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龍森記

2007-09-10 日本女の歯を染めたもの 2. 人の役に立つ虫こぶ

 虫こぶとはいわば、虫と植物の奇跡的な出会いの結果であり、その形は異様独特で、私たちの興味を起こさせるその存在のみで十分に重要なのだけれども、それはさておき、虫こぶの中には人間活動に組み込まれ欠かせない役割を果たしてきたものが実際にある。

2-1, マタタビミフクレフシ

 マタタビミフクレフシは、ハエの一種であるマタタビミタマバエによってマタタビに形成される虫こぶである。このハエの生活史の多くは不明で、産卵するマタタビの部位についてもわかっていない。マタタビミフクレフシの虫こぶ形成者としてアブラムシを挙げるものもあるけれども、これは間違いです。

 マタタビいえば、多くの人は猫にマタタビという諺を連想することでしょう。マタタビの枝や実を与えると、猫の中には興奮してそこらをかけずり回ったり、よだれを垂らして酩酊するものがいる。このマタタビの猫度倍増効果が最も高いのは、マタタビの虫えい部分であるマタタビミフクレフシであると言われており、実際、マタタビミフクレフシを乾燥させたものは商品化されホームセンターのペットコーナーで買うことができる。

 そもそも、マタタビという植物名の語源は、「また旅に出よう」、と思わせるほどの健康増進効果をもつから、だと言われている。マタタビの実をアルコールに漬けたまたたび酒は、いわゆる強壮剤として重宝されてきた。特に、マタタビミフクレフシは、木天蓼という漢方名を与えられ、マタタビの実などの他の箇所よりも大きな効果をもたらすものとして、猫を喜ばせる猫賄賂としてだけでなく、人を治す漢方医療でも利用されてきたものなのである。

2-2, インクタマバチの虫こぶ

 中近東に生育するカシの一種、Quercus lusitanicaの若芽に、タマバチの仲間であるインクタマバチ(Cynips gallae-tinctoriae)によって形成される虫こぶは、ルネサンス期以降の西欧文明を築き上げたともいえる有名な虫こぶである。この虫こぶと鉄を原料にして作られたいわゆるIron gall inkは、12世紀から19世紀にかけてヨーロッパで標準的に使用され、バッハ楽譜を書くために、ゴッホレンブラントが素描するために、米国憲法の原稿や多くの文学作品を記すために用いられた。

 12世紀以前には、炭を原料としたインクが用いられてきたが、ヨーロッパで使われていた羊皮紙に炭を原料としたインクで書かれた文字は、羊皮紙に含まれる油分のせいで消えやすいものだった。Iron gall inkは、インクタマバチの虫こぶに含まれるタンニン酸と鉄(主に硫酸鉄)の水溶液を混合し、タンニン酸の鉄錯体を形成させることによって作られる。褐色のタンニン酸の鉄錯体は紙にしみ込み酸化することで、青黒色に発色する。タンニン酸は鉄だけでなくタンパク質とも結合するので、タンパク質を含む羊皮紙に長くその色を残すのには適していたのだろう。

 インクを作るためのタンニン酸を採るために、インクタマバチの虫こぶ以外の植物―クリやマツなどの木の皮―も用いられた。しかし、これらの植物を原材料にしたインクの色は緑がかっており美しい青黒色の発色は得られなかった。理由として考えられるのは、インクタマバチの虫こぶが含むタンニン酸含量の高さである。タンニン酸は、被子植物の葉や幹などに含まれるフェノール性物質の一種であり、その含量は多いものでも植物体の乾燥重量の約30%以下である。ところが、インクタマバチの虫こぶには、乾燥重量の50~70%ものタンニン酸が含まれる。つまり、異常な高濃度のタンニン酸を含むインクタマバチの虫こぶによって、人々は良質のインクを獲得し、その結果西欧文明が発達したと言えるだろう。

 日本にはQuercus lusitanicaもインクタマバチも生育しないので当然その虫こぶを見ることはできないが、インクタマバチの虫こぶと同等あるいはそれ以上の高濃度でタンニン酸を含有する虫こぶがある。ヌルデミミフシである。

 ヌルデ(Rhus javanica)の葉にヌルデシロアブラムシSchlechtendalia chinensis)によって形成されるヌルデミミフシは、最大直径が10cmほどにもなるその大きな形と、タンニン酸の含量の高さによって非常に有名な虫えいである。現在、日本薬局方でタンニン酸は「五倍子または没食子から得たタンニンである」と規定されている。五倍子はヌルデミミフシ、没食子は先に述べたインクタマバチの虫こぶを乾燥させたもののことである。このように、今地球上で使われているタンニン酸のほとんどは、この二つの虫こぶに由来している。

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