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2009-02-26

本の香り、インクの香り


車内で読むのに良い本をある方からお借りしましたが、奥附には発行が2009年3月2日と記載のある、できたてホヤホヤの新品の本。


その本を広げて真っ先に感じたのが、紙の手触り、本の香り、インクの香り。

考えたら最近はよほど手元に置きたいと思う本以外、みな図書館で借りて読むことばかり。

ヨレヨレの本ばかりを手にしていたので、こんな感覚をすっかり忘れていたのでした。


そして、「あ、そうだったんだ、これだ」と、納得のような閃きを覚えました。


新品の本のような香りがする人がいるんです。




ところでこの本、まださわりの部分ですが、読み出してとても気持ちが良いのです。

私のような経済の超素人が読むのにも、丁寧な言葉と文章、そして本の構成がとても判りやすく、プロローグだけでも目を通すと、これから先もっと読み進めたいという気になります。

読んでいると、「学生時代に、気に入った先生の講義を聴講している」そんな自分の景色が目に浮かぶような本です。


まだ1/5も読んでいないうちから、この本がきっかけで読む本の世界が広がるかも、という予感を抱いています。



なぜ世界は不況に陥ったのか

なぜ世界は不況に陥ったのか

2009-02-21

「Aである」という事実


ここ、1,2日の間、書いておきたいと思う事なのに、書けずにいることがある。

それは数日前の日記に関しての事だが、まるで「細い針金の上を歩く」ような事なので、言葉を選ばないとならない。

一言間違えれば、自分の思いとは全く違う解釈をされ、誤解されない、そんなセンシティブな事だ。


もし自分に文才があれば、もっと的確に水も漏れぬ表現ができれば、容易く書いているのだろうなぁ..と思う。

それ故、あえて婉曲な表現でかいておく。



物事は「Aである」といったからといって、決してそれだけでは「Bではない」ということにならない。

「Aである」ことだけは確かで、「Aではない、ということは否定でき」ても、「Bである」とも「Bでない」とも言うことはできない。

ところが、「Aである」という事の主張が多数重なると、かならず「Bではないのに...」という構文で話がわき起こってくる。

あくまでも「Aである」という事実を忘れて。

時には「Cなのだから」という突拍子もない、本論からははずれた話題にすり替えられようとする。

たしかに「Cである」という別の事実は起きているが、話のトポロジーが異なっている。

この事実が問題視されず、他の問題に置き換えられてうやむやになっていく。


「「Aである」ことの主張が偏向だ」という主張もまた、かさなれば偏向にほかならない。

これは波間を漂う船のようだ。

「Aである」という事の重なりが波の最高潮に達する。

すると、そのことに非難がおき、それが同情にもなり、そして全く対極となるのに、それは波の最低潮に達する。

再び、今度はそのことに非難がおき、もとの最高潮へと到達する。

こうして、両極端を何度も揺れ動くが、そうなるとそもそも波の発端となった「Aである」という紛れもない事実はもはや認識外となり、問題視されなくなってしまう。


私は仮に「Cなのだから」という意見に間違いがないと思っても、それと同時にまた異なるトポロジー上の「Aである」という事実を決して否定することはできないと思っている。

2009-02-18

『Murakami, in trademark obscurity, explains why he accepted Jerusalem award』


村上春樹が「エルサレム文学賞」を受賞し、現地エルサレムに赴き受賞スピーチを行った。

今、この時期にエルサレムを訪れること、その意味と小説家として伝えたかったことは何だったのか。


背景は深刻だ。


2009.2.10 16:33 産経ニュース

 イスラエル文学賞エルサレム賞の受賞が決まった作家の村上春樹氏に対し、大阪市に拠点を置く非政府組織(NGO)「パレスチナの平和を考える会」がウェブサイトに掲載した公開書簡で「受賞はイスラエルの対パレスチナ政策を擁護することになる」として受賞辞退を求め、賛同者を集めている。

