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2008-01-18

[]モーニング娘。経済モーニング娘。の経済学を含むブックマーク


 モーニング娘。ハロー!プロジェクトの参加人数はなぜあんなに多いのだろうか。そしてどうして頻繁にそこを母体にしたユニットが次から次へと現れるのだろうか。こんな疑問を抱いた人もいるかもしれない。今回はちょっとこの問題を考えてみよう。


 大竹文雄氏が編集した新刊の『こんなに使える経済学』には、もちろん「使える経済学」がいくつか入っている。ここでは僕も便乗してこの本から道具を取り出して、モーニング娘。の「謎」を解明してみよう。今回は、鈴木彩子氏が書いた「セット販売商品はお買い得か」の経済学が使える道具だ。


 鈴木氏の説明をモーニング娘。に応用すると次のようになる。私たちがモーニング娘。の関連商品を購入するのは、その商品の価格が「支払い意思額」以下の場合だ。例えばいま話を簡単にして、モーニング娘。高橋愛氏と道重さゆみ氏のふたりだけしかいないと仮定しよう。


 鈴木氏の設例をそのまま利用させてもらう(元々は、カリフォルニア大学バークレー校のハル・ヴァリアン教授の考案)。まず高橋愛の歌が収録されたCDと道重さゆみのCDを売る販売者がいて、他にふたりの消費者田中、池田がいる。


 田中の支払い意思額は、高橋愛CDには1200円、道重CDには1000円。池田の支払い意思額は、高橋CDには1000円、道重CDには1200円だとする。田中は高橋愛の(パフォーマンスの)方が道重さゆみよりも200円分余計にファンだと言い換えてもいいかもしれない。池田はその反対だ。そして田中の支払い意思額の合計は2200円、池田も2200円だ。


 ところで支払い意思額と実際に払った金額との差を、経済学では「消費者余剰」と読んでいる。本当は1200円払うことまでも辞さないのに、1000円で支払いがすめば、ほとんどの人は「安くて済んだラッキー」と喜ぶだろう。この喜びの大きさと考えておこう*1。鈴木氏は「お得感」としている。わかりやすくいいネーミングだ。


 さていま高橋CDの実際の価格が1000円、道重CDも同じ1000円だとする。これを田中と池田がそれぞれをばらばらに購入したときの「消費者余剰」=お得感はどれだけだろうか。


田中のお得感→高橋CDからは200円、道重CDからは0円

池田のお得感→高橋CDからは0円、道重CDからは200円

そして田中・池田のお得感の総額は400円であり、他方で販売者の売り上げはバラ売りなので4000円である。


さて今度は、高橋愛道重さゆみモーニング娘。が結成されてCDが売り出されたとしよう。このモーニング娘。のCDの価格は2200円になった。田中も池田も高橋愛道重さゆみのパフォーマンスにはふたりあわせて2200円まで支払い意思額があるのだからこのモーニング娘。のCDも当然に買いだ。


そうなると田中と池田のその時のお得感はそれぞれ2200−2200=0である。ふたりのお得感の総計もゼロだ。まあ、不満足なわけではないが、もう単独でのCDをそれぞれ購入したときのようなお得感はもうない。ところで注目すべきなのは販売者の売り上げだ。単独で売っていたときは総額4000円だったのが、いまや4400円になって400円も多く儲かっている。


 そうなのである「セット販売商品」の場合は、バラ売りのときの「お得感」がそのまま販売者の売り上げにばけてしまうのである。鈴木氏は海外の経済学者の業績をいくつか紹介し、この「セット販売商品」で抱き合わせて売る数が増えれば増えるほど、売り手の利益が増加していくことを紹介している。言い方をかえると、モーニング娘。ハロー!プロジェクトがどんどん人数を増加していったのにはこの(消費者余剰を売り手の利益に転換する)戦略が背景にあったのである。


 さらにこのモーニング娘。ハロー!プロジェクトを母体にしてさまざまなユニットが結成されていったが、それは見方を変えれば「セット販売商品」をすべて買うのか、そこからいくつかの「基本サービス」だけ選んで購入して買う行為に似ている。しかもこのとき、「基本サービス」(各ユニット)の消費者は同時に、元々の「セット販売商品」=モーニング娘。のファンでもあることが多く、その意味では売り手の利益は何重にもなりえる。売り手はモーニング娘。からの利益の方が大きいが、それでもユニット数を増やせばそれで得られる利益も(単独で売り出す場合よりも)大きいわけだ。


 ここまで書けばわかるように、モーニング娘。の販売戦略の中で最も売り手の旨みが少ないのは、単独で売り出すことである。モーニング娘。ハロー!プロジェクトの歴史の中で全体やユニット(二人以上)の販売が積極的で、単独での売り出しが稀なのはその経済的なインセンティブのありかを示しているとはいえないだろうか*2


モーニング娘。の解説はWikipediaここ

こんなに使える経済学―肥満から出世まで (ちくま新書)

こんなに使える経済学―肥満から出世まで (ちくま新書)

[][] これがこんどの新作だ  これがこんどの新作だを含むブックマーク


http://www.7andy.jp/books/detail?accd=R0318888


 超ヤバい経済学 (仮)


 

 てか、題名「仮」ですので、望月衛さんとかYさん、まずは餅つけ 笑)*3。正式題名や正式価格とか発行日はまたアナウンスします。久しぶりに遠慮なく書きたいものを書きました。ご期待ください。山形浩生さんじゃないけれども今年は怒涛のようにどんどんいきます。

 ご予約上記で受付中です。よろしくお願いいたしますm( )m

[]望月衛さんの新訳ご紹介 望月衛さんの新訳ご紹介を含むブックマーク


 というわけでこちらは望月さんの新訳が二月にでるそうです。最近、お見かけしませんがお元気でしょうか。それと明けましておめでとうございます。


*1経済学をまじめにやるとこの理解はいろいろ修正しなくてはいけないが、ここではそんな面倒な問題は棚上げして直観的に理解しておこう

*2:なおモーニング娘。全体や各ユニットがファンの支持=需要を得るかどうかというのは今日の話ではふれていない。実際に支持されないで消えたユニットや全体での不振もあっただろうがそういう問題はここではふれていない

*3:というか僕自身がこの仮題に驚いたw やる気だな、講談社 違

econ-economeecon-econome 2008/01/18 00:23 mixiでのお話から興味津々だったのですが、こうきましたかwwww これで爆発的ヒット間違いなしですね(笑)。

やまがたやまがた 2008/01/18 01:09 おお、こまんたれぶーのタレブーではありませんか。これは楽しみ。

やまがたやまがた 2008/01/18 11:21 先生、質問でーす! では、そのアイドル集団理論に基づけば、なぜあらゆる芸能人たちが一つの巨大なユニットを作らないのでしょうか。なぜソロのタレントなどという不合理なものが存在し続けるのでしょうか。そうしたタレントと、一山いくらでしか売れない集団タレントのちがいを説明しないと、理論的な不備のそしりは免れないのではないでしょうか??!!

