@で作られる自分

twitterをやり始めて1ヶ月ちょっと経ち、ようやっと新しい楽しみの段階に入った気がします。それは@を飛ばすことtwitterでは@tanuking0などと文頭に書くことで、個人宛のメッセージが飛ばせます(とはいえ、そのメッセージも公開されているものです)。
つぶやき、というのがtwitterの基本なのですが、やっぱりネット上で公開している以上、自分のポスト(つぶやき)に対して反応があることを少しは期待しています*1。反応があって初めてtwitterは面白いという意見は多く聞くのですが、他人からの反応としては主に以下の3つが挙げられるかな。

  1. タイムライン*2に自分の発言に関連した発言が出てくること
  2. @をつけた反応をもらうこと
  3. ふぁぼられること(発言をお気に入りにいれてもらうこと)

これらの反応の内何を重視するかは人によって違うと思いますし、個人でも時期によって違うと思います。僕は前回のtwitterエントリを書いたときには、1と3を中心に考えていました。あんまりベタベタした感じがするの苦手だし、「twitterの発言も1つの表現だ」と結構固く考えていたので、@をつけた反応をあまり重視していなかったのです。誰かに影響を与えることやふぁぼられたりすることには気を使っていたのにね。
で、なんかドライに過ごしていたのですが、ある時リアル世界でちょっと凹むことがあったことがありました。僕はそういったものをtwitterの世界に持ち込むのは反対でしたし、あまりネガティブな感じを出すまいと普通を装ったポストをしていました。ところが、ある人がちょっと自分を心配してるようなポストをしてくれていたのです。いや、本当に気付かないだろうポストをしているつもりだったので、そこまで自分のポストを読んでくれている人が居ることに衝撃を覚えました。そして、人格としてのtanuking0がtwitterの世界に存在していることを理解し、嬉しく思ったのです。思えばあれが、twitterにどっぷりハマるキッカケだったかもしれません。余計な事をしやがって。
そのあとも別にその人と常時キャッキャウフフしてるわけでもないんですが、偶には@でつながる関係というのも悪くないなーと思いなおしたのです。気が乗らなきゃ返答しなきゃいいわけですし。あんまり@ばかり飛ばす関係というのも自分にはあっていない気がしますが、スパイス程度に@を飛ばすのも悪くないなぁと考えを変えたのです。この方が自然体で楽ですし。
ごちゃごちゃ書きましたが、@を貰うということは、タイムライン上に自分の意見が反映されることよりも、ふぁぼられることよりも、twitter上で自分という人格を自覚するのに一番向いている、と僕は思うようになったということです。異論は認める。
ただチキンな僕は、いきなり知らない人に@を飛ばすのは気が引けるので、とりあえず気になった発言に対して@無しでポストしています。で、向こうが「おっ」と思ったら話しかけてね、みたいな。どこのお嬢様だっていう。
@とかで人間関係が重くなってしまうtwitter疲れというのも聞きますが、興味持てないことやいい反応が思い浮かばなかったときは適当に無視してればいいんじゃないっすかね。そういったことが前提でtwitterやってるわけですし。どう反応すりゃいいんだ、という発言まで無視されてイヤな人は、twitter以外のサービスの方が向いていると思うので、ヘタに相手して居付かせるのは互いに損ですしね。リアル世界の人間関係が絡むとまた一段と大変なのかなぁ。僕はリアル世界の人たちには隠しているのでその辺は分かりません。
話がずれました。んで、今までの文章は実は前置きだったのですが、長くなったので本題はまた別エントリで。なんかただの体験談みたくなっちゃった。
追記:本題まとめサイトのすすめ - たぬきのねどこ

*1:private設定の方は除く

*2:自分がフォローしている人たちのつぶやきが流れるところ