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2013-07-01

[]内田樹他『脱グローバル論』 内田樹他『脱グローバル論』を含むブックマーク

 安倍自民党や橋下維新衆院選勝利によって、現代日本にグローバリズムとナショナリズムの混淆態が「支配的イデオロギー」になったとして、今年の参議院選挙目前を期して公刊された書籍。橋下氏および橋下維新を特に批判の主眼においているともとれ、前大阪市長平松邦夫氏の参加によってさらにその色彩が濃厚になっている政治的なメッセージの強い本だ。

 経済関係を中心にみれば駄本であり、(中島岳志氏の)リフレ政策関係では誤解、間違いのオンパレードである。また内田樹氏の贈与経済論や小さいコミュニティ中心の経済の再構築も、既存の経済との関係が一方的に遮断されていて、彼の想念だけであれば面白いのかもしれないが、あまりにも現実感がない。現実感のない経済論を展開しながら、本人にその自覚もない。また先ほども書いたが橋下氏への批判が顕著だが、他方で、内田氏の言説自身は、他者からの客観的な批判を十分に咀嚼してこなかた気がする。簡単にいうと独善的である。

 具体的にいくつかの論点を数日前、Twitterに書いたものを以下に修正して貼り付けることで、見ておきたい。

 『脱グローバル論』の中の内田樹氏の「日本では贈与経済のウェイトがどんどん拡大傾向にある(なのでそれが重要)」とでもいうべき発言をしている。では、贈与経済を、1)地下経済、2)無償労働 についてとらえると本当にそんなことがいえるのだろうか?

 簡単にいうと贈与経済以外の、たとえば(本書では批判的に見なされている)GDPで表現できる経済が停滞していると、贈与経済自体も停滞しているという事実が観測できる。つまり内田氏の見方は支持されない。

 地下経済の規模や変化率は、景気や現金預金比率などと相関しているといわれている。特に90年代以降、地下経済は急激に規模を縮小している。景気が回復すれば、地下経済の規模もまた増加していく可能性が大きい。しかし内田氏のようにグローバル化の反動としての地下経済の拡大という事実の確認は困難。

 次に無償労働(家事、育児、買い物、社会奉仕など)の貨幣評価額の変化はどうだろうか? なんと片岡さんもグループに入っている内閣府の調査が日本では利用可能。http://www.esri.go.jp/jp/archive/sna/snaq139/snaq139d.pdf

この調査をみると、無償労働の貨幣評価額の変化率は、内田氏のいうグローバル化が進展している過去20年では、むしろ減少している。定性的分析をまだ読んではいないが、無償労働を制約するものとして、所得制約が不況で厳しくなった可能性もある。

ところで異端の経済学者ボールディングは、内田樹氏のように贈与経済の貢献を広く認識して理論や実証も行っていた。その代表作は『愛と恐怖の経済』。愛はいま書いた「無償労働」、恐怖は防衛(自警団みたいな活動も含むかもしれない)だ。さて贈与経済の1)地下経済、2)無償労働という大きな核では、内田樹氏の思っているような事態は進んでいない。むしろデフレ不況の中で日本のこの部分の贈与経済はかなりへたってきている可能性がある。またボールディング流の恐怖経済(防衛)の経済的ウェイトも低下してきた。『脱グローバル論』の中の内田氏の贈与経済論は、内田氏の願望としては面白いかもしれないが、かなり事実に反するし、理論的基礎も十分にない。ちょっとお花畑かな、と思う。その理由は、内田氏が贈与経済を既存の貨幣経済と対抗(脳内分離)してしまっているからだ。実際には両者は密接に連関している。

 内田樹氏のような贈与経済論を読むよりも、僕はさっきあげたボールディングの『愛と恐怖の経済』、福田徳三の戦前にでた贈与経済国民国家との関連も含んだ事実上未完の大著『経済学原理(流通編)』を読むべきだと思う。最近の贈与経済の論理的進展としては、S.kolmらの論集がいい。いま紹介したコルムらの贈与経済論集はこちらになります。The Economics of Reciprocity, Giving and Altruism。

 あと国民国家論がどうも僕にはいただけない感じ。特に内田樹氏の論理には、国民国家のもつ排除の機構や遠心力(国民国家から離れて行こうとする作用)が無視されているのでは? とくに遠心力の作用については、もっぱらそれがTPP的な市場原理主義に代表されていて議論が単一化している。むしろ国民国家からの遠心力としては、戦前の朝鮮社会と日本国家との関係を考えてきただけに、彼らの単一化した視野には違和感がある。戦前の朝鮮社会が、日本という『国民国家」から遠心力的に遠ざかって行こうとするモメント(自治や独立)に関心があり、この遠心力に市場経済化はさらに力を与えてる。たとえば石橋湛山植民地放棄論は、彼の貿易自由化論を表裏一体だ。それは朝鮮社会が、日本という国民国家からの「遠心力」(離れて行こうとする力)を持つことを考えるときに重要な要因。つまり貿易自由化というロジックは、湛山の中で、日本という国民国家から、朝鮮社会が離れていく遠心力の大きな要素であり、朝鮮社会が「国民国家」として成立するための重要な要件ともいえる。

 また橋下維新の政策を批判する文脈の中で、内田氏は、最低賃金の廃止をとりあげて、(最低賃金レベルの)時給800円を2,3人でわけるという発想で批判している。しかしこれは単純な誤解であろう。なぜこの誤解が正されないままなのか不思議でもある。

 おそらくシンポジウムを予定していなければ、僕個人は読む意義を見出すことが難しい本である。そしてそれは実際に無駄であった。

野崎次郎野崎次郎 2013/07/03 20:26 あれ、コメント書く欄間違えたみたい。
私の力不足で中止になり申し訳ない。せめて二人の拠って立つ「場所」の違いが明らかにできればと思いましたが、残念です。
今度東京で飲みましょう!