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taronの日記

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2012-05-03

[]ダン・コッペル『バナナの世界史:歴史を変えた果物の数奇な運命』

 ここしばらくのバナナ本の最後。なんかどれも読むのにえらい時間がかかったな。基本的にバナナに思い入れがないので、どうにも。

 最初の二割ほどがバナナの世界への拡散と各地のバナナ文化について。各地に多様な品種が存在し、地場の市場で消費されている状況の紹介とその多様性がキャベンディッシュに塗りつぶされつつある状況。

 残りの8割方は、19世紀半ば以降、中南米から北米へのバナナの輸出の開始とそのプランテーション生産の拡大が、中南米各国に与えた影響。アメリカの帝国主義支配とそれに伴う不安定な政治状況と人権の侵害。はっきり言って、ユナイテッド・フルーツって、完全な悪役だよなあ。しかも、それがバナナのためという。北米大陸での先住民へのやり口もそうだが、南米大陸でアメリカ合衆国が働いた悪逆非道は筆舌にしがたいというか。

 さらには病気との闘いとグロス・ミッチェルからキャベンディッシュへの品種の交代劇。バナナの育種とバイオテクノロジーの応用について。基本的に不稔のバナナなら、遺伝子汚染の危険は少ないし、神経質になる必要はないのかね。どうにも、食いものとして受け入れる気になれないのだが。

 結局、パナマ病に対抗するために普及したキャベンディッシュ種も、別の病原菌によるパナマ病に侵され、さらに他の各種の病原体にさらされている。このままでは、バナナ産業が壊滅してしまうのではないかと懸念している。栄養体で繁殖して、基本的に同一の遺伝子で多様性の少ないバナナは一度病気が広がると制圧しにくいし、一気に蔓延する。それに薬品で対抗する場合は、労働者や環境への悪影響、さらには病原体の側での耐性の問題が起こる。病気に対抗できる新しい品種の投入が必要だと著者は考えているが、育種が行いにくいバナナの場合、遺伝子組み換え技術による育種がぜひとも必要だと考えている。

 そもそもでいえば、世界の各地で単一の品種が栽培され、それだけが国際市場にのっている状態というのが異様としか言いようがないんだよな。他の果物なら、なんだかんだ言って、様々な品種が楽しめるのに。あと、最終的に守る必要があるのは先進国向けのデザート・バナナではなく、アフリカなどの主食用バナナであるという、著者の主張は肯定できる。これで紹介されている文献の書誌データがきちっとしていればいうことなかったのだが。


 以下、メモ:

 だが腰を据え、じっくりと時間をかければ、その痕跡を見つけることは可能である。ごく微細で、かすかな“影”とも呼ぶべきものが数千年ものあいだ残るからだ。“植物化石(フィトリス)”という言葉は、文字どおり「植物の石」という意味だ。p.39

 訳者は考古学や植物学には詳しくないようだ。これって、普通はプラント・オパールって呼ばれるものだろう。「植物化石」ってのは、もっと広い範囲の言葉なのだが。植物の遺体の痕跡がなんらかの形で残っていれば、たいがい「植物化石」となる。これではかえって分かりにくい。


 ほかの農産物に比べて栽培しやすいという側面はあるものの、プランテーションの運営は順風満帆とはほど遠く、この記事は、そこで働く人々の苦労を完全に無視して書かれている。何千という現地の労働者たちは、機会さえ与えられれば、それがいかに過酷な労働であるか喜んで証言しただろう。

 だが彼らにそんな機会は与えられなかった“バナナ王”たちも多少は懐が深いところを見せ、労働者のために病院や学校を建ててはいたが、喧伝されたように、果物会社が生産国に大きな利益をもたらしている、というのは明らかに事実ではなかった。アメリカの大衆は、1912年に行われた米軍によるホンジュラス侵攻についてはほとんど知らない。この結果、ユナイテッド・フルーツ社はホンジュラスに鉄道を敷設し、国内でバナナを栽培するという圧倒的な権限を与えられた。また、1918年の一年だけをとっても、パナマ、コロンビア、グラテマラの三カ国で起きたバナナ労働者によるストライキを米軍が鎮圧していた事実も、知られていない。米国の直接介入が一件あれば、その裏には、親米政府の意向をくんだ現地軍隊や警察による、(米国よりはいくらか暴力的ではない)鎮圧が二、三件あったはずだ。この事実に注目したのがハンガリーのヴェイ・デ・ヴァヤ伯爵である。19世紀後半から20世紀前半にかけてローマ法王の代理として世界各地を訪問した伯爵は、ラテンアメリカから帰国した際、バナナは「征服の道具」だと伝えている。p.96-7

