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2009-03-10 読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ10!』 他とらドラ3本立

起きたっす。

今日の記事はとらドラ!3本立てです。

昨日書いたんですがどうも納得いかないっていうか読み返すと「これ違うかなぁ」ってところが出てきたのでもう一度10巻だけでも読み返してから書こうかなぁと思っています。いったい何回読まないと感想書けないのでしょうか(笑)?


感想が書きたくて書きたくて、いてもたってもいられなくなることってやっぱあるんですよね。今がそういう状態。ハヤテのごとく!読んだ後でもそうなることはあるけれど、とらドラの場合ハヤテとはモチベーションの方向がかなり違う。

ハヤテの方はどうしても仕組み的な面白さに目が行ってしまいます。まだ完結はしていないってのもありますし。でも、やっぱり衝動に突き動かされるのは完結の瞬間なんだよね。でも、あの漫画の場合その完結の瞬間が何度も何度も訪れるってのがどうしても気になるんですよね。

とらドラの方は純粋に話の面白さが衝動の原動力になっていると思うんです。こういう話を読むのは初めてなんです。たぶん。他にも同じような作品はたくさんあるのかも知れないけれど耐性が無かったので余計に面白く感じます。


3本とも長文ではあるけれどそれほど長いわけではありません。全部足しても20KB行っていないってことは10,000文字未満ですね。たいしたこと無いです。

本当はもう1本あるのですが、それはアニメが終わってからにしようと思います。そっちは本当に短いですし……。


とだらだら書いているとさらに遅くなるのでこの辺で日記モード終了です。




読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ10!』

| 11:38 | 読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ10!』を含むブックマーク 読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ10!』のブックマークコメント

とらドラ10! (10) (電撃文庫)

とらドラ10! (10) (電撃文庫)


恥ずかしながら、いい年して、いや、逆にこの年になったからなんだろうなぁ、泣きました。号泣はしなかったけれど泣いた。何度も泣いた。泣く場所がたくさんあった。そういうふうになっているとわかっていても泣いた。しょうがない。

原作を最初から追いかけている人たちにとっては自分自身の3年間を重ね合わせることができるのでもっと感動した人がいるかも知れない。私は今年になってからこの小説を読み始めたので、そういう人たちに比べればはるかに浅いと思う。

それでも泣いた。

登場人物たちが架空の世界で過ごした濃密な1年間、そこに至るまでの18年間、そしてこれから先、何十年もにわたるであろう物語に思いを馳せて泣いた。


強がりをいうなら、10巻の展開は予想の範囲内ではあるんですよ。おそらくはハッピーエンドなんだろうなぁとは思っていた。しかし、ここまで幸せという物を強く意識した物語だとは正直思っていなかったですね。ほとんどの問題を解決するとは思ってなかったですね。

作中で壊れてしまった本当の家族と疑似家族、さらには、作中以前の時間に壊れてしまった家族、それらが修復され、さらに、この1年が始まる前には想像もつかなかったような濃厚な友人関係までもが構築され、そして、新しい、擬似ではない、本当の家族が生まれる。本当にごく少数の例外を除きみんな幸せになっちゃった。



冒頭の櫛枝家の場面がとても印象的でした。そこにはおそらく高須竜児や逢坂大河が夢見ている家族が描かれている。作者はその場面を描くことによって櫛枝実乃梨を救おうとしたんだろうと思います。結果的にラブコメとしては敗者、というか自分から身をひいた実乃梨はそういう家族に囲まれて生きている、その場面を描いておく必要が有ったんだろうと思います。そして、それをそうと受け止める読者も多数いるのではないか。そんな気がします。


