啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

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2018-03-20

[][] 小樽 啄木歌碑除幕式、小樽文学館 啄木と多喜二、旧居 <4>

啄木文学散歩・もくじ


(「啄木の息HP 2005年秋」からの再掲 + 2018年早春 + 1999年夏)

  * 写真について 撮影年が記されていないものは2005年撮影


4  啄木と多喜二 ─同じ時 同じ小樽の空気を吸った二大文学者─  


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市立小樽文学館・美術館



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小樽文学館の入口(2018年)



「小樽文学館のご案内」より

  • 小樽は、北海道では函館についで古くから開かれた港町であり、かつて北海道経済の窓口としてたいへんにぎわいました。文学・美術などの文化面においても小林多喜二、伊藤整をはじめ大勢の優れた作家が生まれたのです。
  • これらの作家の著作や資料類は、現代の私たちに遺された貴重な文学的財産といえます。その散逸を惜しみ、また損傷を防ぐための施設をつくりたいという市民の声が実を結び、昭和53年11月3日市立小樽文学館が開館しました。
  • プロレタリア文学の小林多喜二、北海道漂泊の途上足をとどめた小樽で社会主義思想に初めて触れた石川啄木、・・・これらの人々の文学は、明治開化以来の日本の近代化と軌を一つにした〈北海道開拓〉とは果して何であったかという問いを静かにあるいは鋭く投げかけ、昨日と明日をつなぐ海港小樽の浮標、すなわち今日私たちの指標ともいえるでしょう。



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啄木のコーナー




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啄木のコーナー(2018年)


同じ小樽の空気を吸った二大文学者 

  • 多喜二にとって、啄木は、きわめて身近なところにいたにちがいない。・・・小林多喜二の一家が、秋田から小樽に移住してきたのは、1907年(明治40)12月下旬、多喜二が4歳の時であった。その約20日後の、翌年1月中旬、22歳の石川啄木は、吹雪の小樽から、北海道漂泊の最後の旅を釧路にむけて出発していった。
  • 22歳の啄木と、4歳の多喜二とが、ほんの二十日ほどであったにせよ、同じ小樽の空気を吸って生活をしていたことは、二人の文学の本質を探究するうえで、きわめて興味深いことである。」

(小林多喜二全集 月報6「啄木と多喜二」碓田のぼる)(白樺文学館「石川啄木と小林多喜二」)


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「小樽のかたみ」(2018年)

スクラップ帳「小樽のかたみ」

複写。原本は市立函館図書館啄木文庫所蔵。

啄木が明治40年10月1日小樽日報社に入社して以来、80日間にわたって「小樽日報」紙上に執筆した記事を集めたもの。冒頭に「小樽日報と予」と題するペン書きの序文が付されている。「小樽のかたみ」にはこの序文を含めて95編、同一表題の連載を整理すると75編の記事が収録されている。



「千田三四郎への誘い」

……

千田三四郎は啄木のネガティヴな面を「発く」ために、ことさら誇張して書いたわけではありません。

彼は床屋の主人の口を借りて、つまり床屋に話しかけさせる形で、啄木の隣室に住む「天口堂の海老名さん」や、啄木の妻を生きいきと描いている。また、啄木の同僚だった野口雨情がのちに童謡「赤い靴」を書く経緯を、虚実とりまぜて哀切に語っている。それらを読みますと、千田三四郎が『小樽のかたみ』だけでなく、啄木の日記や手紙を細かいところまで丁寧に読み込み、細部のリアリティを高めていることが分かります。

よほどの啄木好きでなければ、これだけのことは出来ないでしょう。

    市立小樽文学館館長 亀井秀雄 「千田三四郎への誘い」

     (「市立小樽文学館報」第30号 平成19年3月31日)







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多喜二のコーナー

  

啄木の短歌と多喜二

  • 多喜二の短歌作品は12首ほど、残されている。多喜二が16.7歳のころのものである。

  多喜二の歌

   焼印の押したる下駄を穿きたりし昔のわれのいとほしきかな

   寝ぬる間のみ貧苦を忘ると就床にける老いにし父を涙ぐみて見る

  • これらの作品は決してすぐれているとはいえない。・・・しかし、一首一首が生活の具体的事実とむすびつけられていることは、十分注目してよいことであると考える。」
  • 『多喜二のお母さんの話によれば、多喜二は少年時代から啄木の短歌を好み、彼の家で啄木の会を催して啄木を語り、よそで開かれた啄木会にも出席し、お母さんに啄木のことを何くれとなく語ったので、啄木について何も知らなかったお母さんも、いつの間にか啄木のことを知るようになった』(川並秀雄『啄木覚書』)というほどであるから、大変な熱の入れようであったことが知られる。
  • 短歌にたいする多喜二の理解の深さをもっともよくあらわしているものは、田口タキへの手紙の中で、啄木の歌を読むことをすすめ、歌集の中から「これならばと思われるのを選んで」やったという、その作品の選択眼である。
  • 〇印をつけた啄木歌集『一握の砂』を(田口タキへ)贈った。この歌集には制作年代は付されていないが、啄木自身が ‘これぞ我が歌’ とした明治43年作の歌から85%に〇印がつけられていた」

(小林多喜二全集 月報6「啄木と多喜二」碓田のぼる) (白樺文学館「石川啄木と小林多喜二」) 



もう一つの「多喜二のコーナー」には、無念のデスマスクや、息子に手紙を書くために一生懸命文字を習った母セキの筆跡もある。 


全集の中にある「多喜二の12首」より

  悲しきは面会謝絶と貼りし紙薄暗き廊下白く浮べるに                                  多喜二



  

多喜二「退職」ではなく「解職」だった

このページをまとめている今(2005年)、「小林多喜二、退職ではなくクビだった 拓銀資料から判明」の記事が新聞に載った。(2005年10月30日 朝日新聞) (つづきに記事掲載予定)

それによると、多喜二は依願「退職」ではなく依願「解職」だった。文芸書の中に、勤務先の北海道拓殖銀行の名前を「明示」し、「攻撃」したことは「言語道断」だということで、退職手当金も半額にされていた。

「破綻後の残務整理をしている拓殖銀行から内部資料の複写の寄贈を受けた市立小樽文学館が、「解職」と明記された文章を発見した」とのこと。

どんなに隠されていた事柄でも、いつか「明らかになっていく瞬間」があるのだと確信したときだった。

 



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文豪Tシャツ 石川啄木(2018年)



Tシャツデザイン

 石川啄木『時代閉塞の現状』より

 「我々はいっせいに起ってまずこの時代閉塞の現状に宣戦しなければならぬ。」



文豪Tシャツ

  • 3000円。
  • 小樽文學舎とJeans Shop LOKKI とのコラボ。
  • サイズは4種類。色違いあり。通信販売もしている。



(つづく)



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・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
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