アマノノニッキ RSSフィード

2018-09-13

[] プラスチックストローからのぞく世界の変え方

環境保全という分野に携わっていると、必然的に暗く憂鬱な現実に直面する機会が数多くあります。

世界的な増加が続く二酸化炭素排出量、激減したウナギを消費し続ける人々、歯止めのかからない熱帯雨林の消失等々。どうすればこの「世界」(人間の行動や社会、あるいは世の中そのものの在り方を含みます)を変えられるのでしょうか?そもそも本当に世界を変えることができるのでしょうか?

私がケンブリッジに来てから学んだ最も大きなことのひとつが、ここで保全に関わっている科学者の多くが、世界に本当の変化をもたらすことを最終的な目標として定めている、ということでした(詳しくはこちらを)。もっと真正面から、世界の現状をよりよくしていくための科学を追求していっていいのだと気付かされたときの衝撃は、今でもよく覚えています。

環境保全に関わる科学の最終的な目標が、世界がよりよい方向に動いていく手助けをすることにあるとすれば、この分野の科学者としてはただ世の中にとって重要だと思われる知見を発表するだけで満足しているわけには到底いきません。その重要な科学的知見がその後本当に世の中を変えていけるのか、どうやって変えていけるのか、その道筋だけでも見てみたい、そしてできることならば自分の研究成果もそういった道筋を辿らせたい。自然とそう私自身も強く思うようになりました。とは言え冒頭で述べたように、環境に関するほとんどの問題では、実際のところ世界は頑として動かず、どれだけ自分が研究を進めても真の問題解決には進んでいかないようにすら感じてしまいます。

しかしながらそんな「本当に世界が変わる瞬間」を、ついに今年、自分の目で実際に垣間見ることができたような気がしています。それが、過去1年ほどのプラスチック問題に対するイギリス社会の反応でした。

最近日本でも報道が多くなってきたプラスチック問題に関する一連の動きは、2017年秋冬にBBCで放映されたBlue Planet 2が発端のひとつとなっているのではないかと思います。海洋生態系を対象としたBlue Planetシリーズは、陸域を対象とした本家Planet Earthシリーズと併せてBBCが誇る一大自然ドキュメンタリ―です。今回のBlue Planet 2では、最終話で海洋におけるプラスチック問題を衝撃的な映像とともに正面から取り上げ、ナレータであるDavid Attenborough氏がこの問題への早急な取り組みを切実に訴えました

ちなみにDavid Attenborough氏は、現代のイギリスで最も著名なプレゼンター且つナチュラリストだと言えるかと思います。一般市民・学術関係者を含む多くの人々から絶大な尊敬を集め、ケンブリッジ大の出身ということもあって、Cambridge Conservation Initiativeが拠点とする建物はDavid Attenborough Buildingと名付けられ、内部の学生部屋の一角には誰が持ち込んだのか等身大パネルが据えられているほどです。

f:id:tatsuamano:20180313133648j:image:h250 f:id:tatsuamano:20180912151914j:image:h250

イギリスだけでも1千万以上の視聴者がいたとされるBlue Planet 2でのDavid Attenborough氏による訴えは、即座に社会の反応を引き起こしました。

まず翌2018年2月には、放映元のBBCが使い捨てプラスチックの利用を2020年までに禁止することを発表

ほぼ同時期に、エリザベス女王も王室におけるプラスチック利用の削減に取り組むことを発表します

4月になると英国政府も使い捨てプラスチック利用の禁止に動き始めることを宣言

続いて5月にはEUもこの動きに追随します

6月には先進7か国首脳会議(G7)でも海洋プラスチック廃棄物に関する海洋プラスチック憲章が採択されました(日米は署名せず)。

その他にも、ニュージーランドがプラスチック製買い物袋を段階的に廃止することを、ドミニカ国が2019年までにプラスチック・発泡スチロール製の使い捨て食品容器を全面禁止とすることを、それぞれ発表するなど、様々な地域や国でプラスチック問題に対する急速な動きが見られました。