 植民地主義の先兵というか、ヨーロッパ諸国では砂糖や茶、コーヒーだったのが、アメリカにとってはバナナだったと。


 現実を知らないアメリカの一般市民にとって、バナナ会社の経営陣は賢く利他的であるのみならず、進出したすべての地域を活性化する英雄的な存在だった。1924年の〈ニューヨーク・タイムズ〉は、ユナイテッド・フルーツ社の支配は人類のもっとも見事な偉業として記憶される、と示唆している。p.102

 このあたりの言説って、今も昔も変わらないよなあ。自由貿易が云々みたいなの。


 しかし、病気との闘いに勝っても(どんな犠牲があったにせよ、シガトカ病の制圧はバナナ会社の勝利だった)負けても、バナナ業界の姿勢はまったく変わらないようだった。マイナー・キースがパナマのジャングルを征服したときから、第一次世界大戦直前のホンジュラスの政府転覆を経て、1929年にコロンビアの労働運動に過酷な洗礼を受けさせたときまで、巨大企業ユナイテッド・フルーツ社は、無遠慮かつ残忍に力を誇示するという方法しか知らなかった。そしてまもなく、またもあの粗暴な億万長者――バナナ産業の戦国時代にもずっとその中心にいつづけたサム・ザムライ――が登場し、バナナ産業はいつもの、“無遠慮かつ残忍に”という信条を、もっとも複雑かつ手荒く、徹底的に不毛な方法で適用することになった。p.150

 かなりきつい言葉だね。当然と言えば当然の言い方なんだけど。

 ユナイテッド・フルーツ社がラテンアメリカの国土に与えたダメージは想像を絶するもので、キャベンディッシュに生産が切り替わってからも、回復にはほど遠い状況だった。ユナイテッド・フルーツがグアテマラとホンジュラスに据えた独裁政権はそれぞれの国を何十年にもわたって支配し、虐待や暗殺、はては集団虐殺までもが幾度となく繰り返された。

 グアテマラの農村部では、バナナ会社が作った政権を後ろ盾とする暗殺者集団が現れた。彼らは左翼と疑わしき人間は誰でも見境なく殺した。言い換えれば、バナナ・プランテーションで働く労働者やその家族なら誰もが殺戮の被害者になりうる、ということだ。それは、この国のバナナ・プランテーションに“正義”をもたらそうとしたハコボ・アンベルス元大統領とその努力を打ち砕いたユナイテッド・フルーツ社の思惑を、論理的に拡張させた末の行為である。十万人を超えるマヤ族の人々がグアテマラ軍によって殺害され、何万という市民が国外に脱出した(現在、そのほとんどが米国に住んでいる)。p.206

 なんつうか、バナナって血にまみれた果物だな…

 アメリカのいう「自由」とか「民主主義」を信用できないのは、中南米で繰り返した極悪非道行為の数々を見ないふりしているからなんだよな。ホンジュラスのクーデター政権が事実上承認され、アメリカの保守派ではあれを支持する言説が流れていたあたり、現在も変わっていないというか。→ホンジュラス・クーデター一周年


 ウイルスに抵抗できるようバナナに予防接種を行うにせよ、アブラムシの出現を早い段階で食い止めるにせよ、これといった有効な治療法がないまま、ラガーリーは複数の処置を講じることより病気を封じこめようとした。彼が作成したのは十一段階からなる計画で、もし実行されれば、少なくともバンチートップ病の拡散を食い止めることができるはずだった。最初の植えつけ用の苗は完全に健康なものであること。殺虫剤と農薬の混合物をプランテーションの作物に散布すること。アブラムシはバナナの木の下に生える雑草を住みかとしているため、手作業による草取りを定期的に実施すること。作付したエリアでは、農地の地面をマットのように覆う落ち葉や枯れ枝などの残骸を常に取り除くこと。苗と苗の距離を充分にとり、余裕をもって栽培すること。また、各農場には、天然の防護壁となる高木を周囲に植えることなどが求められた。p.266-7

