Hatena::ブログ(Diary)

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2008-03-31

桃源郷

トンネルを抜けると、突然眼下に広い盆地がひらけ、そして雪を頂いた南アルプス

昔、電車でも車でもなく、徒歩で笹子を抜けた旅人の目には桃源郷以外のなにものでもなかっただろう。

文字通りあと二週間もすれば、ここには桃の花が咲き乱れる。

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『幸福弁当』

このところ、ろくでもないことばかり続くので、新宿駅で『幸福弁当』というお弁当を買ってみました。


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煮物、

人形町魚久』の粕漬け、

築地すし玉青木』の玉子焼き、

一口大福などが入って、650kcal。

軽くて量は丁度良いし、それぞれは美味しいけど、この量で1,300円はちょっと高いなあ。

パッケージの竹籠代かな。


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たった300円の違いですが、こちらの方が全然良いです。

『老舗の味 東京弁当』

2008-03-30

草加煎餅食べ比べ


以前、いただいていた草加煎餅の話題で、


草加市内でも昔ながらの手焼き一筋ってお店は源兵衛煎餅というお店、一件だけなんです。そのお店の煎餅は海苔も胡麻も装飾なく、本当にコメの生地に醤油を塗っただけのシンプルなもの。だけど、とても美味しいです。

今度、折をみて、そちらも贈りますね。


というコメントをいただいていたのですが、その後本当に又お煎餅をいただいてしまいました。

すると「手焼き一筋の草加煎餅と機械焼き?の草加煎餅、どんなに違うのだろう?」という興味がフツフツと。

ということで、同時に食べ比べてみました。


まずはパッケージ。

右は以前いただいていた『株式会社春日堂』の「堅焼草加せんべい」

左は手焼き一筋『有限会社豊納源兵衛』の「元祖源兵衛せんべい」


春日堂のものはパリパリとした袋で、袋の上に破るときのためのV字の切れ目が入っています。

源兵衛せんべいのほうはしっとりとしたビニール袋。そして写真でも分かるように緑色のライン状のものが入っています。

左右からこの部分を簡単に破ることができます。これは力をいれて袋を破ってお煎餅を壊さないための配慮でしょうか。


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さて、袋から取り出しておいてみました。

おなじく右の春日堂のものと、左は源兵衛せんべい。煎餅の表面にはいった皺の入り具合が随分違いますね。

これは煎餅の生のときの生地の違いからくるのでしょうか。

そして、春日堂はまんべんなくうっすら焦げ色が入っていますが、源兵衛せんべいは部分的に焦げ色がついています。


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二つを横からみてみました。こうすると厚みの違いも歴然。

春日堂より源兵衛せんべいの方が全体的に薄めですが、灼いた時の加減からでしょうか、凹凸があります。

フラットさは春日堂の方があります。


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それぞれを半分に割ってから並べてみました。

やはり厚みは春日堂のものの方があるようです。源兵衛せんべいの凹凸は、中の空気層の大きさと多さからきているようです。


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そして最後に肝心の味。

これは食べ比べるとかなり違います。

春日堂の方は醤油の他に多少の甘みや旨みのようなものを感じ、それはそれで美味しいのですが、源兵衛せんべいは独自の醤油を塗って焼いただけという塩気の風味であっさりとしています。

この甘みの差が2枚の煎餅を並べた時の色つやの違いに出ているかもしれません。


どちらが美味しいかとなると、これはラーメンではありませんが「好みによる」という事でしょう。

ただ、源兵衛せんべいは、煎餅を網の上で炙りながらひっくりかえしていく作業がなんとなく目にうかび、素朴な味を楽しめるのではないかと思います。

2008-03-29

花の命は短くて


近所の小学校の桜は、早くももう散りだしていました。

風が吹くたびに、はらはら.....と、数十枚ずつの花びらが目の前に舞い落ちてきました。


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“花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき”


林芙美子が『浮雲』を発表したのが1949年。

1903年12月31日生まれで、 1951年6月28日に死去しているので、

逆算してみたら、45〜6歳の頃、そしてそれは亡くなるわずか1〜2年前のことだったようです。


人は生きてきた時間が長くなると、だんだんに、自分を人の生き様に照らし合わせて考えるようになってくるのでしょうか。




昨年の夏、鹿児島は桜島の林芙美子の碑の近くを通りました。

このときはただただ暑い盛夏で、寄らずに帰ってしまいましたが、春の桜の頃に立ち寄れば、心に沁みる歌碑を見られたかもしれません。


浮雲 (新潮文庫)

浮雲 (新潮文庫)

2008-03-27

The first anniversary of my weblog


葉もない枯れたような枝先に、突然蕾がついて、そして数日のうちに膨らみ、あっという間に5弁の花びらを開く。

それも一枝に一つではなく、びっしりと重なるように咲き誇る。

梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』ではないが、満開の桜の花の下にたたずむと、心がザワザワし始め、そして不思議な狂気が感じられる。


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櫻の樹の下には屍體が埋まつてゐる!


 これは信じていいことなんだよ。何故つて、櫻の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが來た。櫻の樹の下には屍體が埋まつてゐる。これは信じていいことだ。



昨年の今日もこんな日だったのだろうか?


