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2011-10-10

[]トーマス・サージェント(2011年ノーベル経済学賞)と政策レジーム転換 トーマス・サージェント(2011年ノーベル経済学賞)と政策レジーム転換を含むブックマーク

 今年のノーベル経済学賞はトーマス・サージェントとクリストファー・シムズの両氏の与えられた。特にシムズ氏については僕は専門外すぎてわからないので書くのは遠慮するが、サージェント氏の業績のあるものを少なからず熟読した経験もあり(いまも定期的に繰り返し読んでいる)、ここで簡単にコメントしたい。

http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/2011/

 サージェントは1943年生まれ。カリフォルニア州バサーデナ生まれ。68年にハーバードでPhDを取得。ニューヨーク大学の経済学教授。ルーカスらと合理的期待形成を基にしたマクロ経済学の立場で有名で、その代表的なテキストは80年代から90年代にかけてよく読まれていたと思う。サージェントの長いキャリアの前半について、経済学史家のマーク・ブローグの『ケインズ以後の100大経済学者』から引用しておこう。

「1970年代の初めに始まった長い論文シリーズの中で、彼はその理論を経験的にいろいろ検証してきた。それらのすべてを要約すれば、経済には「自然失業率」、すなわち経済は絶えずそこに戻っていく傾向がある失業の均衡水準がある、また経済主体は政府の用いる政策ルールを考慮に入れているという単純な理由から、その自然率からのかい離はランダムである。つまり関係あるどの経済変数とも系統的な結びつきはない(期待が「合理的」であるといわれているのはこの意味である)、という命題になる。サージェントの新マクロ経済学の趣旨を把握することには何の問題がない。あらゆる人が将来の物価の変化をすべて予想すれば、政府の政策の変化は名目上の変数に影響を与えるだけで、実質的な変数には影響を与えないことは明らかである」(邦訳257頁から引用、部分的に田中修正)。

 このブローグの要約だけではすこし物足りない。サージェントは人間の行動を規定するものはゲームのルールであると述べている。ゲームのルールが変われば、人間の行動も変化する。野球のルールが変更され、例えばスリーアウトで交代ではなく、フォーアウトで交代するならば、また野球の性格も変わるだろう。サージェント以前の経済学はそのようなゲームのルールの変更を、明示的に政策分析にいれていなかった。

 もちろんゲームのルールが変更しても変わる部分もあれば、変わらない部分もある。それを分離する作業を計量経済学的に行う作業も同時にサージェントらは行ったといえる。上の野球の例でいえば、フォーアウトになれば犠打のあり方が変化するかもしれないが、それでホームランのもたらす位置づけはあまり変化しないだろう。

 さてこのようなゲームのルールの変化がもたらす人間の経済行動の変化を、サージェントらは、「四大インフレーション終焉」という論文の中で紹介した。これは簡単にいうと、第一次世界大戦後にハイパーインフレーションを経験した欧州諸国がどのようにハイパーインフレーション終焉させたかである。それは貨幣量が減少したからではない(よくある古典的な貨幣数量説ではない)。財政政策と金融政策のあり方、それらのゲームのルールが変更したからである。例えばそれは財政赤字貨幣で補てんするような政府の財政・金融政策の組み合わせから、財政再建への信頼できる政府コミットと、(無軌道な財政計画をもつ)政府から独立した中央銀行のスタンスの確立であった。

 サージェントは、ある特定のゲームのルールを選択することを、「レジームの選択」とした。また、あるレジームからほかのレジームに変更することを「レジーム転換」と表現している。

 「しかしながら、最初に、所与の一般的戦略という脈絡の中で採られる個々の措置の影響と、一般的戦略あるいは繰り返し措置をとるためのルールを選択することの影響との違いについて、もう少し一般化しておくことは有益であろう。後者の選択をレジーム選択と呼ぶことにする。特定の四半期における政府支出や税率の値は措置の例であり、一方、レジームの例としては、明示的にせよ、暗黙的にせよ、政府支出や税率を経済状態の関数として繰り返し選択するためのルールが挙げられる。動学的マクロ経済学の最近の研究によれば、次のような一般原理が発見されている。すなわち、政府の戦略あるいはレジームに変更があれば、必ずそれに対応して民間経済主体は、消費率、投資率、ポートフォリオなどを選択するための戦略ないしルールを変更すると期待される、という原理である。略 レジームに重大な変更があったとき、動学マクロ経済学は、変数間の相関の全体パターンが量的に重要な変化を遂げる、と予測するのである」邦訳59−60頁。

 サージェントは戦前のハイパーインフレーション終焉にはこの種のレジームの変更=レジーム転換があったためだと実証した。その手法は歴史的なツールである。

 これを米国ドイツなどの大恐慌期のデフレ終焉に応用したのが、ピーター・テミンである。金本位制への復帰とその再離脱は、まさにレジームの転換のエピソードである。さらにこれを日本の昭和恐慌に応用したのが、日本のいわゆるリフレ派であり、それは二段階のレジーム転換として、『昭和恐慌の研究』に結晶している。

 ちなみにデフレ貨幣の価値の逆比であることから、現状のデフレ貨幣をすれば単純に脱出するとか、あるいはいまの日本の総需要不足は数十兆円なので、それを埋めるには同額の貨幣量が必要である、というのはいまのリフレ派が採用するところではない。レジーム転換こそいまのリフレ派の主要命題である。それゆえに、日本銀行政府のゲームのルールの変更(財政・金融のレジーム転換)が望まれる。現状では、例えば日銀がインフレ目標を導入することがそのようなレジーム転換と公衆に認識されるだろう。

 レジーム転換によるデフレ脱却、これがそのキーであり、その発想こそサージェントの業績の重要な部分でもある。

 サージェントの「四大インフレーション終焉」は以下の翻訳に含まれている。わかりやすい論文なので歴史好きな読者でもとくに経済学の知識がなくても読める。

日本へのレジーム転換の応用は自著では以下が詳しい。

平成大停滞と昭和恐慌~プラクティカル経済学入門 (NHKブックス)

平成大停滞と昭和恐慌~プラクティカル経済学入門 (NHKブックス)

また震災後の経済について、レジーム転換の必要を述べたものとしては以下がある。結論部分の215ー6頁参照。

震災恐慌!?経済無策で恐慌がくる!

震災恐慌!?経済無策で恐慌がくる!

上に述べた大恐慌デフレ終焉におけるレジーム転換については、以下のテミンの本が詳しい。

日本の昭和恐慌における二段階のレジーム転換は上の安達さんとの共著以外ではやはり下の論説集が決定版

昭和恐慌の研究

昭和恐慌の研究

安達さんは政策レジームの転換論を独自にふかめ、レジーム間競争の歴史として近現代の日本の歴史を総合的に考察した。

脱デフレの歴史分析―「政策レジーム」転換でたどる近代日本

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