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ラブコメ政治耳鳴全日記(本館) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-02-04

[]外務省革新派/戸部良一中央公論新社中公新書外務省革新派/戸部良一[中央公論新社:中公新書]を含むブックマーク

外務省革新派 (中公新書)

外務省革新派 (中公新書)

 こんな事を書くと怒られそうだが、「外務省革新派とは何だったのか」という疑問には、「本書のエピローグに書いてあるように、外務省内における『プレッシャー・グループ』であった」と答えればそれで終わりである一般的に言われているところの「革新官僚」、つまり軍部と協力して政党ではなく自分たち官僚によって日本運営していこうとする一派は外務省内にも存在して、そのグループは確かに日本外交一定の影響力を与えたが、所詮陸軍攻撃的な軍事戦略追従して攻撃的な外交を唱えていたに過ぎなかった。外交どころか日本政府そのもの陸軍に牛耳られていたのだから、彼らが陸軍と結託することはあっても陸軍リードすることはなく、外務省に革新派がいなかったら日本外交は違っていたかというとそうは思えない。しかし「外務省に軍部と結託した革新派がいて、それが日本外交を誤らせた」とは俺も何度か聞いたことがある。一体なぜそのような過大視が長い間続いてきたのかを考察することは非常に大事であろう。

 「15年戦争」と言われる日本崩壊の序曲は満州事変から始まったが、その満州事変はワシントン体制への挑戦であり、「日米英による協調によって東アジア特に中国)の秩序を維持する」とするワシントン体制では日本果実を得られず、ロシア中国の脅威にも立ち向かうことはできないと感じた関東軍首脳によって満州事変が起こり、やがて満州国が建設されるが、この頃の外務省はまだ米英との関係考慮した上で満州事変の正当化を図っている。満州事変における日本の行動は「自衛権の発動であるから不戦条約に違反せず、満州国の成立も中国とは異なる地理的歴史的背景の下での住民独立運動であるから九国条約違反にはならない、というのが日本論理的説明であって、国際法理的に満州正当化して米英との関係を損なわないよう外交継続性を維持しようとする意図が見え、ここではワシントン体制に挑戦的な態度で臨もうとする関東軍とそれに同調する革新官僚の影響はないと言える。

 ところが日中戦争が始まった後の1938年11月に政府が出した「東亜新秩序声明」にはワシントン体制への否定が読み取れる。「この新秩序の建設は日満支三国相携へ、東亜における国際正義確立、共同防共の達成、新文化創造、経済結合の実現を期するにあり」。日中戦争はもはやワシントン体制下の国際情勢では説明できないと外務省は判断したのである。もちろんこれを外務省革新派によるものと断定するのは早計で、革新派は結局最後まで(敗戦まで)外務省の主流ではなかった。しかし時代は陸軍に有利に動き、それに伴って外務省も陸軍に引きずられ、革新派の声ばかりが大きくなっていくのである

 ドイツポーランド侵入して第二次世界大戦が勃発し、アメリカが日米通商航海条約の廃棄を求め日米無条約状態になると革新派はアメリカを「帝国道義外交侮辱し、東亜新秩序建設計画を妨害せむとし、抗日援蒋政策により支那事変の長期化を計り、徐に帝国疲弊屈服を予期」していると観察するようになった。革新派が全て対米強硬論者だったわけではないが、もはや悪化した対米関係を打開するには支那事変の解決(=東亜新秩序建設しかないと思われた時、欧州情勢は同盟国・ドイツ連戦連勝に沸き立ち、日本は枢軸側へ傾斜することになるが、「外務省革新派」が日本外交にあまり影響力がなかったと言えるのはこの後の松岡洋右外相による「日独提携・対アメリカ強硬姿勢」に革新派がほとんど関わっていないからである。親ドイツ・反アメリカというのはなるほど革新派の特徴ではあるが、これらはあくまでも松岡外相と陸軍による功績であった。そして太平洋戦争が始まって陸軍が本格的に日本外交を牛耳るようになると、革新派はもはや「外交から離れて「理念」や「哲学」を語るようになる。当時の日本世論も、長期化する支那事変の鬱屈欧州の激変に対して、革新派の言う「世界新秩序の到来(米英の時代から独伊の時代へ、民主主義から全体主義へ)」という論理の明快さに耳を傾けるようになったが、革新派の代表格とされる白鳥敏夫(駐伊大使、東京裁判ではA級戦犯として起訴)のそれはもはや外交論ではなかった。「今度の戦争は本質に於ては日本の八絋一宇の御皇謨とユダヤの金権世界制覇の野望との正面衝突であり、それは邪神エホバ天照大神に対する反逆であると共に、エホバを戴くユダヤ及びフリーメンソン一味のすめらみことの地上修理固成の天業に対する反逆行為である」。いわゆるトンデモ系に入りそうな文章であるが、第二次近衛内閣の閣議決定「基本国策要綱」もこれとあまり変わらない。「世界は今や歴史的一大転機に散会し、数個の国家群の生成発展を基調とする新なる政治経済文化の生成を見んとし、皇国又有史以来の大試練に直面するこの秋に当り、真に肇国の大精神に基づく皇国の国是を完遂せんとせば、右世界史的発展の必然的動向を把握して諸政百般に亘り速に根本刷新を加へ、万難を排して国防国家体制の完成に邁進することを以って刻下喫緊要務とす」。

