は、岩手県盛岡市の啄木記念館にある。桐の薄板に一枚一枚、墨で百人一首を手書きした札。一部が散逸し、その数56枚。
  • 歌人・啄木の業績は、旧来の形式の打破にあった。でいながら万葉の歌にも通じる心地よい「しらべ」は、この歌留多あそびで培われたものなのか。(文/矢島裕紀彦)

(2018-02-13 サライjp)


記事



2018-02-12

[] 「故郷の訛り懐かし......」と詠んだ石川啄木の現代版 アンテナショップ

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[ウメ]


都内のアンテナショップが「移住の窓口」になりつつある

  • 「北海道どさんこプラザ」、「銀座わしたショップ」、「表参道・新潟館ネスパス」など、人気のアンテナショップにはいつも人があふれている。首都圏に住み、働く人の間で、東京都心にある地方自治体のショップの人気は高い。
  • 現地でなければ手に入らない食品を、定期的に調達に行く......という人がいる。自分の生まれ育った県のショップに行って、故郷の香りにふれると、なんとなく元気になれる、そう言う人も多い。「故郷の訛り懐かし停車場の......」と詠んだ石川啄木の現代版だ。一方、故郷でも何でもないが、とにかく好きだから行く、という地方ファンも多いようだ。
  • 「自治体アンテナショップ実態調査」の中で行われた開設目的についてのアンケートには、「田舎暮らし・UIJターン」が入っている。人口減少になんとか歯止めをかけたい地方自治体にとっては、地方出身者や地方ファンが集まるアンテナショップへの期待は限りなく大きい。店舗により予約制で移住相談を受け付けたり、自治体が別の場所に設置する移住相談の専門窓口へ誘導したりするなどの取組も行っているという。

(2018-02-10 J タウンネット)


記事



2018-02-09

[] 妹の視点から啄木を感じる 石川啄木記念館 〜5/13

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[ウメ]


石川啄木記念館 企画展

 兄啄木へのまなざし 妹三浦光子 晩年につづる

  新資料、手紙30点公開

盛岡市の石川啄木記念館(森義真館長)の新収蔵資料展は、同市渋民の同館で開かれている。啄木の2歳年下の妹三浦光子(1888〜1968)が晩年に「兄啄木の思い出」(64年、理論社)をまとめた際、原稿整理などを手伝った歌人川崎むつをさん(1906〜2005)に宛てた手紙約30点を公開。

  • 川崎さんは啄木の顕彰活動に力を注ぎ、青森県啄木会長を長年努めた。青森市に啄木歌碑が設置された56年の除幕式には光子も出席するなど交流があった。手紙は62〜65年が中心で、川崎さんが亡くなった後に同会に預けられたもの。昨年、現会長の西脇巽さんから同館に寄贈された。
  • 「兄啄木の思い出」は78歳の時の著作で、48年の「悲しき兄啄木」(初音書房)に続き、幼少期の兄や父との思い出などをまとめた。手紙は、光子が啄木の50回忌に出席したことや本を再びまとめ直したい思いなどがつづられている。
  • 同館学芸員の鳥取邦美さんは「幼少期によく遊んだ妹の視点から見た啄木の姿を感じてほしい」と期待する。5月13日まで。

(2018-02-07 岩手日報)



  • 石川啄木記念館
    • 〒028-4132 岩手県盛岡市渋民字渋民9
    • TEL 019-683-2315  FAX 019-683-3119


2018-02-08

[] 釧路に新しい図書館と文学館オープン 石川啄木・原田康子・桜木紫乃・・・

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[クロマツ]