 同賞は「社会における個人の自由の理念を表現した著作の筆者」に与えられる。

 書簡は、イスラエルパレスチナ自治区ガザで行った「虐殺や封鎖政策などはパレスチナ人の自由を抹殺する行為」だと指摘。村上氏の受賞により「イスラエルがあたかも自由を尊重している国であるかのようなイメージが流布される」と懸念を示している。

 書簡への賛同を示す署名は欧米諸国を中心に800件に達した。主催者のウェブサイトによると、村上氏は15日にエルサレムで開かれる授賞式に出席する意向を示した。

 同会の役重善洋事務局長は「受賞はイスラエルの人道犯罪に加担することになる」と主張。村上氏の事務所はコメントしていない。(共同)

「イスラエルの文学賞辞退を」 村上春樹氏にNGO要求


ブックマークはしたけど、やはりここに記録しておきたい。

村上春樹の「あちらの世界」に片足をつっこんでしまった者として。

もうちょっと、心落ち着けて読むことができる日のために。



『Murakami, in trademark obscurity, explains why he accepted Jerusalem award』

http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1233304788868&pagename=JPost/JPArticle/ShowFull



『Murakami defies protests to accept Jerusalem prize』

http://www.guardian.co.uk/books/2009/feb/16/haruki-murakami-jerusalem-prize



『池田信夫 blog 壁と卵』

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/26ca7359e6d2d15ba74bcdf9989bee56




スピーチ和訳



『壁と卵(はてな匿名ダイアリー)』

http://anond.hatelabo.jp/20090217141115



『一斗缶 村上春樹エルサレム文学賞受賞スピーチ抄訳』

http://maturiyaitto.blog90.fc2.com/blog-entry-139.html



『Kittens flewby me 村上春樹さんのイスラエル講演をハルキ風に和訳してみた』

http://ahodory.blog124.fc2.com/blog-entry-201.html

パティスリーKENJIの『大吟醸ケーキ「TAKA」(貴)』をいただく


目下世間は悲しいかな、品のない酒臭い醜態の話題が続いていますが、同じお酒でも香り高く美味しくいただけるお酒の話題でもして、不愉快な気分を明るくしたいものです。

先日の某団体の新年会で、ビンゴ大会の際にいただいた賞品(宇部のHさん提供)が、この大吟醸ケーキ。

宇部の銘酒「男山」の蔵元「永山本家酒造場」が造った特別な大吟醸「貴」(たか)を使った甘いシロップがたっぷり含まれているケーキです。


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包装紙をとくと、そこには大吟醸を彷彿させる木箱が現れました。


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箱の中にはずしりと手応えのあるケーキ。


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ケーキを包むフィルムにシロップがついているのが見えます。


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ケーキを切ってみれば、きめ細かい生地に、シロップが染みこみしっとりとした切り口。

実は私は洋酒をつかったケーキ、サバランが苦手です。

シロップが大量にかかって、びしゃびしゃとしたあの食感と、耐えきれない甘さで、閉口してしまうのです。

ですが、このケーキはほどよい加減にシロップが馴染んでいて、あっという間に二切れ、消えていきました。


f:id:tangkai-hati:20090216222739j:image

 


シロップをつくる際に、日本酒が加熱されアルコールが飛ばしてあるのかどうか判りませんが、濃い深い日本酒大吟醸の風味に、おまけに生地には大吟醸「貴」の酒粕まで入っているということで、2切れほど食べたら、 なにやら (*^^*)ポッ〜 っとなってしまいました。

アルコールに関しての表記はとくにありませんでしたが、どうなのでしょうね。


ちなみにこのケーキをいただいた場合、嬉しさ余って早まってはいけません。

なぜかというと、外側のフィルムをあけた途端、まだ中にもう一枚薄いフィルムで包まれているのですが、たっぷり染みこんだ甘いシロップが浸みだして、べとべとです。

とりだした手も同じです。

切ろうと思ってうっかりおけば、そこはもう日本酒の香りでべとべとに。

かといって、今度はそのまま綺麗な木箱にしまうにはしのび有りません。

まずは、カットした残りをどこにどうおくか、それを考え準備しましょう。

私は小さいビニール袋を用意して、その中に入れてから木箱にしまいました。


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そしてもう一つの用意、それはお茶。

食べる前まで、いったいどんなお茶があうのかと思案して、紅茶のストレートを用意しました。

和のテイストである日本酒に、紅茶があうかどうか?