 歴代の外相に革新派は一人もおらず、松岡外相も主張は革新派と同じであったが注意深く革新派が外交に携わるのを避けていた。では何が外務省革新派を過大視させているかというと白鳥代表される旺盛な言論活動であると作者は結論付ける。先進国と同じレベルとなった近代国家・日本において、外交はもはやエリートの関心事ではなく大衆世論の注目の的となり、満州事変や支那事変そして太平洋戦争という新たな世界状況と、日増しに強くなるナショナリズムに傾斜して変調する言語空間に外務省革新派は「外交専門家」として登場し、その盛り上がりが「基本国策要綱」のような華美で空疎言葉の羅列へとつながっていくのである。そして革新派がリードした世論が次第に革新派を超えて過激になり、それに合わせて革新派もまた過激になっていく中で日本破滅へと向かう。恐ろしい話だが、革新派による「米英の世界支配は終わり、これからは独伊そして日本の時代だ」という主張と、現在の「アメリカの時代は終わり、これから中国そしてアジアの時代だ」という主張は似ているような気がしないでもない。過去の教訓に学び、どんな状況になってもアメリカとの関係は常に意識しなければならない。それが日本外交の生きる道だ。

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2017-01-08

[]浜松広島岡山福島 浜松、広島、岡山、福島を含むブックマーク

12月11日

 

12月25日

  

12月29日〜

   

1月8日

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2016-12-28

[]3 節度を守った上で 3 節度を守った上でを含むブックマーク

第10位:好きのサインは/うえかんコアマガジンメガストアコミックス

 毎年繰り返し言っている事だがほとんどのエロ漫画短編集であり、玉石混交、珠玉の短編もあればそこらへんに落ちている石ころのような短編も混ざっている。しかしそれは日本エロ漫画宿命であるからこれ以上は言及しない。それにこれは「日本ラブコメ大賞成年版」なのであり、「エロ漫画大賞」ではないのだから、必要なのは主人公ヒロインの愛の対話としての性交渉」描写であり、何度も言うが「ただ流されるまま行きずりの性交渉へと至る」ようなものは断固として排除する。「美人でかわいくてスタイル抜群なヒロイン」が「地味で平凡で冴えない主人公」に身体を開き、なぜ身体を開くかというと主人公を好きだから愛しているからだという理由付けがあった時、性交渉とラブコメは繋がるのである

 というわけで本作である最後の1編を除いてヒロイン側が主人公を好きなのは明白であるしかしその「ヒロイン主人公」のぶつかり方が雑で、主人公側にいる読者としてはヒロイン真意を測りかねてしまう。「積極的に愛を告白する」事と「あけっぴろげに性交渉を求める」事は似て非なるものであって、それを象徴しているのが大人のおもちゃを持ち出して「じゃーん、こういうの買っちゃった」というシーンであった。主人公(=読者)とヒロインの間に何人も入れない完璧な甘い愛の世界を築き上げるのがラブコメの目的であり、それによって読者は「救い」と「癒し」、そして希望を感じる事ができるのであって、どうして「大人のおもちゃ」という、主人公以外のものを求めるのであろうか。俺及び読者は「?」となろう。

