February 10(Fri), 2012
予期不安と呼吸筋について
普段やり慣れないことをやってみると、けっこう身体って緊張するんです。例えばそれが家事だったりすると、ご飯の度に疲れきって、自分のやりたい事にまで費やすエネルギーが残りません。だからたぶん、普段から少しずつ家のことをやっておいた方がうんと楽なんじゃないかと思っています。
緊張していると、肩が大きく持ち上がって、喉もとの筋肉が盛り上がっているのが分かります。この辺りは、おでこやコメカミに痛みを飛ばすので、頭をほぐしたり、頭痛薬を飲んだりといった対処がされがちですが、なるたけ早く喉もとの筋肉をほぐして、伸ばして、休んでもらった方が良いんです。
そういえば、パニック障害をお持ちの方は、予期不安の度にこの辺りの「呼吸筋」が硬く緊張します。マインドフルネス瞑想がある程度効果的に働くのも、本来もうちょっと呼吸の助けになって欲しい横隔膜や腹筋に刺激を入れて、緊張しすぎの喉もとの呼吸筋をリラックスさせるからだと思うんです。
予期不安のたびに、頭や首や肩や顎が痛くなるという方に、こうした「呼吸と筋肉の関連性」についてアドバイスすると、「そうそう、よくわかる」とはおっしゃるんですが、体感的に理解できないところがあります。やっぱり、癖づいているんですね。
もし、皆さんの周りにも、予期不安と体調不良で困っている人がいたら、「喉の力を脱いてごらん」と声をかけてみてください。「あんたは、この辛さを分かってない」と反発されることもあるかもしれませんが、ほんのちょっとの工夫で変わることだって、けっこうあるんです。
身体に生じる緊張とか、不安は、ある程度自分から離れて自分を見るというような視点が必要な気がします。とはいっても、くっつき過ぎず、離れ過ぎずという程良い距離を保つのはたぶん難しいんです。だったら、くっついたり、離れたりしながら、その都度自分を見つめ直したら良いのかもしれませんね。
読んでいただいてありがとうございます。口の渇きは予期不安につながります。湿度たっぷりで、今日を乗り切りましょう。
February 09(Thu), 2012
大感染シーズンがやってきた!
風邪をひく人が増えてきて、学級閉鎖の話もあちらこちらで耳にしています。
インフルエンザの体験談について語り出すと、皆さん、「2度と経験したくない」「私が倒れるわけにはいかない」と、気合いを感じさせます。
「私はかからない」と、自己暗示をかけているクライエントさんもいらして、あらためて、病気が日常生活に与える影響の大きさを感じています。
そういえば、ぼくの子どもの頃には学級閉鎖という言葉はあまり耳にしませんでした。どこか遠い国で起きていることのような、大変に不謹慎ですけど、淡い憧れの気持ちがあったような気がします。
実際に、重症化した人やそのご家族から話を聴くと、一つひとつの判断が、生死を分けるものであって、闘病中、とても楽観的になれる状態ではないんだと言います。本当にその通りだと思います。
免疫学者の安保徹さんが言っていましたけど、感染症にかかりやすくなるのには理由があるそうです。それは、今いる環境に適応できているかどうかによって大きく変わるようなんです。
暑さや寒さ、湿気や季節の変化、あるいはストレスなど、人間の身体を狂わせるものは、身の回りに溢れかえっています。免疫力に関わる自律神経系について知っておくのも、体力が資本になる現代において必要なリテラシーのように思います。
とはいえ、確かに外敵は多いんだけど、それをあまり敵視していてもどこかバランスを失いそうではあります。外敵に対して身構えすぎないこと、いかに慣れるかという肩の力を抜いた発想が、この大感染シーズンには必要なのかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます。整体・カイロプラクティック・徒手療法は、免疫力を整えるのにも役立っています。「私が倒れるわけにはいかない」と気合いが入っている方のお手伝いをさせていただいています。
February 08(Wed), 2012
身体表現について
これまで身体表現にまつわる痛みや不調をメンテナンスしてきたんです。脳天を突き刺すような腰痛があれば、めり込むような肩こりであったりします。中には、まったく原因が分からず、お医者さんから見放されているんだということもありました。