小麦粉や卵などをベースにしたケーキですから、問題なくあいました。

こう考えればおそらくコーヒーでも合うのでしょうが、ただコーヒーは香りが強すぎて日本酒シロップの風味が隠れてしまいそうです。

緑茶、もちろん良く合いました。


ワインはどうか?

これは兄弟喧嘩になりそうなので、やめておきましょう。

日本酒....大吟醸に敬意を表して、これもやめておきましょう。

2009-02-17

恥さらしの酔っぱらい(泥酔者)は大嫌いだ 2


(恥さらしの酔っぱらい(泥酔者)は大嫌いだ、より)


普段、blogでは不愉快と思ったことはかかないつもりでいる。

自分の不愉快さを他人に晒しても、何ひとつメリットはないし、晒された方も不愉快になるだけだからだ。

だが、今回だけは日頃から泥酔者に対する不快感を持っている私には我慢ならずに書いてしまった。

自分で書いたものを一晩おいて、今朝読み直そうと思っていたのだが、読んだらさらに怒り倍増になった。


最初はただ呆れ、不愉快さが募っていただけだったが、この一件に対する周囲の反応をみて、さらに不愉快さが募った。

私のblogにも「中川昭一 飲酒」というようなキーワード検索で沢山の方がいらしたが、逆に他にはどのような検索結果があるかを見に行ったところ、

なんと渦中の氏を擁護するblogやコメントもあったのだ。

昨晩のエントリーで「日本は飲酒に関して寛大すぎる」と書いたが、今回はどうみても、誰がみても、ただの泥酔者、それ以外にない。

それを「仕方がない」とは....

これを武勇伝というのか!?

このような日本人の風潮が「酔っていたから」を容認し、今回のような国際的に恥さらしを生んでしまうのではないか。

漢字の読めない首相に酒癖の悪い財務相、この国は一体どうなっているのだ。


不愉快きわまりない泥酔者を沢山見てきているので、会見の際に両脇に座った白川総裁や関係者の困ったような顔から、「体調不良で会見の場にでるのは控えたら」というのを無理矢理「俺は酔ってない!」とでもいって、出てきたのではないかとさえ思ってしまった。

多くの記事からみるに、今回だけではなく、日常的に酒クセの悪さは有名で、会議や公演の際にも、かなり出来上がった状態で登場したことが数知れないという。


日本には昔から、大事の前に飲む酒というのがある。

たとえば戦国の武将達は出陣の前に、結束を深め士気を高めるために、同じ樽から盃一杯の酒を飲み干した。

しかし、酔う程の酒ではない。

緊張しがちな性格の人が人前で発表する前に、ビールを一口飲むこともある。

それでスムーズに話が進めばそれにこしたことはない。

私は決して飲酒を否定などしない。

支障がなければランチにワインも飲む。

昼から飲める店も大好きだ。

問題は自分はどれだけ飲めば、どうなるか、大人であれば判ることを越えて飲み続けてしまうことだ。

飲酒して自制ができない人間は大事の前には一滴なりとも飲んではならない。



#####

このエントリーをアップしたところ、氏の辞任表明ニュースが飛び込んできた。

辞任表明の会見では、さすがに酔った状態ではでてきていないようだが、


「腰、風邪、疲労が貯まっていて.... 」

と釈明。

飲酒については一言も触れなかった。


「関係方面に多大なご迷惑をおかけし...」

と謝りの言葉を述べていたが、国際的に日本人の品位を下げてしまったということの国民への謝りを感じているのだろうか?