 もちろん俺は本作を批判したいわけではない。それ以外の短編ヒロインは「積極的に愛を告白」した上で「あけっぴろげに性交渉を求める」のであり(「一週間もセックスできないなんて逆に想像妊娠しますよ」「主人公さんには大人な私をいっぱい見てほしいから」)、その気安さは性交渉時に男(=主人公=読者)が感じる後ろめたさを薄めており、優れたラブコメとなっているが、そもそもこの日本ラブコメ大賞に挙げている時点で優れたラブコメであるのは当たり前で、評価し順位をつける以上はこのような事も言うのである次回作に期待している。

   

第9位:はつこいパーティーつかこワニマガジン社:WANIMAGAZINE COMICS SPECIAL]

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 何度も言うように俺は世界のラブコメ王なので優れたラブコメなら評価するし優れていないのなら評価しない。つまり完全な実力主義であって、ベテランだろうが新人だろうが人気があろうがなかろうが関係はない。もちろん作者が男か女かも関係ない。しかし読み進めていくと作者が男か女かはすぐわかる。なぜなら女が描く男(=主人公)には男の生理感覚と言うべき、ぬるぬるとした、べとべととした、女を目の前にして皮膚の下に感じるあの動物感覚が感じられないからで、それによって「読者の性欲処理」という、ラブコメ成年版に求められるもう一つの役割を果たす事ができないため評価が厳しめとなる事が多々ある。

 更に本作の場合は具合の悪い事にいくつかの短編において主人公が野球部員であったり「結構(女に)モテ」たり「結構色んな女性と付き合ってきました」などと言ったりするものだから反感を感じてしまう。所詮エロ漫画及びラブコメなど「男による、男のための世界」なのであり、そこに女というハンデを背負って描く(挑む)ならば尚更主人公の設定には気を遣わなければならない。主人公あくまで「地味で平凡で普通」でなければならず、「地味で平凡で普通」な男は運動部に入らないし同級生に声を掛けられる事はないし彼女いない歴イコール年齢なのである。野球部の人間主人公の話など誰が読みたいものか。「色んな女性と付き合ってきました」などと言う阿呆がいたら蹴ってやるわい。

 とは言え本作に出てくるキュートで愛くるしいヒロイン達が魅力的なのは確かで、そのようなヒロインが一心不乱に主人公(=読者)を求め(「主人公赤ちゃん欲しいよう、私をママにして」)、先走り(「私のこと、好きにしていいよ」)、特訓したり(「セックス耳かきも特訓します」)する姿は守ってあげたくなる小動物のようで愛おしいものがある。だからこそ、このようなキュートなヒロインと「地味で平凡で普通な男(=主人公=読者)」がぶつかった時にラブコメの世界無限に広がるのであるが、まあしょうがない、「守ってあげたくなる小動物のよう」なヒロインにはある程度積極的主人公でないと話は転がらないのであり、9位でちょうどいい。次回作に期待している。

    

第8位:シスターブリーダー武田弘光ワニマガジン社:WANIMAGAZINE COMICS SPECIAL]

 成年版ラブコメとは「ヒロイン主人公積極的に愛を表明」し、その愛を確認するために性交渉現場が描かれ、ヒロインから性交渉の機会を提供する事で主人公ヒロインを支配するわけだが、それを極限まで突き詰めればヒロインは「主人公(=読者)の肉便器である」事を肯定する事になる。もちろん「肉便器」と言ってもそれは「主人公のために」身も心も捧げるという意味であり、ただの淫乱(「男なら誰でもいい」「挿入してくれるなら誰でもいい」)ではいけない。主人公(=読者)専用の肉便器であることが絶対条件である