そんな経緯でぼくに依頼をいただくんですが、身体表現について、つまり、感情や記憶が症状になるんだよ、ということをパッと納得される人と、まったく理解しない人がいることを知りました。
その理由については別項に譲りますが、自分の抱えてきた痛みとか、不調を話す時って、誰でも必死になるんです。正確に、どんだけ大変なものかを理解して欲しいというのは、身体表現を納得するしないは関係なく、人間誰にでもあることだと思います。
そういえば、ちょっと昔なら、身体表現なんていうと、バレエであるとか、舞踊というイメージがありました。近年は、脳のメカニズムが大衆化され、関連する書籍もずいぶん出版されたようです。
実際に、脳に関わる仕事に就いている人と話すと、いかに人体が不思議なものかという話よりも、障害を抱えながら、日々の暮らしをどうやって営んでいくか、どうやったら家族に協力してもらえるかという問いを抱えていることに気がつきました。
後遺症を抱えたクライエントさんが、ある時こんなことを言っていました。「いやァ、倒れてからの方が人生が楽しいヨ。失敗に寛容になった気がする。これまでは自分にも家族にも厳し過ぎたなァ」。
健康に不安を抱えないことには、見落としていることがいっぱいあるんだと思います。身体表現というのも、人生に降りかかる災厄としてみれば辛いだけですが、それなしには気がつかなかったことがあるような気がしています。
読んでいただいてありがとうございます。「失敗を恐れる子どものためのカリキュラム」作りに取りかかりました。
February 07(Tue), 2012
猫背の苦労
ずいぶん猫背になっていらっしゃったので、横向きのまま、鎖骨の境目のすじばっているところを順に圧してみます。悪いところは痛みがあります。
あまり一般には知られていませんが、胸の筋肉を悪くして数十年も肩こりを患っているケースって、けっこう多いんです。
はたからみると、肩甲骨がグイッと持ち上がり、それでいて力なく肩をすぼめているので、すぐにそれとわかるんです。
肩甲骨の上っぱりにビッシリとくっついている線維状の筋肉が、これでもかというほど硬くなっているのを確認することができます。キネシオロジーでは、学習障害と絡んでいる筋肉だと考えられています。
痛みが強い部位は、皮膚をペロリとめくったら、ジューシーな老廃物がたまっているでしょう。痛みを緩和するには、そのおつゆを外に排出しなければなりません。いわゆる軽い炎症を併発しているわけですが、これも放置しておけば、近いうちに痛みが放散します。つまり、拡がっていくんです。
老廃物の排出には、人差し指と中指をチョイチョイと、砂を慣らすように少しずつ散らしていくと、たいてい上手くいきます。あんまりグイッと押しこんじゃあいけない。
それがまどろっこしいという人には、手のひらを使って一気に皮膚下の老廃物を流していくと良いでしょう。いずれにしても、人間の身体なんで、「優しく」が基本です。
もし、夜勤続きや休みなしでよっぽど疲れているのなら、全身に手を入れた方が話が早いかもしれません。脳の特性からいって、痛いところだけをどうにかして欲しいと思うものですけど、実はそれ以外のところも、いつ痛くなってもおかしくはない状態にあるんです。
どうやら身体は、頭よりもよっぽど現実の辛さを分かっているようです。猫背でしんどい時は、そっと胸に手を当ててみてください。頑張りすぎてないか、無理をしてないか、自分を見失ってないかってネ。
February 06(Mon), 2012
自己愛の育ち方
甘やかされた子どもたちが大人になったときに、いったいどうなるかという話になったんです。
甘やかされるといっても、ケースによって違いがあるんでしょうけど、強いて共通点をあげるとすれば、たぶん「条件付きの承認」なんだと思います。
何やら難しそうな用語ですが、ざっくりいえば、親の設定した高い基準をクリアしたときにだけ、ニンジンを与える養育のことを指します。ぶら下げたニンジンが愛情なら、かなり捻じれた親子関係ができあがるわけです。
このまま成長すると、誰かが褒めちぎってくれたり、充分な報酬がなければ、途端にヤル気を失うといった事案が起こりやすくなるんですネ。仕事を始めたら、ずいぶん苦労するんだと思います。評価されていない自分に我慢ならないからなんですネ。
