「アベノミクス」(リフレ政策)を理解するために

久しぶりに、ブログ更新します。
JCILの機関紙「自由人」75号の書評コーナーに書いた原稿をのせます。
経済学素人が書いたものなので、いろいろまちがい等あるかもしれませんが、その点ご容赦ください。


アベノミクス」(リフレ政策)を理解するために

【参考図書】
『歴史が教えるマネーの理論』(飯田泰之2007年ダイヤモンド社

歴史が教えるマネーの理論

歴史が教えるマネーの理論

『不況は人災です!』(松尾匡2010年筑摩書房
不況は人災です! みんなで元気になる経済学・入門(双書Zero)

不況は人災です! みんなで元気になる経済学・入門(双書Zero)

『世界の99%を貧困にする経済』(スティグリッツ2012年徳間書店
世界の99%を貧困にする経済

世界の99%を貧困にする経済

アベノミクスのゆくえ』(片岡剛士2013年光文社新書『解剖アベノミクス』(若田部昌澄2013年日経新聞出版社)
解剖 アベノミクス

解剖 アベノミクス

『そして日本経済が世界の希望になる』(クルーグマン2013年PHP新書

 今回は、いつもとは違ったかたちでの書評コーナーとなる。副題に示す通り、今はやりの、「アベノミクス」を理解するための読書コーナーである。紹介する本も、新刊本ではなく、ちょっと古いものも含まれる。
 現・安倍政権の経済政策である「アベノミクス」なんて、理解したくない、あるいは理解するまでもない、という人も多いと思う。
 どうせ、金持ち優遇、弱い者いじめ、格差拡大の経済政策だろ。
 おカネをじゃぶじゃぶ刷って、株価をあげて、景気をよくして、株主や大企業をもうけさせるだけだろ。
 そして、最後は、バブルが崩壊して、もっと経済が悪くなるんだろ…
 等々、アベノミクスに対する多くの人(少なくともぼくのまわりの人々)の見方はこんなところだろう。
 ぼくもそうだった。
 けれども、どうせすぐ失敗に終わると思われたアベノミクスは、新聞等の報道によれば、粘り強く好調を維持している。6月ごろに、一時大きく株価が落ちて、あぁ、これで終わりだなと、安倍政権に批判的な人たちの多くは思った(期待した)と思うが、結局一時的な下落だけで、また持ち直している。この好調の原因はなんなんだろう。なんで失墜しないんだろう。なんで多くの人が支持しているんだろう。その原因を知りたいと思った。
 また、もう一つ不思議に思ったことがあった。アメリカの左派系(と言えるのかな?)の経済学者、クルーグマンスティグリッツ(ともにノーベル経済学賞受賞者)が「アベノミクス」を全面的に評価しているのだ。二人とも、時の権力者に批判的で、貧しい労働者の味方の経済学者という印象があるのに、なぜ、アベノミクスを賞賛するのだろう。(たとえば『世界の99%を貧困にする経済』の著書スティグリッツは、「われわれは99%だ」「ウォール街を占拠せよ」というウォール街占拠運動のきっかけをつくった人でもある。)なんでそうした経済学者がアベノミクスを評価するのか、そこらへんの理屈が、さっぱりわからなかった。
 ちなみに、ぼくは基本的に、安倍政権の政策は大嫌いである。憲法改正や軍事国家化、愛国心の強制などについて、正直、生理的に嫌悪している。アベノミクスもその嫌悪感の延長で、理解したいとも思わないわけだが、それでも、敵をやっつけるには、まず敵の理屈を知らないといけない。批判するにしても、ある程度成功しているその経済政策をひとまず理解した上で批判しないといけない。
 そんなこんなを思い、アベノミクスを勉強することにした。
 そうして、何冊かその関連の本を読んで、けっこうおもしろいこともわかってきた。経済の本を読んだのははじめてで、正確にはお伝えできないけれども、最近の一連の読書を通じてわかったこと、発見したことについて、以下、簡単に報告したい。