 そうであれば本作などまさに「主人公(=読者)専用の肉便器」描写が盛りだくさんであり(「大好きなお兄ちゃんの性奴隷になれるよう躾けてください」「お兄ちゃん専用の立派な雌豚になりました」「幸せから雌豚のままでいいかな」)1位になってもおかしくはないが、ヒロインが肉便器になるまでに主人公側が積極的に動くのでラブコメとしては大きくマイナスであった。もちろんヒロイン側は肉便器となる前から主人公に好意を持ってはいるのだが、あくまで「主人公(=読者)側が何もしない」事が一般・成年部門問わずラブコメの第一条件なのであって、ヒロイン側に端を発する性交渉によって主人公(=読者)は性交渉の波に乗る事ができ、欲望を放出し精を放つ事ができるのである。そしてヒロインが屈服し肉便器になった事を肯定し心から喜んだ描写を見せる事で主人公(=読者)は無敵となり、欲望のタガを完全に外し、獣と化す事ができよう。しかしこの最初ボタンのかけ違い(主人公側が積極的に動く)によって「ヒロイン自分専用の肉奴隷にした」事の喜びが中途半端になってしまい、惜しい事だ。特に表題作など、ヒロイン姉妹の肉奴隷化過程うまいだけに中途半端さが際立ってしまっている。

 基本を忘れてはならない。大事な事なので繰り返させて頂くが、成年部門であろうが一般部門であろうが全てのラブコメの主人公は「地味で平凡で冴えない男」がスタートなのであり、そのような主人公のために「ヒロイン積極的性交渉へと臨む」のである。とは言え表題作以外の短編のいくつかはそのようにしてヒロインから積極的主人公へ身体を開くのであり(「お嫌ですか?私とのセックスは」「主人公さん好みのエッチなお嫁さんになってたくさんザーメン搾り取るの」)、作者の真骨頂であるアヘ顔をさらすのであり、その興奮によって主人公(=読者)は無敵となり、欲望のタガを外し、獣と化すのである。惜しい事だ。次回作に期待している。

    

第7位:かてかの/大友卓士[富士出版富士コミックス

かてかの? 富士美コミックス

かてかの? 富士美コミックス

 本作も8位と同様に「主人公側が積極的に動くのでラブコメとしては大きくマイナスとなっている」が、8位と違ってこちらの主人公は軽薄というか単純というかアホっぽいというか、ストーリーをさっさと性交渉シーンへと流そうとしているので主人公がどういう性格かわからないところがもったいない。頁が進むに連れてヒロイン達が主人公を誘惑しようとあの手この手を使う(「主人公さんの赤ちゃん作ってあげます」「主人公さんは好きな時に好きなだけ射精して下さっていいのよ」)というのに、こちらとしては最初の「軽薄・単純・アホっぽい」印象が尾を引いて「主人公=読者」として読む事ができず、快楽の波に乗るまで多大な労力が必要となる。しかし本作のヒロイン達の可憐さ愛らしさの描写は単純にエロ漫画としても群を抜いた技術であり、後述するハーレムへの的確な展開もあり盛り返してこの順位となった。こういう事があるから世の中はわからない。

 しかしながら「姉」「妹」や「その姉妹母親」や「その姉妹母親の知り合い」や「その姉妹母親の知り合い、の子供(姉妹)」やと取っかえ引っかえ性交渉に励むのはいいが、そこに「寝取り」要素が入っている事が気になるところではある。当然ながら母親ヒロイン組には配偶者がいるわけで、そのあたりの整理を怠っているので主人公(=読者)は単なる間男となってしまう(「間男」…何という間抜け言葉だ)。もちろん本作では母親ヒロインの配偶者など出てこないしそこまで深く考えていないのだろうし、エロ漫画論理で言えば寝取りもまた興奮の導火線になるのであるが(「私はもう主人公の精液に躾られてしまっているのですから」)、ラブコメとして考えた場合主人公の他に男がいる」=「ビッチ淫乱、男なら誰でもいいというキチガイ」になってしまうのでやはりマイナスとなろう。きっちり「主人は他界してしまって…」などと整理しておけばよかったのだ。

 と、批判ばかりしても7位となったのは本作のハーレム描写が的確だったからで、短編ではなく長編ハーレムを展開させるならば、

(1)ハーレムを構築した主人公が罪悪感を感じない

(2)ハーレム構成員であるヒロイン達がハーレム及びハーレムにいる自分を肯定する

(3)ハーレムヒロイン達それぞれを魅力的に描く

 が必要になるが、本作は序盤で各ヒロイン(姉:女子大生、妹:女子高生、母:元スチュワーデス)の魅力をじっくりと描き、各ヒロイン主人公を欲し我慢できず大胆に誘惑を繰り広げ、やがて訪れるささやかな修羅場の後に結局は仲良く主人公性交渉を展開する(「主人公さんと私達は運命の糸で結ばれているに違いないわ」「まさか皆同時に妊娠ちゃうなんて」)のであり、極上のハーレムとなっているのであった。これで主人公がちゃんと「地味で平凡で普通な青年」として描写されていれば、間違いなく確実に1位になっていただろうが、仕方ない。世の中は色々あるのだ。次回作に期待している。