望月衛望月衛 2008/01/18 11:27 まいどです。ROMってはいるのですが、貧乏暇なしというやつでして。生産性が低いといろいろなところに障害が出るものです。「誘惑される意志」(当然日本語版)に誘惑されてやろうと決めた私的ビッグ・プロジェクトもあったりするのですが進んでなかったり。
タレブ、当初は御大柳瀬尚紀さんがやるはずであり、4年ほど前から、80%完成とか、もう出るよとか、次の夏には、などと伝え聞いているうちに、版権の有効期限が切れたようです。御大の日本語ならぜひ読みたかったのですが残念です。ってオレがいうことじゃないですね。今年から来年で「白いカラス」じゃなかった「黒い白鳥」もやります。黒い白鳥では話がさらにディープなところへ行っている感じですねぇ。
> 餅つけ
しかしまずいなぁ。superfreakonomicsが出て、お仕事もらえて、そのときすでに「超ヤバい経済学」という本が存在したらマジェでタイトルどうしたものやら。前回同様、編集の方のひらめきに頼るほかなし。とはいえ、こういうのは先にやったものの勝ちですから、どうかお気兼ねなく。
> こまんたれぶー
彼、第1言語はフランス語だそうなので、これが単なる駄ジャレに見えん。saving glutのたまものか、はたまた金融政策手法の進化のたまものか、去年まで世界的にリスク資産のボラティリティが低い期間が何年も続いている間にburn outし、今は運用はやっていない模様です。例によって長文失礼。

yyasudayyasuda 2008/01/18 12:26 ご無沙汰しております。「超ヤバい経済学」、どんな内容なのか興味津々です。「まぐれ」も面白そうなので是非購入させて頂きますね<望月さん

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 12:33 >山形さん。この話、不合理ではないと思います。市場の総余剰を消費者と生産者で分けて、このモーニング娘。話だと消費者余剰を犠牲にしてその分を生産者余剰に回しているだけの話で、不合理という話の余地はでてきません。

ご指摘の点なんですが、単独で売っても、その反対の極のすべてのタレント集団をまとめて売りに出してもそのいずれも不合理ではないので、単独で売ることが存在し続けるとかしないとかいう話には直接かかわらないと思います。

 それとこの話ではモーニング娘。市場を一人の販売者がコントロールしているという前提で書いてますのでそこをご理解いただければ、と思います。仮にこの独占的業者に「不合理」ではなく「非効率的」という批判をするときに、もっと単独商品を提供せよ! ということは可能だと思います。現状の話ではあくまで(独占的な売り手からみると)単独商品の提供が存在しにくく、抱き合わせを好む理由が書かれているだけだと僕は理解しています。

>望月さん、お元気でしたか。いや、お元気でないということも知りませんでしたがw しかし今度の新訳も題名のつけ方がいいですよね。読むのが愉しみですよ〜w。


tanakahidetomi 2008/01/18 12:31
>yyasudaさん、お久しぶりです。ビンモアのゲーム理論の小さい本など情報を知ったのはyyasudaさんのブログだったので助かりました。ありがとうございます。新著は著者の資源不足気味の頭脳をいかに効率的に利用するかが陰のテーマです(いつもですw

山形山形 2008/01/18 12:45 >費者余剰を犠牲にしてその分を生産者余剰に回しているだけの話

「だけ」って……もし生産者がそれだけの余剰を懐に入れられる機会をみすみす見逃しているとしたら、それはその生産者が大きくシステマチックに不合理な行動をしていることになると思うんですがー。独占業者で考えるにしても、たとえばオスカープロモーションはなぜ自分の傘下の女の子たちを巨大グループとしてセット販売しないんでしょうか?

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 13:24 この話はみすみすユニット売りの機会を見逃していない話を書いたのです。モーニング娘。という巨大ユニットの販売を分割売りよりも売り手が「お得感」をもっているという話なんですが。

 それと話が混ざると誤解が生じると思いますが、オスカープロモーションがなぜ所属の女の子で巨大ユニットを占いのかという話ですが、これは需要構造と費用構造を考える必要があると思います。簡単にいうと商売にならない、からでいいんじゃないでしょうか。

松尾匡松尾匡 2008/01/18 13:25 今度は対抗して田中・池田の共著でもうける番だ!

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 13:27 誰がそこをついてくれるのか待ってただyo!

山形山形 2008/01/18 14:12 >簡単にいうと商売にならない

でしょうね。では、なぜもー娘が巨大化するか、という最初の問題に対する説明は、なぜもー娘の場合にだけそれが商売になり、他の場合にはそれが商売にならないのか、ということを言わなければダメでしょう。なぜセット販売するか、という質問に対して、セット販売すれば儲かる場合もある(が儲からない場合もある)から、というのでは説明になってないと思います。結局この説明がなりたつのは、1000円とか1200円とかいった恣意的な数字の置き方しだいってことですから(多くのゲーム理論の説明みたいに)。

もちろん、もーむすはただのつかみで、消費者/生産者余剰の考え方を例示したかっただけ、というならそれはそれで結構ですが。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 14:42 まあ、このケースでは需要構造とかはとりあえず今日の話ではみないよ、と注にもあらかじめ書いておいたところでした。

http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20080118#20080118fn2

モーニング娘。市場が商売として成立している(成立しないケースも考えてはどうか? というのが山形さんのご指摘でしょう)中での、売り手の単品よりもユニット売りに傾斜する傾向を書いたとご理解いただければいいと思います。