昨年のこの時期、寒さのために桜の開花は遅れていた。28日にしてようやく五分咲きという自分の記録を某SNS上でみつけた。

だから、このblogを書き始めたとき、そのとき私は決して桜の狂気に影響されていたではないのだ。




同じ3月27日、祖母の98歳の誕生日でもある。

祖母は明治33年生まれだ。

(この年、立憲政友会結成され10月19日には 伊藤博文が第10代内閣総理大臣に就任した。)

今疲れ果てている自分は明日の朝を迎えることができるという自信すらないのに、こうして祖母は私の年齢の倍以上もの歳月を事も無げに軽く生きている。

齢を重ねるということはどういうことなのだろう。

そんな祖母は電話口で「最近、新聞の日曜版についてくるクロスワードパズルの言葉が分からなくて困った。今流行の言葉は次々かわるので覚えきれない」こう嘆いていた。


檸檬・桜の樹の下には (お風呂で読む文庫 6)

檸檬・桜の樹の下には (お風呂で読む文庫 6)

2008-03-23

上越・高田『公園通りの花クッキー』


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先日東京にいらしていた上越のW部さんから、可愛いクッキーを送っていただきました。


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その名も『公園通りの花クッキー』。

食べるのが勿体なくなってしまいそうな押し花がついています。

あまりに綺麗で、最初、包装の紙についているのかと思ったほどです。


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叔母が手芸のために押し花を作っていますが、草花の種類によって押し方や時間、乾燥のさせかたも異なり、大変だという話を聞いているので、この食用押し花をつくるのは、それなりの技術が必要ではないかと思います。


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「こしひかり」の粉がはいっているそうです。

そのせいでしょうが、口にしたとき、サクサクっとした独特の歯ごたえがとても良くて美味しいのです!

ついつい、後を引いて、あっという間に........

本当はすべての花を写真に撮っておきたかったのですが、食べてしまうほうが先でした。



『株式会社菓心亭 かまだ』


http://www.kasintei-kamada.com/

大手町

新潟県上越市大手町5−7

tel:025-523-3656

09:00〜19:00 日曜日休業

『出陣餅』


『公園通りの花クッキー』とともに、W部さんからいただいていたのが『出陣餅』。

外見は山梨の有名な『信玄餅』と良く似ています。『信玄餅』はもともと安倍川餅がルーツのようですから、この『出陣餅』もいきつくところ同じ安倍川餅のようなお菓子ですね。


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違いはというと、外側の風呂敷のような包みが、『出陣餅』は不透明なビニール製、『信玄餅』は透明なビニール製。

そして中の黄粉は『出陣餅』の方がしっとり感があり、また餅は『出陣餅』の方は草餅となっているようです。

また、当然ながら『信玄餅』は武田信玄でしょうが、上越の『出陣餅』は上杉謙信でしょうね。

なんだか後発ながら『出陣餅』が張り合っているのがちょっと面白いですが、個人的な好みをいえば、餅がしっかりしている『出陣餅』の方が好きかもしれません。(『信玄餅は濃厚な黒蜜が他との違いだといっています。これも好みかもしれませんね。)


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『かなざわ総本舗』


新潟県上越市稲田4-11-5

Tel.025-525-8000

http://www.syutujin.com/

2008-03-22

『辺境・近境』読了


最近本を読むペースがひどく落ちている。理由は分かっている。出張を控えて長時間の移動がない事、借りてきている本がなぜか文庫本でなくハードカバーで大きなサイズなので持ち歩けないこと...こう書くと自分の問題がないように見えるが、読む当人の心の余裕がないこともまた確かだ。


こういう時には世界に没入して深く妄想までしてしまう小説より、のんびりと力を使わずに読み進められる紀行物が良いのだが、なぜかこのところ読もうとしてる村上春樹の紀行物は思うようにいかない。とっつきはどうも椎名誠の本を呼んでいるような錯覚におちいる、が、それはそれでありそうでいて、そうでない。

たとえば椎名誠と怪しい探検隊が無人島へ渡れば、そこでは即、各自が自慢の怪しい行動が繰り広げられ、焚き火に酒を飲み交わし、独自の世界ができてしまうのに、村上春樹ときたら息のあったカメラマンの松村映三とともに、瀬戸内海の無人島「カラス島」に渡っても、あっけなく虫の多さに退散してしまうのだ。


この本に収められた辺境・近境は、


多くの作家達がシーズンステイを楽しむ「イースト・ハンプトン」

瀬戸内の無人島「カラス島」

メキシコ大旅行」

讃岐・超ディープうどん紀行」

大連からハイラル、ノモンハンウランバートルと続く大陸の旅

アメリカ大陸の横断

そして故郷の街を訪ねる「神戸まで歩く」


という構成だが、どこが辺境でどこが近境なのかはあえて判断することもないのかもしれない。

ノモンハンの旅は「ねじまき鳥クロニクル」の第二部で言及された満州、そしてノモンハンの事で実際にそこへいかないかという話がきたという。事前に膨大な取材をし、小説をかき、そしてさらにその地を訪れることができるのは、小説家にとってクロージングをするという意味で幸福なことだと思う。勿論、事前の取材に現地を訪れることだって幸せではあると思うが。