平成21年度予算とその関連法案が衆議院通過した時点で、即時辞表を提出するという。

またすぐにでも入院をするという。


「病院に入院しながら、ゆっくりこの仕事に傾注する」

「病院にいたほうが不摂生ではないかと」


日常のアルコールを絶つにも役立つだろう。

出席予定されていた予算委員会答弁で、ことがこれ以上広がるのを防ぐ措置だろう。

しかし、入院しても即辞任ではない以上、野党の首相の任命責任追求はなくならない。




先日のローマでの会見の姿、そしてこの姿。

たとえ一国の総理を狙う程の人物であったとしても、アルコールは身を滅ぼすことの自覚は足りないようだ。


D

2009-02-16

恥さらしの酔っぱらい(泥酔者)は大嫌いだ


このblogをずっと辿ってみていただければ判るが、私はお酒が好きだ、大好きだ。

ただ、我を忘れてしまうほど、翌日に記憶が全くないというほど飲むことはない。

自分のアルコール分解能力はだいたい判っているので、そこまで飲んでしまうと翌日どころか二日後でもまだ辛いことを良く知っている。

おまけに一滴も飲めない父と、飲めてもほとんど飲むことの無かった母の間に育ち、「女子たるもの正体をなくすほど飲酒するなど、もってのほか」とたたき込まれたから、時折道ばたに泥酔して座り込みくだを巻いている女性や、絡んで騒いでいる男性がいると、つい嫌悪の目でみてしまう。


酔っぱらい(泥酔者)は大嫌いだ。

そういう人に限って、翌日は「記憶がない、全然覚えていない、へへへ」ととぼける。


さて、このお方。


D


会見前の会議でも、不可思議な様子が全世界にあの様子が流れている。

いい恥さらしで、(ただでさえ高いとはいえない)日本の政治家全体のレベルがガクンと格下げになった。

もともと、日本人は飲酒に寛大すぎると海外では言われている。

お酒で問題をおこしても、「酔っていたので」「記憶がない」で許されてしまうことの、おかしさを冷笑されている。


最初にでたニュースでは様子がおかしいことが報じられた。

それをみて、私は時差呆けがひどい状態でいきなり会見に引っ張り出されたのかと思った。

深い眠りにあるときに、無理矢理起こされて頭が回らず、自分で何をいっているのか判らないような言葉を寝ぼけてしゃべってしまうよう経験は誰にでも何度かあるだろう。

ちょうどそのような状態にみえた。

次に「風邪薬の影響」と発表された。

そしてさらに「機内での飲酒と多めにのんだ風邪薬の相乗効果の影響」と訂正発表された。

もし、仮にこれが本当だとしても、風邪薬を飲み過ぎればどうなるか、良い大人が知らないはずがない。

まして、そこに気圧の低い機内で飲酒。言語道断の行動だ。

これでは単に節操なく飲みすぎたのとかわりがない。



 【ワシントン=岡田章裕】「経済危機のかじ取り役、日本の大臣は居眠り」――。

 米ABCテレビの記者が、ローマで開かれた先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)に出席した中川財務・金融相について、ブログで痛烈に批判した。

 ブログには、中川財務相の眠そうな記者会見写真も複数枚、掲載した。「15時間のフライトで時差がつらいのは分かる」としながらも、「自国でトヨタ自動車や日産自動車など巨大メーカーが何万人も人員を削減する危機に陥っているのだから、眠気も吹き飛ぶのではないか」と批判した。「ここ(イタリア)には、眠気覚ましにいい、昔ながらのエスプレッソ・コーヒーがありますよ」という皮肉で締めくくっている。

(2009年2月16日19時46分 読売新聞)

「中川さん、眠気にはエスプレッソ」…米記者ブログで




この状態になっているのを判っていて、あの場に出した日本政府関係者はいったい何なのだろう?!