北村祐作は思い焦がれる人のために海を渡る決意をしています。彼はおそらく自分ののぞみをかなえるでしょう。彼もまた作中では救われている。


作中で本当の友達を作ることができた川嶋亜美。彼女は調整者としての役割を全うしました。異論はあると思いますが、亜美もまた竜児に心引かれていたという設定だと私は思いますね。単純な恋じゃないと思うんですよ。恋とは違う。もし仮に大河と実乃梨によって仮面を剥がされたとしても、祐作以外の男子が亜美の仮面しか見ようとしなかったら亜美は救われていないんだろうなぁと思います。竜児は仮面をかぶっているいないに関わらず亜美と普通に接した。そのことで亜美は救われた、自分自身をさらけ出すことに抵抗が無くなったんだろうと思います。むろん竜児だけではなく大河と実乃梨には感謝をしていると思うなぁ。体面を気にしているという仮面をかぶっている亜美が自分の体面より友人を優先したってのがね。もう、なんとも……。作中でみんなどんどん変わっていったけれど亜美が一番変わったんだろうなぁ。主人公とヒロイン以上にこの先の幸福をつかんだのは亜美なのかも知れないですね。


そして、竜児と大河。

ここまでべたべたな展開だとは思わなかった(笑)。順番違うんですよね。ちょっと違う。しかもそれを真冬の川でやるっていうのが常軌を逸しています。常軌を逸した2人にぴったりな名場面です。

『とらドラ10!』で印象的だったのは、ここまでなんのかんの言って竜児が大河をサポートするという流れ、そもそもはそういう意図は無くても2人のキャラクターが持つ属性でそういう流れになってしまうことがほとんどだったのですが、今回は大河が竜児をサポートして、壊れてしまった竜児の家族を18年分修復するという大仕事をやってのけました。果たして、大河が一緒でなかったらそれがうまくいったのかどうか……。実家で泰子の両親と一緒にいる時の大河がものすごく可愛くてね……。大河はこの家族の一員になるんですよね。それがもう容易に想像できる、というかそういうふうに決まっていたかのような錯覚さえ覚える描写でした。

それに対して竜児は大河の家族関係修復には立ち会いませんでした。これはおそらく9巻からの流れですね。大河には自分の家族が元に戻る瞬間を見せた。お前にもできるはず。お前の方がもっとうまくできるはず。18年の空白があってもうまくいくんだから失敗なんてしないはず。竜児にはそういう思いがあったのではないでしょうか。そして、これは想像なのですが、作者は、大河の方が竜児より「強い」と考えているのではないかと思います。大河はもう充分竜児につくしてもらった。だから、大河はこれからも竜児と一緒にいるために、何も犠牲にせずそういうふうにするために、自分自身で決着を付けることができた、逆に竜児の力を借りず自分自身で決着を付けなければならなかった、そういう考え方が根底に流れているような気がします。


5人が集まって会議をしている場面がなぁ。なんというか、祭りの後みたいな感じでちょっとさびしかったですね。大人と戦う子供っていうありがちな図式ではあるのですが、子供たちだけでは解決できない問題であることがわかった上でそれでも竜児と大河を何とか幸せにさせたいというような一生懸命さが表現されていました。意見が割れたのがいいです。みんなそろって背中を押すみたいなべたな展開よりリアリティがありますね。


大人たちでは、恋ヶ窪ゆりがなぁ。こんなに重要なキャラだとは正直思っていなかったです。ゆりちゃん自身もこの1年間問題児が多い2−Cを受け持って成長したんですね。そしてもちろん生徒たちもみんな成長した。だれがって言うんじゃなくてみんななんですよね。



「……結局誰も私のこと、わかってなんかいないんじゃない」

とらドラ!』P.8(口絵)より引用


そう。誰もわかっていない。この物語が終わってもわかっていないことに変わりはない。でも、わかっていないってことが当たり前だって事がわかってわかっていないひとにわかってもらうためには自分自身が行動しなければいけないってこともわかった。だから竜児も大河も祐作も実乃梨も亜美も、わかってもらいたいことはわかってもらいたい人にちゃんと伝えなければならないって事を学んだ。そして、わかっていないなりにそれぞれ他の人を信じて、信じるというキーワードだとそこにゆりちゃんを含めないわけにはいきませんね、とにかく信じて待つことも覚えた。




3年生。人生の選択を迫られる季節。登場人物たちはなにを考えどういう行動をするのでしょうか。そして、そういう時期に実質新婚さんな2人の同級生と一緒の学校に通う人たちは何を思うのでしょうか(笑)?

