Hatena::ブログ(Diary)

編集集団140Bの日記

2007-07-06 ご愛顧に感謝!

こんばんは。140Bの大迫でございます。



今日はみなさまにお知らせがあります。

ご愛顧いただいておりましたこの140Bブログですが、

ただ今をもちまして、別のサイトへ移動をすることになりました。


なんでまた? というのは新装開店の方でご覧ください。

新しい方もこれからもっと改良していこうと思っていますが、

とにもかくにも運転を開始しております。


新しいブログの住所は、http://www.140b.jp/blog/です。

変わらぬご愛顧をお願いいたします〜。

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2007-07-04 カレー、メダマで

こんばんは。大迫でございます。

最近、大阪の本のことばかりを書いていますが、

今日もやっぱり大阪のことです。


『世界レベルの大阪ええもん』は、色校正もほぼ終わり、

ようやくこれでもうほんとに一息、という具合です。

良かった、良かった。


お昼ご飯は、この本の巻頭にも載っている、

インデアンカレーショップ]に行ってきました。

ダイビルからほど近い、朝日新聞ビルの地下の店です。

[インデアン]のカレーは後からジワジワとくる感じの辛いカレーです。

中島社長が言うとおり「サブリミナル効果」があって、

だからこそ根強い人気を誇っているのでしょう。

とはいうものの、辛いものがけっこう苦手で、

今まではハヤシライスしか食べたことがありませでんした。

が、これを機にカレーも食べてみようと、意気揚々と行ってみたわけです。


同じく辛いカレーが苦手な青山のアドバイス通り、

「玉子を入れる」カスタマイズ作戦でいくことにしました。

しかも、最初ということもあり、念には念を入れ、「メダマ」で。

「メダマ」とは、カレーの上に玉子の黄身を2つのせ、

名前通り「目玉」にするというものです。

そこそこツウなトッピングなため、

僕のような「カレー素人」がおいそれと頼むのもどうかと一瞬悩みましたが、

カレーはハヤシには、いや背に腹は替えられません。


カレー、メダマで」と注文すると、

カレー、メダマです〜」とのコール(?)が。

メダマという、めちゃフレンドリーな呼び方が当たり前のように通じるところに、

大阪らしさがぐっと滲んでおります。

玉子の黄身2つをつぶしてルウにまぶすようにして食べると、

(このへんの食べ方も十人十色なんやろな〜)

ちょうどいい具合のマイルドさで、なぜ今まで食べなかったのかと早速後悔。

一緒に出てくる、甘めに味付けされたピクルスも、

辛いカレーのスプーン休めになるのだと初めて気づきました(遅い)。


昨日、「大阪大阪らしさは店や料理そのものの中にはない」と書いたのは、

つまりこういうことなんじゃないかと思います。

インデアンカレーは確かに大阪の味ではありますが、

そこに秘められた大阪らしさは、それらがやり取りされたり、

生まれたりする瞬間にキラリと光って垣間見える、と。


ちなみに、今まではもっぱら「ハヤシノダイダイ」。

ハヤシライスのルウ&ライス大盛り、というヤツです。


あ、伊坂幸太郎の『チルドレン』、読みだしたばかりですが、

いきなり面白い予感に満ちています。

終末のフール』しかり、伊坂さんはほんとに連作短編がうまいよなあ。


チルドレン (講談社文庫)

チルドレン (講談社文庫)

終末のフール

終末のフール

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2007-07-03 大阪の大阪らしさとは

おはようございます。140Bの大迫でございます。

今日から『世界レベルの大阪ええもん』の色校正が始まります。

朝イチで到着するはずなんですが、

まだ来ていないので、中島淳社長と二人、

無言の「まだかいな」オーラを発しながら、

首をにょろろっと長くして待っている次第です。

(あ、さっき着きました)