  

第6位:ぱんでもにうむ/なぱたワニマガジン社:WANIMAGAZINE COMICS SPECIAL]

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 前作(20122013・2位「好きだらけ」)で言及した「陰影を駆使し、ヒロインの肉体を肉感的に表現する、非常に高い作画力」は本作でも健在、いや磨かれており、白と黒の濃淡とスクリーントーンを駆使するだけでこれほどヒロイン達の身体が魅力的になるのは驚きであった。しかエロ漫画宿命である短編集のせいか作者にやる気がないのか、極めてレベルの高い短編もあれば「?」となるような短編もあり、今回は評価が難しかった。

 ラブコメとはヒロイン側が積極的主人公(=読者)をリードするものであり、成年ラブコメであれば「性交渉」そのもの積極的リードするのであるから、理由付け(主人公の事が好きで愛しているから性交渉がしたい)が必要となる。理由がなければその女はただの淫乱(「男なら誰でもいい」「挿入してくれるなら誰でもいい」)だという事になり、ラブコメの論理から外れてしまうのである。翻って本作はと言えば「主人公(=読者)への愛を表明」がなく行きずり的に性交渉が展開されたり(主人公の兄の恋人主人公ちょっかいを出してくる)、軽薄な学生に応じる保健室の女先生が登場する短編などがあり、それらが一貫して高い作画力で描かれるわけだからもったいない」に尽きよう。もちろんその他の短編においてはヒロイン主人公(=読者)へ愛を表明してから性交渉が始まる、もしくは単なる行きずりの関係のような設定に見えても二人の繋がりを確保する事を忘れない(海外で女を拾って→最後はポテ腹で「行ッテラシャイダーリン」)のであり、そうであれば主人公(=読者)は迷う事なく欲望を放出する事ができ、その欲望を放出する先は「肉感的に表現された魅力的な肉体」なのだから、成年ラブコメのもう一つの効用である性欲処理を果たす事ができ、読者は「救い・癒し希望」も感じる事ができよう。惜しい惜しい。次回作に期待している。

    

第5位:義理なら兄妹恋愛してもいいよね/志乃武丹英富士出版富士コミックス

 さて作者は日本ラブコメ大賞成年部門の常連であり(2015・3位「義妹禁断衝動」、2014・2位「義妹処女幻想」)、それぞれのタイトルからわかる通りヒロイン義理の妹オンリーシリーズも3冊目となる。

 3冊も出せるのは妹という存在自体が兄にとって大変都合がいいからであって、妹とは生まれた直後から自分の下に位置するため常に自分(兄)は上の立場にいる事ができ、時には自分の意のままに操ることができ、優越感に浸る事ができる。それでも家族であるから自分(=兄=主人公=読者)に対して好意を持っている事は保証され、そのような都合のいい存在が年齢と共に誰もが羨む美人となり性的興奮を掻き立てる身体を備えながら自分(兄)に惜しげもなく身体を開くのだから、妹とは天使であり女神である。但し本作のヒロイン主人公兄の関係は「義理」であり、いくら家族と言っても血が繋がっていないのだからやはり主人公ヒロインの関係性(なぜヒロイン主人公に身体を許す事になるのか)から話を始めなければならず、性交渉へと至る事ができたとしても血が繋がっていないので主人公(=読者)は不安を感じる(いつか別れてしまうのではないか)事になる。しか義理の妹ヒロイン達が「義理の兄(=主人公=読者)しか見ていない」事は明らかで、義兄の事を好きで好きでたまらないので全力でぶつかりつつもキュートさを失わないその愛くるしさは遊んでほしそうに寄ってくる子犬子猫のようであった。また血は繋がっていないのでそれほど強力なものではないが、家族である事の安心感も付与され、主人公(=読者)は大胆に欲望を放出する事ができよう。そして細く整った作画で描かれる義妹ヒロイン達は一見すると清楚な雰囲気を持ちながらもその台詞から仕草まで全ては「お兄ちゃん(=主人公=読者)が好きで、お兄ちゃんに抱かれたい」を表現しており、義理とは言え妹であるため躊躇している主人公を何とか誘惑しようと健気に拙い努力をする妹の姿がまた愛くるしい。読者は「自分ヒロインにこれだけ愛されているのだ」という満足感を噛みしめつつ義理の妹であるというタブーを感じつつ性欲を解消する事ができ、遂に愛しい妹を手に入れた事に喜び、一生守り通す事すら決意して物語は終わるのである