NHK 北海道 NEWS WEB

 “文学の街”釧路の魅力を発信 釧路市中央図書館&釧路文学館

  • 歌人の石川啄木、小説家の原田康子さん、直木賞作家の桜木紫乃さん。3人は、ともに釧路にゆかりがある文学者です。そんな文学の町、釧路に3日、新しい図書館と文学館がオープンします。
  • 明治の歌人・石川啄木は22歳のとき76日間だけ、釧路に滞在して新聞記者をしていました。「さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき」啄木は釧路を詠んだ作品をたくさん残しました。今でも、市内にはこうした歌碑が25個残っています。
  • 「高台から見降すと下町には明りがともっていた」。
原田康子さんのデビュー作「挽歌」の一節です。中心街を見渡せる高台の公園には記念碑があり、原田さんはこのあたりで作品の構想を練っていたかもしれません。
  • 釧路駅近くにできた図書館。およそ30万冊の蔵書を誇ります。自然に関する本も充実。子ども向けの棚は地元のカラマツも使っています。併設の文学館には釧路ゆかりの11人の作家の資料およそ150点が展示されています。
  • 図書館には新たに設けられた部屋があります。それは対面朗読室。耳で聞いて、文学を感じてもらう部屋です。市内の朗読サークルのみなさんがボランティアで朗読してくれます。予約制で、好きな本を読んでもらえ、目の見えない人や、高齢者から小さな子どもまで文学に親しめます。
  • 釧路文学館と釧路市中央図書館はJR釧路駅から歩いて5分ほどの場所にあるので観光客にもおすすめです。

(2018-02-02 NHK 北海道 NEWS WEB)


記事



2018-02-06

[] 「啄木をめぐる五つの手紙」コンサート 盛岡 3/4

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[アナナス]


◎てがみシアターvol.14

 啄木をめぐる五つの手紙〜朗読とヴァイオリン・ピアノのコンサート〜

  • 開催日時 平成30年3月4日(日)13:00開場/13:30開演(終演15:00)
  • 場所 都南公民館(キャラホール)小ホール

  <朗読>大塚富夫(IBCアナウンサー

  <解説>甲斐谷 望(IBCアナウンサー)

  <ヴァイオリン>米倉久美

  <ピアノ>井上彩花

  • 料金 入場無料(要申込)
  • 定員 先着50名

―手紙のなかの言葉と、音楽のなかの言葉が響き合う―

石川啄木に関する手紙の朗読と音楽とのコラボレーション企画です。
「てがみ」と「音楽」の織り成す素敵なひとときを、どうぞごゆっくりお楽しみください。

  • お申込み・受付方法 2月14日(水)10:00より、電話もしくは直接来館にて受け付けます
    • 都南公民館(キャラホール) 〒020-0834 盛岡市永井24-10-1 電話 019-637-6611

記事  ポスター



2018-02-05

[] 三枝浩樹さん「若山牧水賞」受賞 啄木や牧水の作品に親しみ

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[ホワイトサローワトル]


若山牧水賞の歌人・三枝浩樹さん 時代つかむ短歌 -山梨-

  • 歌人・三枝浩樹さん(71)は、16年ぶりの歌集「時祷集(じとうしゅう)」で「第22回若山牧水賞」(宮崎県など主催)に選ばれた。短歌結社「沃野(よくや)」の代表で、山梨県歌人協会会長。
  • 兄の昂之(たかゆき)さんは歌人で県立文学館長。父の清浩さんも歌人だった。かつて甲府市にあった実家には歌に関する蔵書がたくさんあり、自然と興味を覚えた。教科書に載っていた石川啄木や若山牧水の作品に親しみ、中学3年の頃から身近なできごとを詠み始めた。15歳の頃、父が56歳の若さで亡くなった。その直前の半年間、短歌の添削を受けることができた。「短歌を途中でやめようと思ったことはない。父が背中を押してくれた」
  • 青年期には佐佐木幸綱、寺山修司らの自由な表現に衝撃を受け、さらに作歌に傾倒する。「それまでは何となく伝統的な常識のようなものの中にいたが、一気に時代の息吹と交わる歌の世界が見えてきた」

 「時祷集」にも時代を映す作品がある。

  福島にむきあう広島 ヒロシマとフクシマ 雨の八時十五分

  • 2012年8月6日の広島平和記念式典を詠んだ。広島市長は前年に起きた東日本大震災と原発事故で苦しむ被災者を、広島の被爆者と重ね合わせ「心は共にあります」と呼びかけた。

 歌集には家族や身の回りの自然を詠んだ作品も多い。

  うつしよに母のいまさぬ四季めぐり今朝甲斐が嶺に雪しろく積む

  • 甲斐市の自宅を出ると、西の方角に雪をいただいた農鳥岳や間ノ岳が見える。「山梨は風光明媚(めいび)で四季折々に情趣が感じられる」。そんな故郷に住み続け、亡き母を思う挽歌(ばんか)だ。(平畑玄洋)

(2018-02-04 朝日新聞)


