啄木の息 <ブログ版>

─ いまもなお瑞々しく語りかけてくる啄木の魅力を追い その息づかいに触れてみたい ─

     「本家 啄木の息」のリンクは、このページの最下段にあります。

 

2018-04-26

[][] 「ふるさとの山に向ひて」 それぞれのふるさとの山を思う

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[カエデ]


『ふるさとの風の中には ―詩人の風景を歩く』

・俵 万智 著 河出書房新社

・1992年発行 1500円


「ふるさとの山に向いて」 

   石川啄木


  ふるさとの訛なつかし

  停車場の人ごみの中に

  そを聴きにゆく

この歌は、岩手県で生まれた石川啄木が、東京で作った。ふるさとのなまりがなつかしくて、駅の人ごみのなかにそれを聴きに行く―とすると、その駅は何駅でしょう? そんなクイズができそうだ。

答えは、上野駅。東北へと向かう汽車の出発点であり、東北から来る汽車の終着点である上野には、東北へ帰る人、東北から来た人たちが、たくさんいたことだろう。その人ごみの中にまぎれていると、自分の生まれ育った土地の言葉が聞こえてくる。

お国なまりというのは、東京で小説家になろうと決心していた青年石川啄木にとっては、少し気おくれがすることだったかもしれない。けれど、東京での生活を通して、逆に啄木にはふるさとのよさが見えてきたようだ。

上野駅は、東北新幹線の出発点。啄木のふるさとを訪ねる旅は、ここから始まる。

盛岡駅、盛岡城跡、渋民駅、石川啄木記念館…、と訪れる)


宝徳寺には啄木の過ごした部屋が、そのままの形で残されている。境内には大きなひばの木。

   ふるさとの寺の畔の

   ひばの木の

   いただきに来て啼きし閑古鳥!

――と、歌われたこれがその「ひばの木」。しばらく見あげていて、そのままぐるりと境内の入口のほうへ顔を向けた。そして「あっ」。入ってくる時には気づかなかったが、お寺の真正面といっていい位置に岩手山が見える。頂上のところが、ぺちゃっと平らになっているのが、なんとも言えずあったかい感じがする。

   ふるさとの山に向ひて

   言ふことなし

   ふるさとの山はありがたきかな

この歌を口ずさむ時、人々の心の中には、それぞれのふるさとの山が思い描かれていることだろう。



2018-01-18

[][] 直木賞『銀河鉄道の父』に出てくる石川啄木

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[カモメ]


第158回直木賞 受賞作 

 『銀河鉄道の父』 著者 門井慶喜 講談社


7 あめゆじゅ

小学生のころは、教室で、担任の八木先生にエクトール・マロ『家なき子』を読んでもらって感動した。感動のあまり自分でも話をこしらえて寝る前にトシに聞かせたりした。それはしばらく措くとしても、

──ものを書く。

という行為に本気であこがれたのは、中学二年生の二学期だったろう。東京の東雲堂書店より刊行された石川啄木の第一歌集『一握の砂』を読んで、

(すごい)

衝撃を受けたのがきっかけだった。

石川啄木は、本名一(はじめ)。

盛岡中学校の先輩である。賢治よりも十年はやく生まれているから在学期間はかさならないが、素行がわるく、授業をなまけ、五年生のとき退学したことは伝説になっていた。退学の理由についても、

「恋愛したらしい」

だの、

「代数の試験でカンニングをしたんだ」

だのいう噂があったけれど、とにかく東京で本を出したというのは、岩手では金無垢の成功者にほかならない。賢治は「岩手日報」紙の記事を読んで関心をもち、一冊もとめ、そこにおさめられた五百首以上に接したのである。

(これが、時代だ)

胸が全焼した。


   学校の図書庫(としょぐら)の裏の秋の草

   黄なる花咲きし

   今も名知らず


   不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて

   空に吸はれし

   十五の心


という歌に、ああ、あの場所か、わかるわかると優越感を抱いたなどという単純な話ではない。誰にもあるこころのゆれを誰にもわかる平易なことばで、しかも三行の分かち書きという斬新なかたちで、永遠に紙の上に定着したことに自由の風を感じたのである。それまでの詩歌というのは漢字が多く、音韻をもてあそび、こころざしや感情をむりやり読者に押しつける権力の道具であるように賢治はかねがね感じていた。

