アニメ師・杉井ギサブロー('12/監督:石岡正人)

駆け足で過ぎる日進月歩かつ水物に近い業界であるアニメーション現場。そこを生き字引のごとく飄々と渡り歩いてきた御年71歳の杉井ギザブロー監督を主人公としたドキュメンタリー映画。カット割のテンポがよく退屈さはまったくない。スタイリッシュとさえいえる全体印象は、取材した人々の佇まいにも影響してか(あるいは効果の派生は逆か)アニメに関わる仕事とは紛れも無く芸術なんだなと、これまでになく強く意識させられた。東映動画が長編アニメーションとして国内初めて制作した「白蛇伝」、手塚治虫が『(正妻と対しての)愛人』として情熱を傾けたアニメスタジオ虫プロが手がけたこれも国内初のテレビ連続アニメーション「鉄腕アトム」双方に現場メンバーとして参加していた杉井氏。彼のフィルモグラフィーとして作品本編が断片的かつ頻繁にカットインされるが、それらもまたこれまでとは違い、同時代的な目で眺められたのがアニメファンの自分にはもっとも鮮烈な体験となった。それにしても冬の穏やかな雨のなか、傘をさしマフラーを巻いた杉井氏のフォトジェニックさ、信頼に足る人物性を匂わす柔らかな声質での穏やかな語りぶり。この映画がどうして企画されたかの軸が、そこにあるように感じた。

失脚/巫女の死

失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選 (光文社古典新訳文庫)

失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選 (光文社古典新訳文庫)

スイスの作家、デュレンマットは主に20世紀中葉に活躍した劇作家にして小説家で、長らく日本においては正当に評価されてこなかった経緯があるらしい。今回収録された四篇は選りすぐりといって遜色ない作品ばかりで、読み終えたあとの満足感は相当なものだった。主人公への自己投影が濃密な「トンネル」の場面描写とラストセンテンスの鮮やかさ、会議での冷たくも激しい政争がなぜかときに爆笑すら誘う密室劇の「失脚」、現代批評の視点の鋭さが意外でありながらも蓋然性を極めた終局を迎える片田舎でのセールスマンの奇妙な体験「故障」、そして古代ギリシアの悲劇、オイディプスのエピソードを無名の人物を設えることでより複雑で合理性のある物語へと解き明かされる「巫女の死」。強靭な理性と柔軟な感性の作家が紹介されたこの文庫の出版は、意義が大きい。