 …というような事を2014年・2015年に書き、今年も基本的にその通りであるが(何せ「義妹オンリー」というコンセプトは全く変わっていないので)、やはり3冊も続くとマンネリ回避するためか趣向を変えたくなるのか本作ではただ「主人公(兄)とヒロイン(義妹)の甘い時間」を見せるのではなくいくらかの刺激を与え、それに成功している短編もあれば失敗している短編もあったが、「同棲していた彼女と別れた途端に義妹がやってきた」「義妹と人目を忍んで学校で性交渉を繰り広げる」「催眠術ツンデレの妹の本心を見せつけられる」等、多彩なシチュエーションを用いてあくまで義妹ラブコメに挑もうとする姿勢には脱帽である。2017年も作者を応援する事にしよう。

    

第4位:母ふたり/板場広しクロエ出版:真激COMICS]

母ふたり (真激COMICS)

母ふたり (真激COMICS)

 何度も言うようにラブコメと近親相姦は相性がいい。「地味で平凡でどこにでもいる男(=主人公)」に「美人でかわいくてスタイル抜群な女」をぶつけるのがラブコメの基本であり、しかし「美人でかわいくてスタイル抜群な女」が「地味で平凡でどこにでもいる男(=主人公)」を好きになるには理由が必要で、もちろんその理由はごく簡単なものであればあるほどいいが(「一目惚れ」「幼い頃に結婚の約束をした」等)、あまりご都合主義的だとシラけてしまう、もっと納得がいく絶対的な理由、誰も否定できないような理由が欲しい…という時に使われるのが「近親」であり、その最も代表的で使いやすいのは何度も言ってきたように「兄と妹」であるが、「兄妹」には健康的なイメージがある分、いわゆるエロ漫画的興奮には物足りないものがある。そこで次に使われるのが「母と息子」であって、これは調理の仕方によって大いに興奮するものに仕上げる事ができよう。何せ母性本能は「妹の兄に対する想い」などとは比べようがないほど巨大で絶対的ものであり、それが性的な欲望と合体し、且つ二次元であるから20代30代と変わらぬ(場合によっては10代にも見える)母によって発せられるのであるから、そのインパクトと快楽は並みではない。巨大で絶対的な母の性的奉仕によって成年ラブコメが求める「救い」や「癒し」を超えた、母体回帰のような世界が展開されるのである

 とは言え本作(表題作)は少し複雑で、まず冒頭で主人公の父親と再婚相手の義母と義妹、そして主人公を含めた乱交が行われる。これには読者は「?」となり、ラブコメとしては致命的なマイナスであるが、すぐに次の展開(主人公の父親は交通事故で死亡)となり、実母が主人公を引き取ろうとするが義母は「今は私が主人公さんの母親です」となり、やがて二人の母親主人公(=息子)をめぐって股を開く事になる…という回りくどいものであるが、この二人の母親による主人公(=息子)への性的アピールがとにかく強烈で、作者(過去に何度もこの日本ラブコメ大賞に登場。2015一般部門・8位「歳の差20/40」、2010一般部門・14位「シカクのセンセ!」、2008一般部門17位「7COLORS」)が描く年季の入った「スレンダー且つ巨乳」の艶のある母ヒロイン達は「ママのマ○コでいっぱい気持ち良くなって精子出して」「主人公精子でこんなにいっぱい…お母さん飲んであげるから」と母の愛と女の愛を求めるのであった。これによって主人公(=読者)は「母の無限の愛に包まれる」事を覚えつつも「年上の極上の女を手に入れた」という勝者と支配者の感覚を手にする事ができよう(更には義妹も手に入れるのだが、母二人を前にしては付け足し程度でしかない)。