今、140Bのホワイトボードには、

京都を買って帰りましょう』と並ぶように、

2つの本の表紙が置かれております。

なるほどこうやって横に並んでみると、

品がありながらも遊び心が滲んでいて、

どことなく「親戚」な感じが漂っています。


とはいえ、二人の性格はぜんぜん違います。

なので、京都大阪のことを見やっては、

「おばさんてば、ほんと愛想が良すぎるんだから」と呟いており、

大阪のおばさんは京都をチラリと見ながら、

「しかし、あの子はおしとやか過ぎるゆうか」と、

笑いながら言ってたりするわけです。

まあ要するに、似て非なるものだけどどこか繋がっている、ということです。


具体的には、誌面構成に表れています。

京都の場合は「料理上手はカタチから」「一筆啓上申し上げます」とか、

モノが使われるシチュエーションごとにブロックを構成していました。

大阪も、一番最初の企画書ではそうしようかと思っていたのです。


ところが、どうもそれではうまくいかない。というかオモロない。

たとえば大阪にも「手作りで何十年…」という職人さんはいっぱいいます。

けれど、じゃあその店に行って、傘だったりカバンを買ったら、

京都に合わせて言うなら)それで大阪を買って帰ることにはならない。

それは多分に感覚的なものを含むのですが、

モノや店それ自体の中には、「大阪」なるものはないのではないか?

そういうところから、この本は出発しました。


たぶん京都大阪の街の違いにも由来しているのでしょう。

京都には、連綿と受け継がれる職人の歴史や、

それに裏打ちされて育まれるモノに対するやさしさみたいなものが、

現在進行形として街で生活する人たちの中にあります。

だから、モノの一つ一つに京都らしさが宿るんだろうし、

そこには「京都らしさを発見したい」というこちら側の欲望も働いているのでしょう。


また、地理的・景観的な街の構造も関係しているのではないか。

京都だったら、「京都」を示すアイコンが(町家とかろーじとかね)、

街の中心部に分かりやすい形で集まっていて、そこを回遊できるわけです。

2つの地図を見比べてもらえば分かりますが(さりげなく販促)、

大阪の場合は明らかに、広い。

そして、どこをもって大阪とするのか? という中心が見えづらい。

オフィスビルが密集する本町界隈も、生野区コリアンタウンも、

城東区シュークリームが名物の店も、「大阪」と呼べるわけです。


長くなりましたが、大阪名物と呼ばれるモノを買ったり、

店に行ったりしても、なんだか「大阪」を味わった気にならないのは、

そんなようなことだと思います。

ヨシモトとかタイガースとかコテコテとかが瀰漫しすぎている、

というのは言うまでもありませんが。


この『世界レベルの大阪ええもん』では、

「どんなふうに大阪らしいのか?」がキーです。

サービス精神、店と客とのやり取り、デラックス感、イチビリ的ユーモア

これらは店やモノそれ自体にあるのではなく、

これらがやり取りされるまさにその瞬間に生まれるものです。

分かりにくい話で恐縮ですが、つまりこういうことなんじゃないでしょうか。


そう考えると、じっくりと付き合わなければならないのは、

京都よりも大阪の方が、一見分かりやすいフリをしているぶん、

見えづらいのかもしれません。

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2007-07-02 三国志と機動力

こんばんは。140Bの大迫です。

こないだ、ブックファースト梅田店に寄ったら、

横山光輝三国志』の愛蔵版が出ているではありませんか!