讃岐・超ディープうどん紀行」の淡々と書かれたうどん店の状況のあとに最後の一節、

「しかし『中村うどん』は凄かったよな。」

をよんで、思わず笑ってしまった。

この笑いはオカシイのではない、「そうそう、そう思ったのよね」という、ようやく私の心の中にわいてきた同意または安堵感だろう。

実際、私はこの話の中に出てくる店を古くから何度も訪問しているが、記述されていることは全くその通りだった訳で、情景を思い浮かべて懐かしむには至らなかった。


小説では切なすぎるほどの文章をかき、おかげで心があっちの世界にいってしまって呼び戻すのが大変になるくらいなのに、なぜか紀行文にはノスタルジーを感じない。それは常に小説の根底や題材になるものを意識しているからなのだろうか。


ということで、また村上春樹の小説が読みたくなった。



辺境・近境 (新潮文庫)

辺境・近境 (新潮文庫)

2008-03-21

関原酒造の火災、その後


(昨日のエントリー「ああ、長岡『関原酒造』が火災に!」より)



昨日はなかったニュースが各紙に載りだし、それとともに被害などの状況がややわかってきました。



産経ニュース


酒蔵火災、日本酒4万本が焼失 被害6000万円 新潟

2008.3.21 03:46

 新潟県長岡市の老舗酒造会社「関原酒造」(飯塚正人社長)で20日、木造2階建ての貯蔵庫約2265平方メートルがほぼ全焼し、貯蔵タンク10本の日本酒が1升瓶(1・8リットル)で約4万本分焼失した。被害額は酒だけで約6000万円。けが人などはいなかった。

 長岡署によると、火事が起きたのは午前8時ごろ。江戸期から増築された貯蔵庫は平成16年の中越地震にも耐え、震災後に筋交いなどの耐震補強も施されていた。21日以降の実況見分で出火原因の特定を急ぐ。

 関原酒造の年間出荷量は約18万リットル。周辺は一時騒然となり、同社の外川昌樹取締営業部長は「近所の住民の方にはご迷惑をかけ申し訳ない。会社にとり大きな被害だが、何とか立ち上がりたい」と話した。 

http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/niigata/080321/ngt0803210347000-n1.htm


一升瓶にして40,000本の焼失、被害額は酒だけで6,000万円。今後建物や設備を再建にはさらに多額の費用が必要でしょう。




TBS動画ニュース


新潟の酒造会社で火事、蔵が全焼

 新潟県長岡市で20日、老舗の酒造会社から火が出て、50本もの酒の貯蔵タンクが燃えました。それでも杜氏たちは、火事を免れた蔵で仕込みの作業に追われていました。

 火事があったのは長岡市の「関原酒造」です。全焼した蔵には酒の貯蔵タンクが50本ほど設置されていて、このうち10本のタンクに合わせて4万から5万リットルの酒が入っていたということです。

 関原酒造は創業300年、3年前には新潟県中越地震被災地・山古志の復興を応援する酒も売り出していました。

 火災の後片付けの合間を縫うように杜氏たちは、被害を逃れた蔵で仕込みの作業に追われていました。

 「応援のメッセージを頂いて、それに応えられるように頑張りたい」(関原酒造 飯塚正人 社長)

 火災を免れた新酒、関原酒造は来月末にも出荷したいとしています。(21日00:22)

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3808974.html



「被害を逃れた蔵で仕込みの作業に追われていました。」

「火災を免れた新酒、関原酒造は来月末にも出荷したい」


大変な状況でも酒造りは続けているようです。

ほっとしました。

2008-03-20

ああ、長岡『関原酒造』が火災に!


なにげなくアクセス解析を眺めていたら、普段からも酒造会社さんやお酒の銘柄といった固有名詞での検索結果からblogにみえる方が多いのですが、今日にかぎって「関原酒造 火災」という検索が多数。

いったいどうしたのかと思い、その検索結果元をみてみたら、日刊スポーツ誌のサイトに次のような記事を発見してしまいました。


新潟の日本酒「群亀」貯蔵倉で火災記事を印刷する

 20日午前8時ごろ、新潟県長岡市関原町の関原酒造で、日本酒の貯蔵倉から出火、木造2階建て約2300平方メートルのうち約1900平方メートルを焼き、約4時間後に鎮火した。けが人はなかった。

 長岡署によると、貯蔵倉には高さ約2・5メートル、直径約2メートルの貯蔵タンク約50本があり、約10本に酒を貯蔵。出勤した男性従業員が出火に気付き、119番した。同署などが原因を調べている。

 関原酒造は1716年創業の蔵元で、「群亀」「長岡藩」などの銘柄がある。

 [2008年3月20日14時16分]

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20080320-337873.html

また少ししてから、新潟日報でも、



長岡で酒造会社の貯蔵倉火災


 20日午前8時ごろ、長岡市関原町1の酒造会社「関原酒造」(飯塚正人社長)から出火、木造2階建て貯蔵倉1934平方メートルを焼いた。出火当時、貯蔵倉は無人でけが人はいなかった。

