啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

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2018-07-31

[] 小学生が啄木の短歌に親しむ 函館でかるた競技

函館で

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[ギボウシ]


啄木の短歌、下の句は何かな?

  函館でかるた大会、盛岡からの参加者も

  • 漂泊の歌人・石川啄木にちなんだ「函館・盛岡啄木交流かるた大会」が、28日に函館市の函館アリーナで開かれた。盛岡市からの参加を含む小学生42人が白熱した競技を繰り広げ、啄木の短歌に親しんだ。
  • 「みぞれ降る 石狩の野の汽車に読みし……」などと上の句が読み上げられると、子どもたちは下の句を探し、素早く札を払った。
  • 優勝したのは函館市立柏野小の3・4年生でつくる「わんぱくYMT」。来年2月に啄木のふるさと・盛岡市で開催される「啄木かるた大会」へ派遣される。(阿部浩明)

(2018-07-30 朝日新聞)


記事



2018-07-30

[] 金田一や啄木など盛岡ゆかりの地から 世界へ俳句発信

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[タケニグサ]


世界へ俳句発信 盛岡市で国際大会開催

  • 盛岡市は、海外でも人気が高まっている俳句を通して盛岡の魅力を国内外に発信するため、市制施行130年を迎える2019年秋に仮称盛岡国際俳句大会を開催する。同大会実行委員会(会長・谷藤裕明市長)の設立会議が27日、盛岡市役所で開かれ、大会の概要案などが説明された。
  • 同大会は、20年の東京オリンピック・パラリンピックの文化プログラムの一環と位置付け、少なくとも19年、20年の2年間の開催を見込む。
  • 大会は、1日目に石川啄木が短歌を詠んだ岩山や盛岡城跡公園など市内の観光地を巡りながら、参加者に短歌を詠んでもらうツアーを実施。2日目には、各部門の表彰、審査員による講演を予定する。
  • 設立会議で、谷藤市長は「本市は豊かな自然環境に培われた文学や舞台芸能、民俗芸能に代表される文化的土壌が脈々と市民生活の中に根付き、その歴史と風土が金田一京助や石川啄木などの文学者や新渡戸稲造など盛岡ゆかりの先人を育んだ。19年に市制施行130周年、20年に東京オリンピック・パラリンピックの開催を控え、盛岡の自然や風景、街並みを題材に、海外で三行詩として広く創作されている俳句を通じて、盛岡の魅力を再発見、魅力を国内外に発信し、盛岡出身の文学に造詣の深い先人を顕彰する大会にしたい」と話した。

(2018-07-27 盛岡タイムス)


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[] 講座「もっと知ろう人間啄木」釧路 8/6

平成30年度 第3回啄木講座「もっと知ろう人間啄木」

  • 2018年8月6日(月)午後1時〜2時
  • 会場 港文館
  • 講師 北畠立朴氏(釧路啄木会会長)
  • 受講料 400円(資料・飲み物代)
  • 定員 20名程度
  • 申し込み・問い合わせ 港文館(電話 0154-42-5584)

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2018-07-27

[] 「俺は昨夜火星に行って来た」啄木の『火星の芝居』

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[キョウチクトウ]


河北抄

「何か面白い事はないか?」

「俺は昨夜火星に行って来た」

  • こんな会話で始まる石川啄木の『火星の芝居』は奇想天外なSFショートショート。夢で火星人の芝居を見たという男が友人にとうとうと語って聞かせる。
  • その名の通り、火のように赤く見える太陽系第4惑星が、夜更けの南東の空でひときわ明るく輝いている。「今回は15年ぶりの大接近。明るさは半年前の約50倍にもなっています」と仙台市天文台。
  • 次の火星大接近は2035年9月。人類にとって、火星はかなり身近になっているだろう。猛暑にあえぐ日本を避けて「火星の避暑地へ行って来ました」と言われても、ほら話ではないかも。

(2018-07-26 河北新報)


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[] 石川啄木にとっての「ロシア」講義 7/28

函館学2018「ロシア人から見た函館と石川啄木、与謝野晶子の短歌」

講師はロシア極東連邦総合大のアイーダ・スレイメノヴァ准教授。

  • 日時 2018年7月28日(土) 午後1時30分
  • 会場 ロシア極東連邦総合大函館校 
住所:函館市元町14
  • 料金 無料
  • 講義概要 日本に最も近いウラジオストクを訪ねた二葉亭四迷と与謝野晶子。二人はロシア、ロシア人、ロシア文化をどう受容したか?函館に魅せられた石川啄木にとっての「ロシア」、「北」のイメージとは?ロシア人の視点で、三人の日本近代文学者を中心に明治時代の日本や日露文芸関係について紹介します。この他、現代ロシアに生きづく日本文化・文学・短歌(俳句)についても触れ、明治の函館と20世紀初頭のウラジオストク、現代の日ロ間の共通点も考えます。

