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2016-07-08

「めぞん一刻」89話のキスとサンダル

前回に続き、『めぞん一刻』の話をする。

TVシリーズ全96話の中でも屈指の名演出だろう。第89話「結ばれぬ愛! 五代と響子今日でお別れ?」の響子と五代のキスシーンについて書いておきたい。

物語は終盤。三鷹との三角関係に決着がついたと思いきや、五代は久しぶりに会ったこずえにキスをされてしまう。その現場を偶然、響子が目撃してしまい、五代と響子の仲が一層こじれる(いつもこじれているのだけど)。必死に釈明しようとする五代、なかなか聞き入れない響子、という場面。

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途中までの流れは原作通りだ。こずえと同じ手を使って響子に迫るものの、響子は目を瞑らず失敗(「なぜ」と問う響子の可愛さ!)。仕返しとばかりに響子がキスするそぶりをし、五代が目を瞑ってその気になったところで頬をつねる。そして背中合わせになり、ふたたび「目をつぶって」と言う響子。原作は目を瞑った五代が「なんなんだいったい」と不審に思い、次のページをめくると大コマのキスシーンが飛び込んでくる仕掛け。漫画ならでは文法で五代と読者、両方を手玉にとる高橋留美子流の「だまし」だった。アニメも近いことをやろうと思えばできただろう。しかしそうしなかった。

アニメの流れはこうだ。目を瞑った五代の背中を横目にサンダルを脱ぐ響子。脱いだ足で五代の正面に回り、じっと五代の顔をみつめた後、少し背伸びして口づけする。響子のイタズラ心がより強調された格好になり、「原作読者」への不意打ちにもなっている。作品の心臓部と呼べるこのシーンでこんな変更をしてくるとは、ふつう思わない。天晴れだ。

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個人的な解釈を言えば、前回書いた66話の「サンダル芝居」と「傘を畳む八神」がここに掛かっているのではないかと思った。もちろん足音を小さくするため、サンダルを脱いだというイタズラな理由もあるはず。けれど、それ以上に響子の本心を露にする意図が強く感じられる。雨の中、濡れることもお構いなしに傘を畳んだ八神の“アドバイス”を生かした、と考えればどうだろう。演出の情調も似ている。66話と同じくオリジナルの「改変」だからかもしれないが、作り手の思い入れがヒシヒシと伝わってくる。サンダルを脱ぐ響子の愛嬌、正面に回るまでのカット構成、まじまじと五代の顔を見る響子の表情、石段を上がり背伸びをする足の加減……『めぞん一刻』への愛情が演出に及んでいる、そう思わせる情調がある。

響子の去り方もいい。「本当、すぐだまされちゃうのね」と言って玄関へ走っていき、きちんと玄関に脱いだサンダルを置く。突然の行為に微動だにしない五代と比べ、慌ててサンダルを部屋に持っていってしまうこともなく冷静だった。すなわち、一時の気の迷いじゃないことを去り際まで配慮した形……に見えるが、これはまあ、深読みの部類かもしれない。

いずれにしても、TVアニメめぞん一刻』を代表する演出/改変にちがいない。変更に関するスタッフのインタビューや言葉が残っているなら読みたいのだけど、手持ちの資料にはなかった。心当たりのある方は御一報下さると嬉しい。吉永尚之CDの裁量はいかほどだったのか、ぜひ知りたい。


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2016-07-05

「めぞん一刻」66話の表現メモ

ここ最近、TVアニメめぞん一刻』を再観している。調べ物ついでだったはずが、ついつい原作も読み直してしまった。

そこで気になるアニメの話数があったのでメモしておく。吉永尚之CD(チーフディレクター)時代の第66話「八神の挑戦! 未亡人なんかに負けないわ」だ。この回は八神の「弱虫!」という台詞が印象的な、作中ほとんど唯一といっていい響子が本心(惣一郎と五代、二人の男性を好きになる葛藤)を吐露する重要なエピソード。原作だと八神はここで身を引くことになるが、アニメの場合、『めぞん一刻 完結編』まで八神との決着を持ち越すため(時系列の変更もあり、八神の登場回数は格段に増えている)、まだまだ絡み合った恋愛模様が続いていく。とはいえ、さすがに山場の話数。ドキッとさせるカットが続出する。

何でもないシーンがいい。たとえば、前半のサンダルをブラブラさせる響子。

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あけすけに五代への想いをあらわにする八神にあてられ、どこか宙に浮いてしまった気持ち。揺れ動く無意識な心情をサンダルに代弁させているわけだ。さらにそれは、この先待ち構えるドラマを予感させる。このまま何も起きないはずがない、という微かな予感。そこにグッとくる。

