15分の物語

 部屋の一面がガラスで出来ていて、そこからは海が見える。
 私は原稿用紙に最初の一文を書き始めた。詳しい話の流れは、すでに出来上がっていた。あとは書くだけだ。
 食器がこすれるかすかな音がした。次いで足音が近づいてくる。キッチンから同居人である彼女がコーヒーを入れて持ってきたのだ。
「……」
 彼女は無言で、私の向かう原稿用紙の横にコーヒーカップを置いた。しかし彼女の分はない。彼女はコーヒーが飲めないのだ。
 一枚目の半分も原稿用紙を埋めることなく、私はそこから目をそらして、彼女を見た。彼女は私に見られていることを気にすることもなく、ゆっくりとガラス窓の方へ近づいた。
「私がここに来てから、何回、波が満ち引きしたか分かりますか」
「あなたには分かるの?」
「さぁ……。でも計算すれば、一日の平均から、何年分かの満ち引きも分かるかもしれません」
 正直なところ、私は彼女が何年前に来たのかさえ覚えていなかった。
「続き、書かないんですか?」
「今日はこれで充分」
 半分も埋まっていない原稿用紙に書かれた小さな物語を私は読み返してみた。悪くない。上出来だ。長く書けばいいというものでもない。
「あなたも書いているんでしょう?」
 しばらく彼女の書いたものを読んでいない。来た当初は一晩もかからず書き上げたのに、それから何年も彼女は私に書いたものを見せていない。
 いや、当初でさえ、私が勝手に彼女の書いたものを発見しただけで、彼女が私や他人に自分の書いたものを見せたいのかどうか……。
「あと三日で完成します」
 意外な返答をされて私は驚く。
「本当に?」
「今度は少し長いのです。とは言ってもそれほど文章は多くありません。読むのに時間はかからないでしょう」
 それでは彼女の思う「長さ」とは、何なのだろうか。


 コーヒーを一口飲むとお腹がすいていることが分かった。
「お腹すいた」
「……」
 彼女はにっこり私に笑いかけると、おそらく私の好きなサンドイッチを作りに、台所へとまた消えた。



あと書かれ

15分で書いた。やまなしおちなしいみなし。

昔書いた小説から連想して書いた。「彼女」はロボット。「私」は海辺の白い家で小説を書く人。