  • 問い合わせ キャンパス・コンソーシアム函館
(電)0138・44・4211

 

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[] 青春の歌人 啄木の故郷で高校生歌人が詠み競う8/17〜19

全国高校生短歌大会(短歌甲子園)

近代短歌に新しい世界を切り開いた青春の歌人、石川啄木。
その啄木が生まれ育った盛岡で、この夏も全国から21校21チームの高校生歌人たちが集い,詠み競う「全国高校生短歌大会(短歌甲子園)」が開催されます。
この大会はどなたでも観覧可能です。全国の高校生たちの熱い戦いにご期待ください。

  • 日時 平成30年8月17日(金)〜19日(日)
  • 場所 渋民文化会館姫神ホール 盛岡劇場
  • 問い合わせ 全国高校生短歌大会実行委員会事務局(盛岡市観光交流課)  TEL 019-626-7539

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[] 「愛しの盛岡」発売 第2章に「賢治 啄木」もあり

「街もりおか」掲載作100選「愛しの盛岡」発売

   「盛岡愛」あふれた1冊に

  • 盛岡在住の脚本家・道又力(つとむ)さんが、タウン誌「街もりおか」の50周年を記念した本「愛しの盛岡-老舗タウン誌『街もりおか』の五十年-」を7月20日、発刊した。
  • 同書は「第一章 盛岡ぐらし」「第二章 文化のまち」「第三章 大震災と盛岡」の構成。1章・2章はさらに細かく分類し、1章では「歴史 人物」「食」「二度泣き橋」、2章では「文学」「賢治 啄木」「演劇」などの小見出しごとにまとめられている。
  • 道又さんは「こんな人がいたんだ、こんな出来事があったんだと、目から鱗のエピソードや発見がある。盛岡愛に満ちあふれた、盛岡の今と昔が凝縮された1冊。どこから読んでもらっても楽しめると思う。ぜひ手に取って」と呼び掛ける。

 文庫版698ページ。価格は1,269円。

(2018-07-27 盛岡経済新聞)


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2018-07-25

[] 「啄木と歩く盛岡の街」啄木学級 故郷講座 9/1

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啄木学級 故郷講座

かつて石川啄木が教壇に立った旧渋民尋常小学校校舎で、「啄木学級故郷(ふるさと)講座」を開催します。


  • 日時 平成30年9月1日(土)13時〜16時
  • 場所 旧渋民尋常小学校校舎(石川啄木記念館中庭)

 講演「啄木と歩く盛岡の街」

   真山重博氏(文化地層研究会)

 対談「もりおかの啄木碑あれこれ」

   真山重博 氏 × 森義真 氏(石川啄木記念館館長)

  • 定員 50名 (定員を超えた場合は抽選)
  • 受講料(参加費)1,500円 当日受け付けでお支払いください。
  • 申し込み 往復ハガキ(1人1枚)で申し込む

   〒028-4132 岩手県盛岡市渋民字渋民9 石川啄木記念館「啄木学級」係

  • 申し込み締切 平成30年8月17日(金)

◯石川啄木記念館

 〒028-4132 盛岡市渋民字渋民9

 電話 019-683-2315  FAX 019-683-3119


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2018-07-23

[] しんとして幅広き街の秋の夜の玉蜀黍の焼くるにほいよ…啄木

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[アキアカネ]


(経済気象台)とうきびワゴン今昔

  • 4月下旬から10月末まで、札幌・大通公園に「とうきびワゴン」と呼ばれる屋台が出る。北海道産のトウモロコシを、焼き・ゆでの2種類の方法で調理してくれる。ワゴンの周りで観光客が豪快にかぶりつく姿は大通公園の夏の風物詩だ。道内での収穫期を迎え、扱うとうきびが間もなく冷凍から生に切り替わる。甘さ、プリッとした歯ごたえはもぎたてに勝るものはなく、今から待ち遠しい。
  • とうきびは150年前、開拓使によりアメリカから持ち込まれ、明治の中ごろには街角に屋台が出ていたといわれる。
  • 1907年に札幌に滞在した石川啄木が詠んだ歌が、大通公園の碑に刻まれている。