お話した内容を思い返してみると、「ホイホイしちゃあいけない」という言葉が耳の奥に残っていました。ホイホイモノを買い与えすぎたり、気が向いたときにだけベタベタくっついたりなどの行為は、子どもの自尊心を不安定にしちゃうんです。
また、両親のどちらかがホイホイ、ベタベタするほど、その反対側がネチネチ、冷ややか、無関心になるという傾向もあるようなので、ここに書き留めておきます。
子育てで、その都度工夫してきた人ほど、周囲の人にはあまり多くを語らない傾向があるんじゃないでしょうか。その理由は、自分の頭で考えるのを常としているからかもしれません。しかしこれは、実にもったいないことのような気がしています。その体験を今、奮闘している人びとに共有していければと思っているんですが。
February 05(Sun), 2012
詣でる
箱根まで足を伸ばして初詣に行ったんです。道中、ゆっくりと景色を見たかったので、ノロノロと走りました。少し窓をあけて、外の空気を入れます。
芦ノ湖が近づくと、まだ残り雪があります。風が強く、湖の表面がしぶきをあげていました。
長い階段をのぼっていくと、そこで結婚式が開かれていました。その中を中国人旅行者の集団が、早口で何やらまくし立てながら、足早に去って行きました。
神社を取り囲む樹木に目を奪われました。ずっと昔からここにあるんだなァと、妙に感慨深くなってしまいました。
時代の移り変わりに想いをめぐらせると、これまでみんな何を思い、ここに訪れたんだろうと考えるんですねェ。
ぼくの父親は、宗教とか神様といった類にまったく興味がない人でした。誰かが死んで、親戚が集まっても、伏し目がちに煙草をふかしているだけだったんです。時々愛想笑いを浮かべているくらいで、何かを話している記憶が残っていません。
父が死んだとき、喪主を務めたのは次男でした。父の最期をいちばん近くで看取ってくれました。
その後は、降りかかる問題をネットで調べたり、文献にあたったり、親戚に聞いたりして、いちいち納得しながら解決をしていきました。
これまで一度も会ったことのない人から、「最近の若いもんは」と責められつつも(そのなかには坊主もいた!)、あるいはありもしない儲け話を聞かされながら、眈々と課題を片づけていったんです。
そうやって、父に課せられていた負担を理解することができたんじゃないかナと、今になって思います。黙って煙草を吸いながら、いったい何を考えていたのかなァ。少しくらいぶっちゃけても良かったじゃないか。
たくさんあった問題は、徹底的に法律に照らしあわせて、兄弟がそろって解決策を考えました。法律なんて持ちだすと息苦しいもんですが、知っているのと知らないのとでは、大きな差を生むことをここで学んだんだと思います。
もちろん、そこでは伝えなければならない相手がいて、こちらが法律を押しつけているだけでは、一切聴く耳をもってもらえません。だったら、どうやって納得してもらえるか。それを徹底的に考えることを学んだ日々でした。マ、悪いことばかりではないんだと思います。あとになって分かることもいっぱいあるんだなァ。
February 04(Sat), 2012
再就職のストレス
再就職には、相当なプレッシャーがかかるようです。特に、業種が同じ場合では、以前在籍していた職場と比較したくなるものです。「なんでこんなムダなことを」と、言いだしたくなるのをグッとこらえる、そんな場面もずいぶんあるようです。
心のなかにある考えや感情が、人間を作っていくという考えかたがあります。いくら口では良いことをいっていても、心のなかがよからぬ考えや負の感情で満たされていれば、やはりその人はどこかに負が漏れだすものです。
一方で、平気で憎まれ口を叩いて、周囲を困らせるという人がいますが、これは考えや感情を外にだすので、たぶん心はさっぱりしているんです。
どちらが良いかと比較できるもんではないと思いますが、よりじぶんを知ってるのは後者のはずです。
なるたけ早く、新しい環境で「自」をだせるようになれば、からだの緊張もずいぶん減るのだと思っています。そうはいいながらも、「がんばっている人のからだはほぐしがいがある」んですねェ。