記事



2018-02-03

[] 啄木と濃密な交際を重ねた<小国露堂>の借用証発見

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[ギョリュウバイ]


<小国露堂>借用証発見 陸東新聞発行の保証金工面

 「自分の手で新聞出したい」伝わる必死の思い 宮古 /岩手

  • 歌人の石川啄木と交友のあった宮古市出身の新聞記者、小国露堂(おぐにろどう)(本名・善平、1877〜1952年)が大正元(1912)年、宮古で「陸東新聞」を発行する際の保証金を工面した借用証が宮古市内の民家で見つかった。陸東新聞が「盛岡新聞」と題字を変えて人手に渡った時期で、借用証には「陸東新聞発行ノ保証金ニ」と記してある。新聞発行に生涯をささげた露堂の必死の思いが感じられる。4日は、露堂が盛岡で亡くなって66年の命日。
  • 露堂は啄木の札幌時代、社会主義を語るなど濃密な交際を重ねた。啄木の代わりとして北海道の釧路新聞に約1年2カ月勤め、網走などを経て宮古に帰って「宮古新聞」(旬刊)を創刊した。明治44(1911)年9月のことだった。宮古新聞は間もなく「陸東新聞」に改題し、部数も増えて先行きに希望が見えてきた時、突然、経営が変わった。題字が盛岡で発行する「盛岡新聞」(夕刊)に改められ、主筆には岩手公論(当時)の記者が就任した。
  • 借用証は「何とか自分の手で新聞を出したい」という願いが込められている。「宮古町横町 借用人 小国善平」とあり「連帯借用人」として「鈴木慶蔵」という名前もある。金額は100円で、日付は「大正元年8月15日」。当時の新聞発行は日刊、旬刊などによって一定の保証金を積まなければならなかった。元号が明治から大正に替わって2週間余りしかたっていない。
  • 露堂はこの後、再び北海道に渡り、釧路で「東北海道新聞」を発刊して電気料金値下げ運動を展開した。宮古新聞は1941年、岩手日報に統合されて廃刊。露堂は戦後、盛岡で貸本屋を営み、74歳で亡くなった。「われ死なば 石碑は要らず大石に 名もなきものの墓と書くべし」。生前露堂が詠んだ中から、子や孫らが選んだ辞世の歌だ。【鬼山親芳】

(2018-02-03 gooニュース>毎日新聞)


記事



2018-02-02

[] 石川啄木の『一握の砂』から百年余 “結婚は夢のまた夢”

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[ヒメツリガネ]


貧困問題 国挙げ施策を


  • 「はたらけど はたらけど猶(なお) わが生活 楽にならざり ぢつと手を見る」。石川啄木の『一握の砂』の初版が発行されたのは1910年。あれから100年余りが経過した今、インターネット上にはこの言葉を引用した投稿が多数出てくる。貧困問題を追ったテレビのドキュメンタリー番組には、働いても働いても楽にならないという派遣労働者の若者が登場し、「結婚は夢のまた夢」と打ち明けていた。
  • 真面目に働く若者が希望すれば結婚でき、不安なく子どもを育てることができないようでは、国自体の持続可能性が危うい。日本の国の将来をどうするのかを考えるとき、格差の問題を避けて通ることはできない。経済や通商政策も同様だ。拡大ではなく縮小という視点で捉え直す必要がある。

(2018-02-01 日本農業新聞)


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2018-02-01

[] 平民宰相・原敬と啄木との関わり 石川啄木記念館館長講演会 2/20

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[「啄木と原敬」チラシ]


啄木生誕の日 石川啄木記念館館長講演会「啄木と原敬」

  • 日時 平成30年2月20日(火) 13:30〜15:30
  • 場所 渋民公民館 2階大会議室
  • 講師 石川啄木記念館館長 森義真
  • 料金 無料
  • 定員 50人
  • 申込み不要 当日直接会場にお越しください

2月20日は石川啄木の生誕の日です(今年で生誕132年)。

生誕の日を記念して、当館館長が講演いたします。今年のテーマは「啄木と原敬」。

岩手・盛岡の偉大な先人である平民宰相・原敬と啄木との関わりについて紹介します。

この機会にぜひお越しください。


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  • 石川啄木記念館
    • 〒028-4132 岩手県盛岡市渋民字渋民9
 TEL:019-683-2315 FAX:019-683-3119


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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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