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新・リストラなう日記 たぬきち最後の日々 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

※初めてお読みになる方は「リストラなう!その1」からどうぞ。

2016-12-06

「たぬき教」とは何か。たぬきちを名乗りながら僕は知らなかった

庭先や玄関先に信楽焼のたぬきを置いている家を、ときどき見る。
文京区音羽の鳩山会館の庭には、巨大な、2mはありそうなたぬき像が屹立していた。歴史を重ねた趣ある洋館とたぬき。ものすごいミスマッチだった。支援者からもらったものは捨てられない、政治家残酷宿命をそこに見て、僕は戦慄した。

f:id:tanu_ki:20161206093410j:image※これは某所のたぬきで、鳩山会館のではありません。

たぬき、である
中途半端人間に化け、酒を買いに行っている姿らしい。笠をかぶり、通帳(掛け売りの帳面と思われる)、徳利。
   *  *  *
これがなぜ多くの家に飾られるか、先日ある人が教えてくれた。
たぬき=「他を抜く」からだという。
なんと、たぬきは出世、繁栄、弱肉強食シンボルとして崇拝されていたのだ。
   *  *  *
実在のたぬきは、小さな動物である。最近ネコイヌ科タヌキ目に分類されるという。ネコなのか?うそだろ。
春先に都内の某運動公園で楽器練習をしていたら、足元をタヌキが通り過ぎた。柴犬よりちょっと小さいくらいの体高だが、身体つきはみっちりと太っていて、シッポは太かった。十分に敏捷そうであったが、身体つきが太めなので精悍には見えない。
これが、弱肉強食・立身出世のシンボルなのか。
   *  *  *
庭先や玄関にたぬきを飾っている家のことを僕は「たぬき教」と呼んでいた。
これが本当に信仰対象、というか験担ぎ、崇拝の一種であったとは、ショックである。
たぬきを崇める宗教を考えようとしていたのだが、そこはすでに空席ではなかった、というショックである。
失礼しました。

2016-12-05

日本の「軍」文化は滅びてしまった。1945以前のドラマはすべて時代劇になった

以前、とある意見広告系の展示会で、説明パネルに「終戦工作に動いた海軍少尉高木惣吉」という文言を目にした。
もちろん少尉が終戦工作になど関与できるわけないので「少将」の間違いである
   *  *  *
日本には軍隊がないことになっているので、一般人軍人階級に超無関心である。映画字幕もよく間違っている。
陸軍の将官を「提督」と呼んだりするし、Sergeant Major(先任曹長)とMajor(少佐)の区別もついてないことがある。
(警戒してみていたのだが、戸田奈津子は意外と間違ってない)
   *  *  *
軍隊の階級は、山下清の「兵隊の位で言ったら何?」もそうだけど、戦前の社会では広く認知された縦の軸線だった。そりゃそうだ、徴兵制がある社会では、男子ならほぼ全員が軍隊を経験し、その末端に序列づけられた経験を持つからだ。もちろん例外は多いのだけど。家長は兵役義務免除だった、とか僕は意外だった。
日本の戦前の小説や、今でも海外の小説は軍人や元軍人が、階級的な価値観をもって描かれる。映画にも時々出て来るし、Sergeantを軍曹と訳すか警部と訳すか、非常に難しい。ビートルズのサージェント・ペパーは、ペッパー警部なのかペパー軍曹なのか?
   *  *  *
日本人宗教的なモチーフを理解できない、といわれるが、階級的なモチーフも苦手にしている。
犯罪映画とか、そういう伏線が出てくることが多くて、けっこう見過ごしてることが多いのだ。
たとえば「ゴッドファーザー」のマイケルは、大学中退で1941に海兵隊に入り、1945に大尉で除隊して帰ってくる。これが、国家を徹底的に信用しないドンの逆鱗に触れてるわけだが、どれくらいエリートでどれくらい英雄だったか、僕らにはまったくピンと来ない。
(ジョンFケネディも1941に海軍に入り、戦傷で名誉除隊したが、魚雷艇の艇長だった時中尉である。マイケルの造形にはケネディがちょっと入ってるような気がする)
もう一つ日本人が苦手にしているモチーフは、民族差別である。アメリカ映画はどんなエンタメ作であっても、人種民族的なモチーフが入っている。犯罪映画ではそれが主題のものも多い(アイリッシュとチェチェン・マフィアの抗争とか)。民族という前提は説明されずに呈示されることが多いので、日本人は見逃してしまうことが多い。
   *  *  *
「この世界の片隅に」で僕が感動したのは、幼馴染みが水兵になってヒロインの前に現れた挿話だ。
軍人、兵士に対して、世間がどう見ていたか、尊敬・畏怖・敬愛忌避感情が、このシーンに繊細に描写されていた。
でも僕は、残念なことの海軍の階級章がわからないので、彼の階級が理解できなかった。
「片隅」は時代劇として模範的な考証をしている。NHK職員だった考証家の人が書いた本──文春文庫だったかな──には、江戸時代以前とともに明治昭和の戦争関係の考証も採録してあった。テレビの当事者危機意識を持っている。というか持たざるを得ないくらい、私たちの文化は断絶してしまった。
   *  *  *
もっとも、少将と少尉を取り違えて平気でいられるのは、平和証拠、けっこうなことである。もうじき、日本でも自衛隊国軍になり、もっと軍隊について敏感にならなければならなくなるかもしれない。