小学生の頃、足繁く図書館に通ってコミック版を読んだファンの身としては、

これはどうにも欲しいというものです。

ぜんぶ刊行されたら買おうかなあ。


今日は朝からミーツのクルマのページの撮影でした。

ギリギリなんとか雨にも降られず、

無事に撮影を終えることができました。

今回はポルトガル料理店オーナー×シトロエンBX@フランスという組み合わせ。

前回のサッカーW杯フランスの勝ち)のリベンジという、

まあ「それがどないしてん」な話ではありますが、

人にもクルマにもひとクセがあって、面白い話になりそうな予感が漂っていました。

あー楽しみ。


その後は、ダイビルに舞い戻り、久しぶりのミーティング。

『世界レベルの大阪ええもん』のゴールも見え、「じゃあ次は?」というお話し。

この「次」というのが、今まではわりと「次の本」という感じで、

たとえば1ヶ月間、ずぶずぶに1冊の本にかかわり、

それが終わったら一呼吸置いて、「はい、次」てな具合でした。


今日の話は、それとはちょっとニュアンスが違って、「次の展開」という話。

今までは、わりに自由にやらせてもらっているとはいえ、

依頼を受けて本ないし特集をつくるという形が主でした。

そうではなくて、こちらから仕掛けていって、

出版社に(あるいは140Bに)新しい「ライン」を作ろうというもの。

今までは書店の棚に並ぶ本を作っていたけれど、

書店に棚ごと作ってもらえるようなことはできないのか、てことです。


京都を買って帰りましょう』や『世界レベルの大阪ええもん』は、

雑誌の中ではけっこうコンパクトな方ですが(内容も形状も)、

切り口をもっと鮮明にして、突っ込んだものにする、と。

1冊にどっしりと関わるというのはやりがいがある反面、

機動力という意味ではやや劣る部分があります。

「こんなん面白いやろな〜」と思っていても、

一度に全部はやれないし、ページ数も十分に割けなかったりします。

(体力的にもけっこうキツいですしね)


今日ご一緒していた、クルマ好きで音好きで、

酒場店主でミュージシャンで塾の先生なマルタニカズさんもそうですが、

大阪ええもん』でやってきた面々など、ほんとうに面白い人が多い。

だから、「あの人にこんなのやってもらいたいなあ」という時に、

機動力の高い媒体があると良いな、というわけです。

新書とか、『別冊宝島』みたいなイメージでしょうか。


というようなことをわいわいとしていましたら、

いつの間にか2時間ほど経っていて、

江弘毅讀賣新聞の取材を受ける時間となっておりました。

お題は何と、街のいろいろな人に「選挙」についてきこうというもの。

「街的」な江は、選挙をどのように語るのか?

参議院選挙候補者公示されてから、掲載されるようです。

2007-06-30 おじさんのいる幸福

こんにちは、140Bの大迫でございます。

湿気のせいか、アタマがやや重いです。

昨日も、一段落したし週末だしということで、

いっちょ飲みに行こうかと思っていたのですが、

結局、電車の中でなんだかぼーっとしてきたので止めました。

その代わり、よー寝ました。おおむね9時間。

久しぶりのK点越え(何の?)です。


最近、というかずっとですが、内田樹先生のブログhttp://blog.tatsuru.com/が、

こんなんタダで読めていいのかしらという感じで面白い。

こないだの「めちゃモテ日本論」も爆笑だったけれど、

今日の「若者はなぜうまく働けないのか?」も抜群に面白かったです。


今日のブログは大ヒットとなった『下流志向』のダイジェストのような形で、

タイトル通り「なぜ?」を解き明かしたものです。

以前、青山ゆみこに言われたことがありますが、

20代のこの時期に、内田先生という存在を知っていることは、

どれほど幸福なことか、と思うことがよくあります。


永江朗さんは新刊『新・批評の事情』の中で、最初に内田先生を取り上げていました。

見出しはたしか「時代はおじさんを求めている」というものでした。

そうやんなあ、と思います。

なんかヘンやなあ、それってどうなん? と思っていることについて、

おじさん(自分ではおばさんとおっしゃっていますが)が、

「それはね…」と答えてくれる。

しかも、誰にでも分かるような言葉で、あんまりアナウンスされないことを教えてくれる。

常識的なんだけど、目からウロコ、みたいな話を。


去年の年末くらいに、大学時代の同期6人ほどが集まったことがありました。

驚いたことに、女性陣3人は見事に職が変わっていて、

男性陣は口を合わせるように「会社を辞めたい」とか、

「この仕事を一生するつもりはない」と言っていました。

ちなみに、就職してちょうど3年にさしかかろうとする時期です。


たぶん、内田先生が今日のブログで書いていた「若者」という人称に、

僕を含め、同期の友人たちも入っているのでしょう。

とてもストレスフルな世の中には違いないと感じるのですが、

それでも正気というか、むしろそこそこごきげんに働いてゆけることに、

内田先生が深く関わっていることは間違いありません。


なんでまたこんな話を書いたかというと、

今日の夜、また同期で集まる機会があるからです。

それで、内田先生のブログを読んだら、

ちょうど「僕ら」に向かって書いてある気がしたからです。


新・批評の事情―不良のための論壇案内

新・批評の事情―不良のための論壇案内


※あれ、なんでAmazonでは『下流志向』がヒットしないんだろう?

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