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二世の葛藤

2009-05-21

恋愛、そして結婚へ…

05:12

前回は信者同士の恋愛の話を書きましたが、今回は信者と一般の方の恋愛の話です。僕の実体験を元に書きます。

腑に落ちていない二世信者にとって、恋愛はとてもとても大きな問題の一つです。旦那さんが信者で奥さんは違うとか、その逆とか、よく聞きます。家族の理解は大きな課題です。

僕の数少ない恋愛経験の中でも、毎回この新興宗教という問題は大きな壁として立ちはだかります。


信者の方同士でおつき合いする場合は何の問題も無いのでしょうが、信者以外の方とおつき合いする場合は、毎回説明が必要になります。だいたいみんな『そういう世界もあるとは知っていたけど、まさか彼氏がそうだとは…』と内心感じているでしょう。でも理解はしてくれます。自分の中途半端な信仰心が仇となり、彼女を入信させるに至った事は有りません。

最初は本当に軽い前置きを置きつつ話し始めます。「ちょっと秘密にしてたわけじゃないんだけど…」「両親が熱心な信者で僕も信者」「いや、まあ、今は別に勧誘しようって訳じゃないんだ」「いちおう知っておいてもらおうと思ってね」とか、そんなかんじで。

身構える相手のリアクションは毎回よく似たものです。やはりショックは隠せていません。軽〜く固まっています。そんな彼女を見て僕も少しショックですが、想定の範囲内なのでまあそんなもんだろうというかんじ。

相手にとっては幸いにも僕は熱心な信者ではありませんので、強い勧誘はしませんし、頻繁に活動にも参加しません。相手にも理解があるので、殆ど問題なくお互いに恋愛を楽しめているはずです(もしかしたら、僕が気づいていないだけで相手はずっと悩んでいたのかもしれませんが)。

しかし、生意気にも将来のことを考え始めるとコトは深刻です。結婚を視野に入れないと恋愛する意味ないじゃん派の僕は、毎回この問題にぶちあたります。

僕としては信者以外と結婚も有りなのですが、熱心な信者さん達からすればあり得ないことかもしれません。せめて入信させてからと思うでしょう、例えば僕の両親とかは。

恋人相手に伝道するのすら僕には難しいのです。心からの厚い信仰心があれば、最初から相手にたいして熱心に伝道をしていると思います。それが一番楽です。それで呆れられ見放されるのなら、本望でしょう。自分の力不足を感じ、相手にも軽い哀れみを感じ、別れを受け入れるでしょう。しかし、僕は新興宗教に対する世間のイメージの方が気になってしまい、そうはできません。

相手が信者だったら楽だったのに、という瞬間は多々有ります。非常に大事な事だけど双方の価値観が一致しにくいことなので、とにかく面倒なんです、こういうことを話すのは。

優しい相手は、双方の歩み寄りを求めてくれます。相手が僕の信仰を認める代わりに、僕も熱心すぎる活動や多額の布施なんかはやめて欲しいというもの。信者以外の方からすれば、この特殊なケースに対して彼女が歩み寄ってくれるというのは、愛を感じる理想的な解答に聞こえるかもしれません。しかし、それは違うんです。新興宗教側にとって、歩み寄りなんて出来ないのです。本物だと信じているものなんだから、愛をもって相手に紹介しているから。相手を愛していれば愛しているほど、信仰を勧めるのです。新興宗教っぽく分かりやすく言うと、相手を救おうとしているのです。もしこちらが歩み寄ってしまうと、相手は救えなくなる。何その考え方、きもすわ。となるでしょうよ。ま、お前らのことだからな。ふん。頭かてえわマジで。でもしかたないんすほんとしょんぼりんぐ。

しかし御存知の通り、僕の信仰心グリコのおまけ程度のようなもの、歩み寄りができない訳ではないのです。だけど、頭ではそれはなんか違うと分かってる。

結局、自分が中途半端な状態なのが一番の問題です。分かってます。どっちかに決められないから駄目なんだ。なんだか難しく考え過ぎかなあ。

このブログの目的は、結局そういうことにも決着を付けること。

うまい歩み寄りの方法はないものかなあ。