むしろいま山形さんのご指摘をうけて少し考えたのは、バラ売りよりもユニット売りの方が売り手は「お得感」がある。書い
手はユニット売りだと「お得感」がない。これ自体は実は問題ではないけれども(なぜなら売り手と買い手双方が満足しているので)、しかしユニット売りすることが実は単独では売れないアイドルも単独で売れるアイドルと抱き合わせにすることで売ってしまっているケースも考えることはできる。その場合での社会的な非効率性が存在する可能性がある。それがどのくらい非効率なのか、を知るためには需要構造や費用構造を明示した方がよりわかりやすいかもしれません。僕のエントリーでは非効率かどうかは不問にしていて、単に市場成立の下でのユニット売りへの動機を書いているだけですから。

yyasudayyasuda 2008/01/18 15:15 山形さんへの横レスです。

>結局この説明がなりたつのは、1000円とか1200円とかいった恣意的な数字の置き方しだい

おっしゃる通りだと思います。例えば上の説明で「池田さんの道重CDへの評価額が1200円から400円に下がった」場合には、バラ売りだとそれぞれを1000円ずつ売ることで1000円×3枚=3000円の売り上げが上がるのに対し、ユニット売りだと1400×2枚=2800円にしかなりません(その為、CDの生産コストが仮にゼロであったとしてもユニット売りは儲かりません)。更にこの時個々の消費者余剰は、田中さんがバラ売り下では200円、ユニット売り下では800円である一方、池田さんはどちらのケースでも0円になります。よって「ユニット売りが消費者余剰を減らす」かどうかも一般には明らかではありません。
ただしひとつ付け加えてさせて頂くと、今回のユニット売りのようないわゆる「バンドリング」がバラ売りより儲かるかどうかについては、儲かるための十分条件のようなものが知られていたと思います(私は忘れてしまいましたが、ネイルバフあたりがやっていたような。。。)モーニング娘。のようにユニット成功例でその条件が満たされ易く、他の失敗例では逆に満たされにくいことがもしも言えれば、山形さんのご質問への答えになりそうです。(田中先生、挑戦されてみてはいかがでしょうか?)
以上、長文失礼しました。

やまがたやまがた 2008/01/18 15:28 マジな質問。効率性と合理性は、ここで(あるいは一般的に)どうちがうものでしょうか。ぼくはたいがい、ほぼ同じものと理解しています。セット売りしたら余剰を取り込めるのにそれをしないオスカーは、非効率ですし不合理です。が、韓リフ的な表現では、このオスカーは非効率だが合理的、ということのようです。ここでおっしゃっている合理性は単純に市場全体としてのパレート最適性を指していると考えてよろしいでしょうか?

strongaxestrongaxe 2008/01/18 17:04 以下をみると、本家 freaknomics の続編も
http://blogs.ft.com/undercover/
”superfreakonomics”と仮の題がつけられているそうです。日本語に訳す時には、「マジやばい経済学」にするのでしょうか。

「黒い白鳥」楽しみにしています>望月氏

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 17:35 >が、韓リフ的な表現では、このオスカーは非効率だが合理的、ということのようです

よくわからないのですが、オスカーのケースは議論が混じるのでわけてやってくださいと書きました。だってyyasudaさんが書いたように設例が恣意的なものだから、ここでオスカーを考えるならば(実際はどうなのかの実証を要求しているとは理解できないので)別な恣意的な設例をしなくちゃいけないでしょうね。そのときは、山形的表現で、余剰が増えるのにあえてそれをしない行動を書かなくてはいけないと思うのです。山形さんの問いも僕のエントリーも所詮は同じ恣意的な設例という範囲をでませんし、その恣意性が法外なものでないかぎり許されるんじゃないかな、と(ヴァリアンも許されてるしw)思っています。

 ただこうやっていろいろ考えてきたらyyasudaさんが書いているように、この両者を恣意的な例ではない一般ぽい議論にすることをどうしてもやる必要がある(しないと許さない 笑)ということなんでしょうね。ただベースにある発想はそんなに変わらないと思いますよ。


 山形さんの質問は、オスカーにせよハロプロにせよ、単品売りと抱き合わせ(バンドリング、ユニット)売りとの選択をこの販売者が決定する条件を、恣意的な設例以上にはっきりせよ、ということでいいかな、と思います。そういう理解でいい? エントリーでは仮定で無視していた需要構造や費用構造、競争条件(ハロプロだけではなく潜在的な競争者含むオスカーを考える必要がある)を明記していく作業でしょうね。


あといま書いたように別にオスカーがなぜセット売りしないか、というのは僕の今回の設例の問題ではないので、それを前提にしていうと、僕の合理性は単純に市場全体としてのパレート最適性を指してます。そう考えないときは明示するように心がけ……たいですね。


それとこれは別エントリー(なんでオスカーはモーニング娘。やAKB48をやらないの? という仮題)を作成する必要があるのですが、いま手元にCarlton and Perloffの教科書がありますが、そこにあるAdams and Yellenの混合戦略(単体売りかバンドリングか両方かが消費者の嗜好で決まる)の設例があるので、これをそのまんま利用したい気がするのですが、yyaudaさんのネイルバフの話というのはそれとは違うのでしょうか?

山形山形 2008/01/18 17:50 合理性と効率性のちがい、という話でぼくがおたずねしているのは、そういうことではありません。仮に韓リフ流の恣意的な数字が全部正しかったとしましょう。米倉凉子と原幹恵がセット販売できたら消費者余剰200円分が生産者の懐に入ることにしましょう。にもかかわらず、オスカーはつんくほどの才覚がないために、それをみすみす見逃しているとしましょう。

で、このときオスカーは、非効率ではあるが、不合理ではない、というのが韓リフ的な見解であると理解しています。「消費者余剰を犠牲にしてその分を生産者余剰に回しているだけの話で、不合理という話の余地はでてきません」とのことですから。

それなら、ここでおっしゃっている「不合理/合理」というのは社会全体のパレート最適性に限った話なのか、ということです。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 18:13 このエントリーの例ではハロプロが独占者として振舞っていて、しかも設例のように「消費者余剰を犠牲にしてその分を生産者余剰に回しているだけの話」です。したがってオスカーは関係ないです。オスカーとハロプロ両方の行為を評価するにはyyasudaさんの提案にしたがってここでは無視していた需要構造=消費者の嗜好、費用構造、競争条件などを加味した議論が必要だと思うのですが?