大河は新しい家族の元でどういう生活を送るのでしょうか?竜児が作る飯に慣れてしまったから、ことあるごとに比較して対立してしまったりするのでしょうか?弟の世話はちゃんとできるんでしょうか?でも、その弟がいるから、竜児と大河の新生活もなんとなく容易に想像できるようになりました。

不思議ですよねぇ。竜児と大河にとってほぼ一緒に住んでいた2年生の1年間より、おそらくは別々に生活するであろう3年生の1年間の方が2人の心の距離は近いんですよねぇ。お互いにお互いの家を訪ね合うでしょう。朝も一緒に登校するのかも知れない。飯も一緒に食べるのかも知れない。そこには大河の両親や弟もいるのかもしれない。竜児の祖父母もいるのかもしれない。もちろん2人の家族以外の仲間も頻繁に行き来し、一緒にわいわい夕食を食べるのかも知れない。基本は仲良しだけれどぶつかり合うこともあるでしょう。実質夫婦の2人だってじゃれ合いの喧嘩ばかりではなく本当の喧嘩もするんじゃないでしょうか。確固たる絆ができたから、相手を傷つけることを恐れずに今まで以上にぶつかり合って、それによってさらに絆が深まっていくんじゃないでしょうか。それも2人に限りません。みんなそうです。




物語の終わりはさびしい物です。ハッピーエンドでもバッドエンドでもそういうもの。そういうものだとわかっていて、さびしくなるとわかっていて、それでも私は本を読んでしまう。読まずにいられない。そして、さびしくなればなるほど繰り返し読まずにはいられなくなる。

何度も読み返しました。そして、この物語は、これで終わりなんだな。若干の補足はあるだろうけれど、『とらドラ!』の登場人物たちが生きる世界での別の物語がこの先産み出されるかも知れないのだけれど、虎と竜の話はこれでおしまいなんだな。そう理解しようと努力をしています。でも、私が本当にそれを理解するのには、もうしばらく時間が必要なのかも知れません。



いつか、きっと想い出になる。


読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ!』(全) 『とらドラ!』について

| 11:48 | 読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ!』(全) 『とらドラ!』についてを含むブックマーク 読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ!』(全) 『とらドラ!』についてのブックマークコメント

とらドラ〈3!〉 (電撃文庫)

とらドラ〈3!〉 (電撃文庫)



もし仮にこんなことが起こったとします。

俺と同世代かちょっと下くらい、いやずっとしたまで含めてもいいかな?で、いわゆるアキバ系文化には興味はないけれど本を読むのが好きな女性から、「オタクに人気があるラブコメって読んでみたいんだけれどそんなのある?何がいい?」と問われたとします。

俺が薦めるとしたらまず『ハヤテのごとく!』ですね。たぶんあれは女性でもいけるはず。っていうか女性の方がいけるはず。

そして、もう一つ、鉄板じゃないかと思っているのがこの『とらドラ!』です。


ここに感想文を書く時には、なるべく他の人が目を付けないような着眼点を見つけ出してやろうとか、他の人とは違うことをかいてやろうと意識しています。しかし、今回は違う。おそらくこの感覚は多くの人と共有できるはずだという確信を持って書いています。


『とらドラ!』は本来女性向けのラブコメです。男性と女性どっちが優れているとか言うつもりはないしそんなことは現実にあり得ないと思っていますが差はあると俺は思っています。その差を感じるんですよ。

女性が書いた女性向けのラブコメです。


感覚的なことなので、最近読んでここに感想を書いている別の作品を例に挙げてみると、

  • 男性向け作品

ToLoveる

魔法先生ネギま!(そもそもラブコメかどうかは別として)

ゼロの使い魔

バカとテストと召喚獣

  • 両性向け作品

めぞん一刻

・ハヤテのごとく!(そもそもラブコメかどうかは別として)

って感じなんですよね。最近じゃないのも混ざっていますが……。あくまでも主観です。こういうふうに思っている人が『とらドラ!』を女性向けと思ったっていう参考資料です。俺が読んで女性向けだと思えたラブコメって読んだことがないんですよね。初めて。耐性がなかった。

