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2016-04-29

今日から「現美新幹線」が走る


今日4月29日から越後湯沢〜新潟間で運転開始。

長岡の行き帰りに途中区間でも乗ろうと思ったら、土日休日連休のみの運転というのがどうもね。残念。

車両は秋田新幹線「こまち」E3系0番台の改良。

まだまだ使えるんですねE3系0番台。


下り

とき451号(越後湯沢8:24発)→(新潟9:14着)

とき453号(越後湯沢12:44発)→(新潟13:38着)

とき455号(越後湯沢15:20発)→(新潟16:14着)

上り

とき452号(新潟11:26発)→(越後湯沢12:20着)

とき454号(新潟14:02発)→(越後湯沢14:50着)

とき456号(新潟18:18発)→(越後湯沢19:08着)


記念入場券セットも販売中。

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越後湯沢〜新潟というわずかな区間なので、停車駅もわずか5駅。

そのため、各駅2枚ずつのセットになっていました。


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2009-07-29

上越新幹線『浦佐駅』


毎週毎週、上越新幹線で通い続けると、外の景色もたいがいにどうでも良くなって、2階建て車両の「Maxとき」では騒々しい団体と子供連れ率の低い1階席ばかりに座ります。

ただ、高崎からの長いトンネルを抜け、越後湯沢もすぎ、再び長いトンネルから出た、南魚沼の浦佐駅周辺だけは景色から目がはなせません。


4月はまだ雪が残る田畑、そして真っ白な山々の雪が、毎週ごとに徐々に消えていく様には何よりも着実な春の訪れを感じさせられます。

5月の連休前ともなれば、田圃に水が入り水面が輝き、そして連休明けには稲の苗が綺麗な列を成しています。

その稲も週ごとにさらに伸び、この時期にはすっかり緑豊かな田圃となります。


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この駅で降りることは滅多にありません。

おそらく利用したのは、これで2回目でしょう。

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009」の作品の1つまで行く前に、一カ所、どうしても立ち寄りたい場所があり、この駅で迎えを待ちました。


駅東側の出口前には大きなロータリーがあり、タクシーも駐車場で多数待っているのですが、いかんせん人がほとんどいません。

階段をおりてバス乗り場の前までいくと、雲の合間からの陽射しと、じわっと気温の上がってきた空気で、夏休みを彷彿するのに、なぜか気分が盛り上がらない。

それはこの閑散とした駅前だからでしょうか。


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しかし、この東口には大きな銅像が建っています。

それは当時、この周辺、新潟三区から出馬していた第64,65代の総理大臣を務めた「田中角栄」の像で、雪が被らないような雪除け屋根があります。

あえて写真は撮りませんでした。


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バス乗り場にあったバス停留所と時刻表。

閑散としている理由はこのバス便だからでしょうね。


さて、これからある美術館を訪ね、八海山の麓近くまでいきます。

2009-04-28

中越の雪山を見ながら『峠』を読む


車中で雪山を眺めながら、この本の冒頭を読む。

これはきっとすごくダイナミックな読書法なのだと思う。


峠 (上巻) (新潮文庫)

峠 (上巻) (新潮文庫)



南魚沼、浦佐駅付近。

この7年間、全く同じ時期、同じ時刻にこの場所を通勤で通っている。

毎年4月には駅前の平地もまだ雪深く真っ白で、八海山や駒ヶ岳を始めとする山々は5月半ばすぎまで雪を頂いているのを見ることができたのに、今年は例年より雪の少ない冬がすぎ、初回の授業のあった4月14日にはまるで雪のない世界で驚いていた。

ところが末になって寒波が再び戻り、数日前にかなりの雪が降ったらしい。


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この少し手前の越後湯沢も駅前の雪は無かったものの、同様に近くの山々は真っ白だった。

三国峠は群馬県沼田から新潟県湯沢方面に抜ける国道17号線(三国街道)を抜ける難所中の難所。

今でこそ三国トンネルがあるが、当時はひたすら山腹のわずかな道を巡りながら、豪雪の中を歩いたに違いない。


年末のこの地は机上で読んでも想像を絶するが、目前に雪山を臨みながら読むこの下りは、耳もとを吹きすさぶ風の音、手を切るような冷たさ、そして雪崩や吹雪の恐怖を目の当たりにするようで、真に迫るものがある。


 継之助は、発った。

 道はいわゆる三国街道をとる。上杉謙信のころからの古道であったが、しかし、謙信のころには三国峠はない。

 三国峠は越後と関東とのあいだにそそり立つ峻険(しゅんけん)で、街道最大の難所とされ、江戸幕府の初期に切り落とされた。冬期、この峠をぶじ越えればまず命をひろったとみていい。

