Chemical of Polymer

2012-12-05

Play Equipment ("Kosen Advent Calendar 2012")

Play Equipment ("Kosen Advent Calendar 2012")

はじめに

本記事はKosen Advent Calendar 2012の参加記事となっております。
私の前の12/4はネルコさんの 私の振り返りのような何か
私の次の12/6は茅沼ねっぷさんです。
そして本日12/5は私たーちゃるがお送りさせていただきます。

そのいち,自己紹介

自己紹介という体で、簡単な来歴を。
出身は奈良高専で学科は物質化学工学科でした。クラスタ内では珍しい化学高専生ってやつです。最近はちらほら見かけるようになりましたが。
今は卒業して京都にある大学で高分子を専攻する学科に所属しています。キラキラの大学3回生です。大学生楽しいです。友達できません。


そのに,概要

概要というか何を話していくかです。今回はざくっと高専時代を振り返っていこうかなと思います。
だけど、その前に。みなさん子供の人格はどのように形成されるかご存知でしょうか?
遺伝? 環境? それとも天の恵みでしょうか。
僕はわかりませんし、それを探求しようとも思いません。
けどたまに"遊びが子供の人格を作るんだ"といった内容のことを聞きます。嘘かどうかと言われてもやっぱりわかりませんし、根拠はあるのかと問われても多分無いでしょう。
それでも"遊び"が大切なことはなんとなくわかります。直感です。根拠なんてどこにもありません。
そしてそのために必要な遊具"Play Equipment"。
teenagerの真っ只中にあった僕の人格を形成するのに、"高専"という場所は立派な遊具でした。


そのさん,1,2年生

入学したての当初、僕が真っ先に思い描いていた事を端的に言えば"モテたい"でした。幸い化学系ということもあって女の子はそれなりにいました。けど何をすればいいかわかりません。だから変な方向に突っ走ってましたね。カッターシャツをズボンから出して、中には派手な色のシャツ。それに髪を染め、耳にはピアス。このときまだ一年なんですけどね。当時の僕を知らない人にはよく”嘘だ”と言われます。事実です。写真あります。ピアスホールの跡だってまだ残ってます。
それからモテるためには音楽だ! ということで軽音部にも行きました。まぁ、その時ぼっちだったので誰を誘うことなく、結局入部はしませんでした。そこで入ったのが吹奏楽部です。たまたまパーカッション打楽器全般)の人数が足りないということで丁度良かったんですね。
それからはずっと吹奏楽に邁進してました。といってもそこまで真剣にやるわけではなくあくまで趣味の部活っていう感じで、練習にはそれなりの熱を入れていましたが、何よりもドラムを叩きたかった。いや、モテるためとかそういうのではなくもう単純にドラムが楽しくて楽しくて仕方なかったんです。今でも時たま無性に叩きたくなる時あります。
さて、ここまでお勉強のお話はして来ませんでしたが、お勉強は底辺をさまよってました。毎年留年しそうな人の話きいても面白くないでしょ?


そのよん,3年生

2年生の後半から部活内で「役職」というものが降ってくるというのが奈良高専吹奏楽部の風習でした。(2年でというのは私の2つ上の代からなんですけどね)加えて後輩も入ってきます。それと、もともとあんまり人数がいなかったことでパート内で最上学年となったことなる僕。
そんなこんなで、少しだけではあるものの責任というものが知らないところで発生していたんですね。これが凄く嫌だった。きっと幼かったんでしょう。
そしてドラムを叩くとうるさいと言われる日々……練習で叩いてても結構な音が鳴るんですよね。段々吹奏楽部が嫌になっていきましたね。
そういう状況が続いた中、3年の半ばでたまたま1年の時から軽音部に入部してたクラスの子と仲良くなりまして軽音部にちょいちょい顔を出すように。
好き放題やっても怒られないあの環境。時間があればしゃべってダラダラやっても何も言われない空気感。極めつけは僕より下手な人が多いっていう優越感。
アニソンが好きだということで(今思うと彼ミーハーなんですけど)アニソンをやろう! ってなって文化祭のステージに立ったりね。
あのバスの響くステージはたまらんです。
もちろん飛びつきました。
それには毎日練習をしてる吹奏楽部は心底邪魔だったので辞めます。