俺自身が男なので男性向けの作品と触れる機会が多い、というかリストアップしてみたら女性向けのラブコメって読んだことが皆無でした。もし自分の感覚が正しいのなら『とらドラ!』は俺が読んだはじめての女性向けラブコメです。


また、女性ならではだなぁと俺が思った表現は何カ所もありました。あまり細かいところに突っ込んでいくと木を見て森を見ずになっちゃうので1点だけ挙げると、3巻P66の

水着、腐らせた

っていう表現。こうやって文字になるとよくわかるし俺だってそういう表現使えそうに思えるんだけれど、おそらくは俺にはそんなことを書く発想は無いと思うんだな。大河がだらしないからそうなるんだけれど、ヒロインの水着を腐らせることは男にはできないように思えるんですよ。人それぞれでそう言う発想ができる人の方が多数派なのかも知れないですが、この作品を読んでいて感心した表現の一つです。


『とらドラ!』を女性登場人物から読むと何度か楽しめるんですよね。当然大河目線はあるだろうし、実乃梨のポジションに立つとまた違う感想を持てる、でも一番面白いのはおそらく亜美の場所から俯瞰する読み方なのかなぁと思ったりしています。

亜美は見えちゃうんだよね。見えない実乃梨、見る必要を感じていないむしろ見たくないと思っている大河と見事な対比です。見えちゃうから悩んじゃう。亜美は後から登場したことに引け目を感じているけれど、実際には竜児、大河、祐作、実乃梨4人が不思議な関係を構築してから1ヶ月も経たずに登場しているんですよね。ところが、当事者ですら見えていないことが「見えちゃう」からその関係のほころびが見えちゃうし、見えた以上は、本当の自分をわかってもらえるように仕向けてくれて、結果的に本当の友達ができるための手助けをしてくれた4人だからこそ、不必要かと思っても修復したくなっちゃう。この物語から俺が読みとった亜美の感情のベースには「感謝」が流れていると思うんですよねぇ。

3人とも問題を抱え、その問題を周りに理解してもらえないともがき苦しんでいる。むろんフィクションの世界での話ですから現実とは違うのですが、それでも読者は感情移入しやすい条件だと思います。

それとは逆に主人公、高須竜児。その親友北村祐作。彼らがね。彼らがどうも理想的なキャラ過ぎる。おそらくそれが耐えられない男子読者はいるはずなんですよ。男性向けの作品に出てくる理想的な女の子が耐えられない女子がいるのと同じなんじゃないかなと俺は思っています。


大河目線で読むと、もう強烈なラブストーリーとしか言いようがない。生活のすべてをサポートしてくれて、自分の恋を真剣に応援してくれて、かつ自分の気持ちの方向性が変わったら結局はそれを受け止めてくれる。大河に取って竜児は生涯を賭けるに値する相手だろうなぁと容易に想像できます。



さて、『とらドラ!』という物語にはとても印象的な一文があります。巻頭言ではないです。でも1巻です。おそらく、俺が思うに、その言葉が書かれた時にこの物語は始まっていて、そして終わりも迎えていたんじゃないかなと思うんです。極論を言うと、この物語を要約するとその一文になってしまうんじゃないか、それほどまでに印象深い文です。


それらのすべては、うっかり二度寝してしまった、逢坂大河のためのもの。

『とらドラ!』P.104より引用


この時、すでに竜児は落ちていたんだろうと思う。落ちているって事を認めたくない、そういう思いはあったと思うんだ。でも、実際問題落ちてた。俺はそう思う。

逆に大河が落ちたタイミングがわからないんだ。1巻のラストまでのどこかだと思うんだ。ラストかなぁとも思うけれどその前かも知れないんだなぁ。いずれにしろ竜児が落ちるタイミングと大差ないと思うんですよね。おそらく、そういう感覚が男女間では微妙に違うのではないかと思うのですよ。もしかすると今挙げた1巻の言葉は、作者はそれほどの意味を込めていないのかも知れないなぁとも思えるんですよね。