そして私が何より衝撃を受けたのは、これらの動きがかなりの速さで日常生活にも目に見える変化をもたらし始めたことです。

例えばイギリスで人気のあるカジュアルレストランのNando’sでは、すぐにプラスチックストローの配布がなくなりました。

f:id:tatsuamano:20180727195641j:image:h250

動物園など環境意識の高い施設ではもちろんのこと、他のレストランなどでも、当然のように紙製ストローや植物を原料としたカップや食器が利用されるようになりました。

f:id:tatsuamano:20180728133913j:image:h250 f:id:tatsuamano:20180729145101j:image:h250

もちろん大学のカフェなどでも。

f:id:tatsuamano:20180727095206j:image:h250 f:id:tatsuamano:20180731145535j:image:h250 f:id:tatsuamano:20180731145553j:image:h250

駅には新しく給水ポイントが設置され、プラスチックボトルの代わりにアルミ缶のミネラルウォーターが売られるようになりました。また自宅に届く冊子の包装は、すぐにプラスチックから植物原料の素材に変わりました。

f:id:tatsuamano:20180812190544j:image:h250 f:id:tatsuamano:20180804090457j:image:h250 f:id:tatsuamano:20180911164055j:image:h250

既に報道されているように、スターバックスやマクドナルドでもプラスチック製ストローの廃止が発表され、より小規模な商業施設や飲食店でも同様の動きが多く見られました。

これら日常生活の中で身をもって経験した変化は、今年の春から夏にかけて起きた本当に急速なもので、まさに世の中が変わっていく様子をまざまざと見せられているようで、衝撃的でした。

個々の変化、例えばプラスチックストローの廃止によるプラスチック問題全体の解消への貢献は、微小なものかもしれません。さらに言えば、プラスチック問題はその他多くの環境問題の、ほんの一部を占めるに過ぎません。それでも今回、これほどの短期間で世の中が本当に変わることがあるのだという事実をこの目で見ることができて、そこに希望の光のようなものを垣間見たように感じています。

こちらではEarth OptimismConservation Optimismという、環境問題の明るいニュースを共有していこうという動きが盛んですが、実のところこれまで私にはいまいちピンとこないものでした。しかし今回社会の変化を体験することで、こういった成功事例を共有していくことの有効性も感じることができました。

ではどのようにして、プラスチックの消費に対する社会の在り方がここまでの短期間で変化することができたのでしょうか?

冒頭ではBBCのドキュメンタリー番組が発端のように書きましたが、実のところこの問題に関わる様々な関係者による努力が結実した結果である、というのが現実なのだと思います。Blue Planet 2放映の前には、海洋廃棄プラスチックに関する科学研究が相当数発表されています(ここで全てレビューはしませんが、例えば海洋廃棄プラスチック量を推定した論文や、海鳥への影響を評価した論文などがあります)。そしてそれら科学的知見をより広い一般市民に普及したBBCやDavid Attenborough氏、また政策決定者に訴えかけた保全機関のようなノレッジ・ブローカー、SNSなどを通して社会の変化を訴え続けた市民、さらにそれに応えて実際の政策実現へ動いた政策決定者や民間企業。どのステップが欠けていても今回の変化は起こりえなかったでしょう。

そういった意味で、環境問題に携わる科学者として今回改めて学べたことは、重要な科学的知見を粛々と発表していくこと、そしてその知見を統合して市民や政策関係者に受け渡していくこと、それぞれの努力は、必ずではないにしても本当に世界の変化をもたらし得る、という希望だったと感じています。

そしてその小さな希望は、暗鬱とした山積みの環境問題を前にしても、それに立ち向かって自分の研究を推進していくための、確かな動機となってくれることと思います。

2018-02-15

[] 世界のどこで生物は減少しているのか?