深読みすれば、ああいう状態と知っていて、中川氏を失脚させようと、会議や会見にわざと出した、と思えてしまう。


知人がぽつりと書いていた。

「ネハンで親父が泣いてるよ・・」


その父もかつての総裁選後、睡眠薬を飲んでおり、その後に札幌市内のホテルで自殺.... *1

風邪薬に睡眠薬、たとえそれを本来の目的に服用したとしても、時期が時期、事態が事態であると、それはただただ疑問の材料となってしまう。




(恥さらしの酔っぱらい(泥酔者)は大嫌いだ2、に続く)

*1:他殺ではないかとう疑いも出され、一時は論争を呼んだ

2009-02-14

Googleバレンタインデーロゴ


普段は『iGoogle』を使って、必要な機能にアクセスしているために、何かイベントのありそうな時だけ、ちょこちょことGoogleのホームにとんでロゴを見ている。

さて、今日バレンタインデーのロゴはといえば、最初はこのロゴが表示されていた。


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これは「×○(バツマル)」なのか?

おなじような事を、ももちさんが書いていらしたので興味深かった。




あたしが思うに、これはX(エックス)とO(オー)ではない。×(バツ)と○(マル)である。


きらい? それとも、好き!  


若しくは、本命の彼女から、もらえなかった? それとも、もらえた !

Googleのバレンタインデーロゴ2009。



この時期故、これはチョコレートなのだろうという察しも付くが、朝、最初に見た時はなにやら血のようなおどろおどろしさも感じてしまった。

意中の男性に渡すためにチョコレート作りをしながらも、揺れ動く気持ちでキッチンのデスクトップに、指先についたチョコレートで書いてみたのだろうか。

もし「×○(バツマル)」であったとしたら、日本人の好む「○×(マルバツ)」という順番ではなく、なぜ「×○(バツマル)」なのだろう。

心情的に「×(バツ)」が先にきてしまうような、かなりせっぱ詰まった択一の状況に思えてしまう。


「XO(エックスオー)」ではないのか?

文字通り、あの「XO醤」のXOで、「最高級」を意味している言葉(「eXtra Old」(エクストラオールド))と考えられないか。

だとしたらこれは逆に、女性の自信の現れかも知れない。



そして今、夕刻のこの時間には、ハート型の「O」の文字と、そして2羽の鳥が仲むつまじそうに寄り添っている。


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なんだかとてもホッとした。

やはりあの「×○」はチョコレートを渡そうとする女性の不安な気持ちだったのだろう。

そして目出度くチョコレートを渡し、告白がかない、受け入れられたという結末だったと思いたい。




ところで「XO」といえば「OLPC XO」も頭に浮かぶ。

このバージョン2.0、つまり「OLPC XO-2」に関して、


「XO-1は本になるラップトップだったが、XO-2はラップトップになる本だ」「XO-1はアップルになったつもりでデザインした」さらに「XO-2はグーグルになったつもりで作る。部品を公開し、誰でもコピーできるオープンハードウェアにする。XO-1とは反対のアプローチになる」

OLPC XO-2はオープンハードウェアに。ネグロポンテ会長「Googleになったつもりで作る」

ああ、でもこんな邪推なことはやめてしまおう。(笑)




(追記)