男女差とは関係ないのですが1巻にはもう一つ重要なラストシーンへの伏線がありました。『とらドラ!』唯一の不思議設定、テレポート能力です。泰子は自分が助かるために1度使い、自分が逃げるためにもう一度使った。そして残りの1回を竜児に与えた。その竜児は、自分のためにではなく、大河を助けるためにその能力を使った。そして、これが大事なのですが、竜児が大河と逃げる時に、その能力を残さなかったことを後悔している描写が私が読んだ限り無かったんですよね。

大河を助けるために力を使ったことが負の連鎖を断ち切る条件の一つだったのだろうなぁと今になると思えます。


続いて、10巻で言うと


「嫁にこい」

とらドラ10!』P.54より引用


ですね。告白より先にプロポーズがある。個人差はあるでしょうけれど、うーん、今ならともかく高校生の時にはその発想はなかったな、俺には。竜児と大河のような絆で結ばれていればそう言う物だと理解しました。



それを踏まえて『とらドラ!』という作品のすごいところを言うとですね、本来女性向け作品であるにも関わらず、登場人物たちへの巧みな属性付けや、他作品の効果的な引用、パロディなどで、男性からの支持が得たところにあるのでは、と俺は思っています。だからね。この作品はまだまだこれからだと思っているんですよ。ようやく話が全部できあがって発表された。本当に売れるのはこれからなんじゃなかろうか、とね。


そしてもう一つ、巧みな仕掛けは施されているとは言え、この作品を理解しこの作品で感動する若い男子読者がたくさんいるっってことはすごいことなのではないかとも思えるのですよ。

もし仮に俺が漫画やライトノベルを読んでいない状態で『とらドラ!』を読んだらこの作品で感動することができたのかなぁと思うんですね。やっぱり感動したのかも知れない。でも、もしかすると「自分には理解できない作品」とあきらめちゃったかも知れないのですよ。やっぱり本質的に、本能的に理解できない部分がどうしてもあるんですよ。残念ながら。

余談ですが、そういう可能性があるから面白くないと自分が感じた作品の感想を書くと負けたような気がするんですよね。読むタイミングによっては俺は『とらドラ!』という小説を理解する能力に欠けていたかもしれないんですよ。


『とらドラ!』本編のテーマの一つに合わせた書き方をしてみます。

大人たちはわかっていない。みんなわかっていないわけじゃないけれどわかっていない人がたくさんいる。おそらく「ライトノベル」などという物は読んだこともない大人が「そんなものを読んでもなんにもならない」などと発言をしているんでしょう。そう言う人たちは漫画に対しても同じ事をいうはずです。残念ですがそういうものです。

だから、わからせなければならない。伝えなければならない。俺はそう思っているんですよね。

幸い俺自身が大人と呼ばれる世代です。精神年齢はおこちゃまかもしれないですけれど見た目はおっさんだ。だからね。よけいになんとかしたいんですよ。この世界を知らずに単に批判したいから批判をする人、さらには、批判すらしない全く無関心な人に伝えたい。そんな捨てたもんじゃないよってことを伝えたい。

自分ができることなんて限られています。それでもなにかやった方がやらないよりはまし。やってダメなら自分の力が無かっただけ。能力が足りなかっただけ。そんなことを思いながらこうやって感想文を書いています。



超弩級ラブコメ。その看板に偽りはなかった。初期設定はひねってありましたが主人公とヒロインの王道ラブコメでした。恐るべき破壊力。しばらくの間引きずってしまいそうです。


読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ!』(全) 逢坂大河が手乗りタイガーである理由

| 11:57 | 読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ!』(全) 逢坂大河が手乗りタイガーである理由を含むブックマーク 読書感想文 竹宮ゆゆこ著『とらドラ!』(全) 逢坂大河が手乗りタイガーである理由のブックマークコメント

とらドラ!1 (電撃文庫)

とらドラ!1 (電撃文庫)