それで賢治も、歌稿ノートをつくった。

いろいろ詠んでみた。啄木先輩の影響は受けなかったつもりだが、いまにして思うと、影響以前に、発想が一本調子である。


   あはれ見よ月光うつる山の雪は

   若き貴人の屍蝋に似ずや。


   せともののひびわれのごとくほそえだは

   さびしく白きそらをわかちぬ。


月や空や雲や太陽などの「天」がらみのイメージと、山や雪や木の枝などの「地」がらみのイメージの取り合わせばかり。賢治のペンは、いうなれば、垂直線しか引けなかった。 

しかしとにかく、ことばをいじるのは、

(気持ちいい)

この誘惑の穴にさらに深く落ちたのは、盛岡高等農林の三年生のときだった。九人の同級生や下級生とともに、同人雑誌「アザリア」を創刊したのだ。


(この部分要約)

 《創刊号は四十八ページ、なかなか堂々たるものだった。賢治は、短歌二十首、童話一篇を寄せた。「おらは、書ける」このことは、賢治のひそかな自信になった。イリジウム採掘やら製飴工場やら人造宝石の事業のほうが、まだしも切実だった。》


が、意識の底では、文学は消え去ってはいなかった。

清冽な湖をいただいた山がじつは地下にゆっくりと熱い岩漿(まぐま)をためつつある、そんな状態だったのかもしれない。岩漿はやがてガスを生じ、溶岩となり、火山弾と化して地にあらわれるだろう。地をゆるがし、轟音とともに噴出するだろう。

きっかけは、東京だった。


  • 『銀河鉄道の父』
    • 著者 門井慶喜 講談社 1600円+税


2018-01-05

[][] 映画『苦い銭』「はたらけど はたらけど猶わが生活…」

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[キヅタ]


新作ドキュメンタリー映画ワン・ビン監督

 『苦い銭』

 ◎ヴェネチア国際映画祭 脚本賞受賞 & ヒューマンライツ賞 受賞

  • 中国の巨匠、ワン・ビン監督作品
  • 故郷を離れ彼らは言う「苦い銭を稼ぎにいくんだ」。
  • 出稼ぎ労働者が8割を占める街、中国の浙江省湖州。
  • 時給は16〜18元。1元は約17円。1日働いても3000円になればいいほど。おかしくて愛おしい、銭にまつわる人生いろいろ。
  • “ 働けど、働けど。” これがキャッチコピー。

  (石川啄木の「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」が下地と思える)


〇 2/3より全国ロードショー


予告篇



2017-08-04

[][] 啄木を歌う “弱さをいつわらず歌うには強さが要る…” 谷川俊太郎

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[ナンテンハギ]


◯『手紙』谷川俊太郎 集英社発行


石川啄木


  涙をこぼれるがままにしておくには

  勇気が要る

  弱さをいつわらず歌うには

  強さが要る

  でたらめと嘘

  裏切りと虚栄

  その矛盾と混沌のさなかに

  ひとつの声が起ち上る

  さながら悲鳴のように時代を貫き

  どんな救いもないからこそ

  言葉は

  言葉であることで自らを救う


  黄ばんだ写真の奥から

  私たちをみつめる哀しげな顔

  青年は時代の傷口

  いつまでも癒えない傷口

  そこから流れ出る歌は

  私たちの血の

  途絶えることのない

  調べ



  • 『手紙』谷川俊太郎 集英社 1990年


2017-08-02

[][] 共感と驚異「いたく錆びしピストル出でぬ 砂山の…」啄木

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[タイマツバナ]



〇『明解国語総合』  三省堂 2010年

  読書の森へ

「麦わら帽子のへこみ」  穂村弘


  • 短歌が人を感動させるために必要な要素のうちで、大きなものが二つあると思う。それは共感と驚異である。共感とはシンパシーの感覚。「そういうことってある」「その気持ちわかる」と読者に思わせる力である。

