マリインスキー・バレエ来日公演2016

標記公演評をアップする。

ロシアの誇るマリインスキー・バレエが三年ぶりに来日した。バランシンの『ジュエルズ』(67年、99年)、グリゴローヴィチの『愛の伝説』(61年)、ラヴロフスキーの『ロミオとジュリエット』(40年)、セルゲーエフ版『白鳥の湖』(50年)という充実のラインナップ。中でも『愛の伝説』は初演版としては、本邦初公開になる。


メリコフの音楽、ヒクメットの台本、ヴィルサラーゼの美術によるグリゴローヴィチ初期作品は、すでに彼独自の様式性を備えていた。フォルム重視のパ・ド・ドゥ、ポアントによる民族舞踊、勇壮な行進やシンメトリーの大見得といった華やかな装飾的振付。外に曲げられた直角の手首は、優美な古典的調和への強烈な反抗である。女王、その妹、宮廷画家による三角関係のドラマが、壮大なページェントの口実に思われるほど、踊りと肉体フォルムが氾濫する。マリインスキーの男女ダンサー達は、大きさ、力強さに、洗練を加えて、本家の意地を示した。


テリョーシキナの姐御肌女王。グラン・ジュテ・アン・トゥールナンの浮遊が素晴らしい。妹には愛くるしいシリンキナ。宮廷画家のシクリャローフは、終盤に故障降板したが、力強い大きな踊りで、かつての爽やかな青年のイメージを覆した。宰相のズヴェレフ、托鉢僧のピィハチョーフも重厚な存在感にあふれる。


今回の来日を通して最も驚かされたのは、バレエ団が有機的に統合されたことだった。これまではマリインスキーの伝統という名の下に、個々の指導者が作品を統括しているように見えたが、今回はファテーエフ芸術監督の意向がステージングと配役に反映され、コール・ド・バレエの隅々まで、指導者の目が行き届いている。


象徴的だったのが、クリスティーナ・シャプランとサンダー・パリッシュの主役起用。二人とも輝きはあるが控え目。シャプランはポアントが強くないことで、却って肉体に微妙な襞が生じ、陰翳の濃い感情を体に溜めることができる。見ているこちらが吸い込まれそうな呼吸の深さだった。パリッシュは、英国ロイヤル・バレエのコール・ドからファテーエフによって引き抜かれた不思議な経歴の持ち主。まだ押し出しは弱いが、ノーブルな美しさがある。


ダンサー育成の繊細さはステージングにおいても共有される。ラヴロフスキー版『ロミオとジュリエット』の様式的な演技とフォルム重視の踊りが、振付への緻密な解釈が加わることで、生き生きとした自然な演技と感情豊かな踊りに変貌を遂げている。バルコニーのパ・ド・ドゥは細やかな愛の対話に、秘密結婚の儀式的フォルムは、祈りそのものに昇華した。


こうした変化はバレエ団の西欧化なのだろうか。それともロシア・スタイルへの先祖返りなのだろうか。いずれにしてもマリインスキー・バレエが高性能集団であることを、かつて無く認識させられた来日公演だった。(11月26日 文京シビックホール、11月28日、12月2日、5日昼夜 東京文化会館) *『音楽舞踊新聞』No.2963(H28.2.15号)初出