Kバレエカンパニー 「NEW PIECES」 2018

標記公演を見た(2月27日 オーチャードホール)。全て新作の創作集である。振付家は芸術監督の熊川哲也、ゲスト振付家の渡辺レイ、同じく山本康介、バレエ団プリンシパル宮尾俊太郎。音楽は全曲19世紀に書かれたクラシックで、しかもオーケストラの生演奏という、創作集としては異例の豪華な枠組みである。熊川監督はプログラムでバレエ・リュスに言及し、振付家に創作の場を提供するだけでなく、レパートリー化を目指すと語っている。公演はそれに値するレヴェルの高さだった。
幕開けは宮尾作品『Piano Concerto Edvard』。グリーグの「ピアノ協奏曲イ短調 作品16」に振り付けられたプロットレス・バレエで、小林美奈と山本雅也を中心とする5組の男女が、ダイナミックな踊りとノーブルなスタイルを披露した。宮尾は音楽をよく聞き込み、多彩なフォーメイションと振付を施している。言わば直球型の力作だった。小林と山本は共に高い技術を誇る。現段階では2楽章のしっとりしたアダージョよりも、舞曲風の3楽章で持ち味を発揮した。小林のフェッテを交えた揺るぎないピルエット、山本の闊達なマネージュと左右回転、高位置のピルエットが素晴らしい。石橋奨也、益子倭の勇壮な踊り、女性ソロ(ダンサー名は不明)の繊細な踊りが印象的だった。ピアノ独奏は塚越恭平。
続いて山本作品『Thais Meditation』。修道僧アタナエルと高級娼婦タイスを描いたマスネの同名オペラから、タイスを回心に至らしめる瞑想の曲に振り付けられた。先行にアシュトン、プティ。山本はBRB時代から創作を始め、ストラヴィンスキーを隅々まで舞踊化した『冬の終わり』が、2011年に日本でも上演されている。その繊細で自然な音楽性は山本の才能の核心。星空をバックに荒井祐子と宮尾俊太郎の踊るパ・ド・ドゥは、パへの分割が不可能なほど音楽と一体化している。荒井は冒頭から振付の音楽性を余すところなく汲み取り、そのまま身体に移し替える。まるで体から音楽が流れ出るようだった。対する宮尾はリフトの多いサポートを、恋する騎士として誠実に実行。荒井の美しいパフォーマンスを献身的に支えている。優美なバイオリン独奏は浜野考史。
休憩を挟んで渡辺作品『FLOW ROUTE』。「流れるもの」の意とのこと。ベートーヴェンの「コリオラン序曲」、「弦楽四重奏第14番」より第1楽章、「交響曲第7番」より第4楽章を使用したコンテンポラリーダンス作品である。それぞれ、物語性重視、親密なパ・ド・ドゥ、元気なアンサンブル総踊りと、ベートーヴェンを勢いよく立体的に舞踊化する。「バレエ教室の床をごろごろ転がっていた問題児」(プログラム)らしく、パワフルで男前の振付だった。カニのような鉤型の手足、バスケのような上体のバウンスも面白い。若手の矢内千夏とベテランの遅沢佑介を主役に、16人のアンサンブルが初々しく生き生きと踊る。遅沢の的確な振付解釈と重厚で力強い存在感が舞台を牽引、優れた音楽性と自在な身体能力を持つ矢内とのパ・ド・ドゥでは、体を通した親密なコミュニケーションを感じさせた。総踊りに挿入された若手 佐野朋太郎のソロも鮮やか。足立恒のクリティカルな照明が、作品形成に大きく寄与している。
休憩を挟んで最終演目の熊川作品『死霊の恋〜La Morte Amoureuse〜』。テオフィル・ゴーティエの同名短編を原作に、ショパンの「ピアノ協奏曲第1番」より第1楽章に振り付けられた。舞台美術・衣裳は『カルメン』『クレオパトラ』を担当したダニエル・オストリング。熊川は持ち前の優れた音楽性を基盤に、ショパンの音楽を、清廉な神父ロミュオーと高級娼婦(吸血鬼でもある)クラリモンドとの恋物語に寄り添わせていく。ロミュオーの信仰と恋の板挟みによる苦悩に始まり、先輩セラピオンとの友愛、クラリモンドの誘惑、そしてセラピオンが十字架でクラリモンド(ベールを被ると姿が見える)を攻撃した後、ロミュオーが自らの血を衰弱したクラリモンドに与える衝撃的なシーンが描かれる。直後の愛情に満ちたパ・ド・ドゥ、クラリモンドはロミュオーの愛に打たれ、十字架を自らに向けて昇天、銀色の破片となって地に降り注ぐ。原作では、老司教のセラピオンが棺桶のクラリモンドに聖水を浴びせて十字を切り、塵に返す結末だった。ゴーティエの退廃的官能美の世界に描かれた僅かな純愛を拡大した点に、熊川の個性が窺える。物語をクライマックスに至らせる演出手腕は円熟味を帯びている。プティの『若者と死』を想起させるとともに、将来の熊川版『椿姫』を予感させる完成度の高さだった。
ロミュオーの堀内將平は、信仰と恋の葛藤から愛へと至るドラマを一心不乱に生き抜いた。振付家の持つ無垢な魂が乗り移ったかに見える。妖艶なクラリモンドは浅川紫織。大胆な演技もさることながら、ロミュオーの愛に打たれた後半部に、浅川の人間性が垣間見える。決然とした自死(すでに死んではいるのだが)は浅川にふさわしい幕切れだった。セラピオンの石橋奨也は堀内と共に、兄弟愛のような清潔な男性デュオを作り上げた。意志のある演技で舞台に鋭い楔を打ち込んでいる。ピアノ独奏は佐々木優実。
指揮は井田勝大、演奏はシアター・オーケストラ・トーキョー。座付きオケならではの暖かく親密な舞台空間が心地よかった。