 「しんとして幅広き街の秋の夜の玉蜀黍(たうもろこし)の焼くるにほいよ」

  • 啄木は、街の広大さと、とうきびの香ばしいにおいに、旅情をかきたてられたに違いない。
  • 屋台は次第に増え、67年以降は衛生上の観点から札幌観光協会の下で一括運営されている。それから半世紀余り、「とうきびワゴン」は札幌の顔になった。

(2018-07-21 朝日新聞)


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2018-07-20

[] 石川啄木と大逆事件と…

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[ハイビスカス]


 (石川啄木と平出修と大逆事件と…)

大正・昭和前期の宗教と社会 島薗進

  第17回 皇室を究極的な善とする治安体制

  • 大逆事件は1910年5月、長野県明科での宮下太吉の爆弾製造過程の露見に端を発した。天皇の殺害を目指していた計画に関与していたとして、26人が起訴された。
  • この大逆事件の被告側弁護団には、若い文学者でもあった平出修(ひらいでしゅう 1878-1914)もいた。平出は、1900年に与謝野寛(鉄幹)の新詩社に加入、『明星』に短歌や評論を発表し始めていた。1903年に司法官試補、翌年には弁護士になっている。この平出は石川啄木と親しかった。
  • 石川啄木(1886-1912)は岩手県の曹洞宗の僧侶の子として生まれ渋民村で育ったが、盛岡中学卒業後、盛岡、函館、札幌、小樽などで一時的な仕事に就きながら文筆に勤しんだ。早くから『明星』に投稿し、1905年には詩集『あこがれ』、1906年には小説『雲は天才である』を発表している。1908年前後から、社会主義への関心が増しており、皇室に対する批判的な眼差しも見られるようになる。
  • 1910年6月、大逆事件が報じ始められると、東京朝日新聞社の校正係となっていた啄木は強烈な衝撃を受け、帝国主義批判と社会主義への傾斜を強めていく。8月には、韓国併合を受け、「地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く」という歌を『スバル』に発表している。同じ時期に東京朝日新聞のために書いたが掲載されなかった「時代閉塞の現状」を書いた。
  • 啄木は『明星』で親しくしていた平出修と大逆事件について詳細にわたる情報を交換していたことがうかがわれる。当時、大逆事件についての報道はごく限られたものであり、かつ取り締まり当局側からの一方的な情報に基づくものであった。啄木は新聞社勤務の便宜と平出との交流を通じて、同時代的には飛び抜けて的確な実情把握を行っていた。それは、「日本無政府主義者陰謀事件経過及び附帯現象」によく見て取れる。公表されている情報からだけでも圧政の現状を読み取り、事態の推移を把握し記録しようと力を注いでいたことが知れる。
  • 啄木は自らにも身柄拘束がおよぶかもしれないという切迫感をもちながら、事態の推移を注視していたのだろうと推測できる。

(web 春秋 はるとあき)


記事



2018-07-18

[] 啄木第一号歌碑の情報を探しています! 石川啄木記念館

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[啄木第一号歌碑 撮影.2004年]


探しています、啄木歌碑のいろいろな情報!

  〜第10回企画展関連〜

  やはらかに柳あをめる 北上の岸邉目に見ゆ 泣けとごとくに

盛岡市渋民・渋民公園にある啄木歌碑は、大正11年全国で最初に建てられた啄木第一号歌碑です。啄木が幼少期育った渋民村に建てられました。

現在当館では、この秋、第10回企画展「啄木第一号歌碑建立物語」を開催するにあたり、この歌碑に関する資料や情報を探しています!どんな情報でも構いません。「こんな話聞いたことがある」「あ、古い写真がうちのタンスの中にあったかも」などなど、何かありましたら、ぜひ当館までお知らせください。


◎たとえば……

歌碑の写真・歌碑をめぐるエピソード・歌碑の絵葉書、パンフ、新聞記事、など。

詳しくはチラシをご覧ください。


問い合わせ 石川啄木記念館

  • 〒028-4132 岩手県盛岡市渋民字渋民9
  • TEL:019-683-2315 FAX:019-683-3119
  • 担当 佐々木

記事  チラシ



2018-07-17

[] クイズ・石川啄木と函館 函館市文学館 〜8/26

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[ホオノキ]