アップした途端、さっそくひできさんにコメントで教えていただた。

「XOXO」は、「kiss & hug」のこと ....  なるほどぉ。


ちなみにちょっと調べてみたらこの手のフェースマークや短縮英語表現は、セカンドライフあたりに多いらしい。

以前からメールなどで、ASAPなどという短縮英語は良く使っていたが、XO でkiss & hugとは思いもよらず。

http://www.secondlife-e.com/04/

2009-02-12

メタボカラス


両手に荷物を沢山もって、外出から戻り事務所の玄関ドアの前に立ったら、

背後で大きな一声、


「カアっ!」


驚いて振り返ってみれば、屋上に通じる階段の扉のそば、目前2mもないところにハシブトガラスがいた。

さすが都会のカラス、よく肥えていらっしゃる。


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2009-02-09

街の様相シリーズ〜20『新橋二丁目・烏森神社』


どんどん開発がすすみ、高層ビルに高級ホテルがならぶ汐留。

そして浜松町へと連なるイタリア街。

新橋はJRの駅出口によって向かう先がこんなにも違うのか、と痛切に思わされるそんな駅になってしまった。


それでも日比谷口、そして烏森口、いわゆる「SL広場」方面に出れば、まだ昔の新橋のまま残る佇まいもある。

そしてサラリーマンのオアシスでもある。

ときおりTVで「新橋のサラリーマンに聞きました」と、赤ら顔でご機嫌なおとーさんがインタビューに答えているシーンがあるが、まずもってそれはこのSL広場の駅前だろう。間違っても汐留の広場ではない。


そんな日比谷口をでて、広場をぬけ、一杯呑んで心地よくなった頃、ふらふらと二件目の店を探して彷徨い歩くうち、細い路地の中に突然神社を発見する。

そして、千鳥足ながらも、境内にちょいとはいり、パンパンと柏手2つに手を合わせる。

まぁ、何を願ったか当人は明日は覚えていないだろう。

手水をとるどころか、「二拝二拍手一拝」もせず、お賽銭もあげず、御利益あるものか?

そんなことはおかまいなしに、鳥居の外からちゃっかりお願いする人もいる。


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背後の空には、サラリーローン会社のネオンが輝く。

この輝きのない一瞬を狙ってシャッターを押したつもりだが、無理だったようだ。


この神社の祀る神様のひとりは、

倉稲魂命(うがのみたまのみこと)、つまりお稲荷さん。

どんなに街が変わろうと、周囲に高層ビルが建とうと、お狐様だけは動かせない。





『烏森神社』


烏森神社のHomepageはblog!

http://plaza.rakuten.co.jp/karasumorijinja/



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2009-02-08

神田『かんだやぶそば』週末ならでは。


前日は某あつまりの勉強会と新年会があり、勉強会の会場準備(といってもたいした作業ではないが)や受付があるために、早めの会場入りとになった。

その前に昼食でもということで、『かんだやぶそば』へ。

遠来の方も一人いて、せっかく東京にみえたならやはり昔の東京の風情が少しでもあるほうが良いだろうし、会場が池之端でも湯島に近いこともあり、アクセスを考えてここにした。


記憶では店は11時半からと思っていたが、11時半に店の前にいくと、並ぶ人はいないものの、すでに店内はほぼ満員。*1

幸い、出入り口そばではあったが、すぐにテーブル席にすわることができた。


勉強会の前であれ、なんであれ、まずは蕎麦のでてくる前にぬる燗で一杯。

大事のまえの一献は欠かせない。

肴は「かまぼこ」、「やきのり」、そしてお決まりの「天たね」を頼む。

ここの「やきのり」は、写真右手前のような木箱に入ってでてくる。

上の蓋をとれば、きちんと切られた海苔が10枚ちかく入っているが、さらにその海苔の入れ物をもちあげると、そこにはごく小さい火だねがのった小皿が入っている。

これでいつまでも、パリっとした触感のまま海苔を食べることができる。

まぁ、これが海苔が小皿にのって、しんなりでてきたらどうだろう、江戸っ子は許さないにちがいない。


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天たねは、芝海老の剥き身を沢山いれ、衣を綺麗な形にまとめながら揚げた一種のかき揚げ。

これを頼むのは日本酒の肴に良いだけではなく、あとでちょっとお楽しみがあったりするためだ。


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普段はぬる燗を一人一本程度で、すぐに「せいろうそば」にうつるのだが、なぜかお銚子の中身の減りが早い。

もう二本、もう一本と頼むうち、「せいろうそば」がやってきたが、これも良い酒の肴になってしまった、

先の「天たね」は蕎麦汁とおなじ汁に大根おろしをくわえていただくのだが、その食べ終わったあとの汁には、適度にてんかすが入り、胡麻油のこくが加わって、これに「せいろうそば」をちょちょいとつけて食べるととても美味しい。

