天皇のおことば

8月15日の「天皇のおことば」を、改めて今思いだします。
天皇おは、こうのべられました。「ここに歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い・・・」と。
これは、戦争ができる国にしたい、と願っている今日の政治家たちへの、厳しい批判ではないでしょうか。
安倍さんたち、どうかこの「おことば」をかみしめて、考えてください。

なぜ拉致したのか?

 ちょっと不思議である。メディアでも批評家も指摘してこなかったけど・・・
 餓死者が出るというあの国で、拉致された人々は、割合裕福にくらしてるみたいだ。
 日本語を教える人を、と言うのなら、かつて日本の植民地だった地域で、残留者など、いくらでも見つかると思う。
 推測するに、北では、日本に対する憧れ見たいナノがあるのではないか。あたかも、戦後の日本人がアメリカに憧れているように。

靖国神社についてだ

あの戦争中、『靖国神社で会おう」と言って散っていった若者たちのことを考えると、お参りするのは日本人として自然な感情とおもう。しかし、あそこに、東条など戦争責任者も祭られているので、とかく問題になっている。
 考えてみると、東条たち指導者は、ナチスの指導者と違って、断固たる独裁者ではなかった。周りから押されて、やむなく行動していただけなのだ。その「周り」とは、軍人、政治家、からメディア、地域のおじさんに至るまでを含んでいたはずだ。東条は、アメリカの将軍に日本刀を送ろうとして断られた哀れな、やさしい日本人にすぎなかった。
 東条などが一緒に葬られているので、国際的な批判があるが、なんとかお参りできるようになれないだろうか。

イスラム国について

『国』という言葉にこだわりがある。
イスラム教徒が多いあの中東では、国と言うのは、近代になって、旧植民地支配の解体で、英仏などの支配者が、勝手に線引きして「国」と名付けたのだ。
今、イスラム教徒たちが、自分たちの「国」を造りたい、と思うのは、まことに尤もではないか。
 こういう旧植民地支配への批判に、若い人たちの正義感が、賛成するのも、もっともではないか。