「やりたいことをやるために辞めます。お世話になりました」


そのご,4年生

吹奏楽部を辞めたものの、軽音部の部室はバンドごとの交代制なんでなかなかドラムを叩けなかったんですね。それでフラストレーションが溜まっていき、辞めます。
このころから物質化学工学科の友達よりも学科外の友達との付き合いが多くなって行きました。未だに学科の友達には遊びに誘われませんが、電気科の友達にはしょっちゅう声を掛けられます。意味わからんです。
大きな理由は高専祭実行員に参加した時のこと、クラスの子(さっきの子とは別の子)と大きく衝突したんです。嫌な人間っていうのを覚えました。この時ほど人を嫌いになったことありません。
ずぶずぶと他学科の友達と遊ぶ日々……かといってクラス内で孤立するということはありませんでしたが。
あ、あと遊戯王がありました。初めてバイトして、それを遊戯王で散財してました。
さて、その後です。高専生なら一度は経験する(というかしてないなら問題な)研究室配属です。
これといって4年の時は変わったことはありませんでしたが、希望の研究室に配属されていい先輩に恵まれました。その先輩とは今でも仲良くしてもらってます。
留年? 涙で枕を濡らすレベルでしたけど何か。

そのろく,5年生

研究が本格化します。研究楽しいです。研究させてもらえるとか感謝してます。周り真っ暗だけど。
僕は進学組だったので研究しながら勉強って形でしたけど勉強は全くしてませんでしたね。それでも合格くれた大学……まじ……。
家族に聞くと大学の合格が出るまでかなりピリピリしてたみたいです。合格発表見た時叫びましたもん。うちの学科棟は3階まであって、研究室3階なんですが1階まできこえてたそうです。どんだけ声だしてたのか。
それで研究をやっていくわけですが、うーん。5年生なぁ……今思うと研究してて激動って言うわけではありません。
修学旅行もありましたけど、みんなでわいわいスマブラやってただけですし……。
「おい、お前の好きな人誰なんだよ?」「い、いねーし!」「もしかした、○○?(男ではない)」「ちげーよ!!!」
なんて展開は20越えた集団にあるわけもありません。
むしろやってたら気持ち悪い。
とまぁ、研究漬けで一年が過ぎ、無事留年することなく先生方のご慈悲で卒業することができました。


そのなな,まとめ

高専は立派な遊具だ! と冒頭で言いましたが、それは事実だと思います。
と、思うのも5年という長い期間の間変わらない環境で過ごしていけるからです。やりたいことがあればそれに集中し、飽きたり辞めたくなったら放棄する。思春期に入ってから思春期が終わり、そして成人するまで同じ環境でいれるのです。こういうこと、高校じゃなかなかできないと思います。高専ならではないでしょうか?
それにいろんな人がいます。いろんな人と関われます。こんな楽しい環境があるのです。嫌なことだってありますがだからといって打開策がないなんてことはないはずです。
結局のところ何が言いたいかわかんねーというのが僕のまとめの特徴ですが、まとめのまとめとして、

   "人格形成において高専の5年間というものは十分に有用だ"

ということです。
変わりゆく自分を客観的に見れます。客観的に分析できます。高校から大学に入った時のような周りの精神的な変化と共に環境の変化が少ないですからこれが言えるのです。
今の僕の人格を形成している部分に高専というパーツは比較的大きいはずです。確かに面倒臭がりで責任感のないひょろひょろとした性格をしていますが、これは散々高専でただやりたいことを求め続けた結果だと思っています。高専は就職がとか人間性がとか言ってる人も一度こうやって振り返ってみてはいかがでしょうか? こんな分析やったことないでしょうから。
そして最後に、僕の記事を呼んだ人はこう思うはずです。

高専で遊んで良かった――

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