1.「アベノミクス」は、その政治色を抜いて純粋に経済学的に見れば、デフレ不況脱却のためのごく普通の、しかも世界標準の政策パッケージのようだ。
 「アベノミクス」は、金持ち優遇・大企業優先の右翼政党「自民党」の経済政策だから、さぞかし庶民いじめの政策なのかと思いきや、学問的にはどうもそうではないらしい。(そういえば以前、知り合いの左派系の経済学者に「アベノミクス」はどうなんですか?と尋ねたら、「いいに決まってるじゃないですか」、と即答され、びっくりしたことがある。)
 アベノミクスとは、基本的には三つの政策からなっている一連の政策パッケージのことである。一つは、日銀による大胆な金融緩和(市場への貨幣供給)。二つ目は、政府による財政出動。そして三つ目は、規制緩和構造改革による成長戦略。この三つの政策でもって、「失われた20年」と言われるデフレ不況を脱却しよう、というのが目標である。
 アベノミクスという言葉が、安倍首相を礼賛しているようでなんとなく嫌なら、「リフレ政策」「リフレーション」などの言葉を使えばいいかもしれない。そして、それぞれの政策は、経済学的には、デフレ脱却のためにはさもありなんの、普通の政策である。
このうちリフレ政策の肝は、一つ目の大胆な金融緩和にある。大胆な金融緩和を決意をもってやり抜き、マネー不足の市場にお金をしっかりと供給し、みんなの財布のひもを緩めて、景気をよくする。歴史的にも、戦前、アメリカの大恐慌のときや、日本の昭和恐慌のときに使われ、成功を収めている手法だ。

2.驚くことに、「アベノミクス」(=リフレ政策、特に大胆な金融緩和)は、もともと、欧米では、左派系の経済政策らしい。
 不況になり、ものが売れなくなると、当然企業や会社は経営が苦しくなり、労働者を雇えなくなる。クビになった労働者は失業者となる。もともと、リフレ政策は、不況の状態を改善し、景気を回復させ、働きたい人がみんな仕事にありつける「完全雇用」の状態を目指す政策のようだ。中央銀行がお金を大胆に市場に供給することで、みんなの財布のひもを緩め、ものが売れなくなっている状態を改善し、会社の経営の見通しをよくして、労働者を雇えるようにする、それが大きな目標なので、当然、労働者の味方の左派系の政党がこの政策を支持する。ヨーロッパでは、完全雇用実現のために金融緩和をはじめとする中央銀行の役割を強調するのが左派政党の基本的な主張のようだ。ところが日本の左派政党は、与党憎けりゃ袈裟まで憎いとばかりに、アベノミクスを批判する。そして、経済学的に裏付けのある景気回復策を主張することができていない。(『不況は人災です!』を参照のこと。左派にはぜひすすめたい名著。)

3.欧米では、保守系・右派系の政党は、金融緩和でなく、金融引き締め、緊縮財政を好むようだ。
 左派とは逆に、どうやら保守系の人々は、金融引き締めや緊縮財政を好むらしい。日本では、これは特に社会保障分野で顕著。生活保護の締め付け、介護保険の要支援切り捨てなどは緊縮財政の典型。政府は手を差し伸べず、自助努力、あるいは家族の助け合いでなんとかしろ、甘ったれるな!という、価値観からだろうか。妙なしばき系、根性論系の道徳観と親和的。だから不況時にも、わざわざ金融緩和して、好景気を演出して、困ってる会社や企業、あるいは失業者を助けるようなことはしたくないようだ。(欧米における緊縮財政の問題点については、スティグリッツクルーグマンの本を参照のこと)

4.デフレは物価が安くなるから庶民にやさしい現象のようにも思うけど、実は逆で、デフレはお金持ちに有利で、インフレは庶民に有利のようだ。
 デフレだと、だれが得をしてだれが損をするだろうか。インフレだと、どうだろうか。一見、デフレは、ものやサービスの値段が安くなるので、低所得者に有利のようにも思える。実際、そういう側面はある。
 けど、デフレは、ものやサービスの価値が下がり、お金の価値が上がる現象だ。インフレはその逆で、お金の価値が低下し、いきすぎると、紙幣が紙屑となる。デフレだと、お金をもってる人がどんどん有利になる。逆にインフレだと、そのお金の価値がどんどん下がる。貯金が100万円あって、今年100万円の車が買えても、インフレで来年は車の値段が200万になったとすると、もう貯金で車は変えない。貯金の価値は半減する。
 貯金のある人には、インフレは不利だけど、借金のある人にとっては、インフレは有利である。そして当然庶民は貯金が少ない。また庶民は、特に家族持ちは、借金が多い。お金持ちは、借金が少なく、貯金が多い。インフレは、借金の負担を軽くしてくれるので、庶民にやさしく、逆に貯金を目減りさせるので、お金持ちに厳しい。
そしてまたデフレは、お金の価値が上がって、ものやサービスの価値が下がるということなので、労働する庶民の価値も引き下げられていくという現象だ。
(リフレ政策理解に必要なマネーと物価の関係については、『歴史が教えるマネーの理論』がとても勉強になった。)