そのために、食べ終わっても天たねのつけ汁は片づけられないよう、手元から放さない。


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蕎麦でぬる燗をのみ、さらにようやく食事ともいえる蕎麦に。

この時期は「かき(牡蠣)そば」そして「あられそば」が季節の蕎麦で美味しい。

私は「あられそば」を頼んでみた。*2

プリっとした歯ごたえ良い小柱のはいった蕎麦はことのほか美味しい。


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蕎麦屋に長居は無用、せいぜいひとりお銚子1本がいいところだろうが、休日ならでは。*3

とはいえさすがにイベント前でもあり、頃合いをみて、お茶と、そして蕎麦カステラを1つ頼んだ。

カステラは1人前で、普通のカステラと抹茶の2色が一切れずつついてくる。

それぞれ控えめな甘さながら、それを3人で一口づついただくと、ちょうどよい。


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甘味といえば、近くの「竹むら」のあんみつ、お汁粉、そして揚げ饅頭なども良いのだが、そこまで腰を落ち着かせている余裕はない。

会場へ向かう途中、上野松坂屋斜め向かいの「うさぎや」に寄っていただいた。

いい大人が3人、道ばたにタクシーを待たせて、向かう「うさぎや」。

嬉しそうな顔をして、焼きたてのどら焼きをかかえて、再び乗り込むその図は.....(写真略。(笑))


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『かんだ やぶそば』


http://www.yabusoba.net/

東京都千代田区神田淡路町2-10

03-3251-0287

営業時間:11:30〜20:00(L.O.19:30)



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うさぎや


http://www.tctv.ne.jp/usagiya/

東京都台東区上野1-10-10

03-3831-6195

営業時間: 9:00〜18:00  水曜日定休

*1:もしかしたら週末は少し早くあけているのかもしれない。

*2:もう少しして3月にでもなれば、今度はきっと白魚の天たねに、白魚の天麩羅そば」が出てくるだろう。

*3:もしこれが「まつや」であれば、週末でも早々に退散しなければならないだろう。

2009-02-07

浅草・煮込み通り『居酒屋 浩司』


香川からの客人を伴い、初詣をかねて神田明神から浅草寺へとまわり、そして「煮込み通り」(またの名をホッピー通り)の浩司で一杯呑んだのは1月6日のことだったので、ちょうど一月ぶりになる。

この日はやや遅めではあるが、ある集まりの新年会があって浩司を訪れた。

表の仲見世は新年の喧噪はすでに落ち着いたものの、さすが東京を代表する観光地、土曜ともなれば寒いこの時期の夕刻でも、まだ店があき人出も多い。


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仲見世も浅草寺の宝蔵門の手前、土産物店が片側だけとなる直前を左に折れ、すこしばかり足を進めれば、右手にはさきほどの喧噪とはまた違う喧噪の「煮込み通り」が現れる。

仲見世が「表」ならば、この通りは「裏」だろうか。

それは違う、こちらは「もうひとつの表」というべき通りなのだろう。

最近は昭和懐古でレトロ風を意識したつくりの店を見かけることも多いが、この場所は決して懐古ではなく、つねに「今」の浅草だ。


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おでん・牛スジ煮込みの鍋を囲むようなカウンター、細い小上がり席、そして店先にならんだテーブル席。

それぞれの思惑をもった見知らぬ人達が、ジョッキやグラスを傾け、煮込みをつつく。

それなのに妙に落ち着きを感じてしまう。


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そしてここではやはり、コレに始まる。


何もいうまい。


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『居酒屋 浩司(こうじ)』

東京都台東区浅草2-3-19

03-3844-0612



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いままでの浩司のエントリー

http://d.hatena.ne.jp/tangkai-hati/20081112/1226677643

http://d.hatena.ne.jp/tangkai-hati/20090106/1231227367

2009-02-03

『米百俵の明日』

誰もが耳に入ってくるニュースで「不況」と知っている。

日々配信される倒産情報はぐっと件数が増えた。

私の関わる仕事も、顧客の大多数は、今最も厳しい状況とされている建築・建設業界で、その業界からの発注や、さらにその下の業界からの発注を生業にしているのだから、最も底辺で辛酸をなめている。


