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Harry’s Diary / はりー日記

2011年06月21日 火曜日

2:病院

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間が空いたけど忘れようもないので続き。


「思い出せない」とか「忘れてしまった」というよりも、何も知らない場所に放り出されて独りぼっち。

そんな9/29の朝。

コーヒーを飲んだ。お茶ではなかったと思う。薄めだったので苦ではなかった。

少しずつ落ち着いてきた。得体の知れない怖さは感じていたものの、ここ(自宅)が安心していい場所であるということは徐々に感じ取れてきたので、気持ちも落ち着いてきていた。

物の名前と会話は可能なものの、相変わらず時間の感覚や人物の名前が思い出せない。というより、「知らない」という感覚なのでどうにもならない。


病院に行くことになった。


激しい頭痛を訴え、職場から救急搬送された翌日のことだったらしい。

苦痛に身悶えていたらしいが、病院にいる間に症状も緩和され、CT等の検査*1でも問題は見られなかったようなので、帰宅して様子を見ることになったようだ。

その中での記憶喪失である。


妻に連れられて下の子とともに病院へ。この時点では「親切な人と可愛い女の子」の二人と一緒である。

車に乗ってバイパスを走ったのだが、凄まじい台数の自動車が駆け抜ける様子は目が回りそうだった。

病院には一冊のノートを持参していった。思い出せることと思い出せないことをリストアップしたほうがよいのではないかなあと何となく思ったからで、外来で待つ間にあれこれを書き出してみた。

不思議なのは、書いている文字が突然鏡文字になったり画数が増えたりすること。今もそのノートを読み返すと「か」「し」「の」「や」などが反転して書かれていたりする。漢字は意識して書かないと出てこなかったので比較的まともに書けていたが、画数がおかしいものがちらほらとあった。

そのノートは仕事で使っていたもので、前半にはそれに関連したメモなどがびっしり書かれている。


リストをどこに書こうかと裏表紙をめくったところ、それがあった。

あちこち使い回していたユーザー名とパスワード*2、幾人かの友人・知人の連絡先。

そして「俺へ」と題した、自分宛のメッセージ。


今もそのメッセージをいつ書いたのかは思い出せないまま。

頭痛で救急搬送のことも思い出せない。

ただ、何かしら予感するものはあったということなのだろう。

あるいは頭痛に苛まれる中でそれを書いたのだろうか。


今の自分からは、前の自分が遺した「遺書」めいたもののように感じている。

*1:この時点でMRIは撮らなかったらしいが、急性の病変はCTで確認できるので問題ない様子。

*2:ほんとはよくないよねえ。おかげで助かったんだけど。

2011年02月24日 木曜日

1:覚醒

| 13:43 | 1:覚醒 - Harry’s Diary / はりー日記 を含むブックマーク 1:覚醒 - Harry’s Diary / はりー日記 のブックマークコメント

目覚めたのはまだ夜中だったと思う。常夜灯を見つめていたのを憶えている。

それが最初だった。

前の日のことは今だにはっきりとは思い出せない。たぶん、もう思い出すことはないのかもしれない。決定的な何かがあったのではないかとも思うけれど、自分の奥底が思い出したくないと封じているか、あるいは本当に忘れ去ってしまったのか。どうなのかはわからないけれど、もうわからないだろうという気がする。


あの時の自分を言い表すとしたら、デカルトの有名な言葉を用いるのが最も適しているように思える。

「我思う、故に我在り」

目覚めれば空腹を感じたり、解消しきれぬ眠気にもう一度眠りたいと思うかもしれない。時間に不満を憶えたり、その日の予定にワクワクすることもあるだろう。

自分には何もなかった。オレンジ色の常夜灯を見つめるだけ。


すぐに眠ったんだと思う。

再び目が覚めた時も常夜灯の下にいた。

初めて思考が働いたのを憶えている。尤も、働いただけで何かを得ることはできなかった。

かすかな混乱とともに、再び眠気がやってきた。


忘れもしない。

三度目の目覚め。

陽の光が差し込んで、少し明るくなっていた部屋の中。

起き上がった自分に気付いた家族が話しかけてくる。

今だから家族だとわかる。

その時は誰なのかもわからなかった。

言葉は理解できた。日本語は話せた。布団、天井、枕。物の名前も判る。

昨日病院に行ったことを憶えているかと聞かれた。

憶えていない。

自分の名前はわかる?と聞かれた。


わからなかった。


感情とともに思い起こせる最初の記憶は、見えない闇にさらされた絶望に覆われている。

思い出すと、今でも頭が痛む。

2011年02月23日 水曜日

0:はじめに

| 08:42 | 0:はじめに - Harry’s Diary / はりー日記 を含むブックマーク 0:はじめに - Harry’s Diary / はりー日記 のブックマークコメント

唐突に思い付いたようでいて、前から書こうとは思っていた。なかなか踏ん切りがつかないというか、自分でも消化しきれていない現在も進行中の出来事なので、落ち着いてから書こうと思っていたところもある。日記という体裁にしてしまうと混乱してしまうような気もしていたから。

振り返れば5ヶ月も経っていた。これ以上は「記憶」し続けていられるかどうかという不安もあるし、書くことで整理を付け、何かを見出せればいいという思いもあるので少しずつ記していこうと思う。おそらくは自分の人生の中でも最大級の事象についての記録となるはずだ。


ツイッターではとうの昔にカミングアウトしているものの、はっきりと記しているわけではないのでネット上で大っぴらにするのはこれが初めてのことかもしれない。

誰でも日付を一連の数字として記憶しているものが幾つかあると思う。自分の誕生日もそうだろうし、二・二六事件や911のように歴史的な出来事の起きた日がそのまま代名詞となっているものも幾つかある。

自分の場合、929という数字が、誕生日と並んで記憶し続けていられる限り絶対に忘れることがないものとして挙げられる。

2010年9月29日。

この日は自分にとってもう一つの「誕生日」のような感覚がある。

自分が記憶喪失に陥ったことを自覚した日だ。


一度に大量に書こうとするとくたびれてしまうだろうし、今も当時の状況を思い出そうとすると頭痛をはじめ体調が悪くなるので、少しずつ書いていきたい。

今でこそはてなのIDとパスワードも普通に思い出せるが、あの朝は違った。

少しずつ、順を追って書き記していこうと思う。