 同社などによると、貯蔵倉は築約300年の土蔵や、瓶詰め作業に使っている築約80年の建物などがつながっており、全体で2265平方メートル。出勤して別の建物にいた従業員らが火事に気付き通報した。市消防本部のポンプ車など19台、消防団の車両17台が消火作業に当たった。

 貯蔵倉内には日本酒約5万リットルが入っていた貯蔵タンク50基や瓶詰めの機械、ベルトコンベヤーなどがあった。

 飯塚社長は「ご心配をおかけして申し訳ない。貯蔵倉は火の気がなく、原因はまだ分からない」と話した。

 住宅が隣接する同所の無職山田栄子さん(73)は「もくもくと煙が上がって、火が移って来ないか心配だった」と話した。

 同社は中越地震後、近くの仮設住宅に避難していた山古志地域の住民を支援するため「山古志復興応援の酒」を今月8日まで3年間製造・販売し、約360万円を山古志地域復興基金に寄付した。住宅再建した同市山古志東竹沢の会社員藤井徹さん(49)は「仮設では(同社に)物心両面でお世話になった。火災は残念としか言いようがなく、早くまた交流できるように再建してほしい」と話している。

新潟日報2008年3月20日

http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=1&newsNo=108912


関原酒造といえば、すこし前に「群亀(ぐんき)」というお酒のことで言及したばかり。驚きました。


貯蔵庫2,300平方メートルのうち1,900平方メートルを焼失という事は、大半が焼けてしまったということ。

昨年秋に仕込んだお酒で、これからの出荷用のものをはじめ、もしかしたら古酒もあったのかもしれません。

今年の秋の仕込みがあるまで次のお酒はもうないかもしれません。

秋口のおたのしみ「ひやおろし」も今年は出せないのかも....

いや、それどころかこれからの酒作りが続けられるでしょうか。


会社もですが仕込みをした杜氏の方はさぞ辛いでしょう。

状況が気になりますが、関原酒造のサイトは(勿論それどころじゃないでしょうけど)まだ未更新です。

享保元年(1716年)の創業以来、大戦や大地震などいろいろな事にあっても、1日も休まずに酒造りをしてきたという関原酒造のこと、朝の出火で今日はどうしているでしょう。

この蔵元の誇りでなんとか酒作りを続けていけるよう、被害が少しでも少ない事をただただ祈るばかりです。


(追記)

「事務局きまぐれ日記」さんで写真を発見。

http://e-sakeouendan.jugem.jp/?eid=191


(翌日の各紙ニュース)

関原酒造の火災、その後  へ。




関原酒造株式会社


http://www.sake-sekihara.com/

長岡市関原町1丁目1029-1

TEL:0258-46-2010

FAX:0258-46-6519


2008-03-16

囁きが聞こえたのか、パティスリーKENJIの『炭都ロッシェ』をいただく


2月にいただいたお菓子、宇部の宝石・パティスリーKENJIの『黒ダイヤ』をエントリーに書いて、その最後に、お店のHomepageから『炭都ロッシェ』という商品があるという事を知って書きました。

そして「今度は『炭都ロッシェ』ね」と小声で囁いてみていたのですが、どうやらそれが聞こえていたようです。


再び宇部のHさんから、パティスリーKENJIのお菓子を送っていただきました。


すっかり同じみになったこの細長い箱と包装。なんとなく中の様子が分かっていても、やはりワクワクします。


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シックな黒い箱に帯。


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前回は「黒ダイヤ」のみでしたが、今回は帯のダイヤが青い「黒ダイヤ」と「炭都ロッシェ」の詰め合わせです。


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しっとりとした重厚な生チョコレート焼きの「黒ダイヤ」とはとても対照的に、「炭都ロシェ」はフレークとナッツとチョコレートからできたサクサクとした食感。

クルミ、アーモンド、そしてピスタチオナッツのトッピングがチョコレートの上に載っています。

おもわず一口で噛みしめれば、香ばしさが広がって、ついついあとを引きそうです。


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「黒ダイヤ」をコーヒーや渋めの赤ワインでいただくなら、この「炭都ロシェ」は紅茶で。

甘い物はいけないとは判っていても、一日のおわった夜にこそ、静かに香りを楽しみ、送ってくださった方への感謝とともにゆっくりいただきたいお菓子です。



『宇部レトロ 黒ダイヤ 生チョコレート焼』のはなしは、こちら。




パティスリーケンジ


山口県宇部市大小路3-9-23

tel:0836-21-9827

営業時間 10:00~20:00 水曜定休


2008-03-15

雑感またはメモ


「自分の好きな人、愛する人の子供を作りたい、生みたい」と思う気持ちは大昔の人間の根本的な、そしてごく自然なものであったのだろう。

そしてそれが人類の繁栄のために、人間の女性に与えられた最大の力だったのかもしれない。


もしそれが阻害されることなければ、人類は滅ぶ時をもっと遅くすることができた。

まだやってはきていないその日をさらに先に延ばすことができた。


そう考えると人類の敵はやはり人類そのものなのか。


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2008-03-14

甘く甘く、甘くとろけていく幸せ、ノースプレインファームの『生キャラメル』



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ひんやりと冷えていたそれの衣を解いて、口の中へ。

舌先で2,3回転がすと甘いバターとミルクの芳香が口に広がります。

「ふわぁ...」っと、思わず夢見心地でその甘さに笑んでいると、気が付いた時にはそれは形もなくとろけてしまっている....

