新国立劇場バレエ団 『くるみ割り人形』 新制作 2017 ①

標記公演を見た(10月29日,11月3日夜,4日,5日)。2017/2018シーズン開幕公演。先行のワイノーネン版(97年同団初演)、牧阿佐美版(09年)に次ぐ、ウエイン・イーグリング版『くるみ割り人形』である。イーグリングは96年にオランダ国立バレエ、2010年にENBに『くるみ割り人形』を振り付けている。DVDを見る限り、オランダ版の構成、雪の精と花のワルツがそのまま引き継がれ、英国を舞台とする細かい演技、ディヴェルティスマンは、ENB版に沿っていると思われる(同団トレイラーから)。新国立版では、くるみ割り人形と王子を一人のダンサーが演じる他、「アラビアの踊り」と「ロシアの踊り」に手を加えたという(シーズン・バレエプログラム)。美術・衣装・照明は『ホフマン物語』と同じ、川口直次、前田文子、沢田祐二が担当した。
演出の根幹は、ワイノーネン版に通じるクララの成長譚にある。12歳のクララが夢の中で20歳になり、くるみ割り人形=王子と踊る。このため、二幕パ・ド・ドゥは儀式性よりも、クララと王子の愛に重心が置かれることになった。また原作の家族関係(姉ルイーズ、兄フリッツ)の反映も大きな特徴。一幕 自動人形の場面は、ルイーズと取り巻き(詩人、青年、老人=スコッツマン)が、それぞれクララ、ドロッセルマイヤー、騎兵隊長、ネズミの王様に相当する役を演じ、クララの夢の布石となる。さらに二幕ディヴェルティスマンでも、両親(ロシア)・姉(蝶々)が登場。兄は騎兵隊長(青年役と同一ダンサー)に見立てられ、クララの見た夢であることが強調された。冒頭、クララの寝室で行われるクララ、フリッツ、ルイーズ、乳母、母による早回しのような芝居は、子供時代の幸福な日常を、終幕のフリッツとクララの光輝く立ち姿は、新しい世界への期待を表す。未来を担う子供たちへのイーグリングの愛情を感じさせた。
版を重ねただけあって、凍った運河のスケート・シーン、夢への移行を示すプロジェクション・マッピング、ねずみの王様が壁から出てくるシーンなどの演出も細やか。一幕前半の現実の世界を紗幕越しにしたのは、夢の方がリアルであることを示すためだろう。音楽改変については『眠れる森の美女』同様、賛否を分けると思われるが、アポテオーズを子守唄の主題に変えたことで、従来華やかに終わる終幕が、新しい世界の静かな幕開けへと変わった。
振付は男女とも高難度。ソロもさることながら、複雑に入り組んだパートナリングがさらに難度を上げている。特に男性ダンサーは、主役からソリスト、アンサンブルに至るまで、サポートの難しさを滲ませた。初演のため踊りにばらつきがあり、音楽を聞かせるには至っていないが、再演を重ねれば解消されるだろう。群舞にはイーグリングお得意のカノンが多用される。ワイノーネンの山登りに似た雪の結晶の退場シーン、二幕フィナーレにおける花のワルツの道連れフォーメイションなど、見る喜びがあった。一幕親たちの踊りは『R&J』の騎士の踊り風、グロスファーターは両親と祖父母の心温まるコントルダンスが中心となり、祖父母の杖と補聴器が、最後は両親の手に渡るというオチが付いた。