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2016-08-05

「映画ハイ☆スピード!」スタッフコメンタリー小話

映画ハイ☆スピード!Free! Starting Days−』スタッフコメンタリーの話をしよう。

公式サイトのパッケージ情報のページには書かれていないが(キャストコメンタリー出演者は記載されているのに)、出演者は武本康弘監督、脚本の西岡麻衣子、キャラクターデザイン総作画監督を務めた西屋太志の3人。じつは、作画・演出・文芸の担当者が揃ってコメンタリーに出る例というのは意外と少ない。京都アニメーションの作品では初のはずだ。コメンタリーのおもしろさは出演者によるところが大きく、各セクションの担当者が揃ったからというだけでもないだろうが、とにかく美味しい話のオンパレードだった。とくに臨場感たっぷりの冒頭のシーン。ここの会話が最高だ。冒頭部は武本康弘コンテであり、あっさりと描いてあるものの、その作画的難易度を考えてゾッとしたという西岡さんの話から、次。

「これはもう多田文雄さんにお願いするしかねえ!」

「あの御方しかできない……」

「だからここの担当演出してくれたのは石立くんなんだけど、石立くんにもとりあえず任せるけど、ここだけ多田さんにお願いしないって言ったら、僕もそれがいいと思いますって」

多田文雄とは、ご存知マスター木上こと木上益治ペンネームのひとつ。原画の仕事は多田文雄名義であることが多い。それはさておき、どうだろうこの会話。控えめに言って、これが聴けただけでパッケージを購入した甲斐があった。堀口悠紀子アニメーターを休業してからというもの、コメンタリーで木上さんのことを喋る人がめっきりいなくなってしまっていた。求めていたのはこれだ。多田文雄さんにお願いするしかねえ! なのだ。武本監督、ありがとう。

もちろん、冒頭以外の聴きどころもたくさんある。テレビシリーズと比べて引き算でキャラクターを構築している話であったり、遙と真琴の和解シーンにおける脚本・コンテの直しであったり、コメンタリーにありがちな脱線もほとんどなく、キャストの演技・劇伴にいたるまで精力的に作品への言及をおこなっている。

しかも、不意打ちのようにふたたび木上益治パートがやってくるから二度美味しい。ラストの記録会だ。明かしてくれたのは西屋さん。

「ここも多田さん。原画まるっと水泳シーンやっていただいて、美しすぎますよ。あとこのへんあれですよ、ここも作画監督、門脇さんという方なんですけど、素晴らしかったです、本当に。ほとんど手入れてないです僕は」

「西屋くんはね、そう、門脇さんの絵大好きやからね」

この信頼の高さ、絶賛ぶりには改めて驚かされる。門脇未来さんは『境界の彼方』で注目を集めたアニメーションDo所属のアニメーター。「手を入れてない」は最大級の賛辞だ。作画に関しての話は度々出てくるが、原画・作監の中で名前が挙がったのは上記の二人だけ。突出した仕事をしていたのだろうと想像する。

何だか木上さんのことばかり書いている気がするが、御本人は結構シャイなのか、前に出てくるタイプの方ではないよう。だからこういう形で伝えてもらいたい。僕らはいつだって、木上さんの話を聴きたいのだ。今後とも、どうかよろしくお願い申し上げます。


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2016-07-30

「ReLIFE」5話の高橋亨演出

今、個人的に注目しているアニメは『ReLIFE』だ。原作は漫画アプリcomicoで連載されている夜宵草の漫画。ニート状態だった27歳の主人公・海崎新太が社会復帰プラグラム「リライフ」の実験により若返り、二度目の高校生活を送るという物語。

とにかく、衒いのない作品だと思う。設定の「ひねり」とは裏腹に、社会人経験があり、分別をわきまえた主人公の海崎は時折ひねくれた態度を見せるものの、根は正直者で好感の持てるキャラクター。そんな海崎がときに暴走してしまう多感な10代をなだめ、向かい合い、正面から接していく様が本作の見どころとなっている。

放送されたばかりの第5話「オーバーラップ」を推したい。海崎のクラスメイトである狩生玲奈が同じくクラスメイトで委員長を務める日代千鶴への誤解と嫉妬から、カバンを隠して困らせてやろうとする。偶然、それを海崎に見つけられ、狩生は階段を踏み外して落ちてしまう……という場面からスタートするエピソードだ。

構図感覚がいい。前回までとはうってかわったシリアスなムードが漂う中、狩生と海崎の間にある距離、断絶を構図で見せる。

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たとえば保健室のカーテンレールを画面に入れ込み、二人の「壁」に見立てた俯瞰。修辞法的によく用いられる表現ではあるが、同ポジションで反復され、海崎が狩生に手を伸ばしたとき、壁を越える。この人間関係の「壁」や「線」を越えることが、ドラマの鍵になるのだ。つづく狩生と日代の対峙の場面も同様の意味を持った構図で構成されている。ここでは校門が<境界線>。オーソドックスな「線引き」の構図であり、非常にわかりやすい。