最初に書いたコメントをよくお読みいただきたいのですが、ハロプロの独占者としてのエントリー内の設例での行為は「不合理という話の余地はない」と書いてまして、今回のエントリーでは、合理/不合理を扱う話の余地=それをわける基準が不在だということです。

 その上で田中の考える合理性はなんなのか? というご質問だと思い、それにはパレート効率性を合理性の基準にして考えています(いないときはできるだけ明記の努力)と書きました。

山形山形 2008/01/18 18:34 うーん、個別例ばかりに拘泥してしまう人だなあ。

費用構造だの競争条件だのは、ぼくのおたずねしていることとは何にも関係ありません。ではですね、韓リフ先生の例で、ハロプロがその高橋とか道重とかを独立で売り出すことになぜかこだわったとしましょう。費用も競争もまったく同じ。条件はすべてそのまま。でもたまたまハロプロでの担当者がそこで個別売り出しに固執したとします。

まとめ売りすれば追加で余剰200円分が懐に入るのに、このハロプロは敢えてそれをしなかった(単純にバカだから)とします。

その場合でも、単に消費者余剰が消費者に残るだけなので、何ら不合理性はない、というのが韓リフ先生の立場ですね。しかし、このハロプロは落ちている金を敢えて拾わないような真似をしているわけで、非効率ではある、というわけですね。

収益機会があるのにそれを利用しない経済主体は、通常は不合理な存在とされると考えます。そうした主体があっても不合理ではないという言い方が非常に奇異に思えただけです。

yyasudayyasuda 2008/01/18 18:36 再び横レス失礼します。

>効率性と合理性は、ここで(あるいは一般的に)どうちがうものでしょうか

一般的には両者は異なります。経済学における効率性が「起こりうる全体の結果」に対して定義される一方、合理性は「個人の意思決定方法」について定義されます。効率性の基準としてポピュラーなのは山形さんが言及された「パレート最適性」や「総余剰(の最大化)」「コア」などでしょう。合理性に関しては、(アカデミックな文脈では)ほぼ例外なく「ベイジアン合理性」が用いられています。これは「起こりうる将来の結果を全て列挙し(不確実性が存在する場合にはそれらの間に確率分布を割り振り)、もっとも自分にとって望ましい選択肢を選ぶ」というものです。経済学でお馴染みの「消費者の効用最大化」や「企業の利潤最大化」はこのベイジアン合理性を満たす意思決定として理解することができます。
完全競争市場などの特殊ケースを考えると、こうした個人の合理性が全体の効率性をもたらす場合がありますが、簡単な囚人のジレンマゲームが明らかにするように「合理性→効率性」は一般には成立しません。

>米倉凉子と原幹恵がセット販売できたら消費者余剰200円分が生産者の懐に入ることにしましょう。にもかかわらず、オスカーはつんくほどの才覚がないために、それをみすみす見逃しているとしましょう。

この場合、アカデミックな言い回しで言うと
・オスカーは「利潤最大化を行っていない」ため合理的でない(不合理)
あるいは
・つんく流の戦略が取れないという制約を所与として利潤最大化を行っている(限定合理的)
のどちらかになるのではないかと思います。どちらの場合にせよ、オスカーは(経済学者の言う意味では)合理的ではありません。

>Adams and Yellenの混合戦略(単体売りかバンドリングか両方かが消費者の嗜好で決まる)の設例があるので、これをそのまんま利用したい気がするのですが、yyaudaさんのネイルバフの話というのはそれとは違うのでしょうか?

すいません、なぜか「バンドリングといえばネイルバフ」と何故か刷り込まれていたため彼の名前を挙げてしまいましたが、実際どのような論文だったのかは覚えていません。Adams and Yellenの論文が使えそうでしたら是非そちらを使っていただければ、と思います。

山形山形 2008/01/18 18:42 yyasuda様、ありがとうございます。それが確認したかっただけです。

yyasudayyasuda 2008/01/18 18:55 >yyasuda様、ありがとうございます。それが確認したかっただけです。

恐縮です。これからも山形さんの著作・訳書楽しみにしております。

望月衛望月衛 2008/01/18 20:26 いい話が続いているので割り込みにくいのですがstrongaxe様、
> 本家 freaknomics の続編も”superfreakonomics”と仮の題
> がつけられているそうです。
それは相関ではなく因果です。角度は存じませぬが。
> 日本語に訳す時には、「マジやばい経済学」にするの
> でしょうか。
あっ、ちくしょー、せっかく思いついた代替案だったのに。オレが思いつく程度のネタは、皆様の頭に浮かぶものなのですねぇ。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 21:23 いやあ、驚きました。僕はむしろ一般性を犠牲にしている=細かいところに拘泥していない=おおまかな議論を恣意的で個別的な議論でしているとみなされてると思ってました。


山形さんの最初の質問をここであげとく必要があるでしょう。

:では、そのアイドル集団理論に基づけば、なぜあらゆる芸能人たちが一つの巨大なユニットを作らないのでしょうか。なぜソロのタレントなどという不合理なものが存在し続けるのでしょうか。そうしたタレントと、一山いくらでしか売れない集団タレントのちがいを説明しないと、理論的な不備のそしりは免れないのではないでしょうか??!!:


 この山形さんのこの問いを念頭に置くと、むしろyyasudaさんの話だと僕はむしろ「確認」がとれなくなってしまいます。どうしてかというと費用構造とか需要構造=嗜好とかその下でどう選択するかとかはまた別個でやろうと僕は書きました。これを山形さんは個別的で細かい話だとして却下されて、なぜかyyasudaさんの話で納得されたようです。でも山形さんは「ソロのタレントという存在は不合理」と述べていて、なおかつyyasudaさんの答えに満足してますので、以下のようなことになります。