「もっと長く甘い夢を見させてくれてもいいのに」と名残惜しく最後の感触を楽しんで、そしてこんな幸せな気分にしてくれるキャラメルは今まであったかなと思うのです。


最近はいろいろなお菓子が溢れ、子供の頃のお菓子の代表格だったキャラメルはあまり見向きもされないようです。

ましてや大人になってからは、自分でキャラメルを買うこともなく、固い粒を噛みしめると歯にまとわりつきながら、甘い味だけが昔の記憶に残るのみ。


そんな時に紋別のN村さんからいただいた、ノースプレインファームの『生キャラメル』

たとえその時に苦しい事があっても、悲しい気持ちでいても、この1粒を口に含むと、誰でもがその芳香に幸せな顔をしてしまうに違いない、そんな素敵なキャラメルです。



素朴な、でもセンスの良い紙パッケージ。


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中にはクッション材のかわりに牧草を思わせるような緑色の千切りの紙が敷き詰められ、そこに3つの箱が収まっています。

3つの箱は「生キャラメル」(プレーン)、「生キャラメル・ブール・ドゥミ-セル」(塩バター生キャラメル)、そして「生キャラメル・ハマナス


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「生キャラメル・ハマナス」は興部町産のハマナス果実のペースト入り。ほんのわずかですが、その酸味を感じます。


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「生キャラメル・ブール・ドゥミ-セル」(塩バター生キャラメル)はサロマ湖の塩を加えたもので、ほんの少し塩味を感じ、それが甘さを引き締めています。


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どの生キャラメルも、口の中であっという間に溶けていってしまうのが惜しいほど。

こんな甘くとろけるような幸せの時は、キャラメルだけでなくプライベートでも、少しでも長くと願いたいものです。




『ノースプレインファーム』


北海道紋別郡興部町字北興116-2

TEL:0158-88-2000 FAX:0158-82-4005

e_mail:info@northplainfarm.co.jp


2008-03-13

居酒屋『かあさん』


別にこの店に入ったことがある訳ではないのだけど、昨日こんな事をかいたものだから。


怪しげな「お母さん喫茶」より、よほど正々堂々と「かあさん」を主張しているような気がして、私でも訪ねてみようかという気になるものです。



居酒屋かあさん 五反田駅前店


http://r.gnavi.co.jp/g616801/

東京都品川区西五反田2-7-8 第2誠実ビル9F

tel:03-3495-5559

営業時間:16:00〜24:00 日祝定休


2008-03-12

『お母さん喫茶』


さきほどは「カレセン」で、おおっ〜と思ったばかりですが、今度は「お母さん喫茶」。

メイド喫茶」「執事喫茶」に続く?新たな喫茶店だそうです。


まんだらけグランドカオス喫茶スペース「マザー」


割烹着をきたお母さんが和室でお茶でもいれてくれるのかと思いきや、どうもそうではなくもっと今風らしい。

採用はもちろん、年齢:25才「以下」ではなく「以上」。


このお母さん喫茶、どういうターゲットを想定しているのでしょう。

郷里を離れた学生や若者がお母さんの味(雰囲気、料理)を求めて来るのでしょうか。

それとも「お母さん=人妻」という下心ありの男性も来るのでしょうか?


「かれせん」といい、いままでの「若ければ良い」という風潮が見直され、年配者に目が向けられてきたのかもしれませんが、となれば、そう若くもなく年配者でもない、その中間層、今の30〜45歳くらいの世代は取り残されてはいないでしょうか?

『カレセン』


「カレセン」(枯れ専)って、「枯れたオジサン」が好きな女性らしいです。

女性の新しい「萌え」の対象ですね。


これを読むといままでなんとなく、隅っこに阻害されていたおぢさんの中に、まさに自分のことかもと喜ぶ方もいらっしゃるかもしれませんね。



しかし「カレセン」は、ただのくたびれたオジサンを指す言葉ではないのです。人生の荒波にもまれ、酸いも甘いも経験し乗り越えてきたことにより、良い具合に油が抜け、柔らかさをまとった味わい深いオジサン。たとえば、以下のような特徴を持ち合わせている存在のことを指します。

・一人の時間をもてあまさない。

・金や女を深追いしない。

・ひとりでふらっとよれる行きつけの店がある。

・さりげなく物知り。

・ビールは缶より瓶、ペットは犬より猫が好き。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=429007&media_id=44


どうも仕掛けはこちらの本のようです。


カレセン―枯れたおじさん専科

カレセン―枯れたおじさん専科


でもいったい、どんな女性が「カレセン」に萌えているのでしょう??