夏休み自由研究「クイズ・石川啄木と函館」

石川啄木の展示資料やパネルをヒントに、クイズに挑戦しながら石川啄木について学びます。

  • 期間 2018年7月14日(土)〜8月26日(日)
  • 参加料 無料
  • 対象 小学生
  • 申込み 期間中、直接文学館へ
  • 会場 函館市文学館
    • お問い合わせ: 函館市文学館 電話 0138-22-9014

記事



[] 啄木と智恵子〜オーロラの友情〜 友情か恋愛か

石川啄木講座「啄木と智恵子〜オーロラの友情〜」

啄木が函館で代用教員をしていたとき、同僚に橘智恵子がいました。啄木と智恵子は僅かに会話を交わし、文通したのみです。啄木と智恵子の関係を「友情か、恋愛か。ある特別な条件で生まれる『オーロラの友情』」と名付けた啄木ソムリエの山本玲子さんにお話をしていただきます。

  • 日時 2018年8月18日(土) 午後2時
  • 講師 山本玲子
  • 会場 函館市中央図書館
  • 料金 無料
  • 申込み・問い合わせ 函館市文学館 電話 0138-22-9014

記事



2018-07-14

[] 啄木の「ふるさとの山に向ひて」を函館バージョンで披露

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[コムラサキ]


夏の風物詩野外劇開幕 観客の目前で迫真演技

  • 市民創作「函館野外劇」の第31回公演「星の城、明日に輝け」(NPO法人市民創作「函館野外劇の会」主催)が13日、特別史跡五稜郭跡の一の橋前広場で開幕した。目の前で繰り広げられる迫真の演技で、約250人の観客を函館の歴史の世界へと誘った。
  • 開演にあたり、中村由紀夫理事長は「野外劇は函館になくてはならないイベント。ご覧になるだけではなく、次は出演もしてもらいたい」とあいさつ。テーマ曲「星のまちHAKODATE」を手掛けた作家、新井満さんは、石川啄木の短歌を元に作曲した「ふるさとの山に向ひて」を函館バージョンで披露した。
  • 初めて来場した函館青柳小3年の佐藤翠月さんは「啄木が函館で死にたいといった話に感動しました。啄木役で出てみたい」と喜んだ。

(2018-07-14 函館新聞)


記事



2018-07-13

[] 東京都 千代田区 番町「文人通り」+ 啄木が通った大橋図書館跡 <4(おわり)>

啄木文学散歩・もくじ


「番町文人通り」


啄木が通った「大橋図書館跡」

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東京家政学院大学・高等学校・中学校の門前


右手前にある赤い保存プレートが「大橋図書館跡」を示している。



大橋図書館とは

三康文化研究所附属三康図書館は、東京都港区芝公園にある私立図書館である。この図書館の前身は、「大橋図書館」という名であった。

石川啄木は、明治35年〜明治43年ころに幾度かここに通った。





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1902年 明治35年

大橋図書館跡

大橋図書館は大橋佐平の提唱でこの地に創設された近代日本の私設図書館のさきがけである。



大橋図書館の歴史と石川啄木のこと


本館の前身となった大橋図書館は、1902年(明治35年)に、当時日本有数の出版社であった博文館の創設15周年記念事業として、博文館の創立者である大橋佐平・新太郎父子が設立した私立の公共図書館である。


  • 1901年(明治34)図書館敷地を東京市麹町区上6番町44番地(現在の千代田区三番町 現在の東京家政学院大学キャンパス附近)大橋邸内とし起工。

  • 1902年(明治35)6月15日 大橋図書館開館。

  • 1902年(明治35)6月20日 44,540冊で一般閲覧を開始。

開館時の建物は、本館は木造2階建で、2階に普通閲覧室(168席)、1階に新聞雑誌閲覧室(100席)が置かれていた。書庫は煉瓦造3階建で、15万冊が収容可能とされていた。


開館時の規則では、利用資格は満12歳以上、有料制で図書は1回3銭、雑誌は1回1銭5厘。10回綴は24銭。閉架式で資料の館外持出は禁止されていた。






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写真左側が正面玄関。手前は大橋邸。本館は木造モルタル2階建、本館裏側の書庫は煉瓦3階建。





1902年(明治35)6月に開館した図書館に、啄木はその年の11月に行っている。

啄木はこの時、16歳。『明星』に「血に染めし歌をわが世のなごりにてさすらひここに野にさけぶ秋」が「白蘋」の筆名で掲載され、盛岡中学校を退学した。文学で身を立てるべく渋民を出発したのが、10月30日。