山形命題:ソロのタレントで売っている(オスカーだろうとハロプロだろうと)業者はyyasudaさんのいっている意味で次である

利潤最大化行動をしていない=不合理:

これが必要十分として山形さんが「確認」していますので、ソロのタレントの存在自体が不合理を理由にしないと説明できないことになりますね。僕はそういう議論こそ「理論的に不備」だと思います。なぜなら利潤最大化行動をしていない以外にも(つまり利潤最大化行動しているときに)ユニットとソロのタレントの選択肢があってソロのタレントを選択するケースが考えられるからです。Adams and Yellenの例など

さらに山形さんの理解する「不合理」の中に限定合理性を加えるならば、制約条件を考慮するという話ですから、僕が書いた需要構造=嗜好、費用構造などを考慮しようという話と基本は同じ発想です。ですのでどうして僕の話が却下されてyyasudaさんの話だけが「確認」されるのかわかりかねます。


 むしろ山形さんの中に不合理性への強いこだわりとその範囲の限定(ある制約条件でのある行動)に関する強いバイアスの存在がわかるように思えるのは気のせいでしょうか?

>yyasudaさん、ネイルバフの論文は探してみます。やはり専門外なのでまったく土地勘がないです。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 21:28 >望月さん

:それは相関ではなく因果です。角度は存じませぬが。:

ワロタ。

やまがたやまがた 2008/01/18 23:14 えーとですね、ぼくの質問は「マジな質問」というところから、まったく別の話に移っているのです。砂利タレ集団談義はそれ以前の話でだいたい片がついて、それ以降の話はハロプロだろうとオスカーだろうとまったく関係ない、純粋に合理性と効率性のちがい、という質問に切り替わっているのです。yyasuda氏はそれを理解してくれて、単純に合理性と効率性のちがいを説明し、ぼくがひっかかっていた、利潤最大化をしないのは不合理ではないか、という疑問に答えてくれました。韓リフ先生はずっとそこで前からの話をひきずって、オスカーの競争条件だのコスト条件だの(同じだと仮定すると書いたのに)問題にし続けたために、ワタクシの疑問に対する適切な答えをついには出していただけなかったということです。岡目八目ともいいますし、渦中にいるとそれまでの流れにとらわれてしまうのはよくあることなので、あまりお気になされませぬよう。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/18 23:58 :砂利タレ集団談義はそれ以前の話でだいたい片がついて:

と思う人はどのくらいいるでしょうね? 

まあ、岡目八目かもしれませんがw 


実はyyasudaさんの「不合理性」と「限定合理性」の区別はそんなにはっきりとわかれているわけではないじゃないですか?
むしろ「不合理性」の話は「限定合理性」の中に括られてしまうのではないでしょうか? 利潤最大化を目的としてないということはこれは企業がある環境的な制約の中で利潤目的以外(企業の嗜好と言い換えてもいいでしょう)を選んでいることを意味しているわけで、限定合理性に含まれるべきではないでしょうか?

僕からするといまはパレート効率性=合理性で考えています。それ以外の話は嗜好とか制約を考えるときに考慮すればいいでしょう、ということで話は終わっていて、なんで制約条件を加味しない「不合理性」をここで議論したいのかわからないんですよねえ。もし制約が効いてる話以外での「不合理性」の話をしたいならば、それはちょっと経済学の守備範囲からいまのところは大きく逸脱している気がするんですが(いいかえるとそれはつまらない話でしかない)。

まあ、僕の岡目八目性は大目にみていただきw、そこらへんyyasuda区分(とそれに納得する)山形さんに納得がいかないので教えていただければ幸いです。できればyyasudaさんかその分野に詳しい方々。よろしくお願いします。

横槍横槍 2008/01/19 04:59 限定合理性というのは、知識なり行動なりで制約がかかってることを認識した上で最適化するという意味で合理的であり、不合理とは違います。そんな文字図らの定義は、yyasudaさんの短い文章でひとまずは分かると思いますが。

ただこのような個別例に限定合理性で説明し尽くすのは、あまりに大鉈を振るいすぎていると個人的には思うのですが。どういう限定合理性か具体化させなければ、限定不合理性=「おツムが足りないのね」というのは不合理=「あいつらバカ」と変わらない大雑把な議論ですから。(だからtanakahideomiさんが納得いかなくてもしょうがない。)

あと、ソロ二つで売るときとユニットで売るときの費用の違い、また買う側の効用の違いに触れられてないと、非効率かどうかは言えないのでは。前例ではどちらも買う側は分離可能(単なる足し算)の効用みたいですし、売る側の費用はゼロのようなので、総余剰からするとどちらの売り方も変わりません。更に効用もどうやらいくら払ってるかだけで考えているようなので、配分の観点からは(効率的な配分を達成するには事後的に金銭を移転すればいいだけなので)シリアスな問題ではないと思うのですが。なので、尚更、「非効率」と「不合理」の違いというのは、(言葉の誤用がなければ)この話から行き着きにくいと思います。

ここはむしろ岡目八目に、まずはモー娘と米倉涼子がどういう素質の違いがあって、それがどのようにプロモーションに響いたのかを考える方が適切なセンスではないでしょうか。(むしろ比較材料としては、ソロになってから売れた国仲涼子とか永作博美とかの方が。)つんくもモー娘の子達をユニット売りしたのは、ああいう子達だからということで、決して一般的な(米倉涼子でも誰でもするような)戦略ではなかったと思います。

yyasudaさんも参加してることですし、IO方面での面白い議論を期待しています。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/19 06:26 >横槍さん。丁寧にフォローしていただきありがとうございます。後半の「あと、ソロ二つ…行き着きにくいと思います」は僕もずっとこだわっているところですが岡目八目発言に挫けましたw ただもう一度、立てよ、田中w といわれるならばご提案の岡目八目路線は面白いですね。特に視聴率1%を切ったというまるでこのエントリーにあわせたようなニュースもありました。そこもからめて。

限定合理性については経済不合理性との関係を考えるほどわからなくなっていて、少しオーマンとかルビンシュタインの論文でも読んでみたほうがいいかな、と思います。特に不合理性がイメージできない。