 成年ラブコメの特色とは「ヒロイン側が積極的主人公に身体を開く」事にあり、それによって主人公が躊躇なく欲望をヒロイン放出し、勝者の喜び・支配者の優越感・無限快楽を味わう事にある。その点、本作は母二人がヒロインであるから主人公へ「積極的に身体を開く」に決まっており、息子である主人公の欲望を受け入れ続けるのも自明である。これほど完成されたラブコメはないが、前述のように冒頭部分が「?」であり、エロ漫画宿命短編であるからやや完成度が落ちる短編も収録されているので4位となりました。しかしこの母二人はいいものだ。

   

第3位:マイルドミント佐藤茶菓子エンジェル出版エンジェルコミックス

マイルドミント (エンジェルコミックス)

マイルドミント (エンジェルコミックス)

 いわゆる青年コミックサイズであるが表紙にでかく「18歳未満禁止」のマークが記載されているので成年部門で取り上げる事にする。と言っても双葉社系のエンジェル出版であるからこれまで通り「エロではないが、非エロでもない」双葉社レーベルの文脈で評価するが、しかし3位に躍り出るとは予想外だった。「エロではないが、非エロでもない」双葉社レーベルコンビニ雑誌に載せる短編であるから話を早く進めるために(さっさと性交渉シーンに進めるために)ヒロイン側が積極的になるのはよくある事で、しかしその積極さはともすれば「(このヒロインは)男なら誰でもいい」というような淫乱さに繋がる危険性があるが、本作のヒロイン達にそのような淫乱さは微塵も感じられない。ひたすら美人でかわいく胸もでかく、一方で地味で平凡…というより本当にどこにでもいるようなサラリーマン大学生という没個性的主人公ヒロイン積極的に親密となるきっかけを作り、身体を寄せ、その身体を惜しげもなく開き、めでたく恋人同士となるのであった。

 またヒロイン側の積極さに応える主人公側の反応も絶妙で、もちろんラブコメの主人公であるから歯の浮いたような事は言わず力で押し切ろうともしないが、「地味で平凡でどこにでもいるサラリーマン大学生」の枠内でヒロインの想いに応え(「出来ることなら俺のものにしたい」「ヒロイン性癖に俺も巻きこまれちゃったかな」)、それによってヒロインが無邪気に喜ぶ事で(「私の片想いじゃなかったんだ」「また私をめちゃくちゃにしていいですから…」)読者に「都合のいい展開」感を露骨に感じさせず(「露骨に感じない」だけで、何となくは感じる)、読者はいとも簡単に女を手に入れた事に喜びと余裕を感じる事ができよう。またエロ漫画では珍しく生活感がある(「俺は普段九州仕事をしていて」、ドライブデート、小さいデザイン事務所)のも一層「女を手に入れた」事の手応えを感じさせよう。

 ラブコメとは「ヒロイン側が積極的に立ち回る」事がスタートであるが、そのスタートが成功すれば後は主人公が主導権を握ってもいいのである。要はバランスであって、常にヒロイン積極的に立ち回ればそれは女性主導となって(騎上位ならいいだろうという問題ではない)「ラブコメとは男が女の優位に立つ思想」という根本が成立しないのであり、主人公が主導権を握り、しかしラブコメの主人公としての節度を守った上でヒロインを手に入れる丁寧さも高評価であった。そしてそのような短編ばかりなのだから、「いい短編集は長編数冊分の読み応えがある」を証明したような作品で、作画力やストーリー展開のそれぞれの点数が飛び抜けているわけではなくても総合的に評価すれば3位になれるのである。世の中にはそういう事もあるのだ、だからラブコメはやめられない。

   

第2位:まるだしすたー/なかに[文苑堂:BAVEL COMICS]

 さてこちらもヒロインはオール妹である実妹なのか義妹なのかはわからないがそれは大した問題ではない。兄(主人公)と妹は相思相愛であり、お互いがお互いを欲している。しかし踏み出せずにいるため、業を煮やした妹は裸をさらす(丸出しになる)。目を大きく見開いてその状況に固まる兄。だが妹は既に裸をさらしている。言わば捨て身になって兄へとぶつかってきているので、兄は何らかの返答をしなければならない。とは言え兄は「ただの普通で平凡な男」なので、押し倒すような事はできない。しかし妹は裸をさらすにとどまらず、目の前で乳首を膨らませ性器を広げようとしている。間違いなく兄から襲いかかってくるのを待っている。兄は大いに勃起しており、異常な状況に我慢できず遂に妹へ襲いかかる。念願叶って兄と性交渉を行う妹の喜びと驚き…。