これ、名著です。けど意外にボリュームは少ない。

2016-12-01

ゲゲゲ一周忌でしたね。ついでにいろんな方を追悼

昨日11月30日は水木しげる先生の一周忌であった。
僕は「妖怪忌」と呼んでいる。おばけは死なない、はずであったが。
本年1月末日に青山斎場で行われた水木先生お別れの会には、僕も歩いて行った。
会葬者?には先生の言葉が書かれた葉書お土産にくださった。
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あんまり恰好良すぎて、少し据わりが悪いような気がするのであった。
   *  *  *
11月28日菅原文太の命日、今年は三回忌である
僕は「仁義な忌」と呼んでいる。
亡くなる11月のアタマに、翁長雄志現沖縄県知事の選挙応援に入っている。その有名な動画がある(翁長氏本人のアカウントで公開されている)。

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恰好良い。しかし、よくよく聞くと、言ってる事はメタメタである。
菅原文太は、ずっとリベラルな候補者を応援してきた。
僕が最初に知ったのは、中村敦夫サラリーマン新党)の応援だ。既存左翼とはちょっと違う人なので、「菅原文太らしいな」と感じた。
けど、現代に近づくにつれ、めちゃくちゃな政治情勢を反映してか、菅原文太の応援相手もめちゃくちゃになる。
ホリエモン亀井静香では亀井を応援。これは亀井がかつての典型的自民代議士からゲバラ主義者に変貌した後だから、まあ納得できる。反逆者が好きなんだよねきっと。
しかし2012衆院選での松本龍はどうか。解放同盟からの候補者だから応援したのかな? それはそれでいいんだけど、もっと候補者の人間を見てよ、と思う。2011の暴言騒動の後よ? いや、だからなのか。よくわからないけど、福岡在住で世話になったのかしら。頼まれたら厭とは言わないのか。
2014都知事選では細川護煕。宇都宮健児じゃないんだ……共産党とは反りが合わないのかな。それもまあポリシーだけど、殿はないだろ、と思わないか。
2014沖縄県知事選では翁長。僕は翁長は非常な食わせ者ではないかと警戒感を持って見ている。ある意味、カーツ大佐地獄の黙示録)のような人ではないかと。カーツ大佐のモデルはマッカーサーである(副島隆彦説)。それだけ実力はある政治家なのだが、マッカーサーと違ってカーツ大佐は狂っているのだ。翁長氏は狂っているわけではないが、言ってることと目指している処が違うのではないかという疑いを持って僕は見ている。
菅原スタンスに一番近いのは実は喜納昌吉じゃないかと思うが、どうだったのだろうか。喜納昌吉は地元では大変評判が悪い。最悪である。それを本人も知ってて選挙に出るんだから凄いんだけど。彼の公約は、実は他の候補者よりもずっと筋が通っていた(篠原章氏の指摘を参照)。論理的一貫性があるということ。実は沖縄の反基地運動と振興・開発・独立論はなかなか論理的整合性が取れないものが多いのだ。翁長現県知事のやってる事も、実は非常に論理的でない。まあ運動というのは論理だけではないけれど…。
でもまあ、相手がメタクタでも仁義を忘れずきちんきちんと応援してきた菅原文太は、その当たり役・広能昌三らしさたっぷりだ。広能=美能幸三は、仁義も何もない組織と抗争のなかで、ひとり一所懸命仁義を通そうとして孤立し、裏切り者と呼ばれることになったのである。仁義を通すとメタクタにされてしまう、ということである。
だから、恰好良すぎて恰好悪い菅原文太は、実は恰好良い。
   *  *  *
その間の11月29日ジョージ・ハリスンの命日である。2001没。58歳。若い
オール・シングス・マストパス、ということである。

