山根一眞『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち:標高5000mで動き出した史上最高の“眼”』

 お試しで、原始惑星円盤を観測した、電波望遠鏡アルマの建設までを描いた本。「これが見えたとは!」と天文学者が泣いた日:日経ビジネスオンラインの記事を覚えていて、気になったので。
 読むのに時間がかかったので、なんかいろいろと記憶が抜けている。とりあえず、戦後すぐから、電波による宇宙観測が行われていたという、日本の電波望遠鏡の歴史。野辺山の当時の先端的な装備とその限界。次期の干渉計によるシステムが日米主導の国際プロジェクトとして開始されるも、日本政府の予算処置が2年遅れて、重要な部分から外されてしまった顛末。
 そして、過酷な環境でサブミリ波の電波を観測するための機器開発にまつわる話。高精度のパラポラの制作と微細加工が必要な受信装置の開発から、日本の各地に広がるサプライチェーンが見えてくるのが興味深い。薄いアルミ板を高精度に削りだす困難や日射の熱で歪まないようにする工夫。あるいは、受信装置の微細加工など。中国地方や長野県、福島県などの、関わった企業に話を聞きにいっている。困難な課題に挑戦しただけに、思い入れも大きいのだろうなあと感じさせるインタビューだった。
 こういうプロジェクトに資金を出していくことの重要性。一品物としても、高度な技術開発の端緒になりうると。ただ、2年間予算処置が遅れた事情やそこでどんな折衝が行われたかに踏み込めなかったのは、この著者の限界のような気がするな。すばる望遠鏡に関わる、小平桂一『宇宙の果てまで』と比べると、劣る感が。結局、欧米も同等の機器を作り上げているわけだから、日本スゲーでは、ちょっと微妙な感じがする。


 ラストは、テストで撮られた、溝が明瞭な原始惑星系円盤の話。こうやって説明されると、すごさが分かる。惑星形成の標準理論「京都モデル」に沿っているように見えて、実は新しい謎を提起している。京都モデルでは、惑星の形成はかなり時間をかけて行われると想定しているが、1000万年程度で消えてしまうはずの円盤に明瞭な溝を刻むほど、早手回しで惑星が形成されていると。
 また、一酸化炭素分子以外の物質の発する電磁はを分析することで、星系ごとの化学的特性のバラエティを明らかにできる。「降着のショック」による温度上昇や煤のような物質が多い天体と有機分子が多い天体の存在とか。想像以上にバラエティがあって、地球は希少なのかもしれないと。
 惑星形成の理解に画期的な進歩をもたらす可能性が高いと。アルマの最初の映像は2014年のもののようだが、そのあと、そのような成果が出ているのだろう。


 以下、メモ:

 「三十数年前の話ですが、国立天文台から『ミリ波の電波望遠鏡を作るためにミリ波受信機の技術がほしい』と、うちに依頼があったんです。一方、当時の電電公社は電波による電話回線網をやめて光回線への移行を進めていた時代でした。そこで、うちが、電電公社国立天文台に紹介し、その技術ノウハウが国立天文台トランスファー(移行)されたわけです。今なら技術漏洩だとかいうでしょうが、おおらかな時代でしたよ。今の天文台の方は知らないでしょうが、国立天文台のミリ波望遠鏡作りはそこから立ち上がっているんです」p.195-6

 へえ。電話の技術が基本なのか。

 観測したおうし座の「HL星」は、誕生してわずか100万年という若い星だ。一方、「京都モデル」では、惑星はさらに長い時間をかけて誕生したと想定している。つまり、「時間の物差し」が合わない。円盤内に誕生した微惑星が衝突しながら大きな惑星に成長していくという「京都モデル」では説明できないほど、早い時間で惑星ができている可能性が出てきたのだ。
 長谷川さんは、「自分の感想にすぎないが」と断った上で、「惑星は想定していたよりダイナミックなプロセスでつくられているのかもしれない」と口にしたが、それも今後のアルマが解明してくれるに違いない。p.255-6

 高解像度で直接観測できることの威力。