 上記の一連の流れがほとんどセリフなしの状態で展開され、あえぎ声と、主人公ヒロインの共に驚愕の表情の中で行われる性交渉はしかし奇異なものには映らない。なぜなら兄(=主人公=読者)と妹(=ヒロイン)は相思相愛からで、セリフがないまま進行する性交渉がそれを証明している。兄(=主人公=読者)と妹(=ヒロイン)は二人だけの世界を構築したのであり、その性交渉は美しい愛の記録とさえなりうる。そしてその愛の記録は妹が「丸出しになる」事に端を発しているのであり、一歩間違えればただの露出狂しかないその危険行為がラブコメとして成功しているのは作品世界を「兄と妹」に限定し、舞台すらも「その兄と妹が住んでいる家」にほぼ限定しているからである。だから妹は露出狂にならない。

 登場人物も舞台も限定する事によって世界は二人によって成り立ち、セリフなしに進行する事でその世界は厳かになる。更に愛が成就した後の二人の日常会話は今までの緊張を一気にほぐし、心地よい疲れと解放感を醸し出し、主人公(=兄=読者)は幸せを噛みしめる。本作は異色のように思えるが、成年版ラブコメの原則である「男女の愛の対話としての性交渉」をこの「日本ラブコメ大賞2016」の作品中で最も愚直に目指し、またそれに成功している優れた作品である。こういう作品に出会った時が「生きていて良かった」と思える時なのである

   

第1位:あまいろおねえさん/いちこエンジェル出版エンジェルコミックス

 何度も言うように女の作者が描く男(=主人公)には男の生理感覚と言うべき、ぬるぬるとした、べとべととした、女を目の前にして皮膚の下に感じるあの動物感覚が感じられず、「読者の性欲処理」というラブコメ成年版に求められる重要な役割を果たす事ができないため評価が厳しめとなる事が多々ある。しかし一方で作者が女である事のメリットもあって、男の作者が「積極的ヒロイン」を描こうとするとどうしても「エロ」「淫乱」が本能的に醸し出され、その雰囲気に影響されてヒロインがただ快楽を貪るだけに陥ってしま危険性があるが、作者が女の場合はそこまでの本能はないから積極的ヒロイン」を描いても男が描くよりマイルドになり、危険性がなくなる代わりに愛らしさや可愛らしさを醸し出し、少々アホっぽい言動をしても許してしまえるのである。そのため主人公(=読者)は安心してヒロインに接する事ができ、たとえヒロインから積極的性交渉をせまってきても冷静に対処する事ができよう。

 というわけで本作であるが、「女を前にして感じる動物感覚」は主人公から感じられないが、しかしそんな事は問題ないほどヒロインが魅力的に描かれている。と言っても作者が描くヒロインが飛び抜けて綺麗でかわいいというわけではない。少々癖のある丸っこい絵はお世辞にも見目麗しいとは言えないが、その「癖のある丸っこい絵」で描かれたヒロインが、やや世間ずれしていたり(「もっとこー、がっと来ていいんですってば」)、不器用だったり、方言彼女だったり、「困ったけどかわいい奥さん」だったり(「あっ!行ってらっしゃいのちゅーする」)、危なっかしい上司だったりする(「こーんなに胸もないぞっ」)事で小動物のような愛らしさを生みだし、その小動物主人公(=読者)に対して積極的に好意を表明、というより純粋に無邪気に主人公(=読者)が好きだから甘えるようにして身体を預けるのだから主人公(=読者)は完全に優位に立つことができ、激しい性交渉を通じて更にその優位さを実感する事で男としての強さをも感じる事ができ、読み終わった後には自信が湧いてこよう。そこまで男を奮い立たせるのはこれらヒロイン主人公(=読者)がいなければ生きていけないほど依存している事が読者にわかからで、そのようなヒロインを手に入れた時、男は変わるのである(「童貞は女で変わる」)。

 もちろんそんな女は今や2次元の世界しか存在しないのであり、だからこそ俺は2次元、そしてラブコメを追い続けるのである。ラブコメ万歳。2016年が終わり2017年が始まる。

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