2016-11-26

ダークツーリズム、記憶の風化に抗う旅と、被差別部落のフィールドワーク

前に、こういう本を読んだ。

僕はチェルノブイリには行きたくない寒いの嫌い)けど、福島第一には行ってみたい。周辺の海で泳いでみたい。もしかして、漁業権が設定されていないのではないか、とすると、スピアフィッシングだってやり放題なのではないか?と思ったり。
というのはまあ実現可能性が低いけど、僕もここ数年、ダークツーリズムに参加している。
   *  *  *
北関東某県の某被差別部落のフィールドワーク。正式呼称は「フィールドワーク」とか「スタディツアー」になっているが、僕ら歴史部会のはぐれメンバーの間では「ダークツーリズム」と呼んでいる。
ふつう観光しないような処を見に行く観光だから、ダーク、だと思っていた。
   *  *  *
田舎路地や新興住宅地を見て回る。ここが百五十年前何だったか、その痕跡を探す。
古い墓碑や神社に詣でる。石造物や神社は大昔の痕跡を留めていることが多いので。
地味な地味な活動なのだけど、これが滅法面白い
ただ、Facebookやブログに書いて自慢することは躊躇される。
なぜなら、地名を出したり写真を出したりすれば、「あそこは被差別部落なのか」とわかってしまうからだ。
検索すれば、各地の白山神社に参拝したブログが出てきたりするが、これなんかも微妙なとこだ。
リンクはしないけど、「部落探訪記」をwebで連載している「鳥取ループ」という有名人もいる。かれは『部落地名総鑑事件現代再現していて、部落解放同盟との間で裁判になっている。
   *  *  *
解放同盟系シンクタンクのサイトに、こういう読書案内・リストがある。
  人権フィールドワークに役立つ本(関西編)
しかしよく見ると、戦争・在日・障害者・食肉といったテーマの方が多く、被差別部落そのものフォーカスした本は案外少ない。
「部落」の「地名」を明示することは非常に難しい。
周囲の一般地区と完全に格差がなくなり、混住も進み、差別が事実上なくなっていたとしても、地名を指して「ここが被差別部落だ」と云うことは、新たな差別を生みかねない。
当事者たちが「オープンにして=カミングアウトして議論をしよう」と云ったとしても、当事者全員の意思統一ができるわけではないので、誰かが「それはやめてほしい」と思っていたとすると、「望まれぬ暴露アウティング」になってしまう。
ネットは発信者情報を隠すことができるので、「アウティング」もやり放題だ。これは非常に苦しい問題だ。
   *  *  *
僕は、基本的には情報はすべての人にオープンにされるべきだ、と考えている。
だけど、「人を傷つける情報まで無制限にオープンにできるのか、その責任は誰が取れるのか」という問題がある。
このことで、ごく親しい同志のような友人とも、よく議論になる。
簡単には解決できない。
   *  *  *
でもね、面白いんだよ。前に行ったとこは、関八州でも上から三番目とかに位置する由緒正しい有力小頭が支配していたとこで、歴史も古い。織物や手工芸が発達していた北関東らしく貨幣経済でも豊かな小頭だったらしい。つい廿年前まで、堀と長屋門をめぐらした大きな屋敷があったという。
今は町が買い取って更地にして分譲してしまい、古井戸が公園の隅に残っているだけだ。小さな墓地と白山神社しか、その地区の歴史を刻んだものは残っていない。ちなみに白山神社はそのすべてが被差別部落と関連しているわけではないので、これもまた難しい。
同和対策事業のおかげで各地の部落の道路は整備され、厳しい環境は緩和された。同時に神社の氏子流出して減り、高齢化が進んで地域の伝承消滅しつつある。
中には、白山神社であることを隠した処もある。扁額が裏返しになっていたり、神社名の石碑をくるりと裏向きにしていたり。残念なことだと思うけど、その地の人たちが受けた苦しみを思うと、誰も責めることはできない。誰が好き好んで、自分たちの力で建てた、誇りである神社の名前を隠そうとするか。好きでやるものか。泣く泣く隠すのだ。
   *  *  *
ダークツーリズムとは、記憶の風化に抵抗する旅、ではないかと思う。
神社に生えていた柚子の実を一つ分けて貰った。大根の煮物に添えて食べた。売っているものと違って表面が汚れていたが、香りはことのほか高かった。汁を搾って醤油にたらしても美味かった。
豊かな歴史を持つ世界があるのだが、なかなかアクセスできない。そして、これらも高齢化と過疎で消滅しようとしている。あと半世紀経つと、完全になくなる地区が相当数だと思う。それは「差別がなくなる」ということなのだろうか?