5.消費税増税も、生活保護費削減も、リフレ政策とは正反対の経済政策。安倍政権の経済政策は自己矛盾をおかしているらしい。
 消費税増税生活保護費削減を、アベノミクスの一環と思っている人も多いのではないだろうか。それは勘違いで、アベノミクスはさっき言った三つの政策パッケージ。消費税増税生活保護費削減はそこに入っていない。それらは、緊縮財政のメニューで、リフレとは対立する政策。本気でリフレーションをやるなら、景気の腰折れを避けるために消費税増税よりもむしろ減税、そして生活保護費削減よりもむしろ引き上げを行わないといけない。リフレ政策は本来、低所得者対策と親和的。
 実は、安倍政権の経済政策は首尾一貫していない。たまたまアベノミクスは、デフレ脱却のための好メニューをそろえた政策パッケージとなったが、本当にデフレを脱却し、景気や雇用や賃金を回復させ、庶民の生活を向上させることができるかどうかは、まだわからない。
 アベノミクスの三つの政策ですら、それぞれの主導者間での駆け引きがかなりあるようだ。一つ目の金融緩和路線は、安倍首相。二つ目の財政出動・公共事業好きは、麻生副総理。三つ目の成長戦略は甘利経済財政担当大臣。そして、それに増税・緊縮財政好きの人々がいる。自民政権はそれらの勢力がごちゃまぜにいて、おしひきしている状態。どう転ぶかは、わからない。(若田部p184)

6.スティグリッツクルーグマンは、安倍政権を若干過大評価してるかも!? 彼らがアベノミクスを賞賛しているのは、安倍首相が決意をもってリフレ政策を実行しようとしたから。もしそれが貫徹されるなら、不況が蔓延している世界経済にあって、「日本経済が世界の希望になる」こともあるのかもしれない。彼らにとって自国アメリカがふがいないから、隣の庭の芝生が青く見えるように、日本がよく見えるのかもしれない。ただ、自民政権も異なる立場の人たちの同床異夢の状態。スティグリッツは、アメリカのふがいなさについて、「障壁は、経済学にあるのではなく、いつものことだが、アメリカの散々な政治闘争にある」とあるところで言っているが、同様のことが安倍政権内でも起き、アベノミクスが貫徹されないかもしれない。

7.左派勢力は、リフレ政策(大胆な金融緩和=日銀による市場への大量の確固たる貨幣供給)と社会保障費拡大の二つをともに要求していくことが必要では!? リフレとは、デフレ下で守銭奴と化した人々に対して、世の中のお金の流通量を増やすことで、お金の価値が下がっていく(インフレが起きそう)と思わせて、人々の財布のひもを緩めて、景気をよくしていってやろう、という政策だ。景気がよくなればおのずと失業者も仕事を見つけやすくなるし、賃金もあがりやすくなる。そうなればGDPも増加するので、税収もおのずとアップする。インフレ状態なら、国の債務負担も減るだろう。
 また、デフレというのは、お金の価値を高めて、逆に、働く庶民の価値を引き落としていく現象だ。人やものを、安く買う、ということだ。お金のことはあまりうるさく言いたくない、清貧でいきたい、成長はもういい、という人も多いが、そうした考えは実際は働く人々の価値を貶めているかもしれないことにも敏感であるべきだ。
 同時に、社会保障分野もまだまだ成長分野だ。ニーズのある新しい雇用、新しい仕事がたくさんある。そこからの経済成長だって、十分に考えられるわけだ。介助者不足、保育士不足などと嘆いてるだけでははじまらない。政策によって十分それらは解消されうるわけだ。

8.アベノミクスのさきゆきはまだ不透明。経済学的に裏付けのある政策については、それはそれとしてしっかり認識した上で、安部政権の経済政策の欠陥や不整合はしっかり指摘していこう。
アベノミクスそのものは、それなりに経済学的に裏付けのある政策。だから、それなりにデフレ不況からの脱出には効き目があるだろう。
けれども、安部政権の政策は、全体としてみたら、生活保護削減に代表されるような社会保障の切り捨てなど、格差を広げる方向も目立ち、所得再分配という経済政策の非常に重要な論点を軽視している。
消費税増税等の景気の腰折れを招く政策も同時に行い、全体としては政策は一貫してない部分もある。
多くの人がおそれるように、アベノミクスで一部の大企業だけがもうかり、庶民はまったくその恩恵にあずからず、格差ばかりが広がる、なんてことも政策のあり方しだいで十分に起こりうる。
そうした安部政権の政策の欠陥、不整合をしっかり指摘しつつ、けど安易な紋切り型の全否定で終わらすことなく、学ぶべきことは学びつつ、次の社会、政治、経済のあり方を考えていこう。