 結構厳しそうだな。雑草の除去なんかは、相当手間がかかりそうだし。実行できなかったのも不思議ではないというか。コストアップは確実だろう。


 シガトカ病に対処はできるが、“治療法”の開発は、必ずしも未来へ向けた朗報ではない。バナナ生産者の倉庫にある殺虫剤も殺菌剤も、病気に対する効果の度合いはさまざまである(このなかには、1960年代に使用禁止となったボルドー液は含まれていない)。また、費用がかかることに加え、油性でべっとりした薬剤をまきちらすことは、作物にもダメージをおよぼし、川に汚物が流される。バナナ梱包施設で働く女性を対象に、コスタリカ国立大学が1999年に実施した調査では、白血病と分娩異常の割合が、国内平均の二倍にのぼることがわかった。コスタリカの男性バナナ労働者の20パーセントは無精子症になったと、2002年4月号の〈エコロジスト〉誌でジェレミー・スミスが書いている(2005年、コスタリカで操業する最大手のチキータは、企業の社会的責任の実現を求める組織〈SIA〉が作成した包括的な国際労働規格“SA8000”に従うことを表明した。現地の労働者はこの動きを歓迎し、ストライキは落着したが、チキータ以外のほかのバナナ会社は1990年代に環境への配慮を公言するようになってからも、依然として労働者ならびに環境保全という点では、成果も評価もまちまちである。この五年で、チキータ社はサプライチェーンのあらゆる面において、企業コンプライアンスが最高レベルのバナナ会社となった。しかし、他のバナナ会社は数カ国で良好な事業を展開する一方で、別の国では「自分たちは契約農家から生産物を購入するだけの単なる中間業者なので。さほど強制力のない現地の法規に従うほどの責任はない」と堂々と公言している)。p.270-1

 その実現を阻む最大の障害は、やはりバナナの病気だ。シガトカ病に勝つためにより多くの農薬を使えば、より多くの労働者が苦しむ。この数年間でも、コスタリカニカラグア、グアテマラ、ホンジュラス、パナマの労働者の権利を保護するため、ドール社を相手どった訴訟が五件発生している。訴訟の内容は、ドール社がまだスタンダード・フルーツ社と呼ばれていた1970年代から、労働者が無精子症になる可能性を知っていながら、DBCPと呼ばれる農薬(ほとんどがブラック・シガトカ病対策)を使用していた、というものだ。ちなみに、この薬品の米国内での使用は禁止されている。2007年8月、ドール社のCEOデイヴィッド・デロレンツォは、ロサンゼルスの法廷で、自分たちは薬剤汚染のスクリーニング・プログラムを設け、無料で医療を行って従業員の健康を守ってきた、と証言した。裁判のなかで明らかにされた同社の文書によれば、スタンダード・フルーツは確かに従業員の検査を実施していた――だがそれと同時に、陽性の反応が出たという報告書を無視していたのだ。DBCPの製造メーカーであるダウ・ケミカル社は、過去のある時点でドールに対して、この薬品は危険なため今後バナナ生産者には販売しないということを伝えた。だが、ドールはダウ・ケミカルを契約違反で訴え、この危険な農薬の散布を続けた。訴訟は継続中である。p.306

 バナナと農薬。労働者に対する農薬被害は、現在も続いているのだな。


2007年3月、チキータの悪事がはっきりと露呈した。米国司法省の発表によると、同社は政府がテロ集団として指定している団体と関係があることを認めた。1997年から2004年にかけて、〈コロンビア自衛軍連合(ACU)〉に対し、チキータが百七十万ドルを支払っていた事実を司法省が確認したのだ。p.304

 ACUって、右派というか、地主やらなんやらに支援された組織だろう。もともと関係がありそうな感じだ。従業員の安全を守るためと主張しているようだが。


 バナナに関してもっとも重要な点は、それが過去に戦争を起こしたということよりも、バナナがその戦争の終結に寄与できる、ということだ。バナナをとりまく世界は二つある――ひとつは私たちのような先進国の消費者が嗜好品としてのバナナをほしいと思う世界、もうひとつは生きるために人がバナナを必要とする世界だ。これらが、いろいろな意味でひとつになりはじめている。しかし、商業用プランテーションの拡大と同時並行で発生するバナナの病気のことを考えると、私たちがどれだけデザート・バナナを好んでいようと、二つめの世界のほうがはるかに重要であり、先進国の人々の選択がこの二つの世界におよぼす影響を忘れずにいることが大切である。p.309

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