  頬につたふ

  なみだのごはず

  一握の砂を示しし人を忘れず   石川啄木


  思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ   俵万智


  • 石川啄木や俵万智の歌が多くの読者を持ったのは、このような共感性に優れているためである。読者は自分自身の体験や気持ちをその作品の上に重ね合わせてカタルシスを得ることができる。

  • 共感=シンパシーの感覚に対して、驚異=ワンダーの感覚とは、「今までみたこともない」「なんてふしぎなんだ」という驚きを読者に与えるものである。石川啄木や俵万智の歌には、共感の要素のほかに、実はこの驚異の感覚が含まれている。

  砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね   俵万智


  いたく錆びしピストル出でぬ

  砂山の

  砂を指もて掘りてありしに   石川啄木



2017-05-05

[][] 新刊『朝の随想 あふれる』啄木に会いに…

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[『朝の随想 あふれる』(カバー写真:著者  右端、微かに消えかかる山は「利尻富士」)]


『朝の随想 あふれる』

 山下多恵子 著 未知谷

2012年4月から9月まで半年間、週一回、NHK新潟ラジオ「朝の随想」で話した原稿を集めたもの。

「語る」ように書き、「聞く」ように読みたい、「動詞」にまつわる26のお話。


#お話のうちのひとつ#

第2回「会う * 啄木没後100年」

もしも歴史上の人物にたったひとり会うことができるとしたら、私は迷うことなく石川啄木に会いに行きます。

啄木の歌集『一握の砂』は、文学性の高さ、多くの人に親しまれているという点で近代以降の歌集のなかでも突出しています。 

  砂山の砂に腹這ひ/初恋の/いたみを遠く思ひ出づる日

  山の子の/山を思ふがごとくにも/かなしき時は君を思へり

  はたらけど/はたらけど猶わが生活楽にならざり/ぢつと手を見る (生活=くらし)

私たちはうれしいとき淋しいとき苦しいとき、『一握の砂』を開くとその時の感情にぴったりの歌が必ず載っています。

啄木が亡くなって今年(2012)で100年になります。1912年(明治45)4月13日、啄木は息をひきとりました。桜の散る午前九時半でした。啄木は、わずか26年2カ月の生涯を実によく生きた人であり、人を愛し人に愛される人間でした。

啄木に会うことは叶わないことですが、彼は作品を通して「生きなさい。生きるんですよ」と私たちをやさしく励ましてくれているような気がします。そう思うと、生きる力が湧いてくるのです。それを私は「啄木の力」と呼んでいます。


『朝の随想 あふれる』

 山下多恵子 著 未知谷

 2017年5月発行 1500円+税


目次

1 在る 2 会う 3 渡す 4 似る 5 訪ねる 6 書く 7 思う

8 焦がれる 9 歩く 10 運ぶ 11 感じる 12 悩む 13 写す 14 忘れる

15 励ます 16 降る 17 佇む 18 あふれる 19 信じる 20 生きる

21 支える 22 刻む 23 待つ 24 気づく 25 つなぐ 26 伝える


登場する文学人

塔和子/石川啄木/五味川純平/森鴎外/二葉亭四迷/網野菊/種田山頭火/宮澤賢治/太宰治/紀貫之/北條民雄/川端康成/P. ヴェルレーヌ/坂口安吾/吉本隆明/宮崎郁雨/埴谷雄高/井上光晴/知里幸恵/平出修/中島敦ほか



2017-02-08

[][] 新刊寸評『海の蠍 明石海人と島比呂志』

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◎新刊寸評 

 増補新版『海の蠍(さそり) 明石海人と島比呂志』山下多恵子 著

  • 明石海人(1901〜1939年)と島比呂志(1918〜2003年)、2人の作家の共通点はハンセン病。2人が全身全霊で伝えた言葉と壮絶な人生を紹介している。
  • 明石の時代、ハンセン病は「不治の病」であった。失明と気管切開を経た明石は「空中に腕を回して文字を書き、あるいは呼吸管の穴をすりこぎのような手でふさぎ、その息を声帯に回して、辛うじて声を発し」、言葉を紡いだ。
  • 一方、島の時代、ハンセン病は治療薬で治癒する病気となった。それにもかかわらず療養所で囚人のような生活を強いられた島の作品を「囚われの文学」と捉え、読み解いている。
  • 本書は2003年に刊行されたものの「増補新版」。雫石町出身、新潟県在住の著者が「新潟日報」に連載した「島比呂志からの手紙」を加えた。