2016-11-25

「反戦イデオロギーがないから良い映画」ということについて

「この世界の片隅に」についてもっと読みたくて、2ちゃんねるを漁っていたらこういうポストがあった。誰かのFacebookを引用したものらしい。

FBより転載
今回、『この世界の片隅に』をめぐっていちばん愕然とさせられたのは、この映画に「反戦じゃない」という評価が与えられたことではない。
「反戦イデオロギーがないから良い作品」という意見がまるで当たり前のように語られていることだ。

 戦争に反対することがなぜ「イデオロギー」になってしまうのか、戦争に反対していないことがなぜプライオリティをもってしまうのか。
まったく理解に苦しむが、しかし、戦争のほんとうの残酷さや自分たちの加害性から目をそらしたがっている人たちにとって、この倒錯状況こそが常識になっているらしい。

 そして、『この世界の片隅に』はそういう人たちにとって、格好の逃げ場所になってしまったということだろう。
彼らは、戦時下の人たちの日常暮らしを丹念に描いたこの映画の、その暮らしの描写だけをクローズアップし、「戦時下でもふつうに暮らす人たち」という物語に読み替えて、消費しようとしている。

 だが、それでも、『この世界の片隅に』のような映画が登場したことは、大きな意味があると思う。
この映画はたしかに、戦時下の日常の暮らしを描くことで、戦争の本質から目をそらしたがっている人たちを惹きつけているが、しかし、同時に戦争が日常をどのように変えてしまうのか、そのことに気付かせる力をもっているからだ。

「反戦じゃないからいい」とうそぶいている人たちにも、この映画は、確実に戦争への恐怖を刻み込んでいるだろう。


いやあ、僕も「生半可な反戦イデオロギーを排した、良い作品」と思っていたので、このポストには、何か言いたい、当たってないとも言えないが、当たっているとは言えないぞ、ちょっと違うゾ、と云いたいのだった。
   *  *  *
生半可な「反戦イデオロギー」を入れ込んだ作品の代表は、妹尾河童の『少年H』だと思うんだよね。
後からわかったことや、当時は絶対になかったことを、戦中の少年に語らせた、という有名なアレ。
そして「大人も新聞も嘘つきや」と啖呵を切ったのだから、「お前も嘘つきやん」と言い返されてももしょうがない。
嘘は、たとえほんの少しだったとしても、それまで積み上げた信用を全部毀損してしまうよね、と。
   *  *  *
「片隅」のファンにも、「朝鮮人の強制連行はなかった」「大東亜戦争は欧米の侵略からアジアを解放した」と信じたい人もいる。だけど、「従来の戦争コンテンツに含まれていた、後付けの反戦平和イデオロギーが嫌い」と云ってるのはそういう人だけではない。
本当だったら、反戦平和イデオロギーの側の人が、都合よく事実と後付け思想をパッチワークした作品に対して、「それは思想や作品の信頼を失わせるから、よせ」と言うべきなんだがね。
自分らの思想や主張を安売りせず、大事に扱おうよ、と思うのだ。

