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20110418 Mon

ジャズ・ポピュラー音楽 第2回

講義内容

  • 音楽ジャンルとしての「ポピュラー」
    • 日本音楽史における「ポピュラー」というカテゴリ
    • J-popの成立背景と、そこに込められた意味
    • クラシック音楽の「ポピュラー化」現象
  • 学術的見地からのポピュラー音楽概念の考察
    • 「ポピュラー」が指すのはどのような「人々」か
    • 「サウンド」の瞬間性

補足

 東京芸術大学において「ジャズ・ポピュラー音楽」という科目がいつ頃どのように始まったかを調べた結果、以下のことが分かりました。

この経緯から推測するなら、「ジャズ・ポピュラー音楽」という科目名は、「ジャズ」と「ポピュラー音楽」という別のテーマをセットにすることでカリキュラムに組み込まれたものと考えられます。


参考資料

 「J-classic」という呼称が使われるようになった経緯についての証言。


コメントカードから

「音楽の何にお金を払っているのか」について
  • 何故「音楽」が商品になるのかというと、ほとんどの人が「音楽」を作らない/作れないので、音楽を聴くには商品としての音楽を買うしかないのではないか。
  • ポピュラー音楽が商品としての成功を狙って開発され成立した音楽ジャンルであることは納得できるが、それはクラシック音楽も同じなのではないかと思う。今世に出回っているクラシック音楽は、その99%が「売れるために売られた」音楽ではないか。クラシックという、品のある、高級感のあるイメージを利用して売られており、そういった意味ではポピュラー音楽という文脈に入るのかもしれない。そして、クラシック音楽の解説書などの二次的商品も需要がある。
  • ポピュラー音楽においては、「音楽そのもの」ではなく、音楽についている付加価値に対して支払っているという面が多いように思う。例えば、同じ曲を演奏してもAのグループが歌うから売れるのであって、Bのグループが歌ったら売れないということがある。ポピュラー音楽にはそのような側面があると感じる。
    • そこで言う「音楽そのもの」とは何のことか、という問題もあると思います。次の意見も参考に。
  • 音楽は確かに、楽譜やレコードにすれば具体的なモノとして存在することができるが、音楽そのものは見ることも触れることもできない。そのような曖昧なものに具体的な価値を付けることで存在させようとしたのではないだろうか。その存在を自分のそばに置きたいと考え、自分の中に取り入れたいと思うからこそ、CDやDVD、楽譜を購入するのだと思う。
  • 音楽そのものは実体がない、感性に直接訴えかけるものなので、万人が同じような心情になれる音楽を共有するために商品化することができると思う。商品価値は結局多くの人に受け入れられただけ上がっていくので、多くの人に受け入れられる音楽には商品価値が与えられ続けると思う。
  • 音楽は元々物質ではなく「体験」であり、楽譜やCDという「商品」のかたちをとっていても、私たちがお金を支払うのは、そこから得られる「体験」であるということに変わりはない。豪華LPジャケットのように「物」としての価値を大きく持つことになった例もあるが。
  • 音楽の「商品化」の問題は、音楽における「著作権」の問題と深く結び付いているように思う。「音楽を買う」ということは、その音楽にしかない固有の価値を買うということだと思う。固有の価値とはオリジナリティ、個性とも言える。

ポピュラー音楽と「サウンド」概念に関して
  • J-popを敬遠する理由として「どれも同じに聞こえるし歌手も下手だから」とよく言われる。「どれも同じに聞こえる」理由について考えてみたい。
  • ベートーヴェンの《運命》など、クラシックにも瞬間的に分かるものがあるが、「ベートーヴェンのサウンド」などとはあまり言われないのは不思議だと思った。
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