鳥学会の鳥学通信に先月Natureで発表した論文について寄稿しました:http://ornithology-japan.sblo.jp/article/182423464.html

2017-06-14

[] 違いを作り出す科学

鳥学会鳥学通信に寄稿しました:http://ornithology-japan.sblo.jp/article/180051618.html

2016-06-27

tatsuamano2016-06-27

[] 残留派の中心から見たブレギジットと環境科学

私にとってイギリスで研究を行うことの大きな魅力の一つは、人材の盛んな交流でした。日本の大学に様々な都道府県の出身者がいるのと同じように、イギリスの研究拠点には世界中から様々な人々が活発に出入りしており、もちろんその背景にEUという枠組みが多くの人にとって就労・就学を容易にしていたことがあるのは疑いようのない事実です。

そのような考えは、ケンブリッジの保全科学コミュニティに属するほとんどの人にとっても共通するものであったに違いありません。EU残留か否かを問う国民投票から一夜明けた24日金曜日には、EU離脱支持が過半数という結果を受け、これまで経験したことのないような異様な雰囲気がDavid Attenborough Building全体を覆っていました。予想外の結果をすぐには受け止めることができずただ首を振って困惑する人。離脱派の行動に対して憤慨する気持ちを抑えきれない人。あまりのショックに話しているうちに涙を流し始める人等々…。普段から多くの時間を共にしている同僚たちの悲痛な面持ちを前に、とても他人事とは思えずいたたまれない気持ちでした。

既に多くの報道があったように、今回の国民投票の結果は、高所得者層と低所得者層、高学歴と低学歴、若者と中高年、都市と地方、といった従来からイギリスに根付いていた社会構造が色濃く反映されたものでした。(比較的)高所得で高学歴、若者が多い(中規模)都市であるケンブリッジでは、約74%という全国でもトップクラスに高い残留支持率でした。この地図では青い部分が残留派多数の地域ですが、ロンドンの上の方にある小さな濃い青のエリアがケンブリッジです。

ケンブリッジでも大学関係者とそれ以外の住民との間で歴史的に対立構造のようなものがあるそうなのですが、少なくとも大学や研究機関の人々のほとんどが残留派であることには納得できます。EU内での就労・就学の容易さに基づいて、大学や研究機関には非常に多くのEU所属国籍の学生や職員がいます。ケンブリッジ大における非英国籍率は学部→大学院→ポスドクの順に高くなっていき、結果として大学での高い研究水準が世界中から集まってくる非英国籍の研究者によって支えられているといっても過言ではないと思います。一方で、イギリス国籍の学生やポスドクで今後EU内の他国での就学・就労を選択肢に入れている人も多いでしょう。例えばつい先日も、研究室の博士学生がポスドク先としてフィンランドを考えているという話を聞いたばかりでした。EUを実際に離脱することになると、イギリス-EU間の移動にもビザ申請などの手続きが必要になるのかもしれません。こういった手続きは非常に煩雑で、リクルートする側、また応募する側にとっても大きなコストとなり、結果として人材の行き来が阻害されることは想像に難くありません。「非EU移民」の私はイギリスで就労するためにかなりの労力と時間、金額(そしてストレス!)をかけてビザを取得しており、また必ずしも毎回ビザが許可されるとは限りません。一方で例えば、以前の私と同じfellowshipを使って最近ポスドクを始めたスペイン人の同僚は、何の手続きも必要なく、車ですらスペインで使っていたものをそのまま持ってきています。

またこの記事にもあるように、イギリスの科学者の多くがEU残留を支持しているもう一つの大きな理由が研究費だと言われています。2007年から2013年の間にイギリスはEUから約88億ユーロ(9,800億円)の研究費を受け取っているという数字からも分かるように、EUの研究費はケンブリッジの保全科学コミュニティにとっても非常に重要な資金源です。例えばEuropean Research Councilによるグラントは規模も大きく、私の周辺でも応募する人、それを利用してポスドクを雇用する人など多々見られます。また私が去年まで受けていたMarie Skłodowska-Curie FellowshipもEuropean Commissionによる制度です。これらの研究費を包括して管理運営するHorizon 2020というスキームにはEU外から参加している国もあるのですが、EU離脱後も以前と同じように研究費を受けるには、それ相応の交渉と労力が必要になるのではと考えられています。EUからの研究費が減る分国内での資金を増やす、という話もない訳ではないのですが、イギリスの科学予算を巡る状況は近年悪化していることを考えると、あまり信頼できなさそうな話でもあります。