見せ場は八神が担任から響子の事情を聞かされるBパートの後半。ポイントは雨。原作を開くと、このエピソードは冬の話であり、雪が降っている。ところがアニメは夏へと時系列が変わっており、後半はずっと雨の場面になっているのだ。

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「傘」と「水」を心情にかさねた演出が見事。傘からしたたる雨、電車のドアについた水滴の動き、心情の掬い方に情緒がある。途中からBGMを使わない(最後の最後まで溜める)こともあって、まるで前CD・安濃高志演出をみている気分だ。

クライマックスは響子と対峙した八神が原作通り、「弱虫!」と言い放って駆け抜けていくラストシーン。ここもすごい。雨の降りしきる中、八神は傘を畳み、濡れながら走り出すのだ。私のように本心を晒してみなさいよ、と言わんばかり。八神流の叱咤激励というシーンの意図は変わらないが、一連の「雨」を効果的に使った演出プランによってアニメならでは名場面に生まれ変わっている。

作画にも力がある。八神の足元から撮ったショットを切り返して、この表情! これぞ八神というベストカット。すばらしい。

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なお、主要スタッフは以下の通り。

脚本/高屋敷英夫 絵コンテ・演出/鈴木 行 作画監督中島敦子

原画/千葉順三、古橋一浩、なかじまあつこ 


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2016-06-28

小さな魔女と縁側の時間――アニメ「ふらいんぐうぃっち」

快い。縁側で足を伸ばし、新鮮な外気に触れながら、横にうずくまる猫のふんわりとした毛を撫でる。そうこうしているうちに、見慣れぬ「あっち側」の訪問者がプレゼントを携えてやってくる。となりの小さな魔女が目を輝かせ、突然の非日常を感受する。そんな様子が快い。『ふらいんぐうぃっち』はいつまでも眺めていたくなるアニメだった。

既視感はある。あずまきよひこの漫画『よつばと!』、スタジオジブリの劇場長編アニメーションとなりのトトロ』『魔女の宅急便』『天空の城ラピュタ』ら、「流通量の多い既視感」がいくつかの要素を埋めているのはたしかだろう。しかしそれは本作の彩りのひとつにすぎない。魔女見習いの千夏が空想だと思っていた事象や人に会い、半歩だけ非日常に歩み寄る。深入りはしない。すぐ家に戻り、母親に今日体験した不思議な出来事を話すのだ。その体験談がじつは、視聴者にも馴染み深い意匠であるという関係になっている。

そうした一方で、新米魔女の真琴は魔法をあまり使わず、東北の日常に染まっていく。野菜を育て、漬け物をつくり、果樹園の手伝いをする。普段目にする一般的な風景だ。つまり視聴者からすると、「未知の光景」はほとんどないと言っていい。とはいえ、当人たちには未知への挑戦。料理をしてこなかった那央が、圭にフォローされながら料理の仕方を覚えていくように、ひとつずつ知っていく。ときには失敗もするけれど、その描き方は心憎いまでにプロフェッショナルだ。たとえば第5話でチトの散歩を追った千夏の小さな冒険。ここで必要とされたのは、猫の軽やかな身のこなしとすばしっこい動きを説得力あるアニメーションにすること。「チトすごい!」を目に見える形で描かなければ、後に待つ「泥だらけになりながらも宝物を手に入れた千夏」の余韻が薄れてしまう。

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結果は見ての通りだ。作画・演出共に練達な猫好きの仕事であろう、と伝わってくる仕上がり。千夏と同じく、胸をすく「ちょっといいものを見た」気分にしてくれる。このように、本作は小さなこだわり、「ちょっといいもの」の連続で出来ている。生活感ある仕草、猫や虫の所作、ほんのり香るエロス、縁側の小規模な非日常……ひとつひとつの彩りはささやかだが、いつしか既視感が塗り替えられていく。爽快だ。世界を飛び回る奔放な魔女に弟子入りした小さな魔女はまだ何も魔法はつかえない。けれども、魔女の箒で浮遊する心地良さを知った。日常に存在するささやかな魔法、未知を知ってしまった。その抑えきれない好奇心を縁側の時間で穏やかに移ろわせる。玄人の仕業なのだ、この快さは。でなければ、こんなにも猫を撫でたいアニメにはならないだろう。教えてほしい。どうやってあの縁側の気持ちよさをアニメにできたのか。自分の知らない秘密が、まだまだあるはずだ。


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