テアトル・ド・バレエ・カンパニー「ダンス・ボザール」

標記公演評をアップする。

塚本洋子主宰テアトル・ド・バレエ・カンパニーが、秋の定期公演として「ダンス・ボザール」を上演した。座付き振付家、井口裕之の作品を一挙に3作発表する、意欲的なプログラムである。


幕開けは、名古屋市至学館高等学校ダンス部に振り付けた『グラスホッパー』。同部は内外のダンス・ドリル選手権やダンスコンペティションで一位を獲得する強豪である。井口の振付は、ヒップホップを得意とする高校生達に重心の低いモダンダンスのフォルムを与え、内面性を加味するなど、新たな展開を図るものだった。続く特別上演「18thバレエコンペティション21」コンテンポラリー部門ジュニアとシニア一位受賞者、小澤早嬉と千田沙也加のモダンダンス・ソロと共に、カンパニーのダンサー達に新鮮な刺激を与えたことだろう。


前半の終わりはアルヴォ・ペルトの音楽を使用した『エメラルド』。井口自身と、前回のコンペティション受賞者、服部絵里香と伊東佳那子、カンパニー若手の畑戸利江子と永田瑞穂が、スタイリッシュなコンテンポラリー作品に挑戦した。井口の幅広い蓄積が後進に伝わるよう意図された、骨格の大きい作品である。井口と服部による推手のようなコンタクトやアクロバティックなリフト、伊東のしっとりしたソロ、畑戸と永田の鏡像デュオが印象深い。中でも服部は、井口振付を良く理解した鮮やかな動きで目を惹いた。


後半はモーツァルトの様々な楽曲を用いた喜劇的力作『ビッグベアー』。終盤は悲劇に転じるところが、モーツァルトの音楽世界と共通する。冒頭、井口がクマの着ぐるみで登場。「ガオー」と吠えると観客の子供達がゲハゲハ笑う。クマは、先の『エメラルド』で井口が転んだハプニングを繰り返して、自らを慰める。演出にはキリアンやフォーサイスといった先行者の影響が見られるが、井口はそれを完全に消化し、独自のクリエイティヴな作品を創り上げている。優れた音楽性が選曲・振付の細部に至るまで発揮され、ダンサーとの濃密な呼応が窺えるからである。


舞台のバックには白い布、右下に赤いペンキで何か描き殴られている。女性8人は古風な黒ビロードのワンピースにシニョン髪の女学生風。8つの主題に沿った振付は、クラシックのラインを生かしてはいるが、盆踊りや日常の動き(塩を撒く等)から踊りが派生するなど、コンテンポラリーの手法に基づいている。演出はペーソスを交えながらもコミカルが基本。ただし終幕、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」が流れると、クマは赤い落書きの所に行き、女学生達はワンピースを前に掲げて登場。それを下に置くと、肌色のレオタードが血まみれになっている。バックに日本列島が浮かび上がり、福島が赤く染まる。赤いペンキは原発事故、「私たち」も傷を負っていたのだ。須藤有美のコミカルな芝居、ピアノ・コンチェルトで踊られる植杉有稀と浅井恵梨佳の美しいデュオ、同じくクマ(井口)の哀愁に満ちたソロが素晴らしい。


井口はモダンダンスから内的表現を、コンテンポラリーダンスから動きの生成を、バレエから繊細な音楽解釈を獲得してきた。それらが渾然一体となった『ビッグベアー』に、振付家としての成熟が垣間見える。(10月18日 愛知県芸術劇場小ホール) *『音楽舞踊新聞』No.2939(H26.12.1号)初出