人材の交流、研究費の確保という科学界全体に当てはまる問題に加えて、私たちのような保全科学者にとって見逃すことのできない問題が、EU離脱が生物多様性や環境の保全に及ぼす影響です。例えばイギリス生態学会RSPBによって、EU離脱が環境政策に及ぼす影響がまとめられています。特にEUレベルでは、これまで数多くの環境政策や法律が整備・施行されてきました。例えばNature Directivesという一連の法律は多くの種や生息地の保全にとって重要な役割を果たしています。またEU予算の40%を占めるCommon Agricultural Policy(CAP)はヨーロッパにおける農地生態系保全の命運を握る存在とも言えます。EUからの離脱は、これらの政策や法律の恩恵からも、改善して機能させていく可能性からも、イギリスを遠ざけることとなります。他にも今回の結果がパリ協定批准など気候変動政策の遂行に及ぼす影響なども懸念されています。

もちろん一部前述したように、例えEUから離脱したと言っても人や研究費の行き来、国を越えての環境保全が不可能になるという訳ではありません。実際に日本を始めとして他のほとんどの国はEUのような超国家組織が不在のまま科学や保全を進めてきましたし、今後もそうでしょう。経済、特に貿易への影響面からも議論されているように、今後決められていくであろうEU諸国との関係性によっては、これまでと似たような形でヨーロッパ全体としての環境科学・政策を推進して行くことも不可能ではないと考えられます。しかし既に前身時代も含めると40年にもわたって人々の生活に浸透してきたEUという枠組みを全て取っ払って、もう一度全てのシステムを一から築き直していくことを考えると、どれほど非効率的だろうかと思ってしまいます。EUに様々な問題があることは事実かもしれませんが、問題がある社会や政府なら、声を上げて内部から変えていく方がまだ効率的なのではないかと個人的には感じます。

週が明けてからも、依然として職場での会話は国民投票の結果についての話題が多くを占めています。72%の投票率で52% 対48%という僅差をどう解釈すべきなのか(この議論に基づいて再度国民投票を行うべきという請願書が多くの署名を集めていますが…)、もう前に進むべきなのか、はたまた独立後EUに残ることを目指すであろうスコットランドに皆で移住すべきなのか…。私の周囲にいる同僚たちの多くは「EU時代」のイギリスしか知らないため、不透明な今後への不安が絶えることはありません。

翻って今回の一件が日本の保全科学者に与える示唆とはなんでしょうか?政策や社会の在り方が、科学や環境保全に及ぼす影響の大きさを如実に表しているのではないかと私は考えます。国民の多くが抱える生活上の不満が、政府による国民投票という意思決定を通して一国の行方を変え、科学や環境保全の将来までも左右して行く。私の知るイギリスの保全科学者たちは、真剣に違いをもたらすことを目指して政策決定や社会にも積極的に関わっている人たちばかりですが、今回の一件でそんな保全科学者たちの声はどれほど無力だったことか…。結果としてこのようなことを防げるかどうかは別として、保全科学に携わる者として、政策や社会がこれからどの方向に進んでいき、それが環境にどのような帰結をもたらすのか、理解・議論して、予見を目指し、またできる限り影響を及ぼしていくことが重要になるのではないでしょうか。政策に関わるのは委員会に呼ばれる大御所だけ、などと呑気に構える訳にはいきません。有権者としての責務を果たすことはもちろんのこと、若いうちから真摯にこういった問題を議論して、境界分野に取り組んでいく科学者を育成していくことも重要になるでしょう。