(2017-02-05 岩手日報

新刊『増補新版 海の蠍(さそり) 明石海人と島比呂志 ハンセン病文学の系譜』

 山下多恵子 著 未知谷

 2017年1月発行 2700円


2016-12-26

[] 新刊!『海の蠍(さそり) 明石海人と島比呂志』

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新刊『増補新版 海の蠍(さそり) 明石海人と島比呂志 ハンセン病文学の系譜』

 山下多恵子 著 未知谷

 2017年1月発行 2500円+税

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はじめに

  • 明石海人と島比呂志──本書において私は、彼らの生きた姿と残された言葉をたどりながら、生きることと書くこと(歌うこと)の関係を考えたい。
  • 極限にあってなお、書く(歌う)ことをやめなかった、それどころか書くことに全生命を注ぎこみ、そのことによって生き抜いたという事実は、私がずっと問い続けてきたことへの大きなヒントになるように思われる。すなわち、ひとはなぜうたうのか。私が知りたいのは、それである。
  • 彼らが全身全霊で伝えた言葉を、私たちもまた全身全霊で受け取らなければならない。それは言葉に託した彼らの思いであり、残った者に対する信頼のかたちであるからだ。

目次

 海の蠍 明石海人への旅

  I 「癩」であること

  II 歌集『白描』の世界

 人間への道 島比呂志の地平

  I 「人間」として

  II 囚われの文学──島比呂志を読む

 島比呂志からの手紙「らい予防法」を越えて

増補新版へのあとがき

  • 『海の蠍』は、2003年に刊行されました。私の初めての本でした。13年かかって、「増補新版」というかたちで再び世に出せることになり、感慨深いものがあります。
  • 久しぶりに自分の書いたものを読み返し、明石海人・島比呂志という、ふたつの実存と再会したような気がしました。軽い、あまりにも軽い言葉たちが闊歩するこの時代に、ふたりの命がけの言葉が投げかけるものは大きいのではないでしょうか。

   2016年12月 山下多恵子



2016-03-15

[] 「地雷ではなく花をください」

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「地雷ではなく花をください」

「続・地雷ではなく花をください」

「続々・地雷ではなく花をください」

  • 絵・葉 祥明  文・柳瀬房子
  • 自由国民社


かけがえのない地球をつくりましょう

 かけがえのない地球を残すため

  地雷ではなく 花をください

  地雷ではなく 花をください


Let's make the only one Earth a better place

 To leave it better for the future

  Give me not mines but flowers !

  Give me not mines but flowers !



この本の舞台となったボスニア・ヘルツェゴビナは、1992年に74年の歴史を閉じたユーゴスラビアという国の一部だった。


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は1995年に終結したが、旧ユーゴスラビアには、600万個もの地雷が埋められた。


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2016-01-17

[][] 啄木ゆかりの「『渋民』の名を残していれば、もっと…」

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[ボーイング737機内 照明]


《作品に登場する啄木》

  『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路』

    松本修  新潮文庫 平成20年


素晴らしき方言

  • 次の日、日沢君のご両親に車で盛岡まで送ってもらった。岩手県は四国全体の八割にも達する広さで、しかも山あいを縫う道が続き、盛岡までは思ったよりはるかに遠かった。途中、石川啄木ゆかりの旧「渋民村」でおいしい蕎麦の昼食をとった。日沢君は、ここが村々の合併によって玉山村となり、「渋民」の名が消えてしまったのを残念がる。
  • 「『渋民』を残していれば、ここを訪れる人ももっと増えただろうに」

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「本家 啄木の息」は、下記のリンクでご覧になれます。

・石川啄木 年譜 ………… 26年と53日の生
・ローマ字日記………… 漢字と仮名では書けないことをローマ字で
・啄木文学散歩………… 息づかいの聞こえる ゆかりある場所を訪ねて
・啄木行事レポート …… イベントに参加しての私的レポート
・啄木の 女性たち ……… 啄木の人生を彩った「忘れな草」たち
・啄木と花 ……………… 歌に登場する花や木の資料

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