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田中大士の食うに困らぬ日々

 

2014-09-30 森田英二油絵展、より このエントリーを含むブックマーク

画廊から 洲之内徹

森田君について桜井浜江先生からとてもいい原稿を戴いたので、私にはもう何も言うことはない。森田君のことをこんなふうに言っていただいて、私は、わがことのようにうれしかった。

森田君とはもう十年近いつきあいになる。十年前のある晩私がビールを一杯飲んだあと、目黒駅の近くの喫茶店へ入って行くと、そこで森田君が個展をやっていた。とは言っても本人はいないで、絵だけが、それも額縁もないキャンパスのままで、壁の釘にひっかけて、並べてあった。

その絵が実に面白かった。私はすこしアルコールが入ると絵がよく見えるという癖があるので、これはビールのせいかなと思って、何度も頭を振って見直したが、やっぱりいい絵だった。それで四十号と十号と、絵を二枚買った。それが、森田君とのつきあいの始まりである

以後、十年間に、森田君の絵は、モチーフも画風も何度も変わったが、そのどの時期のものも、私には非常にいいと思われると同時に、これでは絵になっていないんじゃないかと思われるようなところがあって、私はいつも初めと同じように、彼の作品の前で頭を振ってみるのだった。十年間、私は彼の絵の前で、頭を振り続けてきたようなものである

だが結局は、彼の仕事のふしぎな魅力に、私はいつも負けてしまう。彼はやっぱりいいし、素晴らしいと思う。彼の絵が絵になっていないような気がするのは、彼が絵の約束ごとをすべて無視してしまうからだろう。それがいいとも、それでいいともいうわけではないが、しかし、それよりもっとだいじなもの、それがなければ絵ではないという肝腎ものが絵にはあるはずだ。そのことを、森田君の仕事はいつも私に思い出させる。そして、そういう仕事は、いまの私たちのまわりにはほんとうに少い。

森田英二油絵展」(現代画廊) 1972年6月5日(月)→6月17日(土)

パンフレットは一枚刷三折。表紙には、モノクロ図版「モンマルトルの酒場」。

その他、モノクロ図版7図掲載

より、洲之内徹の一文。


いかにも洲之内徹らしい一文で、思わず「いつものやつですか」と言いたくなるのだが、一方で語られている実作品を観たくなる。やはり魅力がある。

2014-09-11 負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く このエントリーを含むブックマーク

☆昇級者喜びの声 B級1組→A級 七段・木村一基

 嬉しい昇級


棋士になって10年目。節目となる年にこういう結果を出せて本当に良かった。

以前昇級した時はすべて自力だった。自分が勝ちさえすればいんだと強く言い聞かせ、星勘定などしなかった。

ところが自信のなさは不安を生む。どうしても昇級したい、と過剰に思い込んでしまい、今回は集中できていない。悪い状態のまま臨むことになった。

昇級をかけた一局、野月七段戦はとてもゆっくりした進行になった。

自分が勝てばいい。だから他人将棋は気にしない、見るまい。そう決めていたがどうしても気になる。結局、みんな見た。鈴木八段も、行方七段も、芳しくないようだった。肝心の自分将棋は、11時過ぎまで形勢不明だった。

僕は順位戦が大好きだ。日付けが変わる頃から気力がまさった方が必ず勝つ。戦っているんだな、と実感できるからだ。

ふと席をはずしたら慣れていない取材の人が置いたのだろう、トイレの前に棋譜があった。見たら、高橋九段の勝ちと書いてあった。

あら、上がっちゃった。うれしいなあ。途端に乱調になり、そして必敗になった。

今度は不安になってきた。あの棋譜が去年のだったらどうしよう。何かの錯覚で、実は鈴木勝ちだったらどうしよう。

思い返せばアホとしか言いようがないが、本当に心配した。

そんな中で打った金。今から思い返しても具合の悪くなる手だがまさに気力だけ。自分らしい、とも思った。

負けと知りつつ、目を覆うような手を指して頑張ることは結構辛く、抵抗がある。でも、その気持ちをなくしてしまったら、きっと坂道を転げ落ちるかのように、転落していくんだろう。

レベルが高く、残留すら難しいクラスで戦うことができる。この気力を維持して頑張りたい。

将棋世界第71巻第5号 2007年5月号 82頁)


解説を加えておくと、書かれている対局は、平成19年3月16日第65期順位戦最終局、野月浩貴七段との対局。

「負けと知りつつ〜転落していくんだろう。」のくだりは、梅田望夫「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」で取り上げられて、有名になった。

確かに取り上げたくなるような素晴らしい言葉で、この本もとても面白い素敵な本なのだけれど、

この言葉を取り上げているどこもかしこもこの本の孫引きばかりで、文脈が分からずとてつもなくイライラしていた。

腹がたちすぎたので、本を取り寄せてスッキリ。有名になった言葉だけではなく、全部を読んでも豊かで人柄がにじむ素晴らしい文章。表面だけすくってドヤ顔してみせることが、いかに無残で惨めで害悪に近いことかが分かると思う。


ちなみに、この対局は185手木村一基七段の勝ちで終わっている。