激動の時代に入っていくこの国で、これから保全科学者たちがどういった考えの下、どのような行動をとっていくのか、今後も注目していきたいと思います。

2016-01-24

tatsuamano2016-01-24

[] DAB

2016年が明けてもうしばらく経ちますが、改めまして明けましておめでとうございます。

昨年12月初めから、ついに改修が完了した建物に引っ越し、新しいオフィスで過ごしています。この建物は、イギリスではナチュラリストのみならず多くの一般人からも絶大な人気を誇る(そして敬意を集める)ディビッド・アッテンボロー氏にちなんで、David Attenborough Buildingと命名され、Cambridge Conservation Initiative (CCI)に加盟する10の機関で保全科学に携わる500名以上が新たにここを拠点とすることになりました。

ケンブリッジとその周辺には、BTOやRSPB、Birdlife International, IUCN, UNEP-WCMCなど、国内外で生物多様性保全を研究と実践の両面から索引する機関が数多く存在し、それが上記のCCIという枠組みでネットワークを築いていたのですが、これをさらに強化するために、5800万ポンド(98億円!!)をかけてケンブリッジ市街中心に保全科学の新拠点を設立する、という壮大なプロジェクトです。サイエンス誌でも紹介がありました。

かく言う私も、2011年に渡英してしばらくしてこの建物の計画を聞いたときに、それは是非完成するときにここにいて、どんなことが起こるのかこの目で見てみたいと思ったことが、その後5年に渡ってケンブリッジに滞在している大きな動機のひとつでもありました。

完成までの月日を振り返ると懐かしくもあり、

f:id:tatsuamano:20160125080928p:image:w350

2013年10月、工事が始まる頃の旧建物。ちょうどこの頃、一時的に研究室を移動するため、第一回目の引っ越し

f:id:tatsuamano:20160125081208p:image:w350

2014年4月、国内で最大という自立式足場に建物全体が囲われる。

f:id:tatsuamano:20160125081317p:image:w350

2014年12月、さらに布で建物全体が覆われ、内部で工事が進む。

f:id:tatsuamano:20160125081615p:image:w350 f:id:tatsuamano:20160125081608p:image:w350

2015年4月、初めての内部視察。オフィススペースはまだがらんどうとしており、足場も残る。

f:id:tatsuamano:20160125081601p:image:w350

2015年5月、外部の布が取り外され、新しい外壁が見え始める。

f:id:tatsuamano:20160125081549p:image:w350

2015年9月、外装はほぼ完成。内装の工事が進められる。

f:id:tatsuamano:20160125081541p:image:w350

2015年10月、二回目の内部視察。デスクも揃えられ、だいぶそれらしい形に。

f:id:tatsuamano:20160125083658p:image:h300

2015年11月30日、仮住まいだった研究室で荷物をまとめ…

f:id:tatsuamano:20160125083650p:image:w350 f:id:tatsuamano:20160125083642p:image:w350

12月1日、ついに新オフィスに引っ越し!

f:id:tatsuamano:20160125083634p:image:w350 f:id:tatsuamano:20160125083626p:image:w350

引っ越し当初はまだ他の大学グループや機関からの引越が済んでいなかったため、オフィススペースもお茶を飲むコモンルームも寂しい感じでしたが、年明けまでにはほぼ予定していた全ての人が入居して、活気に満ちあふれた建物となっています。

f:id:tatsuamano:20160125083500p:image:h300 f:id:tatsuamano:20160125083332p:image:h300

建物中央は吹き抜けとなっており、植物の植えられた巨大な壁面がそびえ立っています。最上階の屋外スペースにはハチ類のための巣箱も。

このように工事だけでも2年以上かかっており、その間には幾度となく新しいオフィスについてのディスカッションやブレインストーミングが行われ、またオフィス家具の選定などもありました。私が渡英した時に在籍していた博士課程の学生8人は全員めでたく博士号を取得し、この建物に入ることなくケンブリッジを去っていきました。ビルのグループでもこの4~5年で何人が新しく在籍しては去っていったでしょうか…。結局、最初の研究室から計3つのオフィスを渡り歩いてきたのは私を含めて三人のみということになりました。そう考えると、このDABことDavid Attenborough Buildingが完成する過程というのは私にとってもケンブリッジ滞在の日々がそのまま反映されていて、振り返るととても感慨深いです。