暇人暇人 2008/01/19 12:18 ハロプロと経済学の双方に関心を持つものとして大変興味深く読ませていただきました。

「ハロプロが独占者として振舞っていて」という田中先生の前提は結構核心を突いていると思います。たとえば
http://mov-acl.cocolog-nifty.com/moving_acl/2005/05/post_2ba8.html
に書かれているように、現在のハロプロはかつての国民的アイドル路線とは事実上決別して、比較的狭いが盲目的に忠誠を誓うモーヲタ相手の市場に特化したビジネスモデルになっているというのが巷間(といっても主に2ch狼板ですが)良く言われていることです。また、グッズ販売が大きな収益源になっているようですので(最近では使用済みのコンサート衣装を切り刻んで売ったりしているようです、いや冗談ではなく)、その点でも田中先生の分析に適合しているのでは、と思います。

あと、yyasudaさんのコメントで紹介されたネイルバフについてですが、「Nalebuff bundling」でぐぐってみるとただで読める論文が結構引っ掛かってきました。その中の「Bundling」では、価格面ではなく競争相手のエントリ阻止の観点からバンドリングを分析しているようです。そこでふと思ったのですが、ハロプロの競争相手に対する強みは、TBの「躁うつ病高齢ニートの映画・TV・床屋政談日誌」さんの指摘にあるそもそもの参入壁の高さに加えて、ソロから大人数までのバリエーションをバンドリングしていることにあるのではないでしょうか? 競争相手がアイドル市場に乗り込もうとしても、ソロでもデュオでもトリオでもそれ以上の大人数でも、ハロプロ側は対抗商品を取り揃えているわけです(もっとも、最近はソロでは後藤真希が脱落し、デュオではWもGAMも崩壊し、本体も視聴率が1%割れ、という踏んだりけったりの状況にはありますが)。

以上、思いつくままにコメントさせていただきました。長文失礼しました。

yyasudayyasuda 2008/01/19 15:06 >実はyyasudaさんの「不合理性」と「限定合理性」の区別はそんなにはっきりとわかれているわけではないじゃないですか?

横槍さんがフォローしてくださったように、「不合理性」と「限定合理性」を経済学者はアカデミックな議論の際にはきちんと区別して使っています。(ただし「限定合理性」と「合理性」の境界線は多少曖昧かもしれません)

>僕からするといまはパレート効率性=合理性で考えています。

「合理性」を個人でどのように定義しようが勝手と言えば勝手なのですが、「〜は合理的だ」という表現は日常言語としても頻繁に使われるため、各人がオリジナルの「合理性」の定義に基づいて議論を行うと混乱を非常に招き易いという弊害があります。(実際に今回のやり取りでは、田中さんの言う「合理性」が何を指すのかが山形さんに伝わっていなかったため混乱が生じたのだと思います)
こういった不毛な議論を避けるために、経済学では「合理性」と言えば「ベイジアン合理性」(あるいは、ベイジアン合理性を満たすいくつかのポピュラーな意思決定方法)を暗黙裡に指すことが了解事項となっています。
そのため、田中さんの「パレート効率性=合理性」という定義は(予めことわっておこない限り)少なくとも学問的な議論の場では避けた方がよろしいかもしれません。また、そもそも合理性がパレート効率性を指すのであれば「〜は合理的だ」と言う代わりに「〜は(パレート)効率的だ」と言えば済む話ではないかとも思います。

>ただこのような個別例に限定合理性で説明し尽くすのは、あまりに大鉈を振るいすぎていると個人的には思うのですが。

同意致します。「不合理」「限定合理性」の話は「合理性」の定義を山形さんに説明させて頂く際にあくまで例として引用しただけであって、実際にモーニング娘。に代表されるアイドルユニットを経済学的に説明するためには、まずは「利潤最大化」に基づいたモデルで説明を試みるべきだと思います。バンドリングの理論における既存研究の成果が、この問題にうまく応用できるか興味深いところですね。

>ルビンシュタインの論文でも読んでみたほうがいいかな、と思います。

限定合理性に関するモノグラフ「Modeling Bounded Rationality」が彼のHPから無料でダウンロードできますので、よろしければご参考下さい。
http://arielrubinstein.tau.ac.il/

yyasudayyasuda 2008/01/19 16:32 >あと、yyasudaさんのコメントで紹介されたネイルバフについてですが、「Nalebuff bundling」でぐぐってみるとただで読める論文が結構引っ掛かってきました。その中の「Bundling」では、価格面ではなく競争相手のエントリ阻止の観点からバンドリングを分析しているようです。

暇人さん、フォローどうもありがとうございます。(本来であれば私自身で調べて建設的なコメントができればよいのですが、力不足ですいません)

>「ハロプロが独占者として振舞っていて」という田中先生の前提は結構核心を突いていると思います。

このコメントを踏まえると、(ひとまずは)一社独占の芸能プロダクション=ハロプロ・モデルを考えるのが良さそうですね。
さて、少し具体的なハロプロ・モデルについて考えてみたので以下で簡単にご紹介させて頂きたいと思います。(まだ非常に原始的なアイデアですので、厳しいツッコミはご遠慮下さるようお願い致します)
元々の田中さんの例では、ハロプロがCDの値段設定を行えるというストーリーになっていましたが、より現実的な分析を行うためには
・ハロプロはCDの値段は変えることはできない(例えば、シングル1枚1000円、アルバムは1枚3000円といった業界のルールは守らなければならない)
・しかしコストを投下することによって(楽曲の質を上げる・宣伝広告を増やすなど)需要をある程度増やすことができる
という仮定に変えた方が面白いかもしれません。CDの料金を変更することができなくても、ソロとユニットの時で最適なコスト水準およびそれに応じた利潤が異なってくるでしょうから「ある場合にはソロ売りが儲かり他の場合にはユニットが儲かる」という結論が出てくるかもしれません。

以上の2点を取り入れると、個人的には以下のような含意が得られるモデルが作れるのではないかと予想しています:

1.個々のメンバーをソロで売り出して(かつ大量のコストを投下しても)もCDがほとんど売れないが、セットで売れば(最適コストの下で)ペイするような場合にユニット売りが発生する