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加えて、日代の開かれた心理も補強している点に演出の趣向がある。日代が校門に立っているのは原作通りだが、扉までは原作の背景に描かれていなかった。アニメで新たに描かれた校門の扉は、日代が狩生を憎からず思っていること(狩生側に開かれている)の示唆であるはずだ。校門という境界線に立っていても、心理的な向きは最初から開いている……そんな「誤解」のレイアウトとして考えてみてもおもしろい。

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また、校門は二人の間にある「線」を強調する役割も担っている。横位置の構図による「越境」がエピソードのクライマックス。会話の流れであっさりと線を越えてしまうこともあるのに、意識すると戻ってしまう人間関係の見えない線。その線や距離感をカット毎に整理し、正式な友情を結ぶ手順として盛り立てる。それが巧いのだ。

絵コンテ・演出高橋亨。ひとつ思い出した話がある。『アキハバラ電脳組』第20話「羽ひらくとき」(絵コンテ・演出高橋亨)だ。

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シリーズ最高傑作の呼び声が高いこのエピソードもじつは、少女の嫉妬と心の触れ合いを描いたものだった。アバンギャルドなレイアウトを効果的に使い(『少女革命ウテナ』の影響もあるかもしれない)、かつ繊細な少女の心情を拾う演出は脳裏に焼きついている。

アキハバラ電脳組』と『ReLIFE』は作品のトーンもちがえば、ジャンルもちがう。けれど、よくよく観てみると回想のカットの積み方、レイアウトでみせる映像の文法、修辞法の根っこは変わっていないと思わされる。ある種の記号的な信号機やナメを使ってドラマを盛り上げるところも同じだ。なにより物語と演出家の技巧が噛み合った話数だった。そういうものが観れるから、TVアニメは楽しい。『ReLIFE』第5話「オーバーラップ」、高橋亨演出を堪能できる回として推す。戸松遥ファンにも、推す。


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2016-07-08

「めぞん一刻」89話のキスとサンダル

前回に続き、『めぞん一刻』の話をする。

TVシリーズ全96話の中でも屈指の名演出だろう。第89話「結ばれぬ愛! 五代と響子今日でお別れ?」の響子と五代のキスシーンについて書いておきたい。

物語は終盤。三鷹との三角関係に決着がついたと思いきや、五代は久しぶりに会ったこずえにキスをされてしまう。その現場を偶然、響子が目撃してしまい、五代と響子の仲が一層こじれる(いつもこじれているのだけど)。必死に釈明しようとする五代、なかなか聞き入れない響子、という場面。

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途中までの流れは原作通りだ。こずえと同じ手を使って響子に迫るものの、響子は目を瞑らず失敗(「なぜ」と問う響子の可愛さ!)。仕返しとばかりに響子がキスするそぶりをし、五代が目を瞑ってその気になったところで頬をつねる。そして背中合わせになり、ふたたび「目をつぶって」と言う響子。原作は目を瞑った五代が「なんなんだいったい」と不審に思い、次のページをめくると大コマのキスシーンが飛び込んでくる仕掛け。漫画ならでは文法で五代と読者、両方を手玉にとる高橋留美子流の「だまし」だった。アニメも近いことをやろうと思えばできただろう。しかしそうしなかった。

アニメの流れはこうだ。目を瞑った五代の背中を横目にサンダルを脱ぐ響子。脱いだ足で五代の正面に回り、じっと五代の顔をみつめた後、少し背伸びして口づけする。響子のイタズラ心がより強調された格好になり、「原作読者」への不意打ちにもなっている。作品の心臓部と呼べるこのシーンでこんな変更をしてくるとは、ふつう思わない。天晴れだ。

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個人的な解釈を言えば、前回書いた66話の「サンダル芝居」と「傘を畳む八神」がここに掛かっているのではないかと思った。もちろん足音を小さくするため、サンダルを脱いだというイタズラな理由もあるはず。けれど、それ以上に響子の本心を露にする意図が強く感じられる。雨の中、濡れることもお構いなしに傘を畳んだ八神の“アドバイス”を生かした、と考えればどうだろう。演出の情調も似ている。66話と同じくオリジナルの「改変」だからかもしれないが、作り手の思い入れがヒシヒシと伝わってくる。サンダルを脱ぐ響子の愛嬌、正面に回るまでのカット構成、まじまじと五代の顔を見る響子の表情、石段を上がり背伸びをする足の加減……『めぞん一刻』への愛情が演出に及んでいる、そう思わせる情調がある。

響子の去り方もいい。「本当、すぐだまされちゃうのね」と言って玄関へ走っていき、きちんと玄関に脱いだサンダルを置く。突然の行為に微動だにしない五代と比べ、慌ててサンダルを部屋に持っていってしまうこともなく冷静だった。すなわち、一時の気の迷いじゃないことを去り際まで配慮した形……に見えるが、これはまあ、深読みの部類かもしれない。

いずれにしても、TVアニメめぞん一刻』を代表する演出/改変にちがいない。変更に関するスタッフのインタビューや言葉が残っているなら読みたいのだけど、手持ちの資料にはなかった。心当たりのある方は御一報下さると嬉しい。吉永尚之CDの裁量はいかほどだったのか、ぜひ知りたい。


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