memo2

学習机の上で勉強されているのは
パラジクロロベンゼン

パラジはパラダイス
クロロは苦労人
ベンゼンベンゼン大使
みな、一様に春を待ってる

勉強しているのは
ナオミキャ・ンベル

ナオミキャは浪岡修平
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である

浪岡修平は「防虫剤を囲む会」の会長
もちろんナオミキャは浪岡修平だが二人に面識はない
ンベルはどとのつまり
月に一度の会合が奇しくも本日開催される
第一高等学校の校舎が見える公民館集会場
八畳敷きの部屋
定刻通りに会合は始まる
事務局長の田中が簡単に挨拶をし
会の設置規則第四条第一項に基づき会長である浪岡修平が
座長として議事の進行を執り行う旨を宣言する
ちなみに田中は事務局長を名乗っているが
その他に事務局員はいない模様

この会においてパラジはパラダイスではなく
クロロは苦労人ではなく
ベンゼンベンゼン大使ではない、それはあくまでも
ナオミキャ・ンベルの学習机の上のみのことである
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である

浪岡修平はこの公民館のある町会長にも就任している
地元のちょっとした名士であり
優れた人格の持ち主であり
肩が小さい
若い頃に肺を患い生死の境をさまようが
奇跡的に助かる
以来、痰の絡む咳をよくするようになる
さて、という浪岡修平の一言で議事が始まる
出席者は会長及び事務局長を含め七人
ナオミキャ・ンベルは学習机で一人
流れるように議事は進行する
畳の上に座る七人の真ん中には防虫剤がひとつ
会が始まってから五分遅れて会員の中村が到着する
それから数分後、定期券を忘れたと言って
中村は再び離席し公民館を出て行く

ナオミキャ・ンベルが窓を開ける
風の匂いを嗅ぐとやはり間違いなく
明日からきっちりと春である
近所の犬が吠える
何にでも吠える犬である
定期券を取りに走る中村の姿が見えるが
ナオミキャ・ンベルにはそれが誰であるか知る由もない
学習机の上では
パラジとクロロとベンゼン
一様に春を待って
春の話をしたがっている

集会場では浪岡修平の流れるような進行で議事も終盤である
次回の会合の日にちの取り決めを行い
結局間に合わなかった中村には
後日事務局長の田中が連絡することとなる
次回の主な議題は予算と決算です
田中が確認をする
もうそろそろ春ですかね、と浪岡修平が呟くと
会員が一様に頷く
ンベルはとどのつまり
明日からきっちりと春である

中村が転ぶ
上着のポケットの中で防虫剤の割れる音がする
それでも立ち上がり
会に間に合うことを信じて走り続ける


その海から

眠っている人の
まぶたを押して歩く

みな安らかな寝顔なのに
淋しさや悲しみの類の
答えが返ってくる

屋根に星屑が
降り積もる音がする
明日の朝までには
溶けるのだろう


+

メニューに
僕の名前が書いてあった

隣の人が僕を注文したので
こちらへどうぞ
と店員に案内される

注文した人と対面する
警報が鳴って
人々が防空壕のある方に
逃げていくのが見える


+


慈しんだ
あの空を
この朝を
食卓のピーナッツバターを
素晴らしい、素晴らしいと言っても
それを咎める者など
誰もいなかった



その海から

詩群「その海から」、久しぶりに続きを。100まで書くつもりだったので。


駅名の無い駅で
ベンチに座り
来るはずのない人の名を
待っている
今日は言葉の代わりが
見つからないので
チューリップの絵を描いて
終日過ごす

メモ

右手の人差し指に竹輪が刺さって
抜けなくなってしまった
ぼくはとても竹輪が嫌いなので
食べるわけにもいかない
仕方なくそのままデートに出かけたけれど
あいにく恋人も竹輪がとても嫌いなので
食べてもらうわけにもいかず
始終不機嫌な様子だったので
道の途中で別れた
右の耳が痒くて掻こうとしても
竹輪が邪魔で上手に掻けない
かといって他の指では駄目なのだ
右手の人差し指でなければ駄目なのだ
ここはひとつ逆転の発想が必要、と思い
引いて駄目なら押してみろと
押してみるとますますきつく刺さって
抜ける気配がない
こんなの発想の逆転じゃない
指に竹輪が刺さったと思うからいけない
竹輪に指が刺さったと思えばなんとかなる
なるわけがない
交番に行っても
民事不介入です、と断られ
病院に行こうとしても
こんな日に限って犬猫病院しか見つからない
すれ違う人がみな
かわいそうな人見る目で通り過ぎる
確かにぼくは今かわいそうな人だけど
おそらくかわいそうな人の意味が違う
気がつけばとっぷりと日が暮れて
竹輪の穴から覗けば
それはそれはきれいな夕日かもしれない
でも竹輪は抜けないし
ぼくは相変わらず竹輪が嫌いだから穴を覗くのも嫌だ
保存料が入っていたとしても、どうせ
生ものですからお早めにお召し上がりください
だろう
腐らせないためには冷蔵庫に入れる必要がある
ところがあいにくなことに
竹輪は指に刺さって抜けない
ならば自分ごと入るしか方策はない
人として生まれてきたからには
いつか冷蔵庫に入る日が来る
漠然と覚悟はしていたけれど
まさか竹輪のせいで実現するとは
思いもよらなかった


ここ久しぶり

放置してたけど、また適当にメモ程度に。


こんにゃくを買いに行った
いつも行くスーパーは売り切れだった
少し遠くのスーパーにも売ってなかった
少し遠くの他のお店にもなかった
昨日まではあんなにありふれていたのに
一晩でこんにゃくは皆どこかに行ってしまった
こんにゃくを使わなくてもよい料理にしようとしたけれど
昨日まで見ていたものは
本当はこんにゃくではなかったのかもしれない、と思うと
自分がここにいても良いのかわからなくなる

ベランダ


母さんの中を
金魚がぷかぷか泳ぐ
雲の柔らかさ
産地とはおしなべて
そんなところなのだと思う

母さんの背中
バズーカ砲つけたら
悪いロボットみたいだ
だから僕たちは
誰も殺しちゃいけない
約束された沈黙のために

母さん、走るよ、見てて、
てててててー
走る、よ、見て、てててててー

行方知れずだった
母さんの自転車が見つかったよ
ベランダのものほし竿で
干からびてた
夢のように涼しかった