例えば、最初の例で田中氏、池田氏ともに高橋CD、道重CDへの評価額がそれぞれ600円だったとすると、1000円のCDは1枚も売れませんが、ユニットにすることによって(評価額が足し算で増えるのであれば)評価額が1200円となり、CDが2枚売れます。これがユニット売りの便益になります。

2.ユニット内の個々のメンバーの人気が出てくると、ユニット全体への評価額が高くなるためCD1枚あたりの最適コストの投下量が減る

例えば、田中氏、池田氏の「高橋+道重」ユニットCDへの評価額が2000円にまで上がったとすると、以前と比べて2倍のペースでCDを生産しても(個々のCDへの評価額は1000円に下がるものの)売りさばくことができるでしょう。アイドルグループの人気上昇に伴う楽曲の質の低下や新曲リリースのペースアップといった現象はこれにより説明できるかもしれません。

3.さらに個々のメンバーの人気が出てきた場合には、ユニットのままコスト投下量を下げるよりも、ソロあるいは小ブループとして売り出す方が儲かる

例えば、どんなにCDリリースをペースアップしても、田中、池田両氏の高橋CD、道重CDへの評価額がそれぞれ1200円以下には下がらないとすると、ユニットで売るのではなくそれぞれソロで売り出した方が儲かります。これがソロ売りの便益です。

4.個々のメンバー間で人気に差がある場合には、もっとも人気のある歌手から順番にソロデビューさせて行く方が良い

例えば、田中、池田両氏の高橋CD、道重CDへの評価額がそれぞれ1200円、800円だとすると、高橋をソロで売ることは儲けにつながりますが、道重をソロで売ってもCDは売れません。これによって、人気メンバーのソロデビューという現象を説明できるかもしれません。

以上、思いついたアイデアをいろいろと書かせて頂きました。フォーマルなモデルとして表現するためには、評価額の分布や、コスト関数の形状、コストに応じてどのように評価額の分布が変化するか、といった点をきちんと詰める必要がありますが、今この問題をこれ以上深く考えている時間がありませんので、興味のある方は個々での議論を叩き台としてトライして頂ければ幸いです。

これから所要で関西へ行くためしばらくネットから遠ざかります。みなさまどうぞよい週末を!

yyasudayyasuda 2008/01/19 16:43 先ほどの自分の書き込みでタイプミスを発見しました。

個々での議論 => ここでの議論

です。申し訳ありません。あと、きちんと言及するのを忘れてしまいましたが、上の議論の中では「CD1枚は1000円で売らなければならない」という仮定をおいています。
以上、補足まで。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/19 22:00 今日はセンター試験の監督で早朝からいままで仕事でした。げっはー、疲れた。

>yyasudaさん、丁寧なコメントいただきありがとうございます。おかげでだいぶわかってきたのですが、山形さんが砂利タレの話から転換して、

:ではですね、韓リフ先生の例で、ハロプロがその高橋とか道重とかを独立で売り出すことになぜかこだわったとしましょう。費用も競争もまったく同じ。条件はすべてそのまま。でもたまたまハロプロでの担当者がそこで個別売り出しに固執したとします。まとめ売りすれば追加で余剰200円分が懐に入るのに、このハロプロは敢えてそれをしなかった(単純にバカだから)とします。その場合でも、単に消費者余剰が消費者に残るだけなので、何ら不合理性はない、というのが韓リフ先生の立場ですね。しかし、このハロプロは落ちている金を敢えて拾わないような真似をしているわけで、非効率ではある、というわけですね。:

という問題を提起されて、それにyyasudaさんが不合理と限定合理性のふたつの話で答えられました。ベイジアン合理性を基準にして不合理性を定義されていると思いますが、そうであるならば、やはり山形さんが僕の例をそのまま利用しても「不合理性」は話にでてきません。僕は一貫してこの例で合理性、不合理性、効率、非効率という話が議論できない(議論する設定になってない)、という立場でした。で、岡目八目性を抜かしても、僕の例からはyyasudaさんの「不合理性」の話もでてきません。なぜなら横槍さんが書かれていることですが、単純にいって僕の話にはベイジアン合理性はどこにも顔を出していないからです。したがってベイジアン合理性が基準となる「不合理性」も僕の例にはまったく無縁です。

したがって
:何ら不合理性はない、というのが韓リフ先生の立場ですね。しかし、このハロプロは落ちている金を敢えて拾わないような真似をしているわけで、非効率ではある、というわけですね。:

なんて僕には単にそれは議論してないことを山形さんが勝手にいっているだけ、ということになるかと思います。ここも横槍さんのご指摘の通り、効率性の議論をするには遠い位置にある例を語っているだけですから。


それと僕が今回の例でパレート効率性=合理性を明示しないで議論している、ということかと思いますが、それはいまも書いたように原エントリーでもその後でも僕はこの例をパレート効率性に関連して論じているつもりはまったくないです。以下に僕の発言を。一般論として、山形さんからの質問に答えているだけでしたが。

:最初に書いたコメントをよくお読みいただきたいのですが、ハロプロの独占者としてのエントリー内の設例での行為は「不合理という話の余地はない」と書いてまして、今回のエントリーでは、合理/不合理を扱う話の余地=それをわける基準が不在だということです。その上で田中の考える合理性はなんなのか? というご質問だと思い、それにはパレート効率性を合理性の基準にして考えています(いないときはできるだけ明記の努力)と書きました。:


 で、これを書きますと岡目八目といわれてがく〜っときましたが、最初に書いたように、岡目八目性を多少捨て去ってもやはり僕の例をそのまま利用してそれが効率・非効率、合理、不合理はいえないと思います。そもそも前提でベイジアン合理性にこの主体がたっているとさえいってませんから、可能性としてはベイジアン合理性にたつともいえるし、または違う行動規範を採用しているかもしれません。それはわかりません(というか細かいところ問わず当面の議論に関係ないので無視しているだけですが)。もしぼくの例を丸ごと飲んで山形さんのいうようにそこに微塵も加えないで効率性合理性の議論を行うことはかなり無理があると思っています。その意味で横槍さんのご指摘に今朝方わが意を得たと思いました。