さて、そのような月日を経てついに入居したこのDABで何が見えたのでしょうか。もちろんこの建物にいる全ての人がまだ試行錯誤の段階にあるように、このプロジェクトの本当の効果が表れるには少し時間がかかるのかもしれません。ただ、過去数年このプロジェクトを実現させる過程に参加してきて、さらに実際に約2か月をこの新しいビルで過ごしてみて感じるのは、今回完成したこの建物が、自分が渡英してから重要性を学んだ多くのこと、例えば、研究環境における多様性、学際性、科学者・従事者・政策者間コミュニケーション、リーダーシップの発揮、そういった多くのことを目に見える形にした結晶のような環境であるということです。ケンブリッジの保全コミュニティーが上記のようなビジョンや目標を持ち続け、それを究めて形としたのがこの建物なのだなということを実感しています。

例えば、同じ建物の中にRSPBやBirdlifeのような実際の保全活動を進めている機関が入ることで、大学のアカデミクスのみが集う以前の環境に比べて多様性や学際性は一段と高くなりました。もちろん以前から共同研究のミーティングなどで顔を合わせる人は多かったのですが、そういった人たちとお茶の時間や、また階段の踊り場などで、日常的に出会う機会があるというのは確かにお互いの距離を縮め、理解を深めあう効果があると思います。感覚として言うならば、毎日保全関係の学会会場にいる、というような感じでしょうか。

そういった多様な人間関係をさらに促進しようと、入居後は建物全体のメンバーを対象とした親睦会のようなソーシャルイベントが立て続いています。また入居前後で各機関の間での共同研究がどの程度変化するのか、アンケートに基づいた調査も継続されています。

オープンな議論、幅広い人脈形成のために、様々な工夫もされています。例えば研究室のオープンスペース化。教授などを除くほとんどのスペースには明確な区切りがなく、人の出入りが自由になっています。もちろんこれには賛否両論あり、電話などがしづらいという意見も出ているのですが、私自身としては、各人のスペースが広いので思った以上に周囲のことも気になっていません。

コモンルームに人を集めて交流を図るため、コーヒーなどは無料で提供されることが議論の末決められました。本格的なコーヒーマシーンが置かれており、カプチーノやラテからホットチョコレートまで、カフェのようなホットドリンクメニューが自由に手に入ります。そのコモンルームに置くテーブルは、なるべく長いものにすることにこだわったそうです。経験上長いテーブルの方が、たまたま隣に座った他のグループの人と交流がしやすいからということでした。

入居後に行われたワークショップのひとつで、University of Cambridge Conservation Research Instituteのディレクター、バスカ・ビラ氏が言った「私たちが以前のそれぞれのオフィスにいた3カ月前と同じことをしていたのではここに来た意味がない。何か一つでも違うやり方をしていこう。」という言葉が印象に残っています。私もBTOやRSPBの研究者と共に、モデリングについて週一でインフォーマルな議論を行う、その名も「DABスタッツクラブ」というディスカッショングループを始めました。保全科学コミュニティーは統計に詳しい人が少なく、各機関内では込み入ったモデリングの話などをする機会があまりありません。そういった思いを共有していたメンバーが、同じ建物に拠点を置くことで気楽に集まって話ができる、というのはまさにこの建物ができたことによる恩恵だと思います。

この新しいオフィスで過ごす日常で、ふと自分の隣にいるこの人たちも、あの階段を上っているあの人たちも、そこのソファーで話しているこの人たちも、この建物にいる全ての人がコンサベーションに関わっているんだと我に返ったように思い返すと、奮い立つような気持ちと共に、これだけ多くの人たちが一丸となって取り組んでいけば、少しでもいい方向へ何か変えていけるのかもしれないという希望を感じます。

個人的には今年は、渡英してから地道に進めていた水鳥の個体数変化の解析がついに終了し、論文を書き進めています。長期に渡って多くの共同研究者から助けを借りて行ってきたプロジェクトですので、是非満足のいくいい形にまとめたいと思います。