新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』 2018

標記公演を見た(6月9日,16日昼夜,17日 新国立劇場オペラパレス)。ウエイン・イーグリング版『眠れる森の美女』は2014年、大原永子芸術監督就任シーズン開幕公演として初演された。翌15年には『NHKバレエの饗宴』で第三幕のみを上演、今回は17年に続く3度目の全幕上演である。イーグリング版は英国の伝統を受け継ぎ、、マイムの尊重、原典版に沿った儀式性の高いプロローグ、一幕ワルツの新たな振付、二幕目覚めのパ・ド・ドゥの採用、三幕宝石の男女配役を特徴とする。特に音楽的で優美なマイムを堪能できるのは大きな美点。また二幕終盤、リラの精とカラボスがせめぎ合う振付の音楽性が素晴らしい。
独自の演出・振付としては、気品の精を加え、リラを中心としたシンメトリー隊形を築いた点、目覚めのパ・ド・ドゥを接触の多いモダンな振付にした点等が挙げられる。一幕ワルツ、三幕ディヴェルティスマンの振付は、高度な技術、音楽性、明快な物語性が揃い、新鮮だった(パノラマにおける森の精たちは余分に思えるが、大好きなカノンを多用し、イーグリング印を刻んでいる)。
主役は4組。初日のオーロラ姫は米沢唯。技術の高さは言うまでもなく、周囲と呼応する自然体の演技で晴れやかな舞台を作り上げた。自身本来のアプローチである。目覚めのパ・ド・ドゥは昨年とは異なり、礼節をわきまえた踊りだった。デジレ王子の井澤駿は風格あり。二幕憂鬱のソロは感情がこもり、振付難度を感じさせない。リラの精に懇願するレヴェランスは前回同様、音楽と同期して、肚からのパトスが噴出した。
二日目と三日目夜はバレエ団のゴールデンコンビ、小野絢子と福岡雄大。小野は一周まわって元に戻った印象、音楽的で生き生きとしている。精緻な踊りはそのままに、自然な感情の発露を見ることができた。福岡は装飾的なマイム、古風なノーブルスタイルを身に付けている。二幕ソロは優雅、三幕ソロはクラシカルで強度が高い。王子の王道を歩んでいる。これまで二人はバレエを極める求道者のような厳しさを纏っていたが、今回はより自由に、より若々しくなった。伝統と結びついたロール・モデルを見つけたのかもしれない。
三日目昼のオーロラ姫は池田理沙子。安定した回転技、ポーズの長さに加え、思い切りのよい踊り、真っ直ぐな舞台態度が美点である。まだ詰めるべき点は残されているが、清々しい後味だった。王子の奥村康祐はロマンティックな森の場面で持ち味を発揮、リラや妖精たちに囲まれて自然だった。三幕ソロも丁寧な踊りでクラシカルな味わいを醸し出す。池田とのパートナーシップも今後の熟成が予感された(フロリナ王女と青い鳥も同じく)。
最終日は木村優里と渡邊峻郁。木村は一幕がより自然になり、二幕幻影の伸びやかなソロは、前回に引き続き素晴らしかった。木村の持ち味である半ば眠っているような無意識の大きさが垣間見える。目覚めのパ・ド・ドゥでは、渡邊を凌駕するエネルギーを発散。三幕ソロではやや迷いを感じさせたが、アダージョは風格があった。王子の渡邊は、登場場面では少し現代的でリアルな演技。憂鬱がよく似合う優男で、伯爵夫人、リラの精、オーロラに支えられている(ように見える)。代わって三幕ソロでは、持ち味の高いジャンプと美しい回転技で、凛々しい王子像を造形した。
リラの精は、ダイナミックな木村、明快な踊りで力強く統率する細田千晶、雄弁なマイムで柔らかな空間を作る寺田亜沙子(出演順)。カラボスは、舞台を美しく俯瞰、最小限の身振りで周囲を動かすベテランの本島美和、強いパトスと濃厚な踊りで寺田リラに挑む渡辺与布、共に適役だった。初演時配役の王と王妃 貝川鐵夫と楠元郁子は、長年連れ添った滋味あふれる夫婦像を描き出す。カタラビュートの菅野英男はあっさりとロシア風、中家正博はロックスターのような儀典長を、コミカルな演技も怠りなく、音楽性豊かに演じている(王にも配役)。さらに4人の王子の浜崎恵二朗が冷静な演技で、一幕に落ち着きを与えた。伯爵夫人は共に適役のカラボス組、ガリソンの内藤博が軽妙な演技で場を和ませている。
6人の妖精は新人抜擢あり。ただし全体に初演、再演時よりも踊りの強度が弱まっている。古典性と個性を兼ね備えていたのは五月女遥、柴山紗帆、奥田花純、役を超えてはいるが寺井七海だった。ディヴェルティスマンの宝石では廣田奈々が抜擢され、それによく応えている。柴山のフロリナ、原健太=原田舞子の猫カップルには円熟味が。親指トムの福田圭吾はトムに成りきり、音楽をよく聴かせた。一方、弟の福田紘也ははまり役の狼に配役されず残念。初演以来の赤ずきん 五月女、広瀬碧、初役の狼 清水裕三郎、中島駿野が振付の味をよく伝えている。
先の『白鳥の湖』で牧時代を彷彿とさせたアンサンブルは、オーロラ友人たちの息の合った細やかな踊り以外は元に戻り、生き生きと踊ることを優先させている。
今回は長年副指揮者を務めた冨田実里の本公演デビューだった。13年日本バレエ協会関東支部神奈川ブロック公演でバレエ指揮者デビュー、イーグリング版『眠り』で来日したギャヴィン・サザーランドに見いだされ、15年ENBの客演指揮者となる。国内では井上バレエ団、NBAバレエ団でも指揮(詳しくはウェブマガジン『DANCING×DANCING』カバーストーリーvol.31を参照)。バレエ経験者でもある冨田の指揮は明快で骨太だった。隅々までエネルギーが詰まっている。昼夜公演も難なく乗り切り、最終日まで東京フィルを奮い立たせた。カーテンコールは初日以外、男性主役がエスコート。新鮮な感動があった。