ただ今朝方はまだベイジアン合理性やそれに規定されている不合理性という話がいっさい関係ない別種の「不合理性」、わが原エントリーの事例にも「不合理性」が入り込む余地があるのか、という意味でyyasudaさんの指摘を解釈していて、わけがわからなくなってました。いまは少しは整理できた気でいます。

とここまではある意味、つまらない話かな、と思います。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/19 22:17 それと面白いほうのご指摘ですが、これはなんということかw
昨日、言及しましたアダムズたちの議論とほぼ同じです。彼らは評価額の分布、コスト関数の形状を明記して直観的にわかりやすく説明していました。それをそのまんま東の状態でパクってみようかと思ってましたが、yyasudaさんのコメントでいいかなと(笑 ←手抜きw

あとモーニング娘。の最近の人気低迷ですが、これは思いつき程度ですが、彼女たちの「卒業」が大きく貢献しているように思えます。単独で彼女たちのザービスを消費したいファンからすれば、モーニング娘。を抱き合わせで消費する「お得感」よりも単独で消費したときの「お得感」の方が上回ることがある。そういうファンは「卒業」は「お得感」を実現してくれるセレモニーであるでしょう。もしそういう意識を多くのファンが持てば、むしろモーニング娘。全員を卒業させる=解体させることが、これらファンの戦略として成立しないだろうか? と思っています。みんながそっぽむいて、単独売りになるのを待つという戦略ですね。まあ、思いつきですがw

関西行き、お気をつけて!

>暇人さん。論文のご紹介と、するどいご指摘ありがとうございます。暇人さんがモーニング娘。のファンだということ個人的に嬉しいです。僕も実はそうです。ただし90年代のユニットのファンでしたが。ラブマシーンはリフレの歌とも解釈できます。

やまがたやまがた 2008/01/20 10:47 ぼくの当初の疑問とまるっきり関係ない方向に話を深読みしていただいているので多少困惑はしているのですが、ひょうたんから駒でそれがちょっとおもしろい話にもつながるかな、と楽しみにはしております。が、それとは別に岡目八目という表現の意味を誤解しておられませんでしょうか。岡目八目というのは、お使いのような、「話の流れが見えない」という意味ではございません。議論の当事者よりも傍観者や野次馬のほうが大局を理解しやすく、適切な対応を見つけやすい、という意味です。ぼくが岡目八目と書いたのは、yyasudaコメントについてのことです。yyasudaコメントが山形の疑問に対する適切な(というのは質問者であるぼく一人が判断することです)回答だったのは、能力的な問題ではなく単なる岡目八目の発現だった可能性もある、一方の韓リフ先生は当事者であるが故に、岡目八目性が発揮できなかった可能性がある、という意味です。韓リフ先生は、当事者であるがゆえに、絶対に岡目八目ではあり得ないのです。
 もちろん当然こんなことはご存じとは思うのですが、何度かご自身について岡目八目と述べられているかのように見受けられ、さらにそれが欠点であるかのようなニュアンスで書かれておいでなので、少々奇異な印象を受けます。この奇異さは、ぼくがおたずねしたことに対するいささかよじれた(とぼくには思える)回答群のよじれ方とも相通じるものがあるやに感じております。が、冒頭に申しましたように、それが結果的におもしろいセット売り理論につながるのであれば、それもまた一興かと存じます。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/20 11:45 いやあ、山形さんが最初に
「韓リフ先生はずっとそこで前からの話をひきずって、オスカーの競争条件だのコスト条件だの(同じだと仮定すると書いたのに)問題にし続けたために、ワタクシの疑問に対する適切な答えをついには出していただけなかったということです。岡目八目ともいいますし、渦中にいるとそれまでの流れにとらわれてしまうのはよくあることなので、あまりお気になされませぬよう。」
と指しているのは僕のことなのでてっきり「嫌味」と思ってました。だから僕もそれをうけて「僕の岡目八目性は大目にみていただきw」とwで応答してますし、以後もそれを面白くつかわせていただいてるだけでこれもまたある意味、嫌味に呆れて使っているだけとご了解ください。しかしだんだんつまらない話になりますねえ

あと直近のセット売り理論は深読み展開になってますが、そもそもの話に対する山形さんの問いは、どっちかいうとマンキュー先生も書いてるように「それは正しい問いではない」というレベルのもので、それに山形さんが納得されないのでいつの間にか思わぬ成果がでてきたというところでしょうか。

tanakahidetomitanakahidetomi 2008/01/20 14:01 それとこれは細かいところですが、

yyasudaさんの発言
:そのため、田中さんの「パレート効率性=合理性」という定義は(予めことわっておこない限り)少なくとも学問的な議論の場では避けた方がよろしいかもしれません。また、そもそも合理性がパレート効率性を指すのであれば「〜は合理的だ」と言う代わりに「〜は(パレート)効率的だ」と言えば済む話ではないかとも思います。:

おっしゃるとおりなのですが、ただ議論の流れを考慮していただければ、山形さんの執拗な(僕からするとなんで効率性や不合理がこの例で問題として持ち出せる?という疑問も前提に)問いに、まさに「予めことわっておいた」わけです。おっしゃるとおり合理性・不合理性の問題を論じたくないので「効率的だ、といえばすむ」ところを、すむようにしたということと理解していただけばと思います。

yyasudayyasuda 2008/01/21 17:54 >それと面白いほうのご指摘ですが、これはなんということかw
昨日、言及しましたアダムズたちの議論とほぼ同じです。彼らは評価額の分布、コスト関数の形状を明記して直観的にわかりやすく説明していました。それをそのまんま東の状態でパクってみようかと思ってましたが、yyasudaさんのコメントでいいかなと(笑 ←手抜きw

なるほど。やはり誰でも考え付くような話は既に論文になっているのですね。。。(しかも30年以上も前に!)
ただ、せっかくの機会ですので時間に余裕ができましたらバンドリングの論文をいくつか漁ってみようかと思います。既存研究の成果を用いて、アイドルグループに代表されるような(ちょっと変わった)セット販売の現状をどこまで説明できるのか、という問題はワリと面白そうです。

それにしてもコメント欄の長さが凄いことになっていますね〜(驚)