「一種の狂人かもしれない」




「『峠』(中、下)読了」につづく




『南魚沼市・八海山、駒ヶ岳付近』



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『三国峠』



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2008-04-30

ちょっと妬ける


「MAXとき」は途中駅「越後湯沢」で車両を切り離し、前半分の車両が終点の新潟までいきます。

後ろ半分は「越後湯沢」止まり。

そのため、かならず編成車両の中間に頭部車両がつきあわせになって、連結されます。

新幹線改札を入り、ホームにでると6〜9号車付近となるために、そこからいつも、この脇を通ってはるか先の車両までホームを歩くことになりますが、

なにか妬けちゃうのです。


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2007-07-18

とにかく無事に


今日も午前中の授業を終え、そのあとは無事東京へ戻りました。

昨夜、強い雨が降って、地盤のゆるみによる二次災害も心配だった長岡ですが、今日は青空が顔をだし、雨あがりのきつい陽射しがさしていました。


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今回は特にまだ強い余震のおそれがあるという事で、往復の新幹線が恐怖でした。

3年前の震災では、新幹線車両が脱線した生々しい映像をみて、それが目に焼き付き、その後の新幹線利用はかなり神経質になりました。

当時、たまたま2階建のMaxではなく、重たい旧車両であったことが、脱線の程度を最小限にとどめたといいますが、今はもうほとんどが二階建のMaxとなっており、選択している余裕もありません。

さらに偶然、脱線箇所がトンネル外であったので幸いでしたが、あれが長いトンネル通過中の脱線であったり、そうでなくても強い揺れを感じトンネル内での緊急停止だったりしたら...と思うと、本当に身のすくむ思いです。


普段ならトンネル内で対向してくる新幹線とすれ違った際の衝撃音も気にならないのに、今日はその衝撃にドキっと飛びあがらんばかりです。

また、ブレーキをかけた音にもヒヤリと汗が出て、まさに高崎〜長岡間の(一部、上毛高原、越後湯沢浦佐駅周辺では外)長いトンネル通過中は、神経がピリピリに張り詰めていました。


無事、東京にもどり事務所に出た後、5時少し前に、中越震源の震度4の揺れがあったようです。


いまも、ズズズという地響きのような縦揺れと横揺れがしているような目眩が時折します。

ですので、特に柏崎・刈羽周辺の被災して避難している方々は、いかばかりかと思います。


震度6の地震の翌日から2日間、長岡に滞在して、さまざまな面で感じたことが山のようにあります。

が.......今日はあまりに疲れてまとまりそうにもありません。


ただただ、早く余震が収まり、ライフラインの復旧がすすむことをお祈りいたします。

2007-07-16

震度6強

朝10時13分、自宅で仕事をしていたところ、急に目眩を感じました。

みれば部屋の中のいろいろな物が揺れ、玄関ドアにさげている金属チャイムがちりんちりんとすごい音を立ててなり出し、地震だと気が付きましたが、長い長い、しかも大きな周期の揺れでした。

最初によくある縦揺れが無かったので、恐ろしい東京の直下型ではなく、おそらく離れた場所で大きな地震が発生したのだろうと思いながらも、揺れが止まるどころかますます大きく増幅されていくので、不安がよぎりました。


TVをつけてみると、新潟での地震とのこと。

それも長岡、柏崎で「震度6強」というテロップをみて、目を疑いました。


あの中越大震災の事が思いだされ、それからずっと刻々と入るニュースを聞いていました。

長岡の学生の事や、新潟近辺の知人などの事も気になるものの、通信インフラの負荷になることは少しでも避けないとと携帯電話による連絡はせず、メールやSNSのメッセージを送る事にしました。

気になった方の何人かからは、携帯電話のメールやメッセージをいただいて、安心ができました。


『19年新潟県中越沖地震』と命名されたようです。


実は明日は火曜日、長岡での授業がある日です。

大学の授業支援システムにアクセスすると、学校にはなんら影響はなく、予定通りの授業を行うとのこと。

そのつもりで明日の授業の準備を進めていると、これを書こうとした直前にも、15時37分に大きな余震発生。

長岡では震度6弱のようです。

なお大きな余震の心配があるとは言われていましたが、この大きさ、とても余震などとという大きさではないですね。


明日の足である上越新幹線は、本震のあと、越後湯沢〜新潟間が安全点検のため不通となっていて、それも夜7時には開通の予定かと言われていましたが、この大きな余震で、再び高崎から先が不通とか。

さらに、今、また高崎〜越後湯沢間は運転再開と。

余震のたびに安全確認はやむを得ません。

明日は仮に東京駅を新幹線で出発しても、途中余震がおこれば、どういう事になるか判りません。

特に高崎から先は、長いトンネルが続きます。そんな中で立ち往生しない事を。

また、中越大震災の時のように大惨事になる寸前の脱線事故など起きないことを、祈るばかりです。


時間た経つとともに、どんどん被害状況がはいってきて、とうとう亡くなった方が5人にのぼり、怪我や家屋倒壊で避難の方、避難勧告の出た地域など増えてきました。

本当にこれ以上、二次的、三次的被害が広がりませんように。