興味津々です。

2008-03-10

街の様相シリーズ〜14『新横浜周辺』


私が学校をでて最初に就職をした会社でのことだから、もうどれだけ前のことだろう。

具体的な年月はやめるとして、10年を一昔とすればもう二昔に近い前のことだが、会社の施設立て直しやそれにともなうスペースの都合で、それまでいた武蔵中原の工場内から、新横浜駅付近のとあるビルへ一時的に移っていた事があった。

住まいからの通勤も遠くなったし、何よりたった一駅でも本数の少ないJR横浜線に乗り換えるということで、とても不便さを感じた。


調べてみると、東海道新幹線新横浜駅開業は1964年(昭和39年)10月1日で、はじめて1日1往復の「ひかり」が停車するようになったのが1976年(昭和51年)。思ったより古くから駅はあったようだ。

これも以前のことだが、東急東横線の急行停車駅「菊名」から乗り換えがすぐ可能な位置になぜ新幹線停車駅を設けずに、わざわざ直行する横浜線1駅先に「新横浜駅」を作ったのかという疑問の答えを耳にした事があった。

要は大倉が堤に負けたということだ。

その証拠なのかどうか言明はできないが、今の新横浜駅周辺には西武系の施設が多い。


新横浜プリンスホテルのタワーが建ち、横浜アリーナができ、そして6年前にはサッカーワールドカップの開催スタジアムである、現在の日産スタジアムができた。イベント開催時には大勢の乗降客で混み合う。


だが、通っていた当時、駅周辺はわずかに中層ビルがたちはじめたばかりで閑散としていた。

冬は冷たい港北の風がふきぬけ、夏場はすぐ近くに広がっていたキャベツ畑の捨てられたキャベツの葉の腐る臭い。

第三京浜の料金所があり、出口付近には横浜の焼売「崎陽軒(きようけん) 」や派手な装飾のホテルのネオンサイン、それがこの街の印象のすべてだった。



いろいろと変わってきた新横浜の話はきいていたが、東海道新幹線での移動機会があまりなかったせいもあり、新横浜を訪れる事はまずなかったが、前日知人の結婚式に参加するために、ここを訪れ、宿泊をしたホテルからの眺めをカメラに納めることができた。


夕暮れ時、19階から西の方向に富士山丹沢山系を臨む。

翌朝は一時的に強い雨も降ったが、その前触れともいえる傘雲が何層にもかかっている。


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42階のバーから。

南から南南東の方向に、横浜港、横浜ベイブリッジみなとみらいのコスモクロック、ランドマークプラザなどが臨める。

夜景であるが故に手前は灯りがともっているだけで美しいが、実際にはこの篠原口方向は、JR横浜線を境界に、区画整理された市街と対照的な古い住宅地とキャベツ畑が連なる。


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カクテルの似合う夜景の街ができるとは、当時思ってもみなかった。


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2008-03-09

挙式、披露宴に参加。

演出はいろいろ凝っても、なにより根底は昔から変わらないもの。(^O^)f:id:tangkai-hati:20080309125343j:image

2008-03-07

自由が丘『セントクリストファーガーデン』の午後


新潟からのお客様、Mさんを迎えて、自由が丘を少し散策しました。私が以前からよくハーブオイルを買いにいっていた店があるので御一緒していただいたのに、なんとそこは売り場ではなくハーブを使ったトリートメントのスタジオに変わっていました。

坂道を歩いてつきあわせてしまったのに、変わっていてがっかり。


仕方なく少し遠回りをして、街へまたおり、ゆっくりお喋りをするためにお茶の飲みに『セントクリストファーガーデン』に入りました。週末のここは並んで待つ人も多いのですが、平日の夕刻前だったので待つこともそうないだろうと思い、ドアをあけると待っている人はいないものの、1階は人でいっぱい。

そして特有のおしゃべりの騒音がわぁ...っと押し寄せてきました。うわっと思ったのが顔に出てしまったのでしょうか、「少しお待ちください」と言われて座っていると、「二階へどうぞ、静かですからゆっくりお話できますよ。」という声。

おそらくその時間は二階は使っていないはずですが、どうも特別にあけてくれたようです。


階段を上がっていくと店のスタッフの人がさっと照明をつけてくれました。

「お好きな場所にどうぞ」といわれ、かえって迷ってしまう貸し切り状態です。


ここは1軒の住宅を使った店で、一階は草木の茂る手入れのされた庭を臨みながらお茶とケーキを楽しめます。気候がよくなれば窓を開け放ちさぞ気持ち良いでしょう。休日の午後はハイティーもあります。二階はとくに、まるで自分の家を綺麗に片づけ家具に凝ってみたらこうなった、という雰囲気でとても落ち着けます。ここを貸し切って結婚披露やいろいろなパーティーに使うことも多いのは、アットホームな落ち着きがあるからでしょう。


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お目当てのケーキが売り切れで、今回は普段頼まない「イングリッシュトライフル」を紅茶とともに頼んでみました。

紅茶も沢山のフレーバーの中からミルクティーによくあうものを選びました。


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上からバニラアイスにベリーソース。その下にはスポンジやカスタードクリーム、生クリーム、苺などが重なり、

さらにフランボワーズのゼリーが底に入っています。これでもかと重ねたベリー系の味の贅沢に顔が笑んでしまいます。


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街の散策もよそに、次の集合場所への時間いっぱいまで、ここでゆっくり話をすることができました。

さて、そろそろ席をたたないとという時間になって、1階へ降りていくと外はにわかに雨が降り出し、遠くで雷鳴が轟いています。

傘の用意がなく、小走りで駅まで向かおうとしたところ、店の方が「この傘をよければお持ちください」と昔のお客さんの引き取り手のない傘なのでしょうが、それを持ち出してきて貸してくれました。


傘を広げた時、庭の草木が雨に濡れた香りがさっとして、とても良い気分になりました。


こんな自由が丘の午後は平日ならでは....