この作品を読むきっかけになった一つに「手乗りタイガー」という謎のフレーズがありました。いったいなんなんだ?と思って読み始めてあまりに普通の話で逆に拍子抜けしたんですよね。なんか珍妙な設定を想像していたら単に小さいけれど凶暴で強い女の子ってだけでした。

しかし、この物語を最後まで読むとわかる。逢坂大河は「手乗りタイガー」である必要があったなぁと。

「手乗りタイガー」というあだ名でなくてもいいのだけれど、小さくなくてもいいんだけれど、大河が凶暴で強い女の子でないと作者はこの物語が成立しないと作者は考えていたのではないかと思えるのですよ。


その理由はただ一つです。

上の記事で書いたように、竜児と大河はお互い1巻の時点で惹かれ合っていたんですよね。自分自身では認めていなかったけれど描写を読む限りそうとしか読みとれない。

そんな2人の男女が、一つ屋根の下2人っきりの夜を、何度も何度も過ごしていたんですよ。泊まることは無いようにしていたとはいえ夜遅くまで一緒の時間に身を任せていたんですよ。

その生活が始まった当初の描写をちょっと長めに引用します。

もしも逢坂の目が覚めていたら、今頃竜児は生きてはいまい。眠っていてさえこれなのだから。

やはり逢坂は手乗りタイガーだ。凶暴なDNAを全身の血に注がれて、誰彼構わず噛み付いてみせる攻性の衝動に生きる女だ。


馴れ合いながらも高須竜児は、だいたいそんなふうにして、折に触れてはきちんと再確認をしていたのだけれど。

『とらドラ!』P.168より引用



竜児と大河の擬似家族的な奇妙な共同生活は大河が手乗りタイガーでなければ成り立たないんですよ。もし大河が普通の、あるいは普通よりか弱い女の子だったら、おそらくはすでに竜児と大河はできあがっちゃっている。もし竜児と大河がそうならないように意識して距離を取った関係だったら、そもそも2人の間にはこれほど強い絆はできあがらない。『とらドラ!』で描かれている架空の世界ではそういう流れでないとリアリティがないんですよね。


いや、別にいいじゃん、竜児と大河は結局一緒になるんだからタイミングが違うだけじゃないか、そう思う人もいるかもしれません。しかし、『とらドラ10!』を読み返すとある可能性に気づきます。

この物語においては、竜児と大河が愛を交わすとバッドエンドへのフラグが立つ仕掛けになっていると思われるんですよね。少なくとも、泰子とその両親が和解をするまでは2人は関係を持ってはいけなかった。そうなってしまうとその瞬間に2人はかつて泰子がたどった道をなぞることになってしまうから……。



『とらドラ!』という物語にとって逢坂大河が手乗りタイガーであることには必然性があった。それは高須竜児が暴走をしないための抑止力であった。


そう考えています。



泰子と両親が和解をし、竜児と大河が一つの部屋で語り合い、竜児が必死の思いで国境線を築き上げた部屋で、2人はどうなったのか……。作者は非常に丁寧、かつ言葉を選んでその場面を描いています。

直接の描写を見る限り、2人はその1線を踏み越えることはなかったように思えます。しかし、状況証拠を見ると正直微妙で、おそらくは作者もどちらとも判断がつかないように見えることを意図した書き方をしているのだろうな思われます。

竜児はなぜ大河を一人で母親の元に行かせたのか?

そこなんですよ。

最初に読んだ時には「たしかな約束ができたから信頼して大河にまかせたし、再会を信じて離れることができたのかな」と思ったんですよね。でも、読み返してみると、逆にもし2人が確かめ合ってしまったら、もう一時的な別れですら耐えられなくなってしまっていたんじゃないか、そうも思えます。


ここは素直に文章を読みとって、2人は泰子が両親と18年ぶりに語らっている場所の上で布団をはさんで抱擁し熱いキスを交わし将来を誓ったという解釈を取るのが妥当なのかなぁと思います。



「手乗りタイガー」という人を小馬鹿にしたような珍妙なキャッチフレーズ。しかし、それこそが『とらドラ!』という物語の鍵を握る言葉でした。


マンガ コミック情報マンガ コミック情報 2010/03/08 15:36
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