  Amazonユーザーレビュー面白い
こっちはそれほどレビュー面白いわけじゃない。本編をぜひ。

こっから「この世界の片隅に」(以下「片隅」)のネタバレがあります。ご注意を。
「片隅」でそういう論争が起こるのは、後半どんづまり、玉音放送の直後に、呉の街に太極旗が立っているシーンだ。
勘違いする人は、「あの国旗は戦後に作られたものだから、あのシーンは嘘」と云う。
それは単純な間違いで、大韓帝国の国旗なので戦前からちゃんとあった、日本への抵抗運動の象徴でもあった、ということ。
「呉に朝鮮人が居たかわからない、強制連行だったかどうかもわからない、なのに旗のシーンを入れるのはどうか」という意見。
さらに「原作ではここに『暴力で従えとったいう事か』『じゃけえ暴力に屈するいう事かね』という独白が入る、朝鮮を暴力で侵略していた、という見解は当時の人の見方というより、後付けの思想じゃないのか」という批判がある。
前者にかんしては、この映画の監督さんはものすごいリサーチを重ねているので、この一瞬だけ映る太極旗のシーンも、この日この時間に呉で太極旗が掲げられたのを覚えている人がいて、その証言がある、だから描いたのだ、と信頼できる。掲げた人がどんな人かは描かれていないので、強制連行かどうかはわからないが、この作品については「嘘つかない」という信用がある。僕はそれを信じたい。
後者にかんしては、うーん、薄々わかってたんじゃないかなあ、と思う。同邦で同じ日本人で融和しないと、と思っていた人でも、「やっぱり元々違うから融和せんといけんのんじゃない?」という気持ちは気付くでしょ。それに、やっぱり異民族で、経済的に恵まれた人は少なくて、社会の下積みの少数派なんだから、そこに差別がなかったわけがない。当時の公式見解だけに依拠して「差別はなかったはずだ」と云うのも、嘘がある、後知恵なのではないか、と思う。
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「はだしのゲン」は小学校段階でトラウマになった忘れられない作品で、好きじゃないけど偉大な作品だと思ってる。
だけど、ほんの幾つか、後付けの思想を当時の人物が口にするシーンがある。少ないけどある。それがどれだけ「ゲン」の価値を損なっているか、ということだ。
尤も、「ゲン」の本質は反戦平和の広宣流布ではなく怨念の表明なので、本質的価値はあんまり毀損されてないとも思うが。
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テレンス・マリックの「シン・レッド・ライン」は、ジェイムズ・ジョーンズの原作の冒頭に、ウィット二等兵の脱走シーンとか入れたりして、改変してる。ここに何か、当時の感覚とは違う今風の反戦厭戦思想が覗いているようで、大好きな映画だけど僕は一部好きになれない。長い原作を3時間に押し込めるためにかなり無理した結果だと思うが、日本兵光石研の呪詛「お前も死ぬんだ」なども、うーん、どうかなあと思った。
ペキンパー「戦争のはらわた」は最後のシーン、シュタイナー軍曹の戦場での哄笑、虚無の笑いに、それまで積み上げてきたドラマのリアリティを吹き飛ばす不愉快な何かを感じた。明白な反戦メッセージではないけれど、当時の戦場でこれあり得るか、と思うとどうも腑に落ちない(萬屋錦之介の「夢じゃ夢じゃ』みたいな)。
でもまあ、両作ともものすごい価値のある、歴史に残る映画なんだけどね。
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反戦メッセージは、悪いとは云わないけど、それを昔の人に言わせるのは、ルール違反だし、昔の人に失礼じゃろ、と思うのだった。
そういう意味で「片隅」は、昔の人に極力失礼せぬよう、一所懸命尊重して、消えゆくものを化粧せずに素のままとどめておこう、と努力して作られた作品ではないかと思います。
人は、真実によってのみ、癒やされる、ということではないかと。

 こんな神の手が作ったような作品に文句付けるなよ俺