厳しければ経費節減が行われる。だから新規のソフトウェア購入はおろか、バージョンアップも軒並み見送くられる。売り上げはない。

出張を減らしたり交際費を減らすなどといった程度では当然収まらず、リストラで一番大きな経費である人件費削減をはかる。新入社員は採用せず、残った社員にも教育をしない。だからトレーニングや講習の需用がない、団体内での勉強会のお声もかからない。


しかしこれは風邪を引いて、息を潜め、咳のでるのをじっと我慢して止めているようなものではないか。

咳はでていなくても熱が出て体はどんどん弱っていく。

こんな時にこそ、体力のつくものを食べて補給し、多少なりとも上向きとなった瞬間に、どこよりも早くスタートダッシュを切ってどん底から抜け出さないとならないのだろう。


顧客がそれを行えば、それは自ずと私の仕事にも反映されて、底なし沼から少しでもひのめを見ることができる世界に引き上げてくれる。

だからこの時期に気の利いた営業トークはいえないが、


「こんな時だからこそ、今、勉強をしましょう、人を育てましょう。」


こうあちこちで言っている。



この話をすると小林虎三郎「米百俵」という言葉を思い出す人も多いだろう。




戊辰戦争(1868年)で焦土と化した長岡藩に、支藩の三根山藩(現在の新潟県西蒲原郡巻町)から見舞いとして百俵の米が送られてきた。窮乏を極めていた藩士は米が分配されるのを一日千秋の思いで待った。

しかし、藩の大参事・小林虎三郎は、この米百俵は文武両道に必要な書籍、器具の購入にあてるとして、米を売却した代金を国漢学校建設の資金に注ぎ込んだ。

国漢学校には洋学局、医学局も設置され、藩士の子弟だけでなく町民や農民の子供の入学も許された。

ここに長岡の近代教育の土台が築かれ、後年、ここから新生日本を背負う多くの人物が輩出された。

この「米百俵」の故事は、文豪・山本有三の同名の戯曲によって広く知られるようになり、「国が興るのもまちが栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ学校を建て、人物を養成するのだ」という小林虎三郎の思想は、多くの人に深い感動を与えた。

「米百俵」の故事





2002年5月7日、かの小泉元首相は総理就任時の所信表明演説を行った。

当時何がいいたくて、所信表明演説で「米百俵」のたとえを持ち出したのだっただろうか。

なぜか鮮明な記憶はないが、そうだ「米百俵」という言葉をだし、

「国民の皆さん、今の痛みに耐えて明日を良くしよう!」といっていた。

しかしこの言葉通りに国民が我慢して過ごした6年余の果てが、今の世の中の状況だとしたら、「明日は来なかった」ことになる。


ここまで書いて疑問に思う。

越後戊辰戦争の後、かろうじて藩取り潰しを免れたものの、大幅な石高削減によって財政逼迫で大変だった長岡藩に、三根山藩から贈られてきた米百俵はそもそも誰へのものであったか?

それは民衆ではなく藩士達へのもの(禄)だった。

これを「米百俵」の例えで国民に我慢しよう、といった元首相は本来の意味を取り違えているのではないか。

まして、当時は禄である「米百俵」を費用に投じて、学校を作り、その学校には藩士やその師弟だけではなく、町民農民まで入校して学ぶ事が許されたというのだから、これを今の世の中に置き換えれば、あまたいる議員や公務員は顔色が悪くなるかもしれない。


米百俵」を主張しなければならないのは実は今、この時代ではないかと思う。

それも真の意味での「米百俵」であり、それは決して米が2〜30kg買える金額をばらまいて、これで経済が明るくなりますよと騙され凌ぐ*1ような事ではないはずだ。

*1:12,000円の定額給付金といわれている

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