新詩社に与謝野鉄幹・晶子を訪問したのは、11月10日。

そして、11月13日には大橋図書館に行った。

閲覧は有料だったため、連用求覧券を買った。


啄木日記

秋韷笛語

明治三十五年日誌


十一月十三日 快晴、

午前英語。

午時より番町なる大橋図書館に行き宏大なる白壁の閲覧室にて、トルストイの我懺悔読み連用求覧券求めて四時かへる。

猪川箕人兄の文杜陵より来る、人間の健康を説き文学宗教を論じ、更に欝然たる友情を展く。げにさなりき、初夏の丑みつ時の寂寥を破りて兄と中津川畔のベンチに道徳を論じニイチエを説きし日もありきよ、その夜の月今も尚輝れり、あゝ吾のみ百四十里の南にさすらひて、故友とはなるるこの悲愁!!! まこと今は天の賜ひし貴重なる時也、さなり、思ひのままに勉めんかな。友よさらば安かれ。


  Shakespeare's "Coriolanus" 求む。

  夜ぞふかき空のこなたの旅仮寝さてもかくての夢ならん世か。

  落つる葉の身の夕枯やからなりや旅なる窓の小さき袂や。

  つみて掩ふてはなたざるべき白百合のみ胸秋なる吾袖めすや。

  夕星の瞬き高き雲井より落ちし光と吾恋ひむる。

  (二首十四日せつ子さまへ)



十一月十六日 晴、日曜日、

大橋図書館に一日を消す

帰路、中西屋より Mauriers novel "Trilby" "Selected poems from Wordsworth's" 求む。

杜陵より金矢朱絃君の端書きたる。歌あり曰く、

 その日君、泣く人みきと日記にあり若きにたえん旅ならばこそ。



十一月十八日

午前花郷兄への手紙かいてしまつて、渋民への絵葉書と共に投函した。

午後は図書館に「即興詩人」よむ。飄忽として吾心を襲ふ者、あゝ何らの妙筆ぞ。

渋民より夜具来る。お情けの林檎、ああ僕ただ感謝の誠を以て味つた。明星。掛物。足袋。

この夜は温かな母君の手になつた蒲団の上に安らかな穏かな夢を恋人の胸にまで走した。



十一月廿二日 土曜日、

午後図書館に行き急に高度の発熱を覚えたれど忍びて読書す。四時かへりたれど悪寒頭痛たへ難き故六時就寝したり。折悪く坂下の小社の縁日の事とて雑駁の声紛々として耳を聾せしめんとす。かくて妄想ついで到り苦悶のうちに眠れるは九時すぐる頃なりき。終夜たへず種々の夢に侵さる。

「即興詩人」中に世界を美しき乙女にたとへて、世の人はその局所細繊の所のみを詮索すれども、詩人は全体の美しきを観照して吟咏す云々の条あり。以て詩人芸術家一般の批判となすべし。






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明治43年、啄木24歳。

東京朝日新聞社校正係として就職。床屋の二階に家族を呼び、共に暮らしていた。

『二葉亭全集』の校正の仕事をし、初めての自分の歌集編集を始めたころ。



啄木日記

明治四十三年四月より


四月二十六日。

休みの日であつた。二葉亭全集第二巻の原稿引合せのために大橋図書館へ行つた。筆耕に書かした原稿は非常に疎漏なものであつた。図書館の中の空気は異様な気分を与へた。

図書館! あすこは決して楽しい場所ではない。

帰つて来ると、宮崎君から二十円の為替と電報が届いてゐた




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東京家政学院の門前


  • 1911年(明治44)1月6日 館外貸出を開始

啄木は母も妻もそして自身も高熱などに悩まされ、1912年(明治45)1月には、「新年らしい気持ちになるだけの気力さへない新年だつた」と日記に書く。同年4月13日午前9時30分、石川啄木死去。享年26歳。


  • 1923年(大正12)9月1日関東大震災により本館及び蔵書約8万8千冊が焼失。東大・日比谷図書館等もほとんど焼失する

  • 1953年(昭和28)2月29日 大橋図書館閉館。その一切を西武鉄道株式会社創設者である堤康次郎氏が引き継ぐ。

  • 1957年(昭和32)8月11日 増上寺境内地の東京都港区芝公園2号地2番地に財団法人三康文化研究所を設立し、大橋図書館をその附属図書館とすることになる


 *参考 三康文化研究所附属三康図書館HP

     石川啄木全集 筑摩書房 1986年

     石川啄木事典 おうふう 2001年

     二松学舎ニュースマガジン「學」2014.7


(おわり)



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・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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