セントクリストファーガーデン


東京都目黒区自由が丘1-24-14

tel:03-3725-9681

営業時間:11:00a.m.- 7:00p.m.(LO 6:30p.m.)

定休日:毎週水曜日(祝日の場合は通常営業) その他貸し切りの場合あり。

利用は小学生以上(6歳以上)


2008-03-05

草加の『草加煎餅』


「東京みやげは?」と聞かれると最近は本当に困ってしまいます。

本当に地元産の何かをつかったものがあるかといえば、見あたりません。

ではと、東京みやげランキングのようなサイトをみると、自分では買って食べたこともないような新しいお菓子類が上位にならんでいます。東京でしか買えないもの、東京へいって買って帰るみやげであれば、なんでも東京土産なのかもしれませんが。


昔ながらの東京みやげといわれて思いつくものは「雷おこし」「舟和芋羊羹」「草加煎餅」「佃煮」。

その草加煎餅を草加の方N村さんからいただきました。


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あれ、でも草加って埼玉県ですよね。

ということは草加煎餅は埼玉みやげ?!


草加せんべいの由来、ありました。しかも通説と俗説二種類。


<通説>

 せんべいの起源は実に古く、千数百年前といわれています。元来、日本では糯(もち)、うるちを問わず、米を蒸したものを「飯」と呼び、今の「強飯」でこれが昔の常食でした。これを搗(つ)きつぶしたものをもち(餅)といいました。餅には生餅と、乾餅(ほしもち)があり、乾餅は別名「堅餅(かたもち)」とも呼ばれて、焼いて食べる保存食として重宝がられました。

 そのため、戦陣に携行する兵糧でもありました。後世、この中に豆や胡麻をついて入れたり、塩味をつける製法が好まれました。これが「塩堅餅」で、これを焼いたものが後の「塩せんべい」で、草加せんべいの源流となっていきます。

 草加せんべいは本来この「塩せんべい」ですが、江戸時代利根川沿岸で醤油が造られるようになると、焼せんべいに醤油を塗るようになりました。草加では、専らこの醤油せんべいが売れるので、従来の塩せんべいは醤油せんべいに代わりましたが、名前は古くからの塩せんべいと言われつづけてきました。

 このように醤油塗りの焼きせんべいが日光街道草加」の名物になった理由は、良質の米が獲れ、また良質の水と良質の醤油が身近にあったためといわれ、さらに永い伝統により熟練された製造方法で造られ、長い日光街道の間食としても好まれ、値段も手ごろで軽量であったことによるものです。

http://www.sokasenbei.com/origin.html

<俗説>

 草加日光街道の宿場町として栄えていた頃、旅人相手の茶店が街道にありました。その茶店のおせんさんという女性が作って売っていたお団子が非常においしく、当時往来の人達に大変親しまれていました。

 このおせんさんは、商売上手な人でだんごを使った新しい商品が作れないかと考えていました。ある日、武者修行の侍が茶店に立ち寄り「おせんさん、お団子をつぶして天日で乾かして焼餅として売っては?」と教えてくれました。

 おせんさんは早速売り出してみたところ、お客様に好評で喜ばれ、日光街道に名物が出来たというのが、今の草加せんべいと伝えられています。

http://www.sokasenbei.com/origin.html

「東京のおみやげには草加せんべいがいいな」というお客さんもいらして、羽田で購入してもっていくことがありますが、これからは「埼玉みやげ」あるいは「関東みやげ」といわないとなりませんね。

しかし、立地的に日光街道そして綾瀬川、中川、荒川という水系で江戸とつながりが深く、江戸の人に好まれた煎餅という点ではやはり江戸みやげともいえそうです。


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小さい頃によくたべた記憶のある、なつかしい砂糖まぶしもありました。

由来からすれば、しょうゆ煎餅が草加せんべいの本流なのでしょうが、個人的にはこの甘辛い砂糖のついた煎餅や、ザラメのまぶしてある煎餅が好きです。

甘いと塩辛いの共存は日本人でないと理解できない味ではないでしょうか。




『春日堂せんべい本店』


草加市北谷1-6-15

tel 048-943-2848

営業時間 9:00〜19:00 火曜日定休


2008-03-04

『想天坊 別仕込 じゃんげ』を送っていただく


新潟のO川さんから日本酒を送っていただきました。


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白い包みをほどくと....

「超辛口二十度生」と書かれたラベルが見えてきました。

「超辛口」、「二十度」、「生」といった言葉はそれだけで日本酒の好きな私をドキドキさせます。


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長岡は河忠酒造の 「想天坊(そうてんぼう) 別仕込 じゃんげ」というお酒です。

日本酒度+11.0〜+12.0ということですから、かなりの辛口です。

まして、しぼりたてを火入れしていない生酒でアルコール度数20度ということですから、これは飲み口良い焼酎よりも強力そうです。


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蛇逃(じゃんげ)の由来が後ろのラベルにありました。


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河忠酒造のある長岡市脇野町は市町村合併の前の三島郡一帯で、美味しい酒蔵のある地域。

長岡から西北西に日本海出雲崎へと抜ける三国街道道中にあります。日本海信濃川を隔てる小高い丘陵地の麓です。


「蛇逃の滝」が気になったのでちょっと調べてみました。

このリンク先、長岡市の観光三島エリアのページには20mほどという蛇逃の滝の写真も載っていました。


蛇逃の滝と猫又大明神

 小木城山の南、鳥越後谷部落の奥、芝峠の北東側のふもとに高さ20メートル余りの大滝がある。

 蛇逃(じゃんげ)の滝と呼ばれて昔は盛夏のころ、村人たちがここへ行って滝に打たれたという。

 この滝の名のいわれについては、あまりに水勢が激しくて蛇も寄りつかないことからとする説と、昔この滝の近くに大蛇が住んでいたが、黒猫と争った結果大蛇が負けて逃げ出したのでそれ以後この名がついた、とする説との二説がある。

 昔からこの付近には黒猫が住んでいたが、特に人に危害を与えることはなかった。

 大正の末ごろ、七日市の有志が資金を募って大滝不動の傍らに一宇を建て、「猶又大明神」として祭ったという。

 それ以後、黒猫の姿を見かけた者はいない。

http://www.city.nagaoka.niigata.jp/kankou/miru/sizen/m-jangetaki.html


さて、何をいただきながら呑みましょうね。




河忠酒造株式会社


新潟県長岡市脇野町1677番地

TEL 0258-42-2405


2008-03-03

苦みを楽しむのは大人の特権? 謎の蜜柑でマーマレードを作る


先週の嵐で思わぬ収穫だった、謎の蜜柑。


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あまりに香りが良かったので、食べたあとの皮をとっておいてありました。

もう駐車場には落ちていないし、あとは手も届かない高い場所に実っているだけなので、皮をつかってマーマレードを作ってみました。


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薄皮を削ぐと、思ったほど黄色い部分の厚みがなく、薄い皮でした。本来は皮の厚み方向に細切りにしたいのですが、それではまるで針生姜のようになってしまうので、今回は薄い皮を細い短冊になるように切りました。

この時点で、この蜜柑はちょっとマーマレードには向かないな...と思ったのですが、作り出してしまったのでとにかくどんなものができるかと続行です。


一度はさっとお湯をかけ、皮の表面の汚れをおとし、さらに水洗い。この洗いが足りないと苦みが強くなりますが、かといって洗いすぎると風味が全くなくなってしまうので、この辺りが出来の左右をするところでしょう。


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砂糖などを加える前に、絞っておいたジュースも加えて、煮込み時間の節約のため20分ほど電子レンジで加熱します。

沸騰して蜜柑の香りが部屋中に漂います。皮もしんなりと透き通った状態に。


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砂糖を加えて、かきまぜながら鍋で煮込みます。


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次第に水分が減って煮詰まってくると色も濃い橙色に。

この水分の飛ばし加減もやはりマーマレードの出来を左右。

コンフィチュール(ジャム)というより、ヨーグルトに入れるソースにするのなら、あまり煮詰めてしまうと冷たいものに添えた時にかちかちになってしまいます。

仕上げにちょっとオレンジキュラソーを加えました。


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今回は日持ちを考えて、すこし固めに。


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謎の蜜柑の特徴かもしれませんが、お味はとても苦みが強いものでした。

さて、何に使いましょうね。

2008-03-02

深夜の芳香、頼まれてクッキーを焼く


なぜかこんな遅い時刻に、頼まれていたクッキーを焼きました。


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夜の飲食は控えているというのに、オーブンから立ち上る甘い香ばしい香りは、ダイエットの心を揺るがすローレライの声のようです。

つい、端の崩れた部分を摘んでみましたが、焼きたてのサクサクした歯触りと、そのあとにやってくるバターの風味。これでお茶を入れてゆっくり本でも読めれば、最高の夜の過ごし方かもしれません。


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そんな甘い声にも負けず、すべてを焼き終え、冷ましてから容器にしまいました。

負けなかった理由、それは.....



合計60枚のクッキーを焼くのに使った材料、

小麦粉300g、バター200g(1箱!)、砂糖150g、卵1個、ベーキングパウダー少々。


恐ろしい程のバターと砂糖を一気につかうクッキー。

添加物も入らない、体に優しそうな手作りにはちがいありませんが、お茶にいれる小さじ1杯の砂糖でさえ、気にしてダイエットシュガーにしている身には、とんでもない魔の使いのようです。



紅茶(セイロンウバ)の葉を刻んで混ぜ込んで焼いたもの。

噛むと紅茶の香りが広がります。


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市販の抹茶チョコレートをトッピングして焼いたもの。

見てくれはあまり良くありませんが、チョコレートと抹茶の風味が簡単に楽しめます。


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クッキーは簡単で、しかも基本のタネをつくれれば、あとは色々なバリエーションが楽しめるので、つい作りたくなるのですが、とにかく材